『
『……執事系探索者のディの』
『『ダンジョン探索チャンネル~』』
『はい、というわけでしてね。新しく執事を迎えて生まれ変わりましたこの配信も、もう五回目ですわよ』
【
【猫屋敷、俺は応援してるぞ】
【※このコメントは削除されました※】
【目にもとまらぬ勢いでコメント削除されてて草】
【執事が秒でやってくれましたわ~!】
【有能執事過ぎて草も生えない】
『ちょっと! わたくしのこと猫屋敷って呼ぶのやめてくださる!? わたくしは佐藤院櫻子! 佐藤院財閥の令嬢なんですわよ!』
【いつまでそのお嬢様ロール続けるんですか?】
【お嬢様ロールっていうかお嬢様ロールしようとしてテンプレなお嬢様反応しか出来ないから上滑りしてる人だぞ】
『ディ! 今のコメント削除対象でしょ!?』
『いや、特に侮辱でもないしまっとうな反応だと思う』
『ディ!?』
【この掛け合いを見に来た】
【この逸材を裏方にしてたの、やっぱプロデュース能力ねぇよな……】
【櫻子お嬢様は不器用なお方だから】
【※このコメントは削除されました※】
【モデュレーター権限持ち執事の反応早すぎて草。どのタイミングで読んだんだよ】
【あっちにコメント表示されるの、配信見てる俺らよりちょっと遅いはずだよね?】
【櫻子お嬢様のチャンネルにたくさんの人がコメントしてて俺は嬉しいよ(古参面)】
【メン限三年はマジでチャンネル開設当初からの古参なんだよなぁ……】
【すごいっていうか、こわい】
【アーカイブ見たんですけどクッソつまらなくないですか???】
【執事出てからおもろくなったけど、それまでは見る苦行だったぞ】
【これが滑り芸ちゃんですか(アーカイブ)】
【櫻子お嬢様は修行僧を引き寄せる波動を出している?】
【※このコメントは削除されました※】
『本日の修行プランについて説明しよう。五日耐久でダンジョンで戦い続ける。以上だ』
【ごめん今も見る苦行だったわ】
【永眠導入動画のタグつけたの誰だよ!】
【苦行の種類が変わってるんだよなあ……】
【あのーすいませーん、なんか不死身の
【実はですね、ダンジョンで死ぬと……死ぬんですよ】
【死にゲー苦行動画とか流行した時期もあったけどさあ。リアルで似たことされると変な笑い出るよな】
【インターネット古文書おじさん】
【おばさんだ。二度と間違えるな】
【おばさん……】
【おじさんから景気づけにスパチャ贈るね】
【おじさんも来たぞ】
【親戚一同でも集ってんの? 実家?】
【※このコメントは削除されました※】
【だからどんなコメントなのか見えねーよ!】
【見せないために消してんのよ】
【いやまあ、まだ住所とか過去の経歴さらしする連中いるんで……】
【運営はそういう連中さっさとBANしろ】
【BANしても新しいアカウント作るから意味ないぞ】
『あの、ディ? 五日? 私聞いてたの二日だったんだけど』
『日本語で言うと「
『絶対違うと思う!』
『「
『ちょっと!?!?!?!?!?』
【お嬢様がはがれてるぞ】
【ついでにカツラもはがしてくれ(黒髪フェチ)】
【櫻子お嬢様、知れば知るほど見た目以外にアドのない女】
【見た目の猫屋敷、それ以外のディ】
【もう全部お前一人でいいんじゃないかな】
【※このコメントは削除されました※】
◆
「ねーえ、
「はい、いかがなさいました? ──『ピカり』様」
「あの『ディ』っていうの、アレもアンタ?」
「いいえ。彼と私は別人ですとも」
「じゃあ、別口の神?」
「いいえ。彼は人です。まごうことなき、人でしょうね」
「じゃあさ……なんであんな無能なブスの動画がこんな流行ってんだよ!!!」
モニターを叩き壊す音が響いた。
綺麗なワンルーム。防音のしっかりしたお部屋。
タワーマンションの高層に位置するこの部屋に住まう資格を得ることが出来るのは、それなりの資産を持つ者のみだ。
特に『ダンジョン探索協会』公認の、安全性に配慮された──魔法を使い、重機よりも強い力を発揮する個人がいるこの時代において、安全性に配慮されたここに住まうことが出来るのは、一流の配信者のみだった。
