「なんで俺を殺せる!?」
「そればかりだな。自分で考えてみたらどうだ?」
ディのナイフがタカシを殺す。
タカシは『何か』が一回ごとに削られているのを、確かに感じた。
その『何か』は、この世界に降り立ってから一度だって削られることなどなかったものだ。大事なものだ。
それは、『命』だった。
タカシは、ようやくメカニズムについて考え始める。
(何かが違う。けど、それがなんなのか、わからない! 動きも変わっていない! 攻撃力が上がっているわけでもない! 武器だってそのままだ! でも、あいつの攻撃が、確実に『まずいもの』を削ってるのだけはわかる!)
タカシは自分のチートについて、完全には把握していない。
というより、自分のチートを【
……それは、『洗脳』を能力だと思いたくなかったからだ。
すべてうまくいく。すべての人に愛される。死なない。
それらすべてを能力だと思いたくなかった。この世界の『善い人たち』を救って、それで得た人望だと思いたかった。自分に向けられる愛は、誰かから付与された能力のおかげではなく、自分の行為のおかげだと、思いたかった。
人間関係。
それはタカシが苦手とし、恐怖さえ抱いていたものだった。
(ゲームの中なら、なんでも出来た)
アクションに対しリアクションがある。つまり、無視されない。
働きに対し報酬がある。つまり、軽んじられない。
何かをすれば、たいていの場合、決まった何かが返ってくる。
つまり、試行錯誤が無駄にならない。
無駄が嫌いだった。だから、必要なことだけやっていたつもりだ。
成果が出ないのが嫌いだった。だから、確実に成果が見込まれることだけ努力をした。
失敗が嫌いだった。途中までは失敗でもいい。必ず最後には成功出来ることだけしたかった。
だが、今……
「こんな、答えのわからない問題を命懸けでさせるんじゃねーよ!」
試行回数に限りがあり、その回数が失われた果てにあるのが『死』だということがはっきりとわかる。
このまま殺されれば、なぜか王侯貴族に敵視された敗北者として終わる。
「神様! 神様! 俺は死なないんだろう!? 俺は必ず報われるんだろう!? 善意には善意が返ってくるっていう話だったろう!? この状況はなんだよ! 話が違う!」
先ほど黒い男神にはぐらかされた問いかけをもう一度叫ぶ。
ディのナイフが左右からタカシの首を狙って振るわれる。
タカシは片方を剣で、もう片方を、とっさに手で握って受け止めた。
刃が掌に食い込む。
痛い。
あまりにも痛い。
……痛みはずっと、あった。
でも、我慢出来た。だって、どれだけ痛くても、どれだけ血が流れても、それは『死』につながらない。
逆に、痛みという
ディが力で押してくる。
タカシは痛みに耐え、震えながら叫ぶ。
「神様! 神様! 難易度を下げてくれよ! こいつは──適性なレベルの敵じゃない!」
「そうか、お前も、俺に勝てないと思っているのか」
「俺の攻撃は全然当たらない! だっていうのにそっちは何度も俺を殺す! こんな理不尽なの、ただのクソゲーだろ!」
「恐らくだが、それは、お前と敵対するすべての者が抱いていた感想だ」
「……」
「いくら殺しても蘇生する。勝つまでいくらでも機会が与えられる。そして一方的に相手を倒す。そういう理不尽な存在だったんだ、お前は」
「だからなんだ!?」
「ただの事実の指摘だが」
「……ヒント! ヒントをよこせ! お前はなんで……俺の命を削れる!?」
「ヒントはやった。解けなかった。そもそも教えてやる義理もない」
タカシの
それは『勝つまでいくらでも蘇生出来ること』『人々が理由もなく好意的であること』などの複合的能力が、『彼を主役とした世界改変』であると見抜いたからだ。
そして、『たった一人のために舞台を整えて物語を展開する』というのは、そもそもこの世界を担当していた女神インゲニムウスがやっていたことだ。だからこそ、タカシのチートはこの世界で絶大な効果を発揮した。もともと、そういう下地がこの世界にはあったからだ。
ディは主人公に並び立つ悪役としてロールすることで、『現人神の加護』を受けて強くなった。
これが、シシノミハシラにおける『神楽舞』、直前の世界における『ランクを上げる』に該当する『強くなる方法』だ。
