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第108話 今後のこと

「見た!? 私の力! すごく話題になってる!」


 携帯端末の画面を自慢げに見せながら、猫屋敷ねこやしき奈々子ななこがドヤ顔している。

 すでにカツラはなく、見た目だけなら黒髪の清楚系美少女。ただし中身の評価については『逆に推せる』『見た目と中身は比例しない』『ょぅじょ』などと言われている女だった。


 大きなダンジョン入り口付近には、ギルドの施設がある。

 ここで持ち帰った資源の換金などをしてもらえる、という場所だ。


 なおダンジョンの入り口は細かいものが無数に存在し、基本的には『入り口』を見つけると届け出をする必要が生じる。


 ギルドはダンジョン入り口を覆うように建てられていて、その内装はディの故郷にある冒険者ギルドに近い。食事スペースがあって、それから受付用カウンターがある。

 ただし『受付嬢』みたいな人がいるカウンターは二つしかなく、残りはタッチパネル式の機械にID端末をかざして戦利品の報告をすることになっているようだった。


 そう、このギルドには『依頼』がない。

 ここの機能は『税関』に近い。不法にダンジョンへ入る者がいないように、という監視と、不法にダンジョン資源を持ち出す者がいないように、という監視だ。

 回収したドロップアイテムはカメラに収められて自動でID端末に登録される。それを自動で読み取って換金、あるいは所持していていいものは所持するかどうかをチェックする。

 チェックが終わったら奥でバッグごと引き渡し、引き渡しおよび換金のための手続きを行っている間に食事──というのが、このギルドの主な運用法のようだった。


 今は引き渡しを終えて食事スペースにいるわけだが……


 白い背もたれのない椅子に腰かけて、白くて丸いテーブルの上で、タッチパネルから注文した料理を待つ間、ディは軽く周囲の状況を探る。


(……やっぱり、注目されているな)


 猫屋敷奈々子は、『教科書にも載るような悲劇の英雄』猫屋敷さとしの娘である。

 これまでは良くも悪くも無名だったのでそのあたりの過去が深堀されることはなかったが、奈々子は炎上した。今は沈静化しているとはいえ、世間に『悪』とみなされたため、そのプライバシーが調べられ、拡散されてしまっているのだ。


 SNSには当然ながら奈々子と猫屋敷智との関係性も広まっており、『英雄の娘』の悪行を面白おかしくつつく者などが散見された。もっと分別のない者は、英雄やその家族に対して根拠のない汚い罵倒なども行って悦に入っている。


 そういうのも見ているはずだが……


「お父さんのこと、見つかるかもしれない」


 奈々子は『話題になっていること』そのものが嬉しそうだった。

 彼女にとって『話題になること』は、『父親に自分を発見してもらいやすくなること』だからだ。


「見て、切り抜きもたくさん出来てる──って何これ!? 『イキりクソ雑魚エセお嬢様の悲鳴集』!? 私の声が素材にされてるー!?」


「……まあ、切り抜きは専門の人を雇うのがいいかもしれないな。視聴数とチャンネル登録者数を見てくれ。そろそろ外部に委託すべき業務は委託してもいいはずだ」

「そういうのわかんない」

「覚えろ。それか、ギルドに相談すれば紹介してくれるはずだ」

「……わかんない」


 この頑なな態度は、本当にわからないわけではない。

『ディがやってよ』という甘えで──

『ずっと、一緒にいてよ』という訴えだ。


 ……わかるからこそ言葉に詰まる。

 どうしようもないことが世の中にはあって、ディが──中尾なかおだいがもう奈々子のそばにいられないことは、『どうしようもないこと』に分類される。


「とはいえ、人気をこの一瞬で終わらせないためには考える必要があるな。もちろんダンジョン奥へ行くために強くなるのは前提として、動画としてのコンセプトも整理しないと」

