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第96話 外なる者

「来るな、来るなあああああああ!」

「逃げるなよ、『勇者』」


 タカシがめちゃくちゃに剣を振り回す。


 だが、その身体能力は高い。速度、威力は当たればただの人体がひき肉のようにめちゃくちゃになるだろう。実際、剣圧だけで教会の廊下が削れ、砕け、壊れていっている。


 しかしそんなものに当たるディではない。


 素早い動作で回避し、容赦なく斬り込む。

 殺す。


 だが、殺しきれない。


「もう少しか」

「何をしてるんだ!? なんで、俺を殺せる!?」

「まだ殺せていない。殺すのは、これからだ」


 ディが攻めかかる。

 タカシが抵抗する。


 戦いは激しい音と破壊をまき散らし、次第にディの刃がタカシの命に迫っていく──


 その、横。


 黒い男神と、ピンク色の女神が見つめ合っている。


 黒い男神は『名無しジョン・ドゥ』などというふざけた偽名を用いている。

 ……あるいは、偽名ではないのかもしれない。『無名』こそが名前。古い神、人の妄想した神にある、『名前を呼ぶことが禁忌となる神』。その類型である可能性があった。


 ピンク色の女神は『手を届かせる者』イリス。

 美しく、たおやかで、妖艶で、だというのに少女のようでもある、あらゆる世界において上位に属する神である。


 その女神の『手』が、伸ばされた。


 ゆるく伸ばされた手。

 同時、ジョン・ドゥの頭上から彼を押しつぶす巨大な手。


 ただ巨大化した手を出現させた、というわけではない。

 因果操作。さらにいえば、同位存在すべてに被害を与える『触れれば終わり』の手の一撃。手という形をとっているだけの、巨大な『神の呪い』が男神を押しつぶす。


 しかし、


「我々には暴力の前にすべきことがあるとは思いませんか、偉大なる女神イリス」


 捉えきれていない。


 ジョンは先ほどまで自分がいた位置を押しつぶす巨大な『手』に触れた。

 すると『手』は黒い粘性の液体に変化し、床に染み入るように消えていく。


 イリスは、


「わたくしの手に触れるな、無礼者」

「失礼。握手を求められたのかと思い、私なりのやり方で握り返しただけのつもりでした」

「……けちでつまらない、低級の権能ですね。しかし、わたくしを欺いた。それに、わたくしの『手』さえも権能の下に置いて見せた。……いったい何柱の神を喰ったのですか?」

「私は他者を『数』では管理しません。神も人も、みな、この不完全な世界であがく高潔で素晴らしい者たちなのですから」


 ようするに『いちいち覚えていない』ということだ。

 ……神の殺害は言うまでもなく大事件である。

 イリスを一回殺害しただけでディは大変な注目を浴び、イリスがディを追っていたのは個人的な恋愛感情ありきだったというのはあるが、あらゆる世界の神がディを警戒し、また、注目することになった。


 神というのは人の住む世界を上から見下ろすレイヤーの中に住んでいる。

 その中で情報が共有されれば、神すべてに情報が行き渡る。それは、まだイリスと会ったことさえなかった幼神リュボーフィなどでさえも同様にだ。


 だというのに、目の前の男神が、神を『喰った』ことをイリスは捉え切れていない。

 こいつが勝手に人に特典を与え転生・転移させていたこともわからなかった。これは、異常事態である。


 だが、その異常事態の仕掛けがわかった。


「喰った神を、今の気持ちの悪い黒い粘液で生み出して、生存を偽装していましたね」

「一目で見抜かれるとはさすが、偉大なる女神イリス。ええ、私の権能は『眷属の作成』という、下も下、人の世で生まれ、人の想像する、人の世界の中でしか力を発揮しないような、そういう……ふ。『けちでつまらないもの』です」

「……」

「しかし、人の世で想像された、『絶対に裏切らない部下を増やす能力』。そういう、神の基準ではあまりにも弱い力の元ネタ──人が想像する『増殖するもの』『多産の神』の原型でもあります」

「外なる者が人の思考に変な波動を流し込んでいるというアレですか。都市伝説かと思っていました」

「そう思ってくださるよう、慎重にやっておりました。そういった努力が実を結び、私はこちらの世界に依り代を得て、本体を降臨させることが出来た」

「お前たちは『外』のモノでしょう? それがなぜ……『完璧な世界』を、『こちら』で創ろうとしているのですか。お前の世界でやっていればいいでしょうに」

「当事者にはわからないことがあります。私は、私の世界を客観視出来ない。だから、『完璧』という図をうまく描けない。しかし、外から見れば、こちらの世界の『完璧』を客観的に判断することが出来る。だからこそこうして、『親切な助言』をしようとしているだけなのです」

「一つ、教えましょう」


 イリスは微笑む。

 黒い男神も微笑みを返し、


「拝聴しましょう」

「『外』の者が、外から来て、こちらを好き放題にいじくりまわそうとする。その行為をね、『侵略』と言うんですよ」

「ですが、あなたの権能による『特典付き転移・転生者を別世界に送り込むこと』は、人の視点ではその『侵略』にあたるでしょう? あなたであれば、私の考えに共感を覚えてくださるものと思っておりましたが」

「そうですね。わたくしは世界の停滞を止めるのが使命ですので。『爆弾』をもって『世界の侵略』を行う。そうして世界をかき混ぜ、進歩させる第三者。それは間違いありません」

「でしたら、」

「けれど、あなたと一緒にしないでください」

「……」

「正直に認めれば、あなたの行為を、かつてのわたくしは『そうなんだ』と見つめるだけで済ませたでしょう。『面白い』と興味を持って行いを眺めたかもしれません。……もちろん、『神の決まり』には反している排除対象ですが。それでも、あなたの行為に一定の利を認めたでしょう」

「今は違う?」

「ええ」

「なぜ?」

「世界と人への解像度が上がりました」

「……」

「お前の『親切な助言』はあまりにも『人』をないがしろにしすぎている。『その世界で生きる人』も、『その世界に送り込まれる人』もです。……わたくしは認めない」

「交渉によって協力する余地はありませんか?」

「そして、もう一つ、お前を認めない重大な理由があります」

「拝聴しましょう」

「お前は、ディ様が嫌いそうなタイプです」

「……」

「愛するお方が嫌うものは、わたくしも嫌います。だから、お前が嫌いです」

「好悪で行動するのが、こちらの世界の神の悪いところだと思いますよ」

「そうですか。滅びよ」

「理解していただけなくて、非常に残念に思います」


 イリスの周囲から無数の『手』が生え、黒い男神を狙う。


 黒い男神は空間をどろどろの黒い粘液に変え、抵抗する。


 ……ここは、教会総本山の廊下。

 人が四人も並べばいっぱいになってしまうような場所。


 だが、とっくに時空間など歪んでいる。


 天井は消え、壁は消え、地面さえも消え失せた。

『手』と『粘液』が生み出す宇宙で、神と神、そして人と人とが戦う。


 まず、決着をつけるのは──

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