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第12話:ディセント計画

 オウガ様とリリシアの戦いが如何に凄まじいものだったのかが見て取れる。岩は砕かれ、地面はえぐれ、存在していたであろうレヴェナントは一体も見当たらない。そんな爆心地のような場所に、一人の乙女が大の字で寝転がっている。



「何なのあいつ」


 星空を見つめながらリリシアがボヤく。

 この状況から察するに、リリシアはボロ負けしたんだと思う。敗北を受け入れられないと言ったところかな?


「だから言ったでしょ? 強いって」

「お姉様……頑張ったんだね。ヨシヨシ」


 呆れた顔をしているオルちゃんだけど、どこかその顔は嬉しそうに見える。そして当のリリシアは、ティナに頭を撫でられて猫のように眉間に皺を寄せていた。



「く、屈辱だわッ……このあたしが手も足も出ずにやられるなんてッ──」


 うん。服は汚れてるけど、膝を少し擦りむいてる程度で怪我はほとんどない。



「よかった。大した怪我もないみたいだね」

「そりゃそうよ。あいつ、一回もあたしに攻撃してこなかったもん」


「え、じゃあこの傷は?」

「転んだ時に擦りむいたのよ」


 そういえば走っていく時に転んでたなぁ。よく見るとリリシアのヒールが無くなっている。裸足だ。



「じゃあ何で倒れてるんだよ」

「魔力切れよ。もう傷を治す力も残ってないわ」

「あ、ちょっと待ってね」



 ここからが治癒士としての私の仕事。A・Sオールシフターのリリシアなら、この程度の擦り傷なら自分で治せるんだろうけど、頭に血が昇ってそれどころじゃなかったみたいだね。

 傷を治して、魔力の補填もしておこうと思ったんだけど────


 流石は神域者ディビノス……どんどん私の魔力が入っていく。A・Sは他者に魔力を与えることはできるけど、他者の魔力を吸収し過ぎると中毒症状を起こしてしまうので程々で止めておく。時間が経てば魔力も回復するし、これ位で大丈夫だと思う。



