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第41話旅立ちの日

 ガイスト公爵との大見栄切りから3ヶ月。


 いよいよホタル達と共に魔王討伐の旅に出発する日がやってきた。


「シビルちゃん格好いい♡」


「素敵だよシビル君。前も愛嬌が有ってよかったけど、スマートで見とれちゃう」


 裏ダンジョン攻略の努力によって体をガンガン動かした影響でしっかり痩せることができた。


 実は1ヶ月を過ぎた頃からエミーが試練の洞窟のフリーパスを学園から買い取り、自由に出入りできるようにしてくれた。


 学園は途中から休学となり、ホタルと共に訓練所で腕を磨く日々。


 基礎的な体力作りによって運動量は劇的に増え、俺の体はドンドン痩せていった。


 そういえばある意味で変わり果てた俺の姿だが、それを見ても久しぶりに会ったライハル兄さんはまったく動じる様子がなかった。


【あ、痩せたんだねシビル。その姿も似合ってるよ】


 このひと言があったのみだった。


 兄さんの胆力というか、対応力の強さは恐れ入った……という場面があった。


『ライハルさんってエミリアちゃんクラスのヒロインじゃないっすかねww』


 確かに女と見間違えるほど綺麗な顔立ちをしているが、ちゃんと男だぞライハル兄さんは。


 でも料理は上手いし、声は高いし、仕草は可愛い。


 使用人のメイド達からもモテるというより可愛がられているしな。


 本当に女かと見間違える事もあるくらい美少女をしている。


 だけどちゃんと男だ。つまり【だが男だ】って奴だ。


 ライハル兄さんにはバレていないが、マジで『そっちの人』にガチ恋された事もあるくらいだし。


 この異世界のLGBT事情がどうなっているのかはよくわからんが、存在することは確かだ。


 話を戻すとライハル兄さんは俺の姿が変わり果ててもまったく対応を変えることはなく、今までと同じ兄弟として接してくれることに有り難みを禁じ得ない。


◇◇◇


 裏ダンジョンはなんと50層まで攻略することができた。


 エミーからもらったエボルウェポンの性能が思った以上に凄かったのが大きい。


 ただその裏で、実は一つ問題が浮き彫りになった。


「魔法を覚えなかったのは痛かったな」


 そう、主人公や他のヒロインはレベルアップと共に多彩な魔法を覚えていくのだが、シビルにはその才能がなかったのか、あるいはモブなので設定されていないせいかレベルアップで魔法を覚える事がなかった。


『この世界の住人は訓練によって魔法を覚えますけど、やっぱり才能で差がでますからね。初級魔法でも覚えられただけ才能はあったわけですし』


 確かにな。逆に貴族でありながら初級魔法しか覚える事ができないから無能の烙印を押されていたわけだし。


 それに魔力が育たなくて威力が上がらなかったからな。


『ちょっと高価ですけど魔導書を買うしかないですねぇ』


 そう。ゲーム本編だとイベントアイテムなのだが、魔導書を読んで契約することで覚えられる魔法というのもある。


 作る行程が非常に複雑なので量産ができず、単価が高いのでおいそれと手に入れる事ができないという難点がある。


 学院の授業で使われるものは非常に簡易的で、初級魔法以外は覚えられない。授業の一環で生徒全員に機会を設けてくれるだけマシだ。


 このサウブラ領にも魔導書専門店は存在するが、それこそ目玉飛び出るような金額を取られてしまう。


 まあ初級魔法でもカンスト魔力なら上級広範囲魔法みたいに使えるから特に問題はない。


 あとは回復魔法を使えたら万々歳なんだけど。



『回復魔法の魔導書は貴重ですからね。それも効果があんまり高くないですし』


 だからこそ、精霊魔法と聖女がはやされるんだけどな。


 効果の高い回復魔法を使えるのは精霊魔法を使えるメインヒロインのエミリアと、聖女のヒロインだけだ。


 他は回復ポーションを使ったり、主人公とホタルがレベル30前後で覚える小回復の魔法、それから自己回復のスキルのみだ。


 広い世界を探せばまだまだいる可能性はあるものの、やはり貴重な人類である事に変わりはない。


 ぶっちゃけこの世界ってどのくらい広いのか知らないし。


『まあ甘露の水差しもある事ですし、あんまり深く考えなくていいんじゃないですか』


 最終的にはな。使いどころが難しいけど、持っている以上は使わないのは勿体ないし、必要になったら使うことに躊躇するつもりはない。


 ◇◇◇


 出発当日。


 俺は前日の夜からサウザンドブライン邸に招待されて、旅立ち前の最後の夜を過ごしていた。


 熱く、長く、濃厚な二人の時間を深夜まで続け、繋がるだけ繋がってスピリットリンカーによるステータスアップを図っておいた。


 というより、エミーが求める限り応え続けていたらステータスが爆上がりしていたというだけだ。

――――――――


【エミリア・サウザンドブライン(半獣人族)】(魂の伴侶→シビル)

