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第14話誓いの一撃


 妖精さんが俺の努力がまったく報われなかった原因だと知らされ、意気消沈するヒマもなく、決闘は始まってしまった。


「いくぞシビル・ルインハルド! でやぁああああっ!」


「おっとっ」


 奴の狙いは武器破壊かな。

 エンチャント魔法たっぷりかけた武器で打ち込まれたら、こんな古い剣は一発で粉々だ。


 武器飛ばしをルールに入れたのは、武器がなくなれば勝負ありってことにしたかったんだろう。


 それなら……。


「な、なにっ⁉」


 カンストステータスは動体視力と体幹にも影響してくれる。


 バフがたっぷり乗ってかなりのスピードになっている筈のアルフレッドの打ち込みが止まって見えるほどだ。


 俺は流れに任せるように身を躱し、攻撃を避ける。


「っととっ……」


 だが有り余るステータスは軽いステップすら瞬間移動のように大きく移動してしまう。

 まだまだ慣れないな。かなり加減して動いたのに、めちゃくちゃ大きくれてしまった。


「なっ⁉」


『おおおっ』


 客席から歓声とどよめきが同時に聞こえてくる。


『今のはなんだ?』


『一瞬で何メートルも移動したぞ?』


『何かの魔法か?』


 観客のざわめきがドンドン大きくなる。思った以上に身体能力のコントロールが難しいな。


 あ、全然関係ない話だが、メートルとかミリとかの表現は、この世界独自の表現を分かりやすく翻訳している。


 本来はこの世界独特の計測方法や呼び方があるんだが、ややこしいし面倒くさいので翻訳されていると思ってくれ。


『異世界知識警察の読者が鬼の首を取ったと言わんばかりに感想文をよこしてくるかも知れませんしねぇ』


 読者ってなんだよ。メタいこといわんでくれ。

 言いたいことは分かるけど。


「き、貴様ッ、魔法は禁止だと言ったはずだぞっ!」


「いや、使ってないよ。審判、魔力反応はありましたか?」


 この決闘のジャッジは学院の講師が担当している。

 仮にも一流の学院が誇る講師なので魔法はエキスパートだ。


 そのプロが首を横に振った。つまり不正はない。


 彼がアルフレッドに買収されているなら話は別だが、どうやらその様子もなさそうだ。


 まあヘンテコなルールを適用してしまった分だけ、彼にも教師としてのプライドがあるのだろう。


『いいぞいいぞぅっ☆ もっと悔しがらせてやりましょうっ♪ 「スロー過ぎてあくびが出るぜ?」とか煽ってみたらいかがですか?』


 耳元でギャアギャア騒がないでほしいな。集中できんではないか。


 こいつがうるさいおかげでアルフレッドに対する嫌な気持ちもそれほど起こってこない。


 もともとムカついてはいたが、それは自分が弱いからだと納得していたし、こいつに八つ当たりするのは今までの自分を否定するみたいでなんとなく嫌だった。


 だけど俺の目的はエミーにちょっかいを出させないことだ。


 そのためなら嫌味の一つも言ってやろうじゃないか。


「どうしましたアルフレッド様。動きが止まって見えますよ?」


「な、なんだと~っ! 調子に乗るなよっ! 下級貴族ごときがぁああっ!」


 再び斬りかかってくる相手の動きをよく観察し、ギリギリで回避ッ。


「よし、今度は上手く行った」


 体を反らして剣筋を躱し、ゆっくりと剣のつかを前に突き出す。


 避けやすいようにわざと明後日の方向に突き出すことも忘れない。


 妖精の言うとおり、当たったら間違いなくスプラッタトマトができあがってしまうからな。


 相手が俺を殺す気満々でも、学園内で殺人を犯す訳にはいかない。


 別にコイツが死のうがどうでもいいが、後が面倒だし目覚めが悪そうだ。


 俺、まだ人を殺したことないしな。


 戦いが始まればいずれ経験しないといけないが、こんなところで済ます必要もないだろう。


 俺は今まで一度も人を殺したことが無い。

 日本人としては当たり前だが、この世界の貴族としては当たり前じゃない。


 こうした決闘だったり、時には領民から頼られて山賊討伐に赴くこともある。


 だけど俺はそういった経験を一度もしたことがない。


 討伐はいつも剣の腕一番の長男であるサーブル兄さんが担っていたし、魔法の腕はライハル兄さんが一番だ。


 人殺しといえば聞こえは悪いが、領民の命を脅かす悪者を成敗するのは、言わば貴族の義務なのだ。


