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第103話 佐藤院櫻子(本名:猫屋敷奈々子)

 ──本名でいいじゃないか。派手な名前なんだし。


 ──イヤよ! 自宅とか特定されたらどうすんの!?


 ──自宅を特定出来るぐらい、有名になれるといいけど。


 ──『なれるといい』じゃない! なるの! 


 ──そうか。がんばれよ。


 ──アンタもやるのよ!


 ──そうだったのか。じゃあ、がんばるよ。

 ──まあ、奈々子の性格だと、俺ぐらいしか頼れる相手もいないだろうしな。



 思い出した。

 彼女は猫屋敷ねこやしき奈々子ななこ

 佐藤院さとういん櫻子さくらこという名前で活動しているDSダンジョンストリーマーだ。


 そして……


 ディ──『この世界のディ』が、ダンジョンの奥地に置き去り・・・・にされた理由も、思い出した。


 ささいな口論だ。


 とはいえディの視点においては『口論』ではなかった。

 奈々子はかなり激しやすい性格で、よく思ってもいないことを口走る。そうして感情をうまく制御出来ない。

 そのせいでかなり昔から苦労をしてきた──彼女視点で『どうにもならない』感情の爆発。まぁ、客観的に見ればヒステリーとしか言えない性質ではある。第三者的に見れば『お前みたいなヤツ知らんわ。勝手に生きて野垂れ死ね』と言われても無理のない性格であった。


 見た目だけなら清楚なお嬢様という感じ(佐藤院櫻子として金髪縦ロールを身に付けている時は印象が変わりすぎる)なのだが、その中身はと言えばDV男と大差ない。


 ディは今、確かにこの猫屋敷奈々子と幼馴染だった肉体に入っている。

 だが、強く残っているのは『ディ』の方の感覚だ。中尾なかおだいという名前のこの肉体はあくまでも『外付けの情報』しかもたらさない。彼の思い出は、彼の思い出だ。ディの感情に何も影響しなかった。


 ディ──大が置き去りにされる理由でもあった『ささいな口論』というのも、裏方であり、ダンジョンで『露払い』をしていた大が、『視聴率のためだかなんだか知らないけど、危険なところまで潜り過ぎだ。あまり深く行くとさすがに守り切れなくなる』と言い出したためだった。


 この主張は客観的に見てまったく正しい。


 大は三十階層で生き延びる実力を持ったDS──配信streamはしていないので探査人とか調査人とか呼ぶべきかもしれないが──だった。

 世界のトップ層は三十階層を攻略・・出来る・・・レベルなのでトップ層とは言えないまでも、生き延びることが出来るだけで、上位の実力者ではあった。


 対して奈々子はそう実力者でもなかった。

 中堅どころ、といった程度の実力。十階層付近でまごついて一年が経過する、『ああ、才能はないな』と思われる、そういう普通の少女だ。


 だから実力者である大の言葉に従うのが正しい。

 お嬢様配信ダンジョンソロ攻略とかやっている場合ではないのだ。実力がないことを認め、DSなんていういつ死ぬかわからないものを辞めて、堅実に進路を選ぶべきなのだ。


 あらゆる方面で、猫屋敷奈々子という人物は愚かだった。

 そして改善の見込みがなかった。


 奈々子の行動を客観的視点から振り返って、デイはそう思う。


 ……だが。それは、『第三者的』な視点で。

『大』の見解は、もう少し違う。なぜなら、奈々子に対して解像度が高いから。


【っていうか置き去りって犯罪でしょ。しかも三十階層で?】


 コメントが騒ぎ始めていた。

 ディの配信は『赤ゴブ』を雑魚扱いしたことが話題となり、拡散され始めていた。

 その流れで奈々子がしていたらしい『置き去りにした幼馴染を救いに行きます』という配信もまた拡散されており、二人の間にあった出来事がなんとなく世間に共有されるようになっている──とコメントの流れなどからは読み取れる。


【置き去りにしたヤツが今、泣きついてるってこと?】

【「生きててよがっだあああああ!」じゃないんですよ。おめーが殺しかけたんだろ】

【知ってますよ。こういうのDVって言うんですよね。殴った後優しくするやつ】

【浅ましいっていうか、あからさますぎて草。叩かれないための泣き真似乙w】


【猫屋敷奈々子。『櫻子チャンネル』の前にも本名で配信してたみたいだけど、当時の動画は全部消してる。でも探したら切り抜きがあった。視聴者のコメントにブチ切れて炎上した時のやつ】

【視聴者とガチケンカする配信者とか今時まだ実在したんだ】

【キレやすい若者】


【男の方は中尾大っていう名前だね。一応チャンネルは持ってるけど動画は一回も配信してない。アーカイブ漁ったら何回か櫻子チャンネルの方で見切れてる。モンスター倒したり罠解除したりほとんどこっちがやってるみたい】

【弱みでも握られてんの?】

【いや最悪すぎんか? 有能なDSは国の宝じゃん。なのにこのヒス女のせいで今まで表に出なかったってこと?】

【恐喝は犯罪ですよ。実力搾取も。特にDSで実力者を不当に扱うとまあ社会的制裁はまぬがれませんなあ(笑)】

【まあまあいいじゃん。埋もれてた実力者がこれで表に出て来るんだし】

【これが『ざまあ系』ってやつですか】


 コメントがディの周囲で踊る。

 中にはわざわざスパチャを使って目立つようにして、奈々子のプロフィールを書き込む者もいた。


 このダンジョン配信が当たり前になり、有名配信者ともなれば億万長者になる世界。インターネットと呼ばれる情報の世界は、調べる能力のある者が調べれば、ある程度の個人情報までわかるらしい。