 ――LV10 HP 230 MP 3460

 ――友好度 【恋愛ULTIMATE】 

 腕力 34

 敏捷 55

 体力 46

 魔力 493


―――――――― 


 やはり魔力とMPだけ驚異的に伸びていくのは変わらないらしい。


 これだけのステータスがあれば、近づかせさえしなければタイラントスパイダーの大群でも問題なく対処できる。


 それにレベルも上がっている。


 チート状態の俺と比べると緩やかに見えるかもしれないが、たった3ヶ月ばかりでレベルを6も上昇させて10になっている。


 俺みたいに必要経験値激減がない状態で、中等部に通っている年齢でだ。


 どうやら俺が裏ダンジョンに潜っている間に試練の洞窟や周辺のモンスター出現エリアに出向いてレベル上げしていたそうだ。


 元のエミリアでも試練の洞窟のモンスター程度なら瞬殺できる強さがあった。


 本当に凄いなエミリアは。


 そうして、いよいよ出発の時間となったので屋敷の玄関で出発前のハグを行なっていた。 


「シビルちゃん、気を付けていってきてね」


「ありがとうエミー。魔王なんざちゃちゃっとやっつけてくるさ」


「頼りにしてる。領地のことは私に任せて」


「ああ。いざという時は渡したアイテムを遠慮なく使ってくれよ」


「うん。ありがとう」


 エミーには裏ダンジョンで手に入れた様々なアイテムを預けてある。


 俺には甘露の水差しと不死鳥の羽根。それに状態異常を回復させるアイテムが複数あれば十分だからな。


 それらを上手く活用し、必要なら資金に変えてもいいと伝えてある。


 大貴族の娘であるエミリアなら、高級品である裏ダンジョンのアイテムや魔石を持っていてもなんとかなるからだ。


「さて、そろそろセイナ様やフローラ様との待ち合わせ場所に出発しようか。そうだ、エミー」


「なぁに、シビルちゃん」


「なるべく早く帰ってくるけど、会えない間に粉をかけようとする奴がいるかもしれないからな。特に第一王子には気を付けてくれ」


「第一王子? ああ、サイモン様かぁ。確かに求婚の手紙もらったことあったっけ。でも大丈夫。私はシビルちゃん以外興味ないもん」


 ゲームのイベントでエミリアに粉をかけようとする男の一人にこの国の第一王子がいる。


 エミリアは攻略ルートに入らないと、最終的に第一王子のサイモンと結婚してしまう。いや、させられてしまう。


 だが、『ある事情』から幸せな結婚生活をすることなく物語から退場するのだ。


 それは本当に悲惨なバッドエンドだ。口にするのも嫌になる鬱展開だから思い出したくない。


「嬉しいよエミー。もちろん十分分かってるけど、一応、俺とエミーの絆の証を渡しておく」


「わわっ、こ、これって」


 渡したのは指輪だ。この世界にも左手の薬指って文化はちゃんとある。


「スピリットリンカーじゃ目には見えないからね。エミリアとの絆の証だ」


「嬉しいッ! ありがとうシビルちゃんっ!」


 エミーに渡したのは50層ボスのレアドロップ『繋がりの指輪』


 2個ペアで手に入り、相互のペアでステータスが高い方の10%を上乗せする事ができる。


 高い方は当然俺なのだが、それを上乗せするというのは途轍もなく大きい意味を持っている。


 ちなみに今の俺のステータスはこんな感じだ。


――――――


【シビル・ルインハルド(転生者)】

男・スピリットリンカー(エミリア、ホタル)

LV125  HP2300  MP2200


 腕力1950 

 敏捷1780 

 体力2100 

 魔力1940


――――――


 このステータスの10%がエミーに上乗せされる事になる。


 ちなみにエミーの莫大なMPの10%が乗っかっているので2000を越えた。


 つまりエミーのステータスはレベル10にして勇者以上の高い水準を誇る事になる。


 あんまり他人のステータスを確認していないのでなんとも言えないが、ガイスト公爵を例にとってみても、既にステータスだけなら引けを取らない数値になったと言えば分かりやすいだろうか。



「シビルちゃん……これ」


「昔の風習で魂を分け合うって意味があるらしいな。まさしくスピリットリンカーみたいじゃないか」


「うん♡ 嬉しいよ。なんだかシビルちゃんをもっと近くに感じる」


「ああ。俺の力の一部を共有する力がある」


「ううん。シビルちゃんからの贈り物だから、シビルちゃんの事が近くに感じられるの。凄く嬉しい……ありがとうシビルちゃん」


 ステータスどうこうはエミーにとっては二の次らしい。

 なんだか嬉しくなるな。俺はエミーに愛されている。


 そして女性に指輪を贈る行為というのは、魂を分け合うという意味がある。


 この世界においては形式上残っている風習ではある。


 既に廃れた風習という設定があるが、聡明なエミリアはそういった古い慣習も知識があるのだろう。


「エミリア。長い旅になるから、手紙送るよ。そしてサッサと魔王を倒して、一刻も早く帰ってくる。そうしたら俺達が結婚するのに誰も文句言えないようになるからさ」


「うん。私も、シビルちゃんがいない間に、色々準備しておくね」


「頼むよ。それじゃあ、行ってくる」


「いってらっしゃい、私の旦那さま……ちゅ♡」


 エミリアから誓いのキスをもらい、俺は迎えの馬車に乗り込む。


 これは別れではない。だからエミーは町の入り口までは行かず、この屋敷の玄関で送り出してくれるのだ。


 だって俺はここに帰ってくるのだから、と。



【第4章 修行と旅立ちの準備 完】


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