さあこっからが勝負だぞシビル・ルインハルドよ。
気合いを入れてこの溺愛堅物お義父様を説得せねばならん。
「私がエミリアの婚約者として相応しくない条件は大きく3つ。地位の低さと、国家への貢献度、そしてブタゴブリンと呼ばれるほどの容姿の醜さでしょう?」
「分かっているなら素直に受け入れろ。貴様とエミリアでは釣り合わん。住んでいる世界が違いすぎるのだ」
「なればこそ、その条件をクリアさえすれば問題ありますまい」
「なんだと?」
「二年」
「?」
「二年……いや一年半の時間を私に与えてください。その間に全ての条件をクリアするとお約束します」
「どういう意味だ」
「私は頭の良い人間ではありません。領地運営をする権利も与えられていないし、その才能もないでしょう。できる国家への貢献は武勲をあげるしかありません」
「……」
「間もなく戦争が始まるのでしょう。それも魔王軍との」
「き、貴様ッ! 何故それを知っているッ⁉ 国家の最重要機密だぞっ」
「ならば、間もなく始まるであろう魔王軍との戦争で、誰にも恥じぬ大いなる武勲をあげるとお約束しましょう。この醜い容姿もその間に完璧に改善してご覧に入れます」
「
「いいえ、ありますとも」
「なんだと」
「魔王軍との戦争。私を最前線に配置していただいて結構です。そうすれば死亡する可能性は非常に高い。私の首を
「……」
「エミリアは私が死ねば自分も死ぬと言いました。しかし、私がそれはしないでほしいと頼んであります。そして私が戦争で死ぬことがあれば、お父様の言うとおりの方と結婚するとも」
「エミリアがそう言ったのか」
「そうです。嘘だと思うなら本人に聞いてみてください」
「……」
ガイスト様は唸り声を上げながら両手を組んで考え込んでいる。
この御方の考えを曲げる為にはこのくらい言わないとダメだ。
実際はそうはならないだろう。戦争で死のうがこの場で処刑されようが、俺が死ねばエミーは確実に後追いで自ら死を選ぶ。
エミリアにしてそこまで思わせるほど惚れられていることに誇らしい気持ちにもなる。
なんだろうな。普通なら「生きて幸せになってほしい」とか思うのがまともな人間なんだろうが、俺はそうは思わない。
だって俺が戦争で死ねば、確実にエミーは主人公と結ばれることが確定しており、その場合はこの世界は破滅に向かう。
だから俺は絶対に死ねないし、主人公と結ばれても最終的に幸せな一生を過ごすことはできない。
だったら愛し合う者同士、時を同じくしてくたばった方が俺達は幸せである気がする。そしてエミリアもそっち寄りの考えである節が強い。
「いいだろう。実は魔王軍との戦争は既に始まっている」
「え?」
「これはまだ極秘事項だが、聖女様から神託が下った。勇者が誕生するとな。そしてそれに呼応するように、魔族達が戦力を集結させつつあると情報が入っている」
なるほど。歴史においては本格的な開戦は来年と定義されているが、実際は小規模な小競り合いは既に始まっているのだ。
歴史に記されているのは、来年に始まる決戦戦争のことを差しているのだろう。
そしてその終結は二年後。つまりゲーム本編開始の数ヶ月前だ。
戦争からの復興と、魔王復活に備えて新たな勇者戦力を掲げるために主人公が田舎の農村で才能を見出される。
確かヒロインの一人である先代勇者と同じく、教会で神託が下るはずだ。
神託を下すのはこれまたヒロインの一人である聖女様だ。
本来勇者は世代に一人しか誕生せず、主人公はイレギュラーな勇者なのだが、その辺は後にしよう。今はこっちが先だ。
「分かりました。では本格的な開戦の折には、私は真っ先に最前線で戦うことをお約束します。それで私が死ねば、閣下にとっては万々歳でしょう?」
「……ふん。可愛い娘の泣き顔は見たくない。できれば金を受け取って出て行ってほしいものだが」
「その場合も泣きますし、なんなら私について家を飛び出すでしょうね。むしろ受け取った金を元手にして商売でも始めようなんて言い出しかねません」
ガイスト様は今までと全く違う空気感をまといながら座っている椅子にドスッと背をもたれて身を預ける。
それはまるで説得を諦めて脱力したように見えた。
「はぁ~。そうだろうとも。だからこそ、貴様の提案を呑まざるを得ない。……貴様、一体何があった?」
「どういうことでしょうか?」
「誤魔化すな。以前とはまるで別人ではないか。私の目は騙されんぞ。その自信に満ちあふれた目。私相手に一歩も引かぬ図抜けた態度。私は貴様を殺すつもりで
ここに入った瞬間からガイスト公爵から放たれている凄まじい殺気を込めた魔力の事だろうな。
元の『僕』だったらしょんべんチビって気絶してたか、下手をすればショック死しているほどの凄まじい魔力の波動がビンビン伝わってくる。
っていうかこの人、俺が隙を見せれば速攻で斬りかかってきそうだ。
「魔王軍復活の機密事項を知っていた事といい……明らかに普通ではない。昨日のコーナラード家の坊主との決闘のことも報告を受けている。にわかには信じがたいが、どこでそのような力を身につけた?」
コーナラードっていうのはアルフレッドの家名だな。
「一言で言うなら、自分のスキルの使い方がようやく分かった、というところでしょうか」
実際は違うのだが、誰にでも分かりやすく説明するにはこういう言い方しかできない。
呼び名がエロ同人なので説得力は皆無だが。
いくらこの世界の人間に意味が通用しないとはいっても、名前の響きがいかがわしいのは伝わってしまうらしいので、やっぱり良いものではない。
「あのふざけた名前のスキルのことか? あれがそんなに凄まじい力を有していたというのか」
「
「な、なんだとッ⁉ 貴様、本気で言っているのか。冗談では済まされんぞ」
「本気です。エミーとの幸せな人生を歩む為に、必ず成し遂げてみませす。だから、伏してお願い申し上げます」
「ッ⁉」
俺はその場に膝を付き、精一杯の誠意を込めてガイスト公爵閣下にお願いをした。
「必ずや魔王の首を取り、公爵閣下には【魔王討伐英雄の義父】の称号をもたらしてご覧にいれます。私が条件を満たした
「………………………………………………………………………………」
長い長い沈黙の時間が流れた。
その間、俺は一切微動だにせずに、膝を付いて
「……ふぅ。よかろう。そこまで言い切るのであれば、私も貴様の男を立てねばなるまい。ならば必ず成し遂げてみせろ。約束を破った折には、私自ら引導を渡してくれる」
「承知いたしました。必ずや約束を果たしてご覧に入れます」
「期限はエミリアが成人する二年後の王立学園高等部入学までだ。それを越えたら私が決めた婚約者と結婚させる」
「承知いたしました」
よかった。ガイスト様は頑固ではあるが、物の道理が分からぬ御方ではない。
俺がここまで大見得を切って男を見せれば、それを受け入れてくれると信じていた。
こうして、長きにわたる公爵閣下の説得は、一応の成功を収めたのだった。