ギルド長の説得でも『行く』と言って利かない雰囲気だったディは、
「
「あ、『突撃する』のは変わらないんですね……」
という感じで前言を翻した。
受付嬢アンネが言えたことは『突撃するのは変わらないんですね……』という目の前に示されたでっかい突っ込みどころへの突っ込みだけだったが、こうして少し経って思い返すと、『他に言うべきところ』が思いついてしまう。
(…………『パーティ』って何????)
ディのパーティは、あの勇者アーノルドのパーティだった。
だがそのパーティは解散している──『アーノルドの女』が最後まで残っていた様子なのだが、その
『神』を殺された教会──当時まだ
ようするに『神殺し』である。
だがその時すでに『神殺し』ディはその場から去って
当然ながら教会はそのネットワークを利用したが、見つからない。
そこで協会が次に責めたのは王宮である。
そもそもこの世界にとって神というのは非常に重要な存在であり、軍を展開しておきながら『神殺し』をまったく止められず、神をみすみす殺させた王宮に責任をとれと迫ったのだ。
責任をとれ──なんとも無責任な発言である。この発言はほとんど教皇の語ったままなのだ。『責任を求める』。……これに対する王宮の回答はこうだった。
『神を失った人々に対し、王宮は新たな精神的支柱として責任を果たそう』
翻訳すると『すがってた神様をみすみす殺された場にいたのはお前らも同じだし、そもそも、お前らと王宮は仲良しではないし、王宮が負う責任は人民の心身だけだよ。神を失って精神的支柱になれなくなったお前らはもういらないよ』と言う意味になる。
これに反抗する力も残されていなかった教会が最後に責任を求めたのは、『勇者』である。
だが勇者当人はもういない。死んでいる。
そこで最後に責任をなすりつけられ、教会関係者と一部信者の留飲を下げるために使われたのが、『勇者の女たち』であった。特に、最後まで勇者とともにいた二人である。
実際に『宗教裁判』が行われたのは総本山のある土地で、この街からは離れている。
だが誇張付きであろう噂はいくらか流れて来た。その『公開拷問』としか呼べない様子は、思い出すだけでも気持ちが悪くなる。
……気持ち悪さを感じたのはアンネだけではないらしい。
皮肉にも、そうして総本山にいる者たちを安心させ留飲を下げさせる行為の噂が、人々の教会からの離心を招いた。『神のいなくなった連中がなんの権利でそこまで酷いことをするんだよ』という具合である。
なので現在の教会の影響力が及ぶ範囲は『総本山のある街の領主』ぐらいのものであり、各町にはどうしようもなく教会の支部があって、そこで働く人たちもいるものの、彼らの『その後』はそれぞれ、具体的には『その地域でどれだけ民心を得ていたか』である。傲慢さで知られた神官たちは『行方不明』になっており、王宮もその捜索にあまり熱心ではないのが現状だ。
……
だというのに、あのピンク髪の女が急にパーティメンバーとして出て来た。
受付嬢アンネを襲うのは混乱である。
(どういうこと? どこかで潜伏してた時に一緒にいた仲間っていうこと? ……そういうこともあるかもしれない。けど、ディさんは、あの人が現れた時、警戒してたように見えた……)
とはいえアンネも『何か』でその瞬間の記憶は混濁している。
しばらく意識が飛んでいるというか、記憶があいまいというか……
だが印象は残っている。
ディは間違いなく警戒していた。一瞬、彼の『戦うつもり』が膨れ上がったのがわかった。
冒険者というのは荒くれどもなので、ギルドではケンカも多い。だから、アンネにもわかるのだ。あれは、ケンカの直前の空気だった。イメージだけで語れば、ディは『半端なケンカ』はしない人だ。たぶん戦いを始めるなら『殺す』。それ以外は何もしない。そういう人だと思う。仕事人というのか……
結論。
(わけが、わからない)
アンネは受付カウンターで頭を抱える。
最近めっきり寂しくなった冒険者ギルドだが、それは『まったく誰もいない』ことを意味しない。
幸運にも、と言い切るには微妙な気持ちだが、あまり仕事熱心でなく、昼から酒飲んでくだ巻いてるような連中が、外で教会の者たちに捕まることもなく残っている。
そしてそういう連中の楽しみはといえば、『酒の肴』である。
「アンネちゃん、どうしたんだい。悩みかな?」
エールのジョッキ片手にカウンターに肘をつく男がいた。
『飲んだくれのモネ』である。
特徴は、飲んだくれのおっさんだ。
「恋愛の悩みと見た。私が豊富な経験からアドバイスをしてもいいぞ」