 うちの父上も俺に対しては意地が悪いが、領民からの信頼は厚い。


 実家にいる頃に何度か連れ出されたが、体が震えて動けなかった。その時の父上の失望した顔は忘れられない。自分が情けなかった。



「ぐぅううっ」


 ギリギリで回避してくれた。俺の動体視力には奴の噴きだした冷や汗の飛沫もしっかりと捉えることができている。


「クソッタレがっ! お遊びは終わりだっ! 貴様を殺してエミリアを僕のものにしてやるっ」


「いや、だから無理だって。エミーは断ってるだろ」


「バカがっ。既に国王陛下からのお墨付きを頂いている。僕とエミリアの結婚は確定しているのだ」


「……なんだと?」


「間もなく正式に発表されるだろう。今度僕の家でパーティーを開く。招待してやるから僕とエミリアの晴れ舞台を見ているがいいっ」


 ハッタリかどうかは分からないが、それが事実だとしたら看過できる内容ではない。

 腐ってもこいつは上位寄りの中級貴族の息子だ。


 それなりに国家に対する貢献をしていなければその地位を保つことは難しい。


 そしてそれは国王に対して意見を陳情する立場でもある。


 何かせこい方法を使ってエミリアとの婚約を国王経由で取り付けたのだとしたら、貴族社会においてはエミーがそれに従わざるを得なくなる可能性は否定できない。


 とはいえ、エミーのお父上である公爵は領主であり、アルフレッドの親はその腰巾着こしぎんちゃくだ。


 何か変な裏技でも使わなければ不可能だし、第一 娘を病的なまでに溺愛している公爵がそれを許す筈がない。


 しかし王命が降るとすれば可能性はゼロとは言い切れない。


「やめだ」


「なに?」


『おっ? 舐めプは終了ですか?』


 ああ。ちまちまと様子見して自爆を誘いたかったが、成り行きに任せるのはもうやめだ。


 悪目立ちをしてエミーに迷惑が掛かるのを避けたかった。

 だけど思い出した。

 あの時エミーがベッドの中で言っていたではないか。


『シビルちゃんには世界一格好よくなってほしいって言ってましたねぇ☆』


 それも聞いてたのかよ。だがその通りだ。

 俺はエミリアにとって世界一格好いい男にならないといけない。


 だったら、目立たないように舐めプして、こそこそと裏工作する男じゃダメだ。


「エミーッ!」


 ザワッ


 俺は持てる声量の全てを肺から吐き出してエミーに呼びかける。


 突然の咆哮に周囲がざわめき、しかし一瞬で静かになる。


「シビルちゃん……」


「エミーッ! 俺はお前を世界一幸せな女にするっ! お前を誰にも渡さないっ! 他の貴族になんて絶対に渡さない! 王族にだって触らせない! お前は俺の女だっ! 俺に付いてきてくれるかっ⁉」


「うんっ! 一生ついて行くっ! シビルちゃんを支えるからっ!」


 どよめきはざわめきに変わり、そして怒号と悲鳴へと変貌を遂げた。


 平民ギリギリの下級貴族が最上位貴族の令嬢に愛の宣言をしたのだ。


 貴族社会では絶対に許される事じゃない。

 この場にはこの公爵領にいる多種多様な貴族の令嬢、令息が観客席にいる。


 この宣言は噂と共に瞬く間に拡散されていくだろう。


「き、貴様ぁあああっ! 婚約者たる僕の前で堂々と略奪宣言とは良い度胸をしているなっ!」


「略奪じゃなくて純愛だよ。元々お前の入る隙間なんて一ミリも存在してないんだからな」


 俺は剣を両手持ちで上段に構え、足を開いて呼吸を整える。


「な、なんだ……?」


 奴は俺が出す空気に恐れをなしたのか、その場から動こうとしなかった。


「おいアルフレッド。そんなところでボケッとしてると、粉々になっちまうぞ」


「な……なんだ、と……?」


『シビルさん、観客席の結界は私が強化しておきますから、思いっ切りやっちゃってください☆』


 ナイスアシストだミルメット。これで思い切り攻撃できる。


「ちゃんと避けろよっ! せぇええええええええりゃぁああああああああああああああ!!!!」


 咆哮! 一閃ッ!!!


 筋力ステータスを全乗せし、今まで培ってきた剣技の努力をも全乗せした上段斬りを力の限り振り下ろす。


 俺はエミリアへの誓いを乗せた一撃を解き放ち、彼女に粉を掛けようとする全ての男達に喧嘩を売るつもりで全力の一撃を放った。


 その最強の一撃は、爆風と共に闘技場の半分を吹き飛ばしたのだった。



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