「突っ込むか」
冒険者ギルドに戻り、席に着き、飲み物と食べ物を頼む。
閑散としたギルドでも職員はきちんと仕事をしている。運ばれてきたものを食べ、安らげる食事の時間……
『そういえばこの間起こった面白いことなんだけど』ぐらいのテンションで、ディが食事の片手間にそんなことを言い出した。
現在のギルドにおいてディが突っ込む先は『
一度は調査に入ったディがそんなことを言うもので、一番慌てたのは、対面で食事をしていた受付嬢アンネであった。
「つ、突っ込まないために調査をしていたのでは!?」
完全に油断して食事をしていた。酔っ払い三人組に言われたこと、ギルド長に言われたことが頭の中でぐるぐる回っていた。
そんな時に差し込まれた発言に、思わず飲み物を噴き出しかけたのは内緒だ。
ディは食事を続けながら「いや」と前置きし、
「調査の結果、突っ込むしかないという結論に至った」
「それはっ、そう、かも、しれませんが……!」
実際──
情報はまともに集まらない。
現人神の名前と、彼が普段していることはわかった。
その評判のよさと、教会の者たちがしている行動にどうにも
『で?』ということなのだ。
調べた結果、『洗脳』をしているのが例の現人神タカシ・カナドなのか教会なのかわからなくなってしまったし、『洗脳』のメカニズムが解き明かされることもなかった。
街の人の様子も『現人神には世話になっているが、教会とは適度な距離をとるべきだ』というものであり、危険の周知ということも出来ない。
本当になんにも情報が増えないのだ。
こうなると確かに『突っ込む』しかない、が……
「……確かに教会はその影響力と勢力を弱めていますけど、現人神の存在でまた盛り返しかけていますし……王宮だっておおっぴらには手出し出来ないぐらいの政治的な力はまだあります。こんな場所に突っ込んだら、たとえ『洗脳』をどうにか出来ても、ディさんの身が……」
この世界の『罪』は、各領地の貴族が施行する法律に準じる。
だがしかし『どこに行っても同じように裁かれる罪』というものもあって、それは『王国法』と呼ばれる。
そして王国法において『教会に対する狼藉』はかなり重い罪だ。
この罪の重さ、罪そのものについて、王宮が教会に対するネガティブキャンペーンをし、影響力を弱めようとしている現在も、特に修正されていない。
法律というのは気まぐれのように急に消してしまうわけにはいかないものであるというのは常識だが、それ以外にも何か政治的な問題があるのか……
王宮が教会に対して強引な手段をとれないあたりに、理由があるのかもしれない。
つまり『突っ込む』という行動をとると、ディはお尋ね者になる、わけだが……
「そもそも、俺は今、どういう状態なんだ? この街を出歩いていてもさほどリアクションはないが」
『そもそも』と言い出すならば、ディは『街』という単位では有名人ではない。
神殺しというものを教会が殺せと述べ、それで王宮も軍を派遣したことを知っている。その後の『神殺し』の大立ち回りも、王宮の宣伝戦略で広く知れ渡っている。
だがしかし、ディを見て『あ、神殺し!』とわかる人が一人もいないのだ。
そもそもこの街で活動していたころのディは、勇者アーノルドに苦労を押し付けられている便利な肉袋という感じで、目立つ男ではなかった。
『アーノルドとパーティを組んでいた』と言えば『へぇ』と言われるだろうが、その『へぇ』は『知らんけどそういう人もいたんだ』ぐらいの『へぇ』である。
……『神殺し』と『勇者アーノルド』の詳しい関係について深堀り出来るような情報が流れていないのは、王宮、というよりこの『対教会情報戦』を指揮している、ヴォルフガング将軍の采配でもある。
そういった事情でディの顔を見て『例の神殺し!』とわかる人が街にはいない。
冒険者はわかるのだが、その冒険者の多くが教会に洗脳されてしまっているのと、ディの事情を知る冒険者たちは『仲間』を売らない。
そういう事情で『神殺しは教会側に手配され、王宮も消極的に捜索しているのだが、ディを見てもその手配人とわかる人が全然いない』という状況が出来上がっている。
人相書きなどもこの街にかんしては冒険者が剥がして回っていたというのが、状況の形成理由としては大きいだろう。……そもそも教会作成の人相書きが、描いた人もディの顔を知らなかったような出来栄えだったことも、影響している。つまり教会が洗脳した者たちに『神殺しの悪評を流せ。仲間だし、顔も知ってるだろう』というような指示を出来る状況にないのだ。『神殺し』と『ディ』が連中の中でうまく結びついていないから。
つまりディの状態を簡単にまとめると、
「指名手配は教会・王宮からはされていますけど、そもそもディさんの顔が知れ渡っていないのと、王宮・冒険者の中にディさんを突き出そうっていう人はいないので、その……『勇者パーティ時代』ぐらいの知名度のままですね、ディさんは」
「なるほど、つまり『いてもいなくても変わらない』ということか」
「それはーそのー……いえ、助かってましたよ、私たちは」
