「本来は当事者を呼んで語らせるべきなのでしょうが、この件については、私からお話しした方がいいと思います。ギルド長よりは、『現場』に近い立ち位置ですから」
ディになじみの受付嬢アンネは、語り始める。
それはあまりにもおかしな、しかし実際に起こった『最近の教会の活動』だった。
◆
「仮に『ジャックさん』とします。
『ジャックさん』は普通の冒険者でした。神の死からだいぶ『才能』のありようが変わってしまいましたけれど、それでも我々は生きていかねばなりませんから、今まで普通にそうしていたように、これからも普通に冒険者をやっていく──そういう具合に生活をしていた、前衛冒険者のうち一人だったのです。
彼は目立つところはないけれど善良で、それから、我々にとってはありがたいことに、手続きを軽視しないでしっかりと、素早くやってくれる人でした。
そんな具合ですから、我々もあまり派手さはないものの、必要で普通よりも報酬がいい依頼を回したりといったことをしていたわけです。
いわゆる『なじみ』の職員からの評判もよく、悪事らしいことはやらず、お酒も飲まない、賭け事もしないという、冒険者にしては珍しい人でした。
少しディさんを思い出しますね。
ディさんと彼との違いは、パーティに恵まれていたところでしょうか。彼は堅実な働きぶりでパーティに尽くし、パーティメンバーもそんな彼を重用していました。
ところが街を歩いていたところ、教会の人に捕まりました。
もちろん善良で堅実な人ですから、捕まるような心当たりは誰にもありません。
だというのに街を歩いていたところ、唐突に取り囲まれ、連行されました。
……同行していた人たちの話だと、教会の神官側に『ジャックさん』と同郷の幼馴染がいたようです。
その『同行していた人たち』も同じ村の出身者ばかりですから、話によると、神官の人はずいぶん前に素行が悪くてパーティから追放され、食い詰めて教会の下働きとなった人のようです。
ジャックさんをなんだか奇妙に逆恨みしている節のあったその人が、ジャックさんを見かけると舌打ちをしたり、ぶつぶつと小声で文句を言ったりということはよくあったらしいのですが、話しかけて来るのは初めてのことだったので、警戒はしていたらしいです。
しかしいきなり『お前には神に背いている疑いがあるから、教会で取り調べる』と言ってきて、警戒が解けてしまったらしいのです。
……『
また、神官側にいた同郷の人は、普段から大きな口を叩いたり、根拠もなく人を見下したりという言動の多い人だったようで……『今回も、なんだか斬新な因縁の付け方を思いついたんだな』という反応だったそうです。
ジャックさんは穏やかな人ですから、その場で抵抗せず、『じゃあ、ちょっと話だけはしてくる。最近は教会に行ってお祈りすることも減っていたし、ちょうどいい』ということで、大人しく連行されていったようです。
いざとなれば逃げられる算段もあったのだろう、とその場にいた人は言っていました。
……神が死にましたから、まだ教会にいるような人たちは、『神がいない教会にしがみつくしかない人』という評価をされていました。その評価は、実情とそこまで乖離していなかったものと思います。
実際、素行不良で同郷パーティから追放されたその人は、ジャックさんにはたとえ束になっても敵わないぐらいの実力だとは、客観的にも言われていました。
そうして『連行』されていき……
二日経っても戻りません。
さすがに心配したパーティメンバーが教会をたずねると、そこで、不自然なものを見ることになったそうです。
ジャックさんが、教会の神官服を着て働いていたそうです。
……受け答えは不明瞭で、何をたずねても『現人神様は素晴らしいお方だ』としか答えず、会話にならないとのことでした。
この件は詳細つきで冒険者ギルドにも報告されており、『あいつらが何かしたに違いないから、どうにかできないか』とも相談を受けていたらしいのです。
けれど……一応、言っておきますけれど、『洗脳』なんてする魔法はこの世に存在しません。
それに神が死んだとはいえ、教会は長い歴史の中で大量の信者を獲得してきた組織ではあります。もちろん神の威光ありきですけれど、それでも、『信者獲得マニュアル』みたいなものは、あるはずです。
だからジャックさんも、そのマニュアルによる勧誘で教会に鞍替えしたんだろうと思われました。『神がいない神の家の庭先を掃除するなんて、善良で真面目なあいつらしい』と、他の冒険者たちも漏らしていたようです。
……しかし、現場で実際のジャックさんを見たパーティメンバーのみなさんには、無視できないほどの不自然さが感じられたのでしょう。
パーティメンバーのみなさんは、ジャックさんを奪還するため、教会に乗り込みました。
これも『神が死んで、他の就職口にも入れないような人しか残っていない教会』に対する侮りがあっての行動だったと思われます。
……そして乗り込んでいったみなさんは、数日経っても戻ってきませんでした。
興味を持った冒険者が見に行ってみると……
そこでは、ジャックさんと同じように、受け答えは不明瞭、目はどこかうつろで、『現人神様は素晴らしいお方だ』としか言えなくなったみなさんがいたそうです。
ギルドもさすがに事態を異常に感じましたが、ギルド職員も二人、取り込まれ……
それからは、興味本位で教会に近付かないようにということになりました。
……けれど、困ったことに、教会の方が、強引な『逮捕』と『連行』をし、洗脳をしてくるのです。
対策がわからないので家に引きこもって教会と接触しないようにするしかなく……
ディさん、ギルド以外の様子も見られましたよね?
……今では街全体が死んだようになっています。みな、教会の『逮捕』を恐れてのことです。
……それも、『逮捕されて罪に問われること』を恐れているのではなく、『なんだかわけのわからない方法で、現人神様を祀る言葉しか言えないようにされてしまうこと』を恐れて、なんです。
気の短い冒険者なんかは『教会をぶち壊せ』と勢い込んで出て行ってしまいました。
……ですが、結果は変わりません。教会の従順な信者にされるだけです。
これが、我々が知っているすべてになります。
何も、わからないのです。
力でも、知恵でも、解決のしようがない……
この街を襲っている、不気味な現象の一切合切になります」