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第105話 うずめちゃん(新人にスパチャを贈る神)

「おじさんはこういうのが好きなんだよねぇ!」


 カチャカチャカチャ……

 ッターン!


 モニターの明かりのみが照らす暗い部屋。

 ぼさぼさ髪の女が、だるんだるんのTシャツを着て、言葉を発しながら同じ内容をタイピングしている。

 複数あるモニターにはDSダンジョンストリーマーの様子が映し出されており、その大半がチャンネルに動画を上げたての新人だった。


「新人のスパチャ処女もらうのウマすぎィ! 生き残れよ人間・・! 君たちにはねぇ! 最奥の『アマノイワト』を開いてもらわないといけないんだからねぇ!」


『アマノイワト』


 ……ダンジョンというのはすべて『途次』である。

 この世界の根幹たる大資源の眠る場所、『アマノイワト』に接続するための途次。

 すべてのダンジョンは最終的に『アマノイワト』にたどり着く。この大ダンジョン時代、およびダンジョンというものが出現した経緯というのはつまり、『この世界の王を決めるための、神からの試練』である──


 ──という情報を知る者は、神しかいない。


 人類は『アマノイワト』という名称はおろか、彼らが『ダンジョン資源』と呼んでいるものが、閉ざされた扉から漏れ出て来るエネルギーの残滓でしかないことも知らない。

 そしてすべてが、この世界の管理神──


 ハンドルネーム『うずめちゃん』という、一人称『おじさん』の、新人発掘スパチャ贈り神の仕業であることも知らない。


「いやー、にしてもいいねぇいいねぇ。年取ると涙もろいからもうなんでも泣いちゃう。ディ──『神殺し』のディ。予想してなかったよ、この展開は! 笑ったし泣いたよ! 推しちゃうねぇ! これは推しちゃうよねぇ! 推したいんだから早く配信しろ! 健康に気遣いながら毎秒配信しろ! スレッド立てちゃお。おっ、もう立ってんじゃーん! ……はぁ~~? 住所特定とか過去のやらかし暴露とか人類愚かすぎなんですけど~? 削除依頼出すぞコラァ! 新人は暖かく見守って沼にはめろっていう先人の教えを忘却した定命の者どもがよ……」


 神なので複数の動画を閲覧しながらスレッドに削除依頼を出しつつ新しいスレッドを立ててコメントをするなどということも出来る。


 彼女の権能は『観察』に特化している。

 というより、この世界が始まった時に持っていたあらゆる権能を、ダンジョン作成の時に切り離した。その結果、『観察』しか残っていない。

『アマノイワト』と呼ぶエネルギー資源、この世界の根幹への道をヒトに拓くには、真面目だったころの彼女が持っていたほとんどすべてを純粋リソースにしなければ適わなかったのだ。


 世界の核──


 これは神の持ち物ではないのだ。

 神々がいくつもの世界を生み出す理由でもある。世界を生み出せば『世界の核』も同時に生まれる。それは神にとっても貴重なリソースである。

 これから漏れ出す余波を操作し、世界を存続させ、長くエネルギーを吸い上げ続けることこそ、すべての神々が共通して持つ目的。

 ただし『世界の核』は気まぐれだ。そして神は間接的にしかこれに触れることが出来ない。

 だからこそ『知的生命』を使う。……もっとも、多くの神々は、『世界の核を維持・管理する』という『お仕事』よりも、『ヒトの繁栄・育成』という『趣味』の方に夢中になってしまうのだけれど。


 それはヒトが神の似姿ゆえである、が……


「はぁーあ。あの『黒いの』も削除依頼一発でBANされてくれたらいいんだけどなあ」


 神とヒトとのかかわりには、個神差がある。


 かわいがるとただ述べるだけでは、その内容までは表せない。

 すべてを管理することを愛情だと思っている者もいる。そして、うずめちゃんのように放任して見ていることを楽しむ神もいる。


 そうして中には、法度破りも甚だしいが、他人の管理する世界に侵入して、そこに住まう人たちを勝手にかき回すようなモノもいる。


 ちょっと前……数年前か数十年前かは思い出せないが……にも出た『黒いの』が、最近再び現れた。

 その時のうずめちゃんの反応は『げ』だった。


 何せかつて無視した異常なのだ。

『なんかのバグかなーやだなーダンジョンとか作ったせいかなー。知らない間に消えててくんないかなー。上に報告とかマジで勘弁してほしい頼むよー』と思っていたら消えていたので見なかったことにしたのだが、それが再び戻って活動を始めている。

 本当に迷惑だった。まあ三日ぐらい放置してみて消えてたら見なかったことにしよ、と思ってもう数年ぐらいになる。ここまで放置したことが偉いひとにバレたら大変なお叱りを受けるので、そのことがますます『報告』という選択肢をとらせにくくしていた。


 人も神も怒られるに決まっているなら報告を避ける。神が全知全能であるならば起こりえないバグであった。


 しかし今回は……


 その『黒いの』、あるいは『名無しの神ジョン・ドゥ』を追っている者がいる。


「ッアー! DS始めて一か月が二十階層に突っ込むんじゃありません! 『行けそう』じゃないんだよ! 行けないから! あのねぇ! おじさんはずっと新人を見てるけどねぇ! 一か月で二十階層行けた人は三組しか知らないの! そして君たちは『そっち側』じゃないの! 戻れ新人! 乗るな!」


 カチャカチャカチャ……

 ッターン!