「地味なことには変わりない。だから活動に支障はない。重要なのは、『手配されている』ということだ。つまり、今さら犯罪歴が増えても変わらない。神を殺した者など、もともと死刑だろう? 教会に働けるこれ以上の狼藉はないはずだからな」
「それは、そうなんですが……!」
アンネの本音としては、ディにはなるべく、こういう『捨て身だが気にしない』みたいな動きをためらいなくしないでほしい、ということになる。
もちろん、それしかなく、それが有効で、そうしないともしかしたら間に合わないぐらい状況が逼迫しているのかも──みたいなことは思う。
思うが、それは『冷静な判断で、人を駒として見た場合、ディを突っ込ませるのが適切だ』という思考だ。
人間関係として、無事でいて欲しい、危険なことをしないで欲しい、というのはまた別な話なのである。
……とはいえそれは『気持ちの問題』ではある。
差し迫っていることがわかれば、そんなこと言っている場合ではなくなるとも思う。けれど……
アンネはここまで黙って見ているピンク髪の冒険者に視線を向けた。
■■■と名乗った彼女は、どう見てもディのことを大切に思っている様子なのだ。だからこそ、ディが危険に身をやつすのを止めてくれ──
「……素晴らしいですわ、ディ様。やはり生命の危機こそ、生きている実感を覚えて胸が熱くなるものですね」
──ない。
もう一瞬で『あ、ダメだこいつ』という重苦しい理解がアンネの胸に落ちて来た。
危険に向けて背を押す相方がどこにいる。ここだよ! みたいな感じだ。
(ディさん、なんだか危ない場所に放り込むような人と相性がいいの???)
破滅願望(他人)みたいなヤバい人、冒険者にもそうそういない。
そうそういないのを二回も引き当てているあたり、ディにはそういうのを寄せる何かがあるのかもしれない。
……ともかく、ディを説得するための人員も、根拠もない。
アンネではディが突っ込むのを止められない。
こういう困った時には──
「『突っ込む』のは、少々待っていただけますか?」
──ギルド長が、いいタイミングで来る。
アンネは酔っ払いの一件から、ギルド長は登場前にどこかでタイミングを見計らっているんじゃないか? という疑いを抱いているため、何かあるならそろそろ来てくれるものと思っていた。
実際にどうなのかは知らないが、ギルド長はいかめしい禿頭を撫でながら、スラックスに包まれた筋肉を隆起させつつ、「よいしょ」とディの対面、アンネの横に腰かけた。
ぎしりと古い木製の椅子がきしむ音のあと、口を開く。
「そのうち、『いい知らせ』があるかもしれません」
「……」
その時、ディが周囲に視線を巡らせる。
すると集まっていた注目が散っていった様子が見えた。
「なるほど」
ギルド長が多くを語らず、しかし『何かあるぞ』と語った理由もわかる。
……この閑散とした冒険者ギルドの中も、完全に『味方だけの空間』ではない、ということだ。
教会は落ち目とはいえ強い影響力は未だあり、神を失ったが現人神が現れ、『神殺し以前』から教会のために活動していた人々もいる。
そういった人々……いわゆる『暗部』に属している、潜入工作員たちは、そういう存在だけに、『教会から足抜け出来ない理由』があるのだろう。
(まぁ、本当に具体的なことを語りたい場合は、一応、『内緒話の部屋』もある。そこを使わないということは──俺がギルド長を信じているかも確認されているのだろう)
そこまで思考が行きつけば、ディの結論は決まっている。
『詳しくは聞かない』。
「では少し待つか」
イリスが「残念です」と唇を尖らせているが、ここで『何がなんでも突っ込む』と断行する理由もない。
ディは少し考えて、ギルド長の『いい知らせ』について思いを馳せてみる。
そして……
(他の街の冒険者──という可能性もなくはないが、この状況で有効な一手を打てる存在は……)
なおかつ、明言しないが、推測されても構わない存在。
それは、
(王宮か)
◆
「なぁ、我が優秀なる甥っ子よ。……やっぱりな、俺は、王宮で着るようなフリル付きのシャツより、こういう生成りの粗末で丈夫なシャツが似合ってると思うんだが、どうだ?」
「褒めて欲しければメイドにでも頼んでください。それより余計なこと言ってないでさっさと行動する」
「へいへい」
筋骨隆々の大男が肩をすくめると、盛り上がった僧帽筋が『生成りの粗末で丈夫なシャツ』を押し上げた。
そばで見ている線の細い、体も細い青年は肩をすくめる。
そして、ため息交じりに吐き出した。
「まったく──現役侯爵で王宮で将軍職に就いている方が、冒険者の格好をして単身行動なんて、貴族をなんだと思ってるんですか」
すると筋骨隆々の大男……
ヴォルフガング将軍は、ニヤリと笑った。
「貴族をなんだと思ってるか、か。……そいつは簡単だぜ、我が甥っ子よ」
分厚く大きな手で顎を撫で、
「『力』だ。いざという時、民のために戦う『力』こそが、貴族の存在意義だよ」
甥っ子は「違うと思いますけど」と答えた。
……かくして将軍が、王宮から出陣する。
単身で。