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第16話一世一代の大見得切り 前編

「結論から言おう。この国を出て行け」

「それは一体どういう事でしょうか?」

「それを私に言わせるつもりか……」


 ガイスト・サウザンドブライン公爵。

 エミリアの父であり、この国でもっとも力のある貴族の一人だ。


 鋭い眼光と怒気を含んだ魔力の奔流。


 今にも焼き殺さんと言わんばかりの怒りに燃え盛る眼光を容赦なく俺に叩き付けていた。


 エミリアお嬢様をもらい受けますので、今日からお義父様と呼ばせていただきます、なんて言おうものならその場で無礼打ちにされかねないな。


 敵意剥き出しの公爵の眼力にビビりそうになる。 

 ステータスがマックスになったとしても、歴戦の戦士の凄みというものは本能的な恐怖を引き出してしまう。


――――――


【ガイスト・サウザンドブライン(人間族)】

男・公爵、王国騎士、魔法剣士

――LV44 HP520 MP150

 腕力 260

 敏捷 120

 体力 250

 魔力 102


――――――


 うおお、流石に強えぇ。同じレベル帯のゲーム主人公と遜色ないステータスだ。強いて言うなら魔力が低いくらいか。


 それにHPがめちゃくちゃ高いし腕力や体力も半端じゃない。


 単純なステータスなら俺の方が上だが、彼には俺が持っていない多くの戦闘経験がある。


 絶対に一筋縄ではいかない相手だ。


 だけど俺は絶対に譲らないと決めたんだ。エミーの為に世界一格好いい男になるには、ここで一歩も引くわけにはいかない。


 本来なら土下座をして、誠心誠意謝りつつ、エミー同席の上で説得するのが正道だろう。


『娘さんを嫁にくださいお義父さんっ! 貴様にお義父さんと呼ばれる筋合いはないっ! ってやつですねぇ』


 小芝居をありがとう。その通りだ。


 だけど、そんな甘い考えが通用するお人じゃない。


 今まではエミーが成人していない事と、なんだかんだで俺が一歩引いた態度を取って距離を置いていたから事実上黙認されていた。


 しかし今回のことで、俺はその引いていたラインを踏み越えてしまった。


 きっとガイスト閣下ははらわたが煮えくりかえる思いの筈だ。


「では聞こう。小僧、お前は自分がしたことの意味を分かっているのか?」


「分かっております」


「本来なら即刻その首をねてやる所だが、エミリアたん……ごほんっ。娘たっての希望で命までは取らないでおいてやる」


 どうでもいいが閣下の娘の呼び方って「エミリアたん」なのか。初めて知ったがギャップが凄いな。


 思わず噴き出しそうになったが、なんとか耐え抜いた。エラいぞ俺。


「ありがとうございます……」


「それから貴様のしたことは箝口令を敷いてある。今日の真実を口外することはまかりならん」


「そうですか。分かりました。しかし、人の口に戸は立てられません。あれだけ大勢が見ている中で啖呵を切りましたので、ほぼ無意味かと」


「だろうな。だからこそ頭が痛いのだ」


 エミーには話に介入しないでほしいとお願いしてある。

 彼はエミーを溺愛しており、嫌われることは避けたい筈だ。


 それに口も回るし頭も良いので、俺よりもよほどスムーズに公爵を説得してしまうだろう。


 だけど、それでは心が伝わらない。


 エミーに父親と敵対して欲しいとは思わないし、できれば彼にも心から娘の婚約を祝福してほしいと思っている。


 そのためには俺が彼に認められなければ話が始まらないのだ。


「ならば金貨1000枚くれてやる。娘に気付かれないようにこの国を出て行け」


 金貨1000枚……。この世界の物価と金銭感覚だと大体1金貨=7~10万円くらいのイメージだから、多く見積もって約1億。 


 しばらく豪遊しながら暮らしてもよっぽど食うには困らないな。


 随分と大判震い舞なことだ。公爵にとっても決して安い金額ではなかろうに。そうまでして俺とエミーを引き離したいのか。


 が、エミーをその程度の金額で売り渡せと言われている気がして腹が立つ。


 誰が首を縦になんぞ振るものか。たかが1億程度のはした金でエミリアを諦めろって?


 お断りだね。この部屋を金貨で埋め尽くしても交渉のカードにはなり得ない。


「それは金をくれてやるからエミーの前から消えろという意味ですか?」


「誰の許可を得て気安くエミーなどと呼んでいる」


「無論、本人です。結婚の承諾も得ました」


「寝ぼけるなよ小僧。貴様も貴族の端くれならば、貴族令嬢の結婚が本人の意思だけで行なわれるものではないと分かっているだろう?」


「閣下がエミーを溺愛していらっしゃるのは知っております。そのうえで政略結婚以外の選択肢は有り得ないと仰るのですか?」


「三流の三男坊の分際で分かったような口を利くな。娘の幸せを想えばこそ、一流の貴族との結婚が最適なのだ」


 確かに貴族としてそれは大いに正しい。俺はその圧倒的に正しい行いをねじ曲げてでも一念を通さなければならないのだ。


「お断りいたします。俺はエミーを愛している。彼女を置いて国を捨てるなど有り得ません」


「勘違いするなよ小僧。これは頼んでいるのではなく、命令だ。金をくれてやるのは曲がりなりにも娘の友人に対するせめてもの情けだと思え」


 逆を言えば情け一つの為に1億もの金を出そうとするくらい思い切った選択と取れなくもないか。


 普通の感覚でいうなら金貨100枚も渡せば大盤振る舞いとしては十分過ぎるほどなのに。


 あ、待てよ……。もしかしたら大盤振る舞いしておいて、国を出た途端に暗殺者を差し向けて回収って線もありそうだな。


 ガイスト公爵は領民から慕われる人格者であるが、清濁を併せのむ厳しい御方でもある。


 あと過剰すぎるほどにエミーを溺愛しているから、彼女についた悪い虫を確実に排除するためにそのくらいのことはやりかねないな。


 もしかして結構冷静さを失ってるのかも……。


「ではその情けも必要ありません。私は閣下のお考えに真っ向から反抗させていただきます」


「貴様……どういうつもりだ。この場で処刑されても良いという意味か?」


 カンストステータスがあれば、恐らくガイスト公爵とガチバトルしてもなんとか勝つことはできる。


 恐らく素人の俺では考えも付かないような戦術を駆使して翻弄してくるだろうが、俺にはゲーム知識があるのでゴリ押しをすれば勝つこと自体は可能だ。


 しかし弱点がない訳じゃない。隷属の首輪とか、呪いの類いとか、禁忌とされるアイテムなんかを用いればステータスがいくら高くても無意味にされてしまう。


 まあレジストステータスもあるからなんとかなるだろうけど。


 だから彼に逆らって戦いを挑むことは賢い選択じゃないし、俺の目的はそこじゃない。


 さあ、こっから正念場だぞシビル・ルインハルド。


 この娘溺愛堅物最強お父さんを、言葉の啖呵たんかだけで説得しなきゃならないんだ。


 気合いを入れろ!


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