「あ、あんた治癒士? 魔力が大分回復したわよッ。大丈夫なの?」


 元々元気だったけど、更に元気を増したリリシアが目を白黒させている。私の魔力残量を心配してくれるなんて、やっぱりリリシアは優しい女の子なんだね。


「それにこの傷の治りの速さ……あたしもA・Sだから治癒はできるけど、他人の怪我をここまで早く治すなんてできないわよ」


「ティナにも言ったけど、このフラウエルはソレイシアの治癒士だ。格が違うんだよ格が」

「そうそう! すごいでしょ!!」

「何であんたらが誇らしげなのよ」



 これでもプロの治癒士ですので。

 とは言っても、治癒士として当たり前のことをしているだけに少し恥ずかしい。



「っていうかアンタたち分かってんの? あたしに魔力を与えておきながら、この子はピンピンしてるってことを」

「そういえばそうだね。私にも分けてくれたし、仲間の治癒もしてたよね……二千人近く」

「ボクも怪我を治してもらったよ。骨折が一瞬で治っちゃったんだ!」


「わ、私……魔力の回復が早いんだ!」


 嘘は言っていない。……というより、そうとしか言いようがなかった。今こうして話してる間にも魔力が回復しているし、あと数分もすれば全快すると思う。



「まぁいいわ。フラウエルだっけ? 助かったわ」

「どういたしまして、リリシアさん」


「リリィでいいわよ」

「それじゃあ、私のこともフラウって呼んで」


 そう言って私が微笑み返すと、リリィも静かに微笑んでくれた。でも、すぐに不機嫌そうな顔に戻ってしまう。



「それにしても、何なのあいつ! あたしが繰り出す攻撃、どれもこれも打ち消してくるし……何なのよあの槍!!」

「槍? 剣じゃなくて?」

「あぁ、フラウは見たことなかったか。その槍もオウガ様のレガリアさ。魔力攻撃を相殺するらしいよ」


「レガリアが二つ? なんて卑怯な……許せない、許せないわッ!」

「まぁ相殺するのにも、自分の魔力は消費してるんだ。結局のところ、姉様よりオウガ様の方が魔力量が多かったってことだ。姉様の完敗だね」


 オルちゃんのぐうの音も出ないジャッジに、リリィは地団駄を踏んでいる。やっぱり凄く負けず嫌いなんだね。



「そういえば、オウガ様は?」

「あいつなら地獄炉を潰しに行ったわよ。待ってろって言ってたから、すぐ戻ってくるんじゃない?」

「そうか。じゃあここで待っていよう。ところで姉様、今後のことなんだけど──」


「何よ?」

「えと、さっきも言ったんだけど……私はオウガ様に付いて行きたい。だからその、姉様も一緒に……」

「まぁ負けたのは事実だしね。しょうがないわね、あたしたちも一緒に行く事にするわ」


「え! ほ、本当に!?」

「えぇ。ルリニアもいるみたいだし、オウガと一緒の方が執行者からも逃げやすいかもね」


「よかったぁ、うまくまとまって! フラウ、これからよろしくね!!」

「うん。よろしくね、ティナ!」



 オルちゃんが無事に姉妹と合流できたのが、すごく嬉しい。ティナのハイタッチに応え、私たちは改めて自己紹介をした。そして私は、一つ気になっていたことを質問した。



「あの、執行者っていうのは何なの?」

「執行者ってのは、セルミア教団の化け物シスターたちのことよ。お祈りだろうと殺しだろうと何でもする奴らよ」


「セルミア教団にそんな人が……それで、その執行者にリリィ達は追われてるの?」

「監視されてるのよ。オルメンタ、あんたフラウには自分のこと説明してないの?」

「え……あ、あぁ。フラウも仲間になったのは数日前だし、なかなか説明する時間が無くて……」



 オルちゃんはバツが悪そうに頬を掻いている。



「まぁいいわ。フルティナ、説明してやりなさい」

「お任せください!」


 説明を丸投げされたティナが、元気よく敬礼している。なんて健気なんだろう。



「えーっと、フラウはセルミア教は知ってるんだよね?」

「うん。ソレイシアにも教会があったし、世界最大の教団だよね? 私は信者じゃないけど」


「そうそう。で、その名前の通り女神セルミアを崇拝する宗教なんだけど……ある計画を進めてるんだ。その名も『ディセント計画』 。女神セルミアを現世に召喚しようって計画なんだ」

「女神を召喚……どうしてそんなことを?」


「世界が救われるんだってさ。よく分かんないけどね。それで女神の為の器を用意することにしたんだけど、それがボクたちノヴァリス四姉妹なんだ」

「え……?」



 サラリととんでもない事を聞いた気がする。女神を召喚するための器……それがオルちゃん達。

 でも、そんなことしたらオルちゃん達はどうなってしまうの? 女神となるのか、それとも────



「要するに生贄よ。あたしたちは、セルミアと適合する為に聖骸を埋め込まれてる」

「私は右目、ティナは左目に埋め込まれてる。ほら、目が赤いだろ? これがセルミアの聖遺物、【ノヴァリス】 だ」


 綺麗なオッドアイだと思っていたけど、まさかそんな代物が埋め込まれていたなんて……。



「じゃ、じゃあリリィは?」

「あたしは皮膚よ。セルミアのノヴァリスは4つ。皮膚、舌、両目。察してると思うけど、舌のノヴァリスは妹のルリニアが所持してるわ」


「それでね、ボクたちは姉妹として一緒に暮らしてたんだけど、突然バラバラにされちゃったんだ」

「どうしてそんなことを?」


 私の質問にティナが首を傾げる。オルちゃんもリリィも、どうしてそうされたのかは分からないようだ。



「リリィお姉様はそこらのヴィクターなんかよりずっと強いし、戦力として選ばれたのかも」

「わざわざあたしたちを引き離した理由は分からないけど、戦場であたしはすぐにフルティナと再会できた。執行者からのお咎めもなかったし、それからはずっと一緒に行動してきたわ」



 わざわざ引き離したのに、合流してもお咎めなし。敵側についたオルちゃんやルリニアさんもお咎めなし。教団の意図が全く分からない。



「で、話を戻すと……ボクたちはディセント計画にとって大事な器。だからボクたちには手出ししてはならないという『禁手誓約』が出されたんだ。セルミアの器は清らかな乙女でなくてはならない。もし手を出せば天罰が下る。その天罰を下すのが、執行者だよ」

「世界中に点在する執行者。その執行者の中でも超常の力を持つのが、【三人の執行者トリニティ】 と呼ばれる奴らよ」


 執行者すら知らなかったんだ。トリニティなんて聞いたこともない。

 でも……険しくなるリリィの顔が、そのトリニティという存在の危険度を物語っていた。



「執行者のリーダー 【グラス】。名前だけであたしも見たことないけど、ディセント計画はこいつが取り仕切ってるらしいわ。そして、【糸紡ぎの聖女アラテア】。こいつは教団の表の顔として活動してるから、フラウも知ってるんじゃないの?」

