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第102話 配信とスパチャ

 襲い来るモンスター。


 ディの頭の中に、これらの知識が『渡って』来る。


『ゴブリン。

 ここに出る個体は通称「赤ゴブ」と呼ばれる上位種。

 ゴブリンを始めとして、各モンスターは強さによって色が変わるため、「(色)(略称)」と呼称されるのが一般的。


 赤ゴブは三十階層から出る、現在は・・・最上位とされている個体。

 その強さは十階層ボスにも匹敵する。


 ゴブリン種の特徴として、鷲鼻で汚い肌をした小男のような姿をしており、たいていの場合徒党を組み、人間のように武装している。

 武器の傾向としては打撃武器が多く、鎧を身に付けている者は特に「指揮官コマンダーゴブリン」と区別される。

 また同じようにゴブリンの亜種として「ゴブリンシャーマン」という魔法を得意とする種族も存在する。


 ゴブリン種はすべて緑、青、赤という順番で強くなっている。

 都市伝説レベルの目撃例としては黒ゴブリンというさらに上位の種もいるとされているが、これは四十階層以降に現れると言われているため、嘘だという見方が一般的。


 人類はまだ、三十階層さえ踏破出来ていないのだから』


「……ずいぶん詳細というか、文字として整理された知識だな」


 まさしく『データベース』と呼べるものが頭の中に渡ってきて、混乱する。

 混乱しながらも、ディは手の中にある七色に色を変える剣を振るった。


 この『可能性』──


「…………ん?」


 ──奇妙だった。


 取り囲み襲い来る『赤ゴブ』どもに剣を振るう。

 確実に両断出来た勢いだった。


 だが、起こった現象は……


『爆発』。


 大規模なものではない。ゴブリンの体表に剣が振れた瞬間、火花が散って、ゴブリンどもが吹き飛ぶ。

 威力自体は勢いの通りらしく、ゴブリンどもが死して──いや、ドロップアイテムを落とし、すうっと消えた。


 囲んでくるゴブリンの一撃が、奇妙な現象に一瞬惚けていたディを襲う。

 ふとももに強烈な棍棒による殴打!


 だが、ディにダメージはなかった。『かきんっ』という音を立てて、棍棒が弾かれたのだ。

 明らかに金属か、それ系統の硬度がある素材にぶつかった音。

 だがディの着ている黒いボディスーツは柔軟性があり、弾力性と対衝撃性は強そうだが、決して金属のような『硬い』ものではない。


「????」


 困惑しつつも、


「……まあ、そうか」


 一つだけ理解する。


「奇妙ではあるが、『赤ゴブ』の群れを片付けるのに支障はなさそうだ」


 剣を構える。

 体が自然ととったその構えは、これまでシシノミハシラ、それから故郷のセヴァースで『剣術』というのを体感してきたディにとって、不思議な構えだった。


 頭によぎる表現がある。


 これは『剣術的』ではないのだ。


 ──殺陣たて的である。


 方向性としては舞いに近い。


 ディは動きの方向性を理解し、体がとろうとするままの動きをしていく。


 ディの周囲に、半透明の『コメント』が流れる。


【うおおおおおおお! カッケエエエ!?】

【赤ゴブ!? 赤ゴブを雑魚扱いしてる!?】

【なんだこの新人は。たまげたなあ……】

【うおー! いけー!】


「……どうも」


 なんとなくコメントに返事をしてしまう。


(やりにくい、というか……なんだろうこの感覚は。誰もいないのに、横で誰かが見ているような──まあ、『配信』とはそういうものか)


