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第14話 単純な作戦

(はぁっ、もう本当に! 無茶苦茶な作戦っ!)


 エミリアは砂利を踏む足音を立てながら走っていた。後ろを振り向くことなくひたすら真っ直ぐに。アレンを一人置いて、カーブを抜けた一直線の道は隠れる場所もなければエミリア自身に戦う手段もない。一度でも振り返れば、一度でも躊躇してしまえば追手に容易に捕まってしまう。


「こら待てっ!」「止まれ!」


(止まらないわ! また捕まって奴隷にされるなんてもう無理よ! 耐えられない!)


 記憶喪失のエミリアにとって明確な記憶と呼べるものは、馬車の中から始まった。気がつけば女だらけのぎゅうぎゅう詰めの幌馬車に座っていた。


 月明かりだけが道を照らすような真夜中だった。ひどい揺れで隣の奴隷にもたれかかり、押し返されたのを覚えている。状況はすぐに理解できた。押し返された拍子に馬車の中で転び、連鎖的に馬車の中にいた全員が体勢を崩すというちょっとした騒ぎになったところを「黙れ! 奴隷どもが!」とピシャリと怒鳴られたからだ。


 知らないうちに自分が奴隷となっており、これから雇い主のところへ向かうのだと知った。馬車が停まるのは決まって怪しげな煉瓦造りの建物の前で、決められた何人かが連れて行かれる。抵抗する者もあったが、弾けるくらいの音で頰をはたかれて終わりだ。


 奴隷──女だけ──怪しげな建物、エミリアはすぐに娼館に奴隷として売られるのだと悟った。


 そして、娼館から逃げてブラックマーケットに住み込み、また捕まるまでがちょうど一月くらいだった。


 奴隷の逃亡は罪とされる。娼館と闘技場、二度も逃げ出したのだから重罪だ。エミリアが無理矢理闘技場に連れてこられはずかしめにあったのは、街の権力者側からすれば罰でもあった。次に捕まればそれ以上の罰を受けることは間違いがない。


 だからこそエミリアは、アレンの穴だらけの無茶苦茶な作戦に乗ったのだ。


 ──それは、実に単純な作戦ではあった。


『一つ。俺がわざと敵の前に姿を晒し捕まる。その隙にエミリアはブラックマーケットまで全速力で逃げてくれ』


 涼し気な黒い瞳が印象的なアレンの顔が思い浮かぶ。


(こともあろうに澄ました顔で言うことじゃないでしょ!)


『そして二つ。ブラックマーケットでお世話になったという人間をできる限り掻き集めてくれ』


(それが簡単にできたら苦労しないわよっ!!)


 街は、奴隷がいてスラム街があることから象徴されるようにギルドによって圧政が敷かれている。人間と亜人種の間に階級が敷かれ、何か大きな失敗があれば貴族でも平民でも容赦なく奴隷の身分に堕とされる。這い上がるのは不可能で、一度奴隷になったものは一生奴隷のまま雇い主の下で働かされ続ける──そんなことはアレンに説明されるまでもなくエミリアにもわかっていた。


 身分を追われた人々が住み着くスラム街は特に街を支配するギルドに不満を持っている人が多いことも。


 アレンの狙いはそこにある。ブラックマーケットから人を集めて10人あまりのギルド員と対峙させる。少数では鍛え抜いたギルド員相手では意味がない。が、10人が圧倒するほどの数が集まれば窮地を脱することができるかもしれない。


(でも、穴だらけよ。みんなギルドに不満を持っているけど、戦おうと思える人なんていない。私が闘技場に連れて行かれるときだって、多くの人たちは黙って見過ごしていた。今さら私が戻って説得したところで──)


 諦めかけたエミリアの脳裏にアレンの微笑みが浮かぶ。


(アレン……なんで、なんで、あんな提案平気でできるのよ!)


 エミリアがブラックマーケットに向かうのはいい。だが、もう一つの大きな問題はギルド員の隙をつくることだった。その疑問を口にすると、アレンはふわっと優しく微笑んだ。


『俺がエミリアを人質にする。ナイフは一本持ってるからな。首が冷えるが我慢してくれ。当然、ギルド員と応戦することになるが、一時的にエミリアは人質として手厚く保護される。後は俺が戦っている間に隙を見て逃げてくれ』


 それがアレンの作戦の全てだった。


(あんなことされたら、あんな風に微笑まれたら無理でも最後までやるしかないじゃない!)


 悲鳴を上げ始めた胸を押さえると、エミリアはアレンから借りたローブを首元に寄せて懸命に足を前へと動かした。

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