 引き留めようとスパチャでコメントを目立たせるが、『行けそう』とか言っていた新人は、スパチャ強化による全能感で『行ける!』となって行ってしまった。

 観察してコメントを送るしか出来ない弊害、というか言葉を介して他者と連絡を取り合わなければいけないという不完全性による弊害であった。

 この『言葉というワンクッションを挟んで意思を伝えなければならない』という不完全性はあらゆる世界、あらゆる神が生まれつき抱え、そして誰も修正出来ないバグであるとうずめちゃんは思っている。言葉というもので意思疎通を図らなければいけない時点で、どうしようもなくすれ違い、勘違い、反発が起こるのだ。


 まあ、だからこそこの不完全性はそこまで熱心になくそうとされないのだろうけれど。

 すべてが神の意思一つで言葉もなく差配できる世界には、可能性が生まれない。

 不完全性こそが多様性を生むのだ。


「……ふう、思いとどまってくれたか。こういう時はスレッドに呼びかけてコメント爆撃するに限るね。また新人の命を救ってしまった……これはピザを頼んでもいいんじゃないか?」


 パソコンとモニターまみれの十畳ほどの『領域』の中でうずめちゃんはかいてもない汗をぬぐった。

 なおこの場所は望めば『リアル』とも接続出来るので、うずめちゃんのことをただの引きこもり女と思ったままピザなどを配達した人もそれなりの割合で存在するし、家賃も普通に払っている。


 その愛すべき汚部屋に、ぴんぽーんとチャイムの音が響いた。


「なんか頼んでたっけな……」


 首をかしげながらも「はいはーい」と立ち上がり、空き缶などを蹴飛ばしつつドアを開ける。

 するとそこにいたのは──


「こんにちは。あなたの世界にお邪魔するので、一言、あいさつに来ましたよ」


 ──ピンク髪の女神である。


 うずめちゃんはとりあえず玄関を閉じた。

 またピンポンピンポンとチャイムの音がする。


 うずめちゃんは冷や汗を流す。


「…………え? なんか、え? なんか……え? なんか……あれ? なんかおかしいな。日中の安マンションに女神いなかった? ラブコメの始まり?」


 しかもその女神、そんじょそこらの女神ではなかった。

 多次元をまたぐ系のすげーヤツだ。

 うずめちゃんが軍曹だとすれば中将とかそのぐらいであり、うずめちゃんが声優のつかない書き割りでやられるモブだとすれば有名声優が担当するメインヒロイン相当の感じのものであり、うずめちゃんが路傍の石だとすれば、博物館とかで飾られてるでっかい宝石みたいなものである。


 縦割り的に言えば上役の上役のその上役、本社で社長秘書をつとめる会長令嬢みたいな人が、なぜか平社員の僕の家に突撃してきた──みたいな大事件である。


「はぁ、そういえば何徹だっけな……神に睡眠はいらない? それはそう。でも休息は必要だと思います。はい。というわけでね、備蓄のエナドリ飲んで寝よう。おじさんぐらいになるとね、エナドリ飲んでも余裕で眠れちゃうから」


「うずめちゃん」


 背後から声がして、うずめちゃんはビクッとしてから、ゆっくりと後ろを振り返った。


 見れば──


 ドアを空間的な意味で突き破って、『手』がうずめちゃんの肩を掴んでいる。


『手』はもう一本あって、それはうずめちゃんの平穏領域を守るドアのカギをがちゃりと開けていた。なるほど空間を歪めて手を入れてのピッキング。斬新すぎる手口である。どう防犯したらいいですか。


 ドアが開く。


「こんにちは。『手を届かせる者』イリスと申します。何かお困りのことはないですか? 黒いのジョン・ドゥ部屋せかいに出て困っている、とか」

「が、が、が、が」

「……が?」

「…………害虫駆除業者の方…………?」


 女神イリスはにっこりと笑い、


「似たようなものです。あなたのお部屋を掃除に来ました。まずは──」


 視線をうずめちゃんの汚部屋にさまよわせ……


「──わたくしが座る場所を確保なさい。早急に」


 横暴を働き始めた。

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