だが、これではタカシを殺せない。
悪役が強いのはあくまでも主役を引き立たせるためだからだ。最後にタカシという主役に敗北することありきでの加護では、タカシの命には絶対に届かない。
……だからこそ、かつてと同じ方法で、神の意図せぬ強さを得た。
そういう可能性に『渡って』いる。
「お前が強いのは、お前が主人公の物語の中だけだ。だから俺は、その物語を無視することにした」
「……なんの……どういう、話……」
「まともにやって勝てる能力か性質があるのを前提として──お前を特別な存在だと思わないように、心を落ち着かせただけだ」
気の持ちよう。
言ってしまえばそれだけだ。
ただ、神を見た人が平伏することで、神というものを感じがたい鈍い人も、『あれはすごいものなんだ』と理解するように。
あるいは、ある分野でしか有名でない高名な者が、多くの生徒に囲まれていると、『よく知らないけどすごい人なんだな』と思われるように。
タカシを主役として世界が回っていると、どうしてもタカシのことを特別視してしまう。
そしてタカシは特別視されることで、『主人公』として強くなる。
神も同じだ。
神は信仰によって強くなる。
神は不滅だと信じられている限り、不滅である。
だからこそ、
「等身大の、そこにいる、人間としてのお前にきちんと目を向けることにした。それだけでお前は、現人神でも勇者でもなく、人間になった」
「……」
「人間は、死んだら死ぬ」
「……そんな、アホな、こと、で、俺を……『死なない』俺を、殺す!?」
「これを『アホなこと』と言うのか」
「アホなことだろう!?」
「人を人として見ることを──名前を憶えて、顔を覚えて、個性を尊重することを、お前は愚かと言うのか」
「……」
タカシの脳裏に、この世界で出会った人々の顔が流れた。
だが、一つとしてはっきりしなかった。
だって重要ではないNPCたちだから。そもそも人の顔と名前を覚えるのが苦手なタカシだ。しかもこの世界の人の名前は、タカシの生前とは文化圏が違う。覚えにくい。
だから、タカシは覚えられなかった。聖王は聖王という
だが、生きていくなら、自分の周囲の人の名前ぐらいは覚えなければやっていけない。
「お前はこの世界で生きていなかったんだな」
タカシは首筋に食い込むナイフよりむしろ、その言葉の方が痛かった。
思い出せない。善を成した。人々を助けた。賞賛された。失った仲間だっている。
思い出せない。今のイベントに出てきていないから。特別な人たちだと思っていた。でも、思い出せない。
興味を抱けていなかった。
シナリオNPCとしてした扱っていなかった。
それら人々の間で生きていたことを──認識していなかった。
『死』が迫る。
首筋に突き刺さったナイフ。これが引かれて頸動脈を裂かれれば死ぬ。もう蘇生は出来ないのがわかる。なぜって、ディはまったくタカシを恐れていない。タカシにおもねっていない。やられ役としての憎悪を向けてもいない。ただ一人の人間として真っ直ぐにこちらを殺しに来ている。
人を殺す覚悟がある。
……なぜ忍者なのか。
それは、タカシの認識において、忍者というのが強いものであり、悪側のものであるという理由──ロール上の理由があってのこと、でもあった。
だが……
タカシという万能チート転移主人公の活躍する物語。
それを『こうした方が面白いんじゃないか』と茶化してぶち壊す。
『こうした方が面白い』
『突然忍者でも乱入させたら面白い』
……その言葉がタカシの脳内に残っていたのだろう。
ディには知識が『渡って』いる。
『物語に突然忍者を乱入させた方が面白い場合、その物語の展開は不十分である』という理論は──
サプライズ・ニンジャ理論と呼ばれている。
タカシの認識において、忍者とは、物語の外から来て物語をぶち壊す青天の霹靂であった。
ぶつり。
ディのナイフがタカシに届く。
それは命を刈り取った。
主人公でも現人神でもない、ただ一人の人間の命を。
蘇生する不死者、タカシ。
完全殺害──
──の、瞬間。
とてつもない震動が、ディの残身を解かせる。
視線を向けた先にいたのは、神。
理解も納得も出来ない、本物の神と神との戦いも、佳境に入っていた。