「二人でしゃべってるだけでなんかコメント増えるし、ずっとそうしたらいいでしょ」

「……そうも言ってられないだろう。もっと堅実に今の人気を維持して、さらに視聴者を増やす方策を……」


 奈々子の顔がどんどん不満そうになっていく。

『そんな難しい話はしたくない』という顔だ。

 そんな──『想像もしたくない話は、したくない』と。そういう、顔だ。


 ディはどう言ったものかを考えるのだが……


 言葉を整理する前に、


「お待たせいたしました。ご注文のハンバーグプレート二つです」

「……ああ、こっち──」


 振り返ったディが思わず固まったのは、その存在の接近に気付けなかったからだ。

 ……どうにもこの肉体は、奈々子を意識の中心に置きすぎる。

 だから敵意や殺意、悪意なんかには敏感だが、それ以外の気配には……


 特に、奈々子以外から向いて来る好意には、気付きにくい。


 その『好意』は、奈々子とディの前にハンバーグプレートを置いて、にっこり微笑みながら席に着いた。

 ちょうど奈々子とディの間の席、ディ寄りだ。


 奈々子は『料理を運んできたウェイトレス』がいきなり席に着いたのでまずは驚いたが、それがディに微笑みを向けているので、瞬間的に怒る。


「あんた! なんな──」


 だが、怒りが一瞬で凍り付いた。


 ただ見つめられているだけだというのに、奈々子は固まってしまった。

 その停止は恐怖によるものだ。


『ウェイトレス』が、わずかに怒りを解放する。

 それだけで、微笑みを浮かべているにもかかわらず、ただの人間は呼吸さえ出来なくなる。


 ディはため息をついた。


「──イリス。やめてくれ」


 呼びかけられたピンク髪のウェイトレス──イリスは「はあい」と嬉しそうに応じ、感情を引っ込める。

 奈々子は目を見開いて、テーブルに手をつき、荒い呼吸を繰り返す。

 顎から滴るほどの汗が流れていた。


 ディは眉根を寄せる。


「どうした? 今のはやりすぎだ。君はそういう見境のないやつではないと思っていたが」

「見境はあります。……私は寛大なつもりですが、こうまであからさまで、あなたの可能性を閉ざそうとする者にあなたがなびくならば、それは受け入れられませんよ」

「……」

「魂魄のみの転移は肉体の影響を受けます。心というのは肉体の機能のうち一つですからね。魂が骨、肉体が筋肉のようなものです」

「わかるようなわからないような」

「忠告さえ理解してくだされば結構。今回の警告は本気です。わたくしがかなり人間寄りに『抑えて』いることはご理解いただけていると思っております。これも寄り添う努力だと評価してください」

「……で、なんの用事だ?」

「用事がないのに会いに来てはいけませんか?」

「わざわざ俺と同行するのを断って別行動でこの世界に来た君が接触してきたんだから、理由があるだろうと思った」


 ディはこの世界への招待状──夢によるメッセージを、名無しの神ジョン・ドゥから受け取った。

 そしてその情報は、イリスに共有している。しない理由がないので(普通に逃げたあと接触された。逃げた先がシシノミハシラだったのがまずかったのかもしれない)。


 だが、イリスは同行を断った。


 何やらやるべきことがあるとかいう話だが、イリスが自分との同行を辞退するほどだからよっぽどなのだろう──とディは思っていた。


 イリスは、


「この世界の神と協力体制を築きました。なので、会う……人間視点で言えば、『拝謁する』とでも表現すべきですかね? ともかく、会って、話を聞いて、顔合わせをしていただきたいのです」

「わかった」

「……まぁ、ディ様はこうですよね」


 普通、『神と会って欲しい』と言われれば、恐縮するなり畏怖するなりということがあるものだ。

 だがディはこういう男だ。……そもそも、女神イリスの『感情の解放』にまったく動じない男が、神と会うだけで緊張するはずもない。


 だからこそイリスはため息を禁じ得ない。


「やはり、肉体の影響が強く出ているようですね。この世界の……なるほど。『異世界同位体』のあなたは、強い想いを持ったまま死したのでしょう」

「そうかもしれない」

「ですが、それは『他者』の想いです」

「わかってる」


 ディはまだ畏れから復帰出来ていない奈々子を見て、


「……わかってるさ」


 目を閉じ、軽く鼻から息を吐いた。

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