 そしてこの世界の人々は『悪者』を叩くのが大好きだ。

 奈々子はわかりやすく悪者だった。実力者の実力を不当に隠し、その実力者を置き去りにした。今、泣きながらディに抱き着いているのも、印象が悪い。『女の武器』を使って許されようとしている芝居にも見えるし、本気で泣いていると見ている者も『お前が追い詰めたのに何言ってんだ』と冷ややかに見ている。


 ディの感覚はむしろ、コメントをする者たちの側にあった。


 ……だが。


(……なるほど。お前・・の願いは、『そう』なのか)


 今のディは、『この世界のディ』──異世界同位体と仮に定義するべきモノの中に、魂だけ転移している状態だ。

 だから知識があり、生前の想い、死してなお遺る想いがわかる。


 そしてディは、その想いは尊重すべきものだと感じていた。

 だから、


「一ついいだろうか」


【お、何かしゃべるぞ】

【言ったれ言ったれ】


「奈々子はまあ確かに性格が悪いし、感情の制御が下手だし、自分の言動を忘れたりするし、目立ったり成り上がったりしたいという欲望が強すぎて暴走して、ありえないことをする場合も多いが……」


【うーん、クソw】

【弁解の余地なし。死刑(笑)】


「俺は、好きで奈々子に付き合ってる」


【ん?】

【流れ変わったな】


「奈々子の性格の悪さも、友達のいなさも、よくキレるところも、俺はよく知っている。よく知った上で、裏方をしている」


【あのすいません、俺たちは何を聞かされているんですか???】

【流れ変わっ……変わりすぎだろ!】


「あなたたちの意見は『客観的に見ればその通りだな』と強く納得する。奈々子はクソ女だ。それは本当に間違いない。だが、俺はこのクソ女と生まれた時から付き合いを続けている。あなたたちよりもよっぽど、この女にえらい目に遭わされてきたんだ」


【もしかしてこれ、惚気なのでは】


「だから、俺はまだ努力出来る。どうか俺から努力のしがいを奪わないでくれ」


【惚気……いや惚気かこれ???】

【どうしよう、何言ってるかわからなくて困惑している】


「それに、奈々子はこうして、命懸けで三十階層まで俺を迎えに来た。その勇気と賢明さは評価されるべきだと思う」


【でもコイツ、あなたを助けに行く前に普通に動画のオープニングから入ってましたよ】

【見た見た。なんか人命かかってるっぽくないっていうか、普通にネタにしてる感じだった】

【BGMまで流して『おーっほっほっほ!』とか笑ってたんスけど。騙されてません?】


「いっぱいいっぱいになると、人は日常繰り返している行動をとってしまうものだ。奈々子は特に、いっぱいいっぱいになりやすい」


【なるほどね】

【いや納得するなって。なんか、こう、もっとあるだろ】

【俺は魔女を火炙りにしに来たんであって馬鹿ップルの惚気を聞かされに来たわけじゃねえんだよ】

【この手に持った火はどうしたらいいんですか!?】

【パンツ穿けよ】

【パンツは脱いでねーよ!】


「わかった。では、これからは二人で一緒に戦うことにする」


【何をわかったんです???】

【もしかしてヤバイ×ヤバイの二人で相性がいいのでは】

【なんだろう、すごく不思議なものを見せられている気がする】


「奈々子は俺を裏方にしたがっているが、俺が俺の意思で裏方を辞める。そうすれば奈々子が性格が終わってるだけで、別に俺の弱みを握っているわけではないと証明出来るはずだ」


【そうかな……そうかも……】

【騙されるなって! あるよ、何か!】


【おじさんは君らを見守ることにしたよ!】


 コメントが踊る。

 少しでも自分のコメントを目立たせようと、スパチャ──金を払って色をつけたコメントも、多数流れ始める。


(……なるほどな)


 ディは『体に遺った想い』のままにひとしきり語り終えて、ようやく、この肉体に遺った想いを表現する言葉を見つける。


(この肉体と、奈々子との関係は──俺とアーノルドの関係に近いのか)


 勇者アーノルド。

 ただし、アーノルドとディ、奈々子と大との関係性には決定的な違いがあった。


(俺は、奈々子のことをほんのり好きで、奈々子は俺のことをあからさまに好きだったんだな)


 客観的に見るまでもなく、奈々子はわかりやすかった。

 まあ、好きな相手をダンジョン奥地に放り込んで置き去りにするなという話、なのだが……


 普通であれば、この『置き去り』は、大を死なせることはなかった。

 そもそも大は奈々子という荷物のお守りをしながらここまで来る実力者だ。一人の方がむしろ動きやすいし、奈々子もそこは充分に理解して、甘えて、置き去りにした。


 ……大を殺す『異常事態』が起こったのだ。

 詳しい記憶は、強いショックからか、まだ読み取れないけれど。


(仮にその『異常事態』が大を──俺の異世界同位体を狙ったものであるならば、犯人は……)


 やたらとディに注目している、名無しの神ジョン・ドゥの仕業である可能性がある。


 すでに戦いは始まっている──


 ──の、かもしれないと、ディは思った。

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