エールジョッキ両手にアンネをまっすぐに見つめる女がいた。
『飲んだくれのザラ』である。
特徴は、飲んだくれの若い女だ。
「ああ、アンネちゃんには世話になってんだ。こんな楽しそうな状態、ほっておけるかよ!」
ワインの瓶片手にザラの肩に腕を回そうとしてぶん殴られ、崩れ落ちる男がいた。
『飲んだくれのポール』である。
特徴は、飲んだくれの青年だ。
誰が呼んだか飲んだくれ三人衆。この連中はギルドの一席を常に占有して朝から晩まで飲んだくれ、呑むための金がなくなると仕事をし、また飲んだくれる厄介者であった。
ただし三人とも酒が入っていない時は風格ある実力者である。なお、別にパーティ登録はしていないのだが、なぜかパーティ的に活動をすることが多い(それはこの三人がいつも飲んだくれているので、活動時間が合うのが互いに互いしかいないからだ)、三人の個人経営者であった。
まごうことなく酒の肴としてアンネの悩みをほじくりに来た三人の厄介者だ。
以前からディとアンネのことを酒の肴にしようとしていたが、人が多いころはそれとなく周囲に止められており、また、アンネ以外にも『酒の肴』は転がっているので、さほど絡んでこなかった。
しかし人が減ったので『酒の肴』が減り、ついにアンネのところに来てしまった厄介者である。
「さっきすげーキレーなピンク髪のお嬢ちゃんとディくんがギルド裏に行ったんだけどさ、アンネちゃんの悩みはそれだろう?」
そして数々の若者を食い物にしてきた(酒の肴的な意味で)この厄介者、人の悩みを読み当てる目がすさまじい。
アンネは言葉に詰まった。
確かに悩みはそれなのだ。
ただ……
「……みなさん何か勘違いしているようですけど、私は別に、ディさんにその……懸想をしてませんからね」
懸想、と述べた瞬間、厄介者たちがそろって目を丸くし……
それぞれに、ニヒルに笑った。
アンネからすると『なんかムカつく笑顔』になる。
おっさんが言う。
「いやいや、アンネちゃん。懸想……懸想かぁ。うん、難しい言い回しだね。けれどねアンネちゃん、そいつは勘違いかもしれない」
女が言う。
「恋愛感情というのは後から気付くものだ。そして同時に言えることだが、『とられてからでは遅い』のだぞ」
青年が言う。
「そうだぜアンネちゃん。いいじゃねぇか、当たって砕けろよ! 当たることを恐れて縮こまる姿はなぁ、楽しくねぇんだよ、俺らが!」
酒臭いハーモニーにアンネは舌打ちしそうになった。
アンネは遠慮がちでおどおどしゃべる方である。最近は治った、というよりも職務経験が豊富になり、慣れて来た。あと、勇者に比べればあらゆる厄介者が厄介さにおいて小物なので、その勇者の窓口にされていた経験が彼女の自信になったのもある。
しかしこの酒臭い三人組、アーノルドとは別方向で厄介である。
第一に、自分の悩みを酒の肴にしようとしているのを隠そうともしない。
そして常に酔っぱらっているため、厳しい言い方をしようが、冷たい目でにらもうが、まったく気にしないのだ。
「お嬢ちゃん、おじさんから年長者のアドバイスをしてあげよう……」
「求められていないアドバイスをするのは嫌われますよ」
「いいかいお嬢ちゃん。おじさんは昔、ワルだった。そのことを後悔する日もあるさ。でもね、過去は変えられないんだ。変えたくてもね。だから『その時』に行動するしかないんだよ」
「経験豊富な私からも言わせてもらうが……」
「女性同士でも触れてはいけない話題というのがあると思います」
「誰が見てもいい男がフリーな期間というのは本当に短い。ディは最近、垢ぬけた。これから、『いい男』としてみんなが狙う。私も狙う。だが……今ならまだ間に合う。あとから後悔しても、遅いのだぞ」
「必要かい、酒の力が! ぶどう酒を悩める受付嬢アンネへ! 君の恋路に乾杯! いやぁ、美味いなぁ!」
「こいつら全然話聞かないな!」
ついアンネの言葉も乱れる狼藉っぷりである。
酔っ払いどもが笑う。もう、なんでも楽しいのだろう、こいつらは。
親戚にいたら『あの人たちはちょっと……あまり近寄らないようにしなさい』と言われるタイプの飲んだくれどもは、受付カウンターの前でどんちゃん騒ぎを始める。
アンネは困り果ててしまった。こいつらはこんなんだが、冒険者としては一流に届く腕前なのだ。こうなってしまうとアンネではどうしようもない。
なので、どうにか出来る人が来た。
踊り、呑む厄介者三人衆を、背後からゲンコツが襲った。
「おごっ」
「んいっ」
「ねぇ……俺だけ……強くないッスか……」
一人崩れ落ちて半死半生みたいな状態になっている。