ピカり。
かわいらしい容姿と、『魅せ』を意識する動き、そして少しとぼけた受け答えが人気の
コラボはするが固定パーティには所属しておらず、基本的にはソロで活動している。容姿や動き、そしてもともとの来歴から『アイドル系』と呼ばれるタイプの配信者であり、歌なども出せば一瞬で百万回視聴される、日本が誇るトップのストリーマーかつアーティスト。
そして別に『姫プ』──『強者に寄生して貢いでもらう』というようなスタイルでもない。かわいい。本業は歌手だと自分で言う。だが、実力も間違いなくある。そういう天から二物を与えられた天才。それが彼女だった。
……実際、彼女は『天』……『神』から、才能を与えられている。
この世界において、その人しか持たないような能力は
これはダンジョンの神が才能ある人に与えるもの、と言われていた。
本当は違う。ダンジョンの神、すなわちうずめちゃんは人に特典を与えることの出来る神ではない。
ダンジョンの奥、『アマノイワト』の中に封じ込められたエネルギーから漏れ出した力。それに相性のいい者が勝手に目覚める才覚。それを『
それは『神から与えられる才能』ではなく、『ダンジョンと共鳴して目覚める才能』であり……
ピカりの力は、神から──邪神から与えられた特典であった。
「あたしとあいつと、どっちがかわいい!?」
名無しの神は艶然と微笑んで答える。
「ヒトはみな、かわいらしいと感じます」
「そういう話じゃねーんだよカス! 容姿の美醜の話だよ!」
「私にはそういった視点はありません。容姿というのは、私が才能を与える相手を決める時に、何も影響を及ぼさないパラメーターです」
「……あああああ! 話通じねーなコイツ! とにかく! あたしは納得してないから! あいつ、絶対神でしょ!」
「『あいつ』がディ様でしたら、違いますね」
「じゃああいつ、なんなんだよ!?」
「『神殺し』です」
「……………………は? なんて?」
「ですから、彼は『神殺し』です。ヒトの身で神を殺し、次元を渡り、世界を変えるモノ。これまで渡った世界で、必ず一柱は神を殺してきました」
「はぁ~~~~~~~!? はぁ!? なんでそんなのが、あの低能ブスに憑いてんの!? 反則じゃん!」
「さて、『なぜ』と問われましても。ヒトの心の問題については、私には難しいものです」
「あいつ、神様を殺しに来てんでしょ!?」
「そうですね」
ジョン・ドゥの発言には、一つたりとも嘘はない。
ディは確かにジョン・ドゥという神を殺しに来ている。ディがなぜ佐藤院櫻子に味方をするのか、その感情の機微について、ジョン・ドゥは解説出来るほど理解出来ていない。そしてディはヒトの身で神を殺し、次元を渡り、世界を変え、これまで渡った世界で必ず一柱は神を殺している。
もっとも、ヒトがそう扱っただけの
ヒトの視点で、アレは神の一柱であろうとジョンは理解している。
……そもそも。
神は嘘をつくことが出来ない。嘘をつく権能、騙し欺く権能を持つ神以外は、嘘を語れないのだ。
ただ、聞き手が『こういう答えが欲しい』と思っているところに、『こういう答え』につながりそうな真実を散らしていくことで、事実を誤認させることは出来る。
「じゃ、あいつ、ダンジョンの神様を殺しに来たってこと!?」
「さて、それはわかりません」
そもそもダンジョンの神様が何を指すのか、ジョンはわからない。
人は必ずしも神だけを神とは呼ばないからだ。タカシを現人神と扱ったりしたこともあるように、ダンジョン最奥に眠る『世界の核』を神聖視して神と呼んでいるのかもしれないし、ダンジョンを作ったは作ったけれど、その管理はおろか、人に力を与えることも出来ない、観察以外の権能を失ったモノを『ダンジョンの神様』と呼んでいるのかもしれない。
本当にわからないのだ。なぜなら彼は、ヒトのことを理解出来ないので。
だから『わかりません』は彼なりの真実であり、精一杯の、嘘のない誠実な答えだった。
