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第21話勇者候補ホタル

(こいつは驚いた)


 ガイスト公爵との約束を交わしてから数日、エミーとは時間を見つけてはイチャイチャデートを繰り返しており、そのことに公爵は歯ぎしりをする毎日だそうだ。


 その辺の詳しい経緯は少しずつ話すとして、まずは今驚くべき事態に遭遇している事から話しておこう。


 俺は神託が行われる教会へと呼び出されていた。


 ここはヒロインの一人である聖女とのイベントがよく起こる場所でもあるが、今の時点ではまだ修行中で、ヒロインの祖父が教皇をしていた筈だ。


 俺としては彼女に会ってみたかったが、神託の聖女は成人まで人前に出てはならないというしきたりがあるため叶わなかった。


 ゲームでも聖女ヒロインは主人公が偶発的に聖女の聖域に足を踏み入れてしまうことで、外に出るきっかけを作る。


 だが今はそれを強行するべきタイミングではないだろう。


 そして、その教皇の間へと呼び出された俺は、驚くべき人物と邂逅を果たしていた。


「ご紹介します。この方が今回の神託で勇者としての使命をたまわった……」


「ホ、ホタルです。よろしくお願いします……」


(ホタル。元勇者ヒロインのホタルじゃないか……いや、今の時点じゃこれから勇者になるヒロインか)


 ホタル。確か設定資料ではヒナギク・ホタルって名字も設定されていた筈だ。


 小っちゃな背丈のロリ枠ヒロインの一人であり、可愛らしい顔立ちと肩に掛かるくらいのショートボブをハーフツインに結わえたロリ甘な髪型が特徴の明るい女の子だ。


 ゲームだと魔王討伐後から本編がスタートするので、彼女は既に英雄としてもてはやされていた。


 ファンタジーものに大体一つはありそうな東の果てに栄えている日本みたいな国、【サクラ国】からの移民の孫であり、名前から察する通りかなり日本人的な顔立ちをしている。


 フェアリール王国とは古くから国交があるのだが、近年は貴族特有の差別意識の強まりが原因で、サクラ国からの移民は徐々に迫害の対象になっていた。


「既に知っていると思うが、魔王の復活が近い。そこで、彼女には勇者としての力を高めてもらうべく、魔族領に向けて小規模パーティーの旅に出てもらうことにした」


 説明をするガイスト公爵も教皇の前では緊張の面持ちだ。


「なるほど。では、私が呼び出されたのは、勇者様のパーティーに随行するため、と考えてよろしいのですか?」


「その通りだ。貴様の力は既に見せてもらった。もしもの時、貴様はその命を張って勇者様をお守りせねばならん。よいな?」


「心得ております閣下。シビル・ルインハルドです。どうぞよろしくお願いします勇者様」


「あ、えっと、よろしく……お願いします」


 彼女の返事はあまり元気がない。緊張もあるのだろうが、それよりも俺と彼女とでは非常に相性が悪い理由があった。


『ホタルちゃん貴族が大の苦手ですからねぇ』


 そうなのだ。ゲーム本編だけでは非常に分かりにくいが、彼女には大の貴族嫌いという裏設定が存在する。


 正確に言えば貴族が嫌いだった、といった方が良い。


『でもそれはこれから始まる魔王との戦いで、パーティーメンバーとの絆を深めるからですよね』


 そうだ。パーティーメンバーとして選出される魔導師と龍騎士。


 二人とも貴族であり、長い旅路の中で絆を深めていく。


 そのおかげで貴族嫌いを克服し、魔王討伐の後には明るい学園生活を送っていくことになるのだ。


 だが……


――――――


【ホタル(人間族)】女・勇者

――LV2 HP40 MP25

 腕力 10

 敏捷 11

 体力 15

 魔力 14





――友好度【最悪】


――――――


 やはり俺に対してはこういう状態か。


『ブタゴブリンですもんねぇ』


 うるせぇ。ホタルは見た目で人を判断する子じゃないんだよ。


 ヒナギク・ホタルというヒロインは平民、それも貧民ギリギリの世界で生きてきた苦労人だ。


 ゲームにおける彼女は好感度の上がりやすさと相まって、初心者が普通にプレイをするとまず彼女のエンディングに辿り着くことが多い。


 勇者となる前は冒険者ギルドに隣接する宿屋のレストランで働いており、ゲーム本編の2年前に勇者として覚醒する。


 そして魔王軍との戦いを運命づけられていくのだ。


 その勝利までの道のりはスピンオフ小説として詳しく描かれている。


 それはゲーム本編の明るい彼女からは想像もできないくらいのハードな世界観で描かれており、その評価はかなり賛否が分かれていた。


 彼女は貴族同士の抗争に巻き込まれて両親を失っている。

 孤児となったホタルは叔父に引き取られ、宿屋のレストランで町娘として一生懸命働いて生きてきた。


 わざわざ貧民街に近い所で暮らしているのは、貴族と関わらないで済むと考えてのことだった(実際はそうはいかない側面もある)。


 だから貴族である俺が彼女と距離を縮めるには条件がかなり不利なのだ。


 だけどそれをゲーム本編だけで読み解くのは困難を極める。


 なぜならゲームでは終始明るい性格で、貴族のエミリアやルルナ姫とも仲良く話しているシーンが数多く存在しており、貴族が嫌いだなんて描写はどこにも見られない。


 それはこれから始まる二年間に及ぶ魔王軍との戦いで、命を分け合う冒険をしたことで打ち解けた貴族がいたからだ。


 それが先ほどいった魔導師と龍騎士の女。


 実はこの二人もヒロインなのだが、恐らくもうすぐ会うことになるだろう。


 そして二人のヒロインと共に、魔王討伐を成し遂げる仲間としての関係を築いていく。


 その後ゲーム本編が始まり、彼女は主人公と共に物語の舞台となる王立学園の高等部に入学してくる。


『でもそれって主人公が平民だから相性が良かったわけですしね』


 そうなのだ。

 彼女が初心者用ヒロインと呼ばれる所以ゆえんは、その好感度の上がりやすさにある。


 しかし、その要因となるのは主人公が彼女と同じ平民出身で、突然勇者としての適性を見出されて王都につれて来られるという共通点があるからに他ならない。


「それでは勇者様、ご出立は今日から数えて3ヶ月後。それまで必要な訓練カリキュラムの手配や旅の装備の準備などは全てお任せください。今日は神殿にてゆっくりお休みくださいませ」


「は、はい。ありがとうございます……」


 まずはエミーに続く二人目のヒロイン。勇者少女のホタルと邂逅することになった。


 そして、次の日に現われる三人目と四人目のヒロインとの邂逅で、俺はその道のりの険しさを思い知らされる事になる。


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