「知ってるもなにも、聖女アラテアはソレイシアの教科書に載ってるA・Sだよ! 治癒士の存在を広めるきっかけになった聖女。神域者で200年の時を生きる治癒士だって……」


「アラテアはヴィクターよ、人間じゃないわ」

「そ……そんな……」



 ヴィクターはレヴェナントとは違い、他者の魂や魔物と呼ばれる存在を吸収することで起きる拒絶反応を克服した者達のこと。強大な力を手に入れた代わりに、精神の喪失や記憶の欠如、見た目もどこか人間離れしたかのように変質していて、非道を行うものが多い。



 ソレイシアの治癒士なら誰もが憧れる女性。彼女の生き方を、精神を……ソレイシアの治癒士は学んで育つ。A・Sの特性を活かし、人々の治癒を始めたのもアラテアだ。


 オウガ様に斬られたパンチェールというヴィクター。アラテアも、あの怪物の仲間だということにショックを受けている。そして、執行者なんていう物騒な役職に就いてるということも……。



「でもでも、アラテアはすごくいい人だよ。みんなから慕われてるし、今でも治癒士として活動してるし」

「そうね、フルティナの言う通りよ。トリニティに数えられてるけど、アラテアは話が通じる。脅威にはならないわ」


 私の憧れが、今も治癒士として人々を助けている。それを素直に喜ぶ事にしよう。

 二人の言葉に安堵した私とは対照的に、リリィの表情は更に険しさを増していた。



「本当にヤバいのはこいつよ。執行者最強の女【死の翠星ルジーラ】。こいつは街一つ平気で破壊するようなイカれ女よ」


「リリィ姉様人の事言えるの?」

「誰がイカれ女よ! あたしは理由も無く街を破壊したりしないわよ!!」


「そうだよ! 何か気に入らないことがない限り、お姉様はそんなことしないよ!」

(……まるで弁護になってない)



 ここの惨状を見る限り、リリィも街の一つくらい破壊しそうだ……と思ったのは黙っておこう。



「まぁ姉様の言ってることは本当だ。実は、そのルジーラに一度襲われてるんだ」

「はぁ? あいつに襲われてよく生きてたわね。オウガでもあいつの相手はきついんじゃない?」


「団長が追い払ってくれたんだ。私がオウガ様の仲間になった直後だったね。それ以降、団長とは何回かやり合ってるみたいだけど……」


 リリィをして『オウガ様でも相手をするのはきつい』と言わしめるルジーラ。私はそのルジーラを見たことはない。でも、ソレイシアの治癒士ならば誰もがその名前を知っている。



「ルジーラ……厄災の一人……」

「ん? フラウも知ってるの?」


「うん。私の祖国ソレイシアは医師と治癒士の国で、紛争地帯に医師団を派遣することで国益を得ているの。それで……その……」



 私が今から言おうとしていることは、父の、アラテアの、そして私の治癒士としての信念とはかけ離れている。だからどうしても口にするのを躊躇ってしまう。



「なによ。もったいぶらず言いなさいよ」

「えと、つまり……怪我人が出れば出るほど儲かるの。だから国の上層部は、それを根底から覆すほどの力の持ち主を『厄災』として認定したの」


 みんなが『だからなに?』という顔になってる。

 私は全てを話すために、大きく息を吸い込んだ。



「怪我人が出ないと治癒士の出番がないの! だから相手を全部殺しちゃうような人達を国は目の敵にしてるの!! 勝手に厄災認定して悪名を広めてるの!!」


 息継ぎ無しに一気に言い切った。

 はぁはぁと息を切らす私を、みんながびっくりした顔で見ている。



「ふーん、ソレイシアも結構えげつないのね」

「うぅ……国の上層部がそうだってだけで、現場の医師団は違うからね」


「組織ってのはどこも大変ですなぁ。よしよしフラウ、元気出して」

「ソレイシアは利権主義だからなぁ」



 オルちゃんの言う通り、ソレイシアはお金儲けを第一に考えている。

 その為に、ソレイシアは【エルキオン】という国と組んで世界中の情報を集めている。ソレイシアは戦争で名を挙げた戦士の情報を、エルキオンから高値で買っていると聞いた。



「このライザールとライヴィアの戦争で、厄災認定されてるのが 【死の翠星ルジーラ】・【全滅のカザン】・【殲血のラヴニール】だね。私達治癒士にも注意勧告が出てるんだ。この人達が参戦してる戦場は危険極まりない、しかもお金にならないから行くな、って。物騒な異名まで付けて悪名を広めてるんだ」