「あ、それか、あんたを殺しに来たってこと!? ね、そうでしょ、ジョン!」
「そうですね。彼は間違いなく、私を殺す気でいます」
「だったら~……あたしが守ってあげよっか?」
「ええ、そうしてくださると言うのでしたら、ありがたいこととは思いますよ」
「なら、もっと
「すでに『二つ』差し上げております。これ以上は御身に障るかと」
「だって、ねえ? 相手が『神殺し』とかいう反則を使ってきたんなら、こっちもヤるしかないじゃん? ……あたしはね、優しいの。だから、使いきれない力に溺れて勘違いしちゃってる低能ブスを見るとね、『ここにはお前の居場所はねえんだゾ★』って教えてあげなきゃって思うんだ。ほら、向いてない人がいても死ぬだけじゃん? 死ぬのはかわいそうでしょ?」
「そうですね。人はみな高潔で、善を成す。死は人間にとって一度しか訪れない終わりです。若くして死ぬのは確かに、かわいそうなことだと、私も思います」
「でしょでしょ~? だから、ね。あたしは自分を犠牲にしてでも、守ってあげなきゃならないんだ。この世界を、神様を、そして勘違いしちゃってる子を! だから、賜物、ちょーだい?」
前提として。
ピカりは、ジョン・ドゥのことを『この世界の神の一柱』だと思っている。
ダンジョン神だけが今は信じられている『実在する神』にカウントされているが、もともとこの世界にはいろいろな宗教があり、それら宗教も別に消え去ったわけではない。
また、日本には
まさかジョン・ドゥが混沌の側──この世界の神からも厄介視されている侵略者サイドだと、ピカりは思ってもいなかった。
……とはいえ、侵略者だと理解すれば行動が変わるかどうかは、怪しい。
ピカりは虚栄心の塊だ。
しかも、容姿に優れた女を激しく憎む、虚栄心の塊で──
『優しさ』と言いながら、新人を何人も潰して来ている女だ。
その罪は発覚していない。……彼女は知っているのだ。この世界で力のある自分のような者を罪に問うためには、『世論』が必要だと。そしてその『世論』を操ることに、自分は天与の──生まれつき、自分の手の中に握っていた、神からの賜物ではない才能があると、知っている。
「そこまでの覚悟がおありでしたら、いいでしょう。私の持っている権能をもう一つ、譲渡いたします」
ジョンの所持する権能は、『眷属を作成する』という権能の派生であったり……
あるいは『喰って眷属化した神』の持っていたものであったりする。
「ただし、ご注意を。私が授ける権能は『神』の属性を強めるものです。『神殺し』はむしろ、そういう相手こそ得意とするでしょう」
「はーい。でもま、大丈夫っしょ。あたしってかわいいから」
「そうですか」
「ジョンにはわかんないもんねぇ、人のかわいさ。あたしはね、かわいいの。『かわいい』っていうのは──強い武器なんだよ★」
ダンジョン配信世界における、武器。
ルックス。
身なりが汚く無精髭が生えた男と、スーツを着込んできっちりと顔を整えた男。この二人が正反対の主張をした場合、大衆が信用するのは後者である。
そして人は最初に信用した者の肩を持つ。インターネットはそうして悪者ではない者を悪者にすることの出来る
では、その判断が間違いで、悪として叩いた者が悪ではなかった場合、どうなるか?
どうにもならない。『火をつける』不特定多数が責任を取ることはない。
無形の意思。無責任の軍隊。一瞬で集まり取り囲んで『悪』を殴り、燃やし、一瞬で飽きてどこかに散る者たち。
ルックスはこれを操作するために必要な才能のうち、最も大きなものだ。
「見ててジョン、あたしが『善いこと』するのを! 善を成す限り、報われる──そうでしょ?」
「ええ。高潔な魂を持つ者が善を成す。そうすれば報いがある。それが、あるべき世界の姿です」
「でしょでしょ~。だから、みんなのために──」
ピカりは砕けたモニターに映る自分の顔を見た。
そして、とびっきりのスマイルを浮かべ──
「──あいつら、潰しちゃお★」