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第48話武人の誇りとは【sideセイナ】

「盗賊だーーーーっ! 盗賊が襲ってきたぞぉおおっ!」


 村長達の呼びかけで村人達が次々に集まってくる。


 村の中は上を下への大騒ぎになっている。


 怒号と悲鳴が鳴り響き、私の体は初めての対人戦、それも命のやり取りを伴う戦いで震えていた。


 モンスターと戦うのとは違う。悪意を持った人間との殺し合いだ。


「オラオラオラッ! 食い物をよこせッ」


「命が惜しかったら逆らうんじゃねぇぞっ」


 下品な声で恐怖を煽る人間の屑共。


 初めて触れる人間の悪意。私は魔王を倒すための旅をしているというのに、同じ国に住む人間と戦おうとしている。


「下がれ下郎ッ。か弱い村人をもてあそぶ悪鬼共、このセイナ・グランガラスが成敗してくれる」


「ちぃ、なんで女騎士がこんな田舎の村にいるんだっ!」


「しかもデケェ。ハーフの巨人族か?」

「関係ねぇっ! 囲めッ!」


「舐めるなッ!」


「うわああああっ!」

「な、なんだぁああっ」



 槍を振るって牽制をすると、盗賊達が吹き飛んでいく。


 この1ヶ月、私には不思議な現象が起こっていた。


 「はぁああああっ!」


 体が動く。以前よりずっとずっと軽やかに槍を振るうことができた。


 筋力が充実し、力強く薙ぎ払う。


 血飛沫が舞う中、人を殺しているという事実が意識を支配しても恐怖に飲まれることがない。


 心が麻痺している訳じゃない。


 何か別のものに守られている感覚とでもいえばいいのか。


「はっ! せいやぁああっ」


 首を飛ばし、胴体を斬り付け、命を奪っても心が荒まない。


(守られてる……。多分、あの男に)


 それがあのシビル・ルインハルドであることが、どういう訳か理解できた。


「動くなッ!」


「なにっ⁉」


 目の前の敵に夢中になっていると、いつの間にか村人の少女が人質に取られていることに気が付いた。


 槍を止め、風圧で盗賊達が吹き飛んでいく。


「くっ、卑怯なッ……」


 守るべき国民を盾にされては従わざるを得ない。

 迂闊だ。なんという未熟ッ。


「フラッシュバインドッ!」

「ぐわっ⁉」


 人質に押し当てていた刃物を掴んだ腕が突然捻り上がる。


 光のロープが盗賊の体に絡みつき、動きが止まる。その瞬間に私は槍を突き出した。


「ごふっ⁉」


「セイナちゃんっ、後ろッ」


 そのかけ声で体が瞬間的に反応する。


 だが遅かった。私の意識が体を動かすより先に、敵の刃物がこちらの体に到達してしまう。


 いくら鍛え上げたと言っても、無防備な急所に鋭い刃物が突き刺されば、致命傷は避けられない。


(くっ、なんとかフローラだけでも守らないとっ)


 致命傷を覚悟してフローラの前に立ちはだかろうと体を動かす。


 瞬間、赤い光をまとった敵が首と胴、あるいは胴体の上と下を泣き別れさせる。


「こ、これはっ」


 見るとシビル・ルインハルドがもの凄い速度で後ろに迫っていた盗賊達を屠っていた。


「す、すごい……」


 この数ヶ月で分かってきたことだが、シビル・ルインハルドの強さは異常だ。


 後ろから襲い掛かっていることに気が付かなかった己の迂闊さを呪うと同時に、それらを一振りの剣戟で瞬殺してしまった彼に驚愕する。


 あの腕輪から形成される不思議な武器を使い、剣、槍、斧、弓。


 あらゆる武器を使いこなし、特に剣の腕は私の師匠である騎士団長に匹敵するものだった。


「やはり凄い……シビル殿……」


 彼の剣技は美しかった。


 槍や弓の扱いは威力が凄まじいが荒削りなのに対し、剣技だけは恐ろしく洗練されていた。


「ふう……これで全滅だな。ケガ人はいますか?」


「は、はい。何人か斬られまして」


 これも私の未熟。シビルからここを任されていたのに、何人かの村人が大怪我をしていた。


「フローラ様、回復ポーションをお願いします」


「で、でも……この先はしばらく町はありませんし、補充が」


「この村の人間は碌に町へ買い物にもいけません。それに、今回の襲撃で家屋が壊れてしまった人達もいますから、どちらにしても放置しては餓死か獣のモンスターに襲われて二次被害です」


「わ、分かりました」


 自分達より名も知らない村人達を優先し、戦いが終わったばかりだというのにケガ人の治療に当たり始めているではないか。


(なんでだ……なんであれほどの力を持ちながら、ああまで他人に尽くす……。貴族の誇りはないのか? その気になれば武勲も思いのままだろうに)


 いかに三流の三男坊とはいえ、貴族としての矜持に欠けているこの男は……恐らく私達の生きている世界ではさぞかし生きづらかっただろう。


 だけど、私は彼の剣に触れて理解した。


(間違っていたのは私達の方だ)


