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第107話 二人の関係性

「ディ、これは私の配信なんだからね! あんまり目立たないように、ね!」


 配信の裏でそのように言い含められている。

 すでに『櫻子さくらこチャンネル』での配信も五回目だ。


 ディは相変わらず裏方の役割をしているけれど、それでも、ディの初配信で表明したように、姿をさらし、チャンネル名に自分の名前を加えさせた。

 ……これは櫻子──猫屋敷ねこやしき奈々子ななこが悪者にならないようにという作戦でもある。


 人は見えないものに妄想をふくらませる。

 特に、見えない場所にある悪意に妄想をふくらませ、誰かを悪人に仕立て上げる機会を狙うものだ。


 それは『悪い人が多い』という話ではない。人間の脳はそういうふうに出来ているという話だ。

 だからこそ、多くから『被害者』としてみなされているディが、『加害者』である奈々子に陰でいじめられていませんよ、というのを示す必要があった。そのために『表に出た』のである。


 しかしディは──中尾なかおだいは、そもそも目立ちたいタイプではない。

 だからうなずく。


「わかっている。俺はあくまで裏方。これは奈々子のチャンネルだ」

「櫻子!!! 佐藤院さとういん櫻子!!!」


【今日も怒鳴ってるな猫屋敷】

【がんばれよ猫屋敷】

【応援してるぞ、猫屋敷】


「なんで見てんのよ!」


【えっ、配信されてるからですが……】

【もしかして猫屋敷、アホの子?】

【櫻子お嬢様はすぐに周りが見えなくなるお方だから】


「あああもおおおお! とにかく! 私が目立つの! 私が──私が目立たないと、いけないの! わかるわよね!?」


 ……奈々子は、成長しないことを選んだ。

 いつまでも幼い夢を捨てず、その夢を捨てることを『大人になること』だと言われ、『だったら、大人になんかならない』と誓っている。


 幼い意地だ。


 ……その幼いままでいることを選んだ彼女は、もう十年も帰っていない父が、いまだにどこかで生きていると思っている。

 常識を説くならば、生きているわけがない。

 だが、その幼い夢を捨てていない。……だから奈々子は『自分が』目立つことにこだわる。癇癪持ちで何もかも長続きしない彼女が、それでもキャラを作ってまで『配信』という形式にこだわり続ける(法的には『録画』だけしていればいい)のは、『目立ったら父が自分を見つけやすいから』というのもあるのだ。


