「おーっほっほっほっほっほ! みなさま~!!! 『
【わこつ】
【わこつって何?】
【古代の言語だぞ】
【櫻子お嬢様~!】
【今日も縦ロールがドリルのようですわ~!】
「みなさまありがとうございますわ~! あら、あらあら! まだなんにもしてないのに『聖なる剣♂』様、スパチャありがとうですわ~! みなぎる魔力がわたくしの糧となり、ダンジョンの謎を、ええと、なんでしたかしら? まあとにかくお金美味しいですわ~!」
【もうちょっとがんばれ】
【金! 金! 金! お嬢様として恥ずかしくないのか!】
【櫻子お嬢様は庶民派なんだゾ】
【財布もマジックテープだしな】
【バリバリィ!】
【やめて!】
【この一連の流れ何?】
【古文書に記されたインターネット仕草だぞ】
「はい、それでは……本日はみなさまにお知らせがございますのよ……」
【なんか急に空気変わったな】
【BGMが悲しすぎる】
【オープニングとの落差に草を禁じ得ない】
【動画タイトルに『みなさんへお知らせ』って書いてあるんだよなあ】
【いい知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい?】
【情報持ってる方が決めろ。こっちに委ねんな】
【いやこれも太古のインターネット仕草でな】
「実は五人しかいないのにめちゃくちゃコメントしてくださっている皆様にこんなことを申し上げるのも申し訳ないのですが……裏方担当の者が、ダンジョンの奥に入って出てきませんの」
【え、ガチなやつ?】
【遭難者じゃん】
【届け出せばストリーマーギルドが捜索してくれるぞ】
【※有料です】
【あ……(察し)】
「ストリーマーギルドに救助を頼むお金もなく……ですからこの配信をどうか拡散してほしいのです。裏方には、その……厳しく当たってしまったこともありましたけれど、二人でチャンネルを立ち上げた大事なおさななじ……仲間なのです」
【幼馴染!?】
【幼馴染ってあの!?】
【幼いころに馴染んでて一回別れてまた再会するあの!?】
「い、いえ、ずっと一緒でしたから再会はしておりませんが……ともかく、わたくしはこれから……一人で裏方を探しに行きます。ですが、わたくしが普段行っているような範囲にはおらず……」
【櫻子お嬢様、三十階層ソロ攻略とかしてなかった?】
【三十以上は前人未到の領域だぞ】
【え、それ以上の場所ってこと?】
「あ、いえ、その……実はわたくし、ソロですと、あの、十行けたらいいなあ、って、そのぐらいで……」
【なるほど理解した】
【お嬢様系無双配信スタイル(ありふれすぎててバズらない)はやらせだった!?】
【実は知ってた】
【ガチで三十階層ソロならまあ、もっと流行ってるよな、動画】
「みなさま!? ……い、いえ、その、ですから……到底わたくしが行けないところまで行ってしまった裏方……相方を、助けに行きますの。ですからどうか、ええと……拡散し、わたくしはともかく……彼の窮状を広く、知らせて欲しいんですの」
【彼!?】
【彼って言った!?】
【女性ダンジョンストリーマーが彼氏疑惑はまずいですよ!】
「かっかっ彼氏じゃありませんことよ!? とにかく大事な幼馴染です! ですがその、わたくしのせいで、えっと、と、とにかく、行きます! 出来ればこの配信を拡散して、善意のS級ストリーマーの方か、スパチャでギルドに救助依頼を出せるぐらいにまでなればいいなあというか細い願いを抱いて、ソロで参ります!」
【さすがにパーティぐらい組め】
「出来たらやっているに決まっているでしょう!? ほ、本当にもう、わけがわからなくて、私のせいで、あんな、無茶なこと言わなければ、と、とにかく、とにかくとにかく、助けに、行きます。もしかしたら、遺言配信になるかもしれませんから、その、み、みなさん、お元気で!」
