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第111話 この世界の強さ、この世界の戦い

「ちなみに、このピカりの住所を調べて暗殺に行け──という話なら受けない」


 ディがはっきりと宣言をした。これはディの言葉だった。

 そして、うずめちゃんとイリスへの忠告であり……


 奈々子ななこへの誓願でもある。


「あくまで情報を聞いたのは、名無しの神ジョン・ドゥの眷属を警戒するためだ。接触を避けるために聞いただけであり、聞いたから『最も短絡的な手段』を取りに行くと思われると困るとは、はっきり言っておく」


 そもそも、ディはあくまでも『名無しの神』を倒すイリスに協力している立場だ。


 タカシの時は、タカシ本人がディの故郷をめちゃくちゃにしていた。

 ……当人は無自覚ではあったのだろう。だが、やっていることは冒険者の洗脳や王権の低下といったことであり、それは世界を壊す行為だと、『その世界で生まれた人』としてのディが判断した。

 なおかつ、タカシは勇者を軽んじていた。そのことがディの怒りを呼び起こした。


 なので大義、個人的事情、両面でタカシを殺す理由があったが……


「今回、ここは俺の生まれた世界でもないし、俺はピカりに恨みもない。名無しの神は殺そう。だが、その眷属は……まぁ、立ちふさがった場合に容赦をすることはないが、利害がぶつからないなら、戦うことも避けると思う」


 これまでの世界でもそうだったが、ディが戦う条件は『強くなるため』『縁を結んだ人たちを助けるため』というものばかりだった。

 ……ナボコフとの殴り合いのようなこともやったりしたので、そこに『個人的に興が乗ったこと』も含まれるかもしれない。


 ともあれその三つのうちすべてに、ピカりは抵触していない。

 なんんら先輩かつ偉大な配信者として尊敬すべき相手、と思ってもいいぐらいだ。


 実際、中尾なかおだいも、ピカりのことはずいぶん研究していた。

 奈々子のプロデュース方針として、見本にすべき存在だと思っていたようなのだ。


 ディがはっきりと殺害を嫌がれば、うずめちゃんがチャットに『いやぁ』と打ち込んだ。


『殺すなんてそんな、穏やかじゃない。いやイリスパイセンはわかんないッスけどね?』


「わたくしはディ様に何かを強要したことなど、一度もありません」


『ほんとかなぁ?』


「あまり調子に乗ると怒られるぞ。イリスはそれほど気が長い方ではなさそうだ」


『アッハイ。ま、おじさんとしてはねぇ、ピカりの努力の足跡も知ってるわけよ。そりゃあね? 外なる神のチートもでっかいよ。でっかいけどね。ピカり本人も努力してはいるわけですよ。なんせ配信されてない動画も全部見たからね』

「…………」

『どうやって? って聞かないの話が早くていいね。……で、この世界では殺し合いよりもよっぽどバチバチな戦いの手段があるんだわ。それはつまり──バズれ! ってこと』

「ピカりより多く登録者を獲得するのか」

『そう。っていうかね、君たちとピカりがダンジョン内で出会うとするじゃんよ。そうすると、いろんな意味でピカりには手も足も出ないわけよ。わかる?』

「……『スパチャ』と『風評』か」

『本当に話が早いねお兄さん。スパチャで力がもらえるのは知ってるでしょ? そして、ダンジョンでの録画は義務です。んでもって録画してりゃすぐ配信出来る。そのカメラ気に入ってくれたっしょ?』

「これは、あんたが俺に?」

『そ。なんか変わった気配が来たからね。で、前後の状況を見たらカメラ持ってないの故意じゃないっていうか……まあ故意ではあるんだけど責任がない感じっていうか……だから「もう、今回だけなんだからね!」ってことであげちゃった』

「ありがとう。助かった」

『実際いらなかったかもだけど、スパチャの力はその時わかったでしょ? 君たちとピカりじゃあ、もらえるスパチャの桁が七つぐらい違う。勝負になんないよ』

「そうだな」


 否定のしようもない事実だった。

 この世界ではスパチャで瞬間的に強くなることが出来る。そして、当然だが、登録者数の多いチャンネルを運営している側の方が、多くのスパチャをもらえる。


 そしてダンジョン内でディとピカりが殺し合った場合、ピカりは必ずその模様を配信してスパチャを呼びかける。

 すると恐らく、性能差で押し切られる。


 さらに言えば……


「ピカりに手を出すと、恐らく弁解の余地もない。世界中から『悪』として扱われる」


 ディであれば悪評覚悟で特攻する手段も、なくはなかった。

 だが奈々子が──この世界に残る奈々子が、ディと関係が深いとすでに知られてしまっている。

 たとえディが単独でピカりと交戦したとして、その累は──社会的制裁は、奈々子にも向かう。


 悪は族滅してよい。

 死ぬまで燃やしてよい。


 そういう考えでインターネットをうろついている者は本当に多いのだ。

 奈々子の件でプチ炎上──実際の炎上と比べると、無名だったのと、事後のディの対応が困惑を呼んだのでずいぶん小さな炎上だったようだが──の経験で、なんとなく理解した。


 この世界は『悪』に厳しく、善悪は世間が判断する。

 法律はあり刑罰もあるが、それよりも社会的制裁が恐ろしい。

 人々すべてが自分だけの断頭台を持ち、自分だけの法典を持ち、ギロチンの刃を振り下ろす機会を狙っている。

 断頭台を持たない者も、処刑という娯楽に飢えている。怒りを共有し、悪に対して『正義の怒り』をぶつける気持ちよさが脳に組み込まれている、世界。


 ディは目を閉じて、


「……この世界で強くなるのは、『ダンジョンにもぐってレベルを上げる』ことが肝要だ。そうして得た力をベースに、『スパチャ』で強化が出来る。そしてスパチャのもととなるのは、同接視聴者数──それをもたらすのが『チャンネル登録者数』か」

『そういうこと! だから君たちにやってもらうのは、チャンネルをでっかくすることです! 名無しの神が眷属の躍進をあきらめるぐらいに! そして、万が一ピカりと戦いになった時、互角以上に立ち回れるように』

「まあ、そういうものを放置して、ひたすらダンジョンに籠り続けて『アマノイワト』を目指すのも可能か」

『そうね! それが出来れば全部覆るかもね! でもまあ、風評はどうにもならんし……君ら、とっくにピカりから目をつけられてるよ』

「そうなのか」

『動画内でちょっと言及されてたから。「最近すごい新人がいるね」って』

「褒められたのか」

『けなさないよ、彼女は。本当にうまい』

「……」

『暴れてるようで一線を守ってる。壊れてるようで安定してる。切り抜かれるネタは豊富なのに、決定的なスキャンダルが一個もない。見事にみんなの味方になってる。本当に強い。そんでもって、言及したからには、君たちがたどり着きそうになったら、必ず邪魔してくる。たとえばコラボ要求とかでね』

「対応したことのないタイプの強さだ」

『アレを超えるのは難しいかもね』

「ああ。……努力のしがいがある」

『つまり?』


 うずめちゃんからのチャットに、ディは目を開いて答えた。


「俺は──バズってみせる」


 あまりに真面目に放たれたその言葉の不均一感に、奈々子が混乱した様子になった。


 ……かくして、この世界ならではの戦いが始まった。

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