 フェアリール王国の貴族はおかしい。


 誇り高き武人の家系であるグランガラス家の当主である父上でさえ、平民に優しくしたりはしなかった。


 その環境で育ってきた私は、平民と接する機会なんてほとんどなく、我が家の矜持だけを学んで、その内情を理解しようとはしなかった。


 いや、父上でさえ、彼の言うような武人の矜持は持ち合わせていない。


 グランガラス家は選民意識が強い。


 強きものこそ至高である。それは幼い頃から仕込まれてきたグランガラス家に生きてきた思想だ。


 だけど、彼はそれを全否定した。


 ◇◇◇


 龍人族の家系・『グランガラス家』


 王国の歴史において、その家系は国民の平和を守ってきた盾であり、外敵を退けてきたつるぎでもある。


 グランガラス家の当主は、代々龍人の血を受け継ぎ、武力を生業としてきた家系だ。


 歴代当主は王国最強。それがくつがえされたのは今代のガイスト公爵だけだ。


 それでもガイスト公爵は人族の戦士。最終的には種族的な優劣は覆らない。


 龍人族には『龍化』という特殊なスキルで戦闘力を大幅に強化することができるから。


 人族と龍人族は種族的な格が違う。


 その血を受け継いだ私にとって、人族とは庇護すべき対象ではある。


 父上から何度も教えを叩き込まれてきた。


『弱き者であるなら、強者に庇護されるに足るように気高くあろうとするべきだ!』と。


 だけど、彼のひと言で頭から冷水を引っかけられたような気持ちになった。


『弱い者にも弱い者の理由がある』


『なぜ強く誇り高い龍族のあなたが導く側になろうとしないのだ』


『守る側になろうとしないのだ!!』


 我ら龍人は、強くあるべし。そして、弱い人族は庇護される値するように必死に努力するべきだ。


 守られたいなら、それに値するべき対価を示すべきだ。


 いや、無償の奉仕をするべきだとすら思っていた。


 幼い頃からそう教えられてきた。


 私もそれこそが絶対の正義だと信じてきた。


 そう思っていた。


 そう、思い上がっていた。


◇◇◇


~出発の2ヶ月半前~



 私はシビル・ルインハルドの振り下ろしの一撃をもらって吹き飛ばされ、圧倒的な敗北を味わった。


 今日の今日まで信じてきた武人としての矜持を全否定され、その信じてきた内容の薄っぺらさを分からされてしまった。


 私はその日を境に狂ったように訓練に励んでいた。


 その日、私はサウザンドブライン領の王国騎士団の訓練所に顔を出していた。


 サウザンドブライン領にはフェアリール王国の騎士団、龍騎士団の訓練場が各所に存在する。


 勇者様が基礎訓練を終えて、本格的に王国の精鋭部隊と合流することが決まった日。


 私がシビルに負けたことを知った騎士団の人達は彼を呼び出した。


 グランガラス家の娘として幼い頃から才能を見出されて訓練に参加していた私は、団長を始めとしてベテランの騎士達に可愛がってもらっていた。


 そんな私が辱められたと知った彼らは怒り狂い、シビルを呼び出してリンチしようと息巻いていた。


 表向きは旅立ち前の訓練の手伝い。

 でもその実は生意気な三流三男坊をこらしめてやろうというものだった。


 可愛がってもらう事を嬉しく思う一方、恥の上塗りをされているような気がして恥ずかしかった。


 恐らく、本気を出したシビルには騎士団が全員束になっても敵わないだろう。


 その頃の彼はまだブタゴブリンのままだった。


 太く横幅の広い体は、とても機敏な動きができるようには見えない。


 私が見たのは上段からの振り下ろしだけ。彼の剣技全体を見たわけじゃない。


 だけど、私だって武人の娘だ。剣技の善し悪しくらい分かる。


 シビルの剣技は騎士団のほとんどに負けてない。しかも彼はあのとんでもない肉体能力を使わなかった。


 1対多数が相手なら、あのとんでもない膂力りょりょくを使った一撃で騎士団全員を吹き飛ばす事だってできた筈なのに。


 団長や、剣聖のギフトスキルを持っている隊長と一騎打ちをして互角に渡り合う姿は圧巻のひと言だった。


 そうだ。三流の三男である筈のシビルが、国内外にその名を轟かせるほどの腕を持っている隊長達を相手に、ほとんど互角に渡り合ったのだ。


 その日から、私は人生観を変えた。


 すぐに何かが変わるわけじゃない。だけど、私の中で何かが変わったのだ。


◇◇◇


 そして、今日をもってそれは確信に変わった。


 戦いが終わったばかりだというのに、直ぐさま怪我をした村民の救助に当たる彼の姿を見て、私は胸のトキめきを抑えきれなかった。


「シビル殿、私も手伝おう。指示をくれ。正直救護活動の訓練は受けていないから何をしたらいいか分からん」


「ではまず――」


 私はその場に立ち尽くしていた己を律し、プライドを捨てて救護活動に勤しんだ。


 多分、私を変えてくれた彼に、自分の知らない感情を感じ始めている。


 私は、そんな予感がしてならなかった。

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