「おのれぇ。底辺の分際でこの俺をぉ! よくも公衆の面前で恥を掻かせてくれたなっ!」
中級貴族の嫡男、アルフレッドは荒れていた。
決闘に敗北し、完膚なきまでに叩きのめされてもなお、彼のシビルに対する憎しみは火山の如く溢れ出していた。
「下級貴族の分際でっ! 下級貴族の分際でっ!!」
部屋の中は彼の八つ当たりによって割れたガラスの破片が飛び散っていた。
使用人の女達が怯えて動けない中、家令の一人がたしなめる。
「ぼ、坊ちゃま、どうかお鎮まりに。お怪我に響きますので」
「うるさいっ! さっさと追加の回復ポーションを持ってこい!」
「か、畏まりました!」
「お前達も出て行け」
「は、はい」
「畏まりましたっ」
慌てて部屋を出て行く家令に続き、怯えたメイド達も我先にと後を追った。
一人部屋に残されたアルフレッドは、収まらない苛立ちと、ズキズキと痛む火傷の痕に顔を歪ませる。
「あの底辺ブタゴブリンめ……。このままではすまさんぞ……」
『そんな君に協力してあげちゃうよー♪』
「だ、誰だっ!」
誰もいなくなった静寂の部屋の中、突如として不気味な声が鳴り響く。
驚いて振り返った先には部屋の窓。
しかし異常だった。窓の外の景色が変わっている。
「な、なんだ。いつの間に夜に……」
暗闇に包まれた景色を見れば、見慣れた屋敷の庭先が血みどろの惨劇の場に変わったかのように赤くそまっているではないか。
『はいはーいご注目ぅ♪』
「うわっ! だ、誰なんだっ! どこにいる!」
『こっちだよこっちぃ』
ベッドの枕元に目をやれば、背丈の非常に小さな、いや背丈という言葉では当てはまらない、途轍もなく小さな少年がいた。
「な、なんだ、お前はッ」
とんがり帽子に緑色のチュニック姿。
手のひらサイズとも言える大きさはまるで人形のようである。
人間サイズなら間違いなく美少年と呼べる耳目の整った顔立ちをしており、しかしてその瞳はヘドロのように濁っており、一目でまともではないことが分かる。
『僕は邪妖精のピクシー君だよっ。気軽にピクシーって呼んでね☆』
「じゃ、邪妖精……妖精族だというのか?」
『厳密には女神の使いと言われる妖精族とは別の種族だけどねぇ。まあそんなことはどうだっていいじゃないか』
軽いノリで話し始める邪妖精は軽快に飛び上がってアルフレッドの周りを浮遊する。
『君は力が欲しくないかい? 圧倒的な力って奴が』
「な、なんだって……。どういう意味だ」
『そのままの意味さ。君の心に渦巻いている欲望の奔流。僕には手に取るように分かるよ☆ 圧倒的な力を手に入れて、欲しいものを全部手に入れたくはないか?』
「お前ならそれが与えられるとでも言うのか?」
『そのとーり☆』
邪妖精の体が光を発し、ドロッとしたヘドロが空中に球体を作っていく。
「な、なんだ……?」
『見てみなよ、この美しいオーブの輝きを』
輝きなんてものは一切放っていなかった。あるのはおどろおどろしいヘドロのようなゲル状の球体と、それが放つ鼻が曲がりそうな悪臭。
それも普通の臭いではなく、心の底から嫌悪感と悪寒がまとわりついてくるような、魂の訴えかける臭いだった。
「こ、こんなもので……」
『でも分かるだろう? 君の魂に訴えかける圧倒的な暴力の振動が』
分かる。分かってしまった。邪妖精の言葉はアルフレッドの魂に大きな揺さぶりをかける。
それは彼自身の復讐心と、欲望の衝動を何倍にも増幅する破滅の衝動。
しかしその暴力性に身を任せる愉悦への誘惑に抗うことは困難だった。
「ひ、ひひひっ……分かる、分かるぞ……。これで僕は無敵になれるっ! 見ているがいい底辺貴族めっ!」
復讐に駆られた少年は、邪悪な誘惑に屈した。
シビルの知らない邪なる存在が牙を剥く。
『ほら、まずは一つ目のスキルを解放してあげよう。これで眷属を作り出すことができる筈だよ♪』
「なるほどっ、なるほどなるほどなるほどっ! これはいいっ! シビルの奴をなぶり殺しにしてやる」
『その前にちょっとやって欲しい事があるんだよねぇ』
「なんだ?」
『眷属召喚のスキルを使って、
「ある施設?」
『ああ』
邪悪な妖精の
『それはね……、【神託の勇者】がいる所さ』