「あぁ、そいつらならあたしも聞いたことあるわ。この世界で異名持ちノムトールは滅多にいないしね」


 どうしたんだろう。オルちゃんがさっきからソワソワしている。



「異名持ちってすごいんだ! じゃあ、あのパンチェールってヴィクターもすごい人だったんだね!? 黒曜の〜とか言ってたし」

「あれはただの自称でしょ。ヴィクターってのは自惚れの強い馬鹿が多いしね」

「アリアス大全っていう異名持ちを載せた辞典があるんだけど、今年度版にもパンチェールなんて名前は載ってなかったよ」


「ほらね。第一あんなのが異名持ちなら、あたしの方が異名持ちになってるわよ」

「ねぇねぇ、お姉様の名前は本に載ってなかったの?」

「えーと……多分載ってなかったと思う」


「当たり前でしょ。あたしが戦争に参加したのはここ最近の話よ。まぁ、このまま戦い続ければ異名持ちは確実ね。さしずめ『美しき花の妖精リリシア』ってところかしら」

「もっと危機感を持たせる名前になるでしょ。『毒花のリリシア』ってところじゃない?」


「な、何ですって!? 誰が毒花よ!!」

「実際使ってただろ! もう忘れたの?」


「ならあんたは『洗濯のオルメンタ』ね。いいわね〜、自分の身体で洗濯して風で乾かせるんだから」

「なるほど! 胸が洗濯板みたいだってのと、オルちゃんの共鳴魔法をかけてるんだね!」


「い……言ってはならない事を……」



 オルちゃんがティナを締め上げている。

 微笑ましい姉妹のやりとりにほっこりするけど、話が進まないのでそろそろ止めに入ろう。



「ゲホゲホッ……どうしてボクが……。何の話してたんだっけ?」

「異名持ちの話だよ」


「そうそう! カザンって人は有名だしボクも聞いたことあるよ。味方も構わず殺す怖い人だって。ラヴニールって人は初めて聞いたなぁ」

「ラヴニールは数年前から戦場には姿を現していないみたいだよ。ソレイシアでは厄災認定されたままだけど、アリアス大全からも削除されてるみたいだし。噂じゃカザンに殺されたって聞いたけど……」

「だ、誰がそんな噂を!? ソレイシアかッ……ソレイシアなのかフラウ!!」



 興奮したオルちゃんが私の肩を激しく揺さぶってくる。

 い、いったい何の事やらッ……。



「わ、私は知らないよ! でも、カザンって人も最近は戦場に姿を見せてないから、ルジーラに殺されたって噂を聞いたよ」

「あ〜、それあたしも聞いたわ。まぁ化け物が減ったのはいいことよね」

「そうだね! 因果応報だね!!」

「……ッッ!?」



 オルちゃんがプルプルと肩を震わしている。まるで私達を睨め付けるように目を吊り上げ、顔は真っ赤だ。



「な、なによ?」

「オルちゃん、どうしたの?」


「だ……」

「だぁ?」



「 団長はッ……死んでなんかいなぁーーーーい!!」

「「「……え? 」」」



 ……えーと、団長? 誰が?



「団長のカザンは……死んでなんかいない。今は他国に行ってるだけだ」


「え、ちょっと待って! 以前に団長は他国に行ってるって言ってたけど……もしかしてその団長がカザンなの!?」

「え、うん。そういえば説明がまだだったっけ? あはは……」



 わ、私はよりによって……国から厄災認定されてる人の部隊へ来てしまったというのッ!?



「そんな恐ろしい人の仲間に私はなっていただなんて……お父さん、お母さん、ごめんなさい────」

「ちょっとオルメンタッ、さっきの話は無しよ! そんな化け物の仲間になりたくないわ!!」

「おぉ! ボクたちが『全滅のカザン』の仲間に!? あはは、楽しくなってきたね!」



 落ち込む私、怒るリリィ、楽しそうなティナ。

 そしてオルちゃんは引き攣った笑顔で両手を広げ、私達に向かって高らかに宣言した。



「よ、ようこそ! 『カザン傭兵団』へ!!」

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