 ディはそれを否定しない。


「わかってる。大丈夫、今回の企画はお前でも楽に狩れる場所を選んだ。だから、俺が助けに入ることはない」

「そう言って前回も助けに入ったでしょ!?」


【櫻子お嬢様は夢中になると周囲が見えなくなるお方】

【ステータスが上がっても人間性能が上がらないので立ち回りがへたくそなお方】

【「ええ? こんなところでなんでピンチに?」と困惑顔で今日も執事は助けに入るのであった】


「入らないから! 全部一人でやる! ディはカメラに映らないの! 今日は!」


【ククク……その余裕、いつまでもつかな?】

【見せてもらおうか。佐藤院櫻子のお嬢様力というものを……】

【佐藤院櫻子はお嬢様四天王の中でも最弱……お嬢様の面汚しよ】

【お嬢様四天王「そもそもメンバーに入ってません」】


「こいつらぁ~!!!! 見てろ! 私が華麗に立ち回って全部一人で倒す!!!」


【今日の「モンスターなんかに絶対に負けない!」が来ちゃったな】

【櫻子お嬢様はフラグ建築職人】

【フラグを建て続けて三年。すでにそのウデマエはベテランの域よ】

【自分で掘った落とし穴に自分で突っ込むタイプ】


「ディ! コメント消して!」

「個人情報にまつわるコメント、過度な侮辱や汚い罵倒などは消している」

「過度な侮辱でしょ!!!」

「いや、事実の羅列だ」

「ディ!!!」


【なんかイチャイチャしてんな~?】

【く、じれってぇな。俺、ちょっといやらしい雰囲気にしてきます】

【大人になるとこういう青春の輝きに心を焼かれる】

【心が燃え尽きて死んだゾ】

【早く成仏してクレメンス】


「フラグなんかじゃないから! 見てなさい! 今回は私が主役! 最初から最後まで私一人で戦うの!」


【お前もうお嬢様やめろ。そんで姫騎士やれ】

【興奮してきた】

【そばについてる護衛が強すぎてパンツも脱げない】


「見てろ!」


【◆櫻子お嬢様の力が今、示される──】



【あほくさ】

【くそざこ】

【佐藤院やめてフラグ建立院に改名しろ】

【猫屋敷の悲鳴が響き渡る】

【ちょうど切らしてた】


「こんなはずじゃなかったのに!」

「そうだな。失敗する者はだいたい、失敗するつもりで挑まない」

「何!? どういう意味!?」


【知力ステータスの低い櫻子様】

【イキり雑魚エセお嬢様助かる】

【世界が求めた才能】

【執事の方が「どうせ伝わらねぇだろうな」って婉曲的に小馬鹿にしてるの……フフ……興奮しますね……】

【この執事は腹黒じゃないぞ。ただ櫻子お嬢様の知能が毎回予想した下限を突破してくるだけだぞ】

【情緒不安定で頭が弱くて顔しか取り柄のない櫻子お嬢様】


「あまり奈々子を馬鹿にしないでくれないか。以前に比べればかなり良くなっている」


【そうだぞ! 猫屋敷は頑張ってるだろ!】

【実際五日間籠りっぱなしでダンジョンとか頭おかしいんだよなあ……】

【付き合う俺らも死にかけてる】

【ごめんさすがにずっとは見てない】

【ずっと見てるやつ無職の引きこもりかFireした金持ちかだから】

【一日一回五万円のスパチャしてるおじさん何者なの】

【無限の資産を持ち奉仕と慈愛の精神にあふれた新人が配信すると秒で見つけて初スパチャを奪っていく神だぞ】

【すげーいい人なのはわかるんだけど気持ち悪いって感情が先に来ちゃうな】

【神じゃないです】

【神って呼ぶと真顔で否定しに来るから神呼ばわりされてんだよなあ】


「まぁしかし、今回は良かった点が三つぐらいある」

「三つ!? ……三つ!? こんだけやって三つ!?」

「相変わらず集中力が切れやすいのと、一つのことに集中すると周囲が全然見えなくなるのは悪いところだが……」

「この流れで悪いところから言う!?」

「しかし、そこが直らないことには、俺も助けに入らざるを得ない」


【なんだろう、だんだんおじさんと幼女に見えてきている】

【奇遇だな、俺もだよ】

【無双おじさんが幼女を鍛える配信かあ】

【※同い年です】

【櫻子お嬢様と長年付き合うとこうなるんだなあって】

【だいぶマイルドにはなってるし、被害者が許してるからなんか許されてるけど、本来、ダンジョンに置き去りは許されることではないので】

【このコメントは消されないのか……】

【事実の羅列だからな】


「ディのバカ! 嫌い!」

「そうか。それで良かった点だが」


【この執事、無敵か?】

【無敵なのは見てたらわかるぞ】

【実際、『赤ゴブ』を余所見しながらあしらえるの、世界有数っていうレベルなんで】

【実力的には日本人だと『ぎゃおす』『犬伏いぬぶしポチ』『ピカり』あたりと並ぶんでは】

【今ピカりちゃんの話した?】

【出たな信者】

【ピカりの信者どこにでも出るよな】


「最初に比べれば着実に実力はついてきている。事前に覚え込ませたことは出来ているから、あとは実戦の立ち回りが重要だな。つまり──一人で戦っているつもりでの戦い方だ。どうにも、お前が戦っている最中、こちらに視線というか、意識を感じる」

「だって、ディはずっと一緒にいるから」

「そうとも言えないから早く鍛えようという話になっていた」

「やだ!」


【櫻子お嬢様の『やだ!』癖になる】

【結構酷いこと言いながらめちゃくちゃ依存してるのが見えますね】

【精神科医の人???】

【実際、幼児の試し行動に見える】

【ほっほっほ……これはのう、『ツンデレ』というんじゃよ】

【インターネット古文書の人!】

【知っているのかインターネット古文書の人!】

【ああ、知っているとも。あれはダンジョンがこの世に出現した当初のことじゃった……】

【長くなりそうな語り出し、来たな】


「帰るまでが配信だと思うが、奈々子がこの状態なので今回はこれで失礼する」


【この状態】

【ぎゅっと抱き着く姿、最初は馬鹿ップルかと思ってたんだけど、今はもう完全に幼女にしか見えない】

【おじさんがアメをあげようねぇ】

【新人配信者のチャンネルに秒で現れてスパチャを飛ばしていくおじさん!】

【新人喰いのおじさん!】

【人聞きが悪すぎる】


【まぁでも実際、最初は『何コイツ』と思ってたけど、こういう関係なんだなあってわかって良かったよ】

【クズ女に実力搾取されてる実力者はいなかったんやなって】

【執事とお嬢様?】

【保護者と幼女でしょ】

【仏頂面とツンデレだよ】

【ごめん正直に言うと、やっぱクズ女に搾取されてるようにしか見えない】

【まぁわからんくもない】

【だから俺たちで見張らないとな】


【俺、馬鹿だから難しい話はわかんねぇけどよォ~……こういうのも〝アリ〟だと思うぜッ!】

【※このコメントは削除されました※】

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