「では、教会に乗り込むか」
「話を聞いてましたか!?」
受付嬢アンネの驚きはそれはもうすさまじいものだった。
たった今、神妙な声で(事態が深刻かつ不気味なものなので自然とそうなった)『教会に行くと危ない。取り込まれる。理由はわからない』という話をしたばかりなのだ。
その話が終わって即座に『乗り込むか』。
アンネはこれでも『ディ慣れ』している方なのでリアクションがとれたが、ディの対面に座っているギルド長などは驚きすぎて完全にフリーズしてしまっていた。
しばしして、ギルド長が「ええと……」と困った様子でうめくような声を発しながら、
「……ディさん、その……今の『教会』は不気味です。例の『
ディは仏頂面と生真面目の間ぐらいの顔でうなずく。
「言っていることは最もだと思う」
「でしたら……」
「で、
「……どうする、とは」
「事実確認をしたい。今、教会は『なんだかよくわからない手段で冒険者を洗脳している』──恐らく冒険者に限らず、教会に属さないあらゆる者にそういう被害が出ている、という状況だな?」
「ええ」
「そして対策はおろか調査もできないというのが現状というわけだ。それとも、言っていなかっただけで、現在も調査は行われているのだろうか。俺に言えない話ならば、しなくてもいい」
「……正直に申し上げましょう。調査さえも、出来ていないのが現状です。忍び込ませた者、潜入させた者、加えて……以前から潜入させておいた者もいました。……そのすべてが取り込まれた。打つ手がありません」
「まとめよう。『調査さえも出来ないほど打つ手のないのが現状であり、被害は出続けている』。現状はこうだな?」
「……ええ」
そこでギルド長が返事をするまでに間があったのは、彼がここから先の理論展開を予想出来たからである。
だがそのわずかな『間』は無駄な抵抗に過ぎなかった。何せ、予想出来たディの結論を覆すものは、事実も、情報も、レトリックでさえも、何も浮かばなかったのだから。
ディの結論とは──
「今、打てる手を打たなければいけない。そして、『打てる手』の中で最も生還率が高いのは俺だ。だから、俺が行く」
「……ディさんが取り込まれれば、どうなります」
「『現人神様』のために動くようなことになるのだろうと推測できる。だが、それは、このまま手をこまねいていれば『いずれ、そうなる』。そして対策は早い方がよく、何もわからない、調査も出来ないのだから……」
ディがわずかに沈黙したのは、ここから続く言葉はいくらなんでも『強すぎる』かなと思ったからだ。
このあとディは、自分を定義する。この任務を安心して任せてもらえるような存在として、自分を定義し、プレゼンする。
だが、いくらプレゼンのためのビッグマウスとはいえ、『それ』を自分が名乗るのはどうか、という想いもあった。
……とはいえ、その沈黙と逡巡もまた、ギルド長のわずかな『間』と同様の、無駄なあがきにすぎなかった。
ディは結局、『それ』を名乗ることにした。
「……何もわからない、調査も出来ないのだから、ギルドは『最強の冒険者』を出すべきだ。一刻も早く」
「……」
「神を殺した俺が行こう。『現人神様』の守る教会へ」
最強の冒険者。
そう言われていた者たちはみな、立派だった。
……人格に関して言えば、いろいろと『逸話』を持つ者も多い。
勇者アーノルドも、実はともかく、名の方は『最強』と言われた。
それはギルドに資する者だったからだ。
特別な才能を持ち、努力を重ね、ギルドに資する者であった。
『最強の冒険者』は、この世界で生きた冒険者たちにとって、『ただ強い者』ではない。
強いのは前提として、冒険者としての功績がある者を称える、勲章も王の認定もない称号なのだ。
大きなことを成した者、のちに続く発見をした者が、自然とそう呼ばれるのだ。
……だからディはためらった。神を殺した事実はある。その少し前には、ギルドが『塩漬け』していた依頼をこなした事実もある。貢献の意思は、確かにあった。
だがそれはいわゆる『勇者パーティ』を抜けてからであり、それ以前の自分は『ギルドの仲間』でさえなかったと自覚するところでもある。
ディの自認において、ディは実際に冒険者登録をしていた年数よりも、『冒険者をやっていた年数』が短い。それは、それまでギルドという組織にさっぱり帰属していなかったという意識が確かにあるからだ。
だからこそためらった。
ギルド長は、
「参ったな、異論が思いつかない」
ディの『最強』を認めた。
そこから続く言葉はしかし、なかなか口に出来なかった。
『死んで来い』という意味になるのだ。それを命じられない──最強とはギルドに資する者である。ギルドに資するとはすなわち、人類のためにダンジョン資源をとり、モンスターどもを狩る者である。だからこそ、こんな『冒険』と呼べない政治的な、あるいはもっと不気味なことにかかわらせたくない想いがあった。
……想いだけで止まるディではないのも、よく察していた。
だからギルド長は結局、依頼を出すしかなく──
「異論ならありますよ」
……その声は。
女性の声だった。だが、受付嬢アンネのものではなかった。
ディは声の方向を振り返る。
……声を発するまでそこにいたことに気付けなかった存在を、振り返る。
それは女だった。
美しい桃色の髪を腰まで伸ばした、気品ある──冒険者の女。
生成りのシャツに、胸部と腹部を保護するだけの革鎧。腰にはロングソードを佩き、編み込みの硬いブーツで床を踏む女である。
こうして視線を向けると吸い寄せられる。だというのに、女の顔立ちが判然としない。
美しいという印象は受けた。それだけなのだ。それ以上の情報が頭の中に入ってこない。
……ここはギルドの『奥』。あらゆる盗み聞きを防止するこの空間に突如として出現した、ピンク色の髪の女。
ディからすれば、情報はそれだけで充分だった。
その正体は、『手を届かせる者』。女神の、
「……イ──」
「ディ様、この件にはわたくしも関心があります」
「……」
「ギルドマスターには申し訳ありませんが、少し、ディ様をお借りします。よろしいでしょうか?」
女は魅惑的な微笑みとともに許可を求めるが、返事はなかった。
ディがギルドマスターと受付嬢アンネの方に視線を戻せば、二人はそろって惚けた顔をして、唐突に闖入した女の方を見ているだけだった。
女は、肩をすくめた。
「もう少し力を抑えないと、
ディは立ち上がり、女を振り返る。
「その『相手』とやらが、お前が人間のフリをしている理由か?」
「ええ。この件は、わたくしの──神の世界の事件でもあります。どうか、話を聞いてくださいますか? それとも、すべてわたくしに任せ、どこかへ出かけられますか?」
「逃げるのは悪いことではないが──ここは、俺の故郷だ。君が襲ってこないのであれば、去る理由はなく、解決への強い意思がある」
「では、お話をいたしましょう。……新たな神と──」
そこでイリスが浮かべた微笑みは、今の『うまく認識出来ない顔』でも、浮かべている感情がよくわかった。
『嫌悪と不快』だ。
その顔で述べる言葉、それは。
「──『不正転移者』について。わたくしの失態について、恥ずかしながらあなた様に