それを気にせず腕を組んで立つその筋骨隆々の男、ギルド長であった。
「カウンター前を占有しないでください。ここは、冒険者が依頼を受けるための場所です」
「しかしねギルド長、経験豊富なおじさんから言わせてもらうが……」
「あなたより経験豊富な元冒険者として言わせてもらいますが、ギルドの機能を麻痺させるような行為は働かない方がよろしいかと。あなたたちはまだ『仲間』です。『まだ』ね。今立っているそこが、最後の一線です」
「…………はい。ごめんなさい」
「ギルド長、我々はアンネの恋愛相談に乗っていただけで……」
「無理矢理に迫ってはやし立てることを『相談に乗る』と表現するようでしたら、『言葉が通じない相手』への対処をするほかありません」
「……ごめんなさい」
「あの、ギル──ぐはぁ!? ねぇ、なんで俺だけ二回も殴るの……?」
飲んだくれ三人を拳で黙らせたギルド長は、足元に転がるポールを蹴ってどかし、アンネの目の前に来た。
「……とはいえ、ディさんについてもし何かあるならば、急いだほうがいいというのは、私も同意見です」
「ギルド長!?」
救い主かと思われたギルド長の裏切りに、思わず大きな声が出るアンネである。
「真面目な話です。……我々は、彼に『帰る場所』を作りたい──というのは、あまりにも言い方を飾りすぎていますね。正直に言いましょう。我々は、彼の『帰属意識』が欲しい。ここを故郷だと彼に思ってもらいたいのです。『最強の冒険者のホームになりたい』ということですね」
「……」
「それには『家』が……『家族の待つ家』がいる。あなたの気持ちがもしも少しでも『そちら』に向いているのであれば、私も後押しをしたい立場ではあります。それに……」
「……なんでしょう」
「彼は危うい」
「……」
「『自分が死んだら悲しむ人がいる』という事実を、実感してほしい。……それにはやはり、私のようなおじさんよりも、若い女性が適任でしょう」
もしもここではない世界、もっと男女の役割が性別で別れることに敏感な世界であれば、反感を覚えるような発言である。
だがしかし、この世界は『こういうもの』だ。
加えて……
「……先ほど酔っ払いにも言いましたけど、私は……私の気持ちをわかっていません」
「……」
「でも、ディさんが危ういのは、わかります。……私だって、彼にあまり、危険なことをしてほしくない……というのは、無理だとしても。命を捨てるような場面で、彼が生還を選ぶ理由の一つになれたらいいなとは、思います」
「で、あるならば、行動をしてほしい。……私に出来るのは、そのための時間を作ることだけですが──あいにくと、今はギルドも暇ですからね。多少の休みをとることは不可能ではありません」
「……」
「もちろん給料は出しましょう。……これは一種の『依頼』です。こんな状況だからこそ、我々は、仲間を失いたくない。こんな酔っ払いどもでもそうなんですから、ディさんならば、もう、なおさらです。今でも彼は我々のために『戦って』はくれますが、我々のために『生きて』くれるかどうかは、わからない。……一人の若者の生存の理由になってください。どうか、お願いします」
重い。
アンネは己の想いがよくわかっていない。そこまでのことをたくされるほど、ディに夢中かと言われれば……
彼が勇者パーティに置き去りにされて帰って来たその時であれば、勢いに流されて、自分の気持ちを恋愛感情だと確信したかもしれなかった。
だがディが消え去っていた時間はあまりにも長すぎた。その中でアンネの中の熱狂は消え去り、だからこそ、自分の中にある気持ちが恋愛なのかどうなのか、わからない。
ただ、『生きて欲しい』という気持ちがあるのは、確実だった。
……彼がたった一人で王軍のもとへ向かう時に、見送るしかできなかった。それを後悔していない者など、ギルドの中には一人もいないのだ。もちろん、冒険者だけでなく、職員も、その中の一人であるアンネもだ。
「……わかりました。少しだけ、やってみます」
だからアンネはそう返事をした。
酔っ払いどもが肩を組んで酒を飲む。
「「「美味い!!!」」」
ギルド長が殴る蹴るの暴行を働く。
「「「痛い!!!!」」」
……アンネは笑っていた。
それは、ここ最近静まり返っていたギルドに、また、昔のような空気が一瞬だけでも戻っていたからだ。
アンネはあの猥雑な雰囲気が嫌いではなかったことに気付かされる。
だから……
(またギルドが前みたいににぎわって……そこにディさんがいてくれたら、それはすごく……いいこと、だと思う)
行動を、決意した。