 戦ううちにこの世界のことをどんどん思い出していく。


 配信。


 この世界にはある日唐突にダンジョンと呼ばれる──そう呼ぶしかない何かが湧いた。

 それは鉱山のようであり、畑のようであり、油田のようであり、しかし同時に密林のように、あるいは深海や宇宙のように、多くの謎と危険をはらむものであった。


【コメントに返事しなくていいよw】

【戦いに集中していいんだよー】

【おじさんはね、こういう新人仕草を見るのが何より好きなのさぁ!】


 コメントに色がつく。

 色は赤──


 スパチャ。


『Super Charge』の略称であり、視聴者からこれが贈られると、金銭のおよび……


 魔力が、配信主に流入する。


「……!」


 ディは己の動きが急激に良くなったのを感じた。

 速度が速くなる。認識が早くなる。力が強くなる。


 せいぜい1%程度の強化だろうか。

 だが、準備もない1%の総合能力強化は、ディをして振り回されかける超強化だった。


 単純な話──


 筋力が1%上がれば、攻撃威力の上昇は1%では効かない。


 ディの剣が『赤ゴブ』に触れ……


 大爆発。


 しかしその火花は不思議なものだった。爆発している、という視覚的な情報は間違いない。爆発の規模も先ほどより大きい。

 だが、衝撃がないのだ。火花が散っているが、熱くもない。どうにもボディスーツのおかげではなく、顔にかかった火花さえも、熱くない。


 これは、


(『そういうエフェクト』か)


 ただの、視覚と音の効果にしか過ぎない。

 そしてその大爆発は──『クリティカル』。


 一撃で致命的なダメージを与える、確率で発生するもの。

 ……とはいえ、そもそも『このディ』は赤ゴブを一撃で葬ることが出来るので、意味はなかった。


【無名で三十階層!?】

【いやこれダメじゃね? DSダンジョンストリーマーはダンジョン潜る時に絶対カメラ起動してないといけないじゃん。入り口から配信始まってない時点で違法でしょ】

【一応抜け道はあるぞ。他の配信者とコラボか裏方やってれば本人のカメラ起動する必要はない】

【なあ! 動画が拡散されてきたんだけど、こいつ行方不明のヤツじゃね!?】

【何それ。URLプリーズ】


(それにしても──)


 コメントを見つつ、『赤ゴブ』の残りを処理していく。


(──思い出してきた。俺は、カメラを持たされていなかったはずだ。『私のカメラがあるからいいでしょ』ということで……『私から離れないようにすれば問題ないから』と言い含められて、カメラを取り上げられたはずだ)


 俺。


 この『俺』は、『この世界で暮らしていた肉体』である。


 その記憶によれば、カメラは取り上げられていた。『そばから離れないように』──そう言った彼女・・の顔はまだ微妙にぼやけているが、だんだんと、エピソード記憶は入ってきている。


 だから、疑問に思う。


(この『カメラ』はなんだ? 誰が、いつ、俺につけた?)


『赤ゴブ』を処理しつつ、悩む。

 淀みなく動く体は、悩みながらでも赤ゴブ程度は楽に処理出来た。


 その様子、まさに無双──


【そいつがディだ!】


「?」


 流れるコメントが、ディの視界を横切る。


 と、ほぼ同時──


「大!」


 駆け寄ってくる人がいた。


 ゴージャスなドレス──と見せかけて、よくよく見ると、5000円ぐらいで変えそうな安っぽいぺらぺらした生地の衣服を身にまとった少女。

 服の下にはDSダンジョンストリーマー用装備であるボディスーツを着ているのがわかる。


 縦ロールにした髪もどうやらカツラらしい。それも、安いカツラだ。

 走ってくる勢いに負け、外れて、中のさらりとした長い黒髪が零れ落ちた。


「でぃ~~~~~~~い~~~~~~~~~! わ、わたじ、わだじが、」


 そしてなんだか知らないが号泣している。

 鼻水と涙でぐちゃぐちゃになったその顔を──


 ディは、『思い出した』。


猫屋敷ねこやしき奈々子ななこ

「本名で呼ぶなバガァ~~~~! 佐藤院さとういん櫻子さくらこぉ~~~~~! 敵、いっぱい、死、生きててよがっだあああああ!」


 ……何やら複雑な心境そうである。

 ディは……


「……困ったな」


 唐突な出来事に、頭を掻くしかなかった。

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