【櫻子お嬢様~】
【カメラを置き去りにする勢い】
【なあ、茶化してる場合じゃなくね?】
【それは本当にそうなんだけど、『じゃあ代わりに救援依頼代金払いますね』って言えるの石油王ぐらいでしょ】
【石油って何?】
【ダンジョンが見つかる前までこの世で一番使われてたエネルギーだぞ】
【助けられるもんなら助けてやりたいけど、ストリーマーは完全実力社会だからなあ】
【政府の口減らし政策だっけ?】
【それは陰謀論な。まあでも……】
【また俺の見てたダンジョンストリーマーが死んじゃうのか】
【ハゲタカさん……】
【死ぬから好きになるんじゃない。好きになったら死ぬんだよ】
【死神さん……】
【まあ出来る限り拡散してみよう。無力だけど】
【で、その裏方の名前ってなんだ? 名前わからないと善意の大富豪が動画見ても救援依頼出せないぞ】
【今日は動画概要欄に名前書いてあるな】
【んんん? あ、これ名前か。今時珍しいシンプルな名前だな】
【人の名前にケチつけるのよくない】
【でもなんか一瞬名前に見えなかったよ。だってさ──】
【──
◆
薄暗い、石の空間で目覚める。
「……これは、ナボコフのいた世界の時と同じ感覚だな」
魂だけが世界をまたいだ、感覚。
この時に自分の肉体がどうなっているかはわからない。だが、二回目ともなると、ある程度、『魂だけが渡る』ケースの条件みたいなものに予想が立てられる。
「……『死体』か」
ディの異世界同位体が、死亡していること。
これがどうにも、『魂だけが渡る』条件になっているようだった。
「さて、『招待状』に従ったはいいが──」
立ち上がり、周囲を見回す。
薄暗くて見えないが、周囲から自分を狙う殺意だけはひしひしと感じることが出来た。
装備を確認する。
体にぴったり張り付くような、黒いボディスーツ。
手の中にあるのは不思議な鉱物で出来た剣だ。赤、紫、黄色、青、黒、白と色が変化していっている。
ディの感覚はこれを『おもちゃみたいだ』と認識した。ボディスーツも含めて、どこか玩具めいた趣があるのだ。
だが、確かに武器であり……
「……『カメラ』か」
カメラ。
ディが『息を吹き返した』と同時に、周囲を回り、ディの姿を捉える球体。
知識が『渡ってくる』。
これは──
ダンジョン時代。
配信業。
ダンジョンストリーマー。
──西暦に直して1999年。世界に『ダンジョン』と呼ばれる構造物が突如として生えた。
人類はそこに多くの資源と、各種問題を解決するだけのエネルギーが眠っていることを、五年ほどかけて知る。
そうして形成されたのが、『大ダンジョン時代』。
最初は炭鉱夫のような立場だったダンジョン探査人。
だが時代の変化とともに、ダンジョンに潜って戦いの様子を配信することが当たり前となってくる。
これは、そんな時代、そんな世界で──
「……なるほど。ダンジョン内ではカメラを起動するのがルールか。なら、起動しよう。ええと……」
知識を探る。
渡るのではない。肉体に残った知識が、ディの口をついて出て来る。
「……『おーっほっほっほっほっほ。みなさま、『佐藤院櫻子のダンジョンストリーム』の時間でございましてよ』……?」
【お、新しい配信者か?】
【おじさんはねぇ! 新鮮な新人ストリーマーにスパチャを贈るのが趣味なんだよねぇ!】
「……なんだ、これは」
ディの周囲を回るカメラから、半透明の文字が流れ、同時に機械的な音声がその文字を読み上げる。
コメントをまとうように周囲に流したまま、ディは戸惑い……
「……まぁ、何にせよ、努力のしがいがある状況に違いはないか」
戦いを開始する。
今度はダンジョン配信世界。
ディはこの世界で──うっかり、無双する。