「魔王よ、貴方様の戦場に相応しい場所をご用意してございます。下郎の始末はワシの手駒にお任せを」
「任せる。良きに計らえ」
「ま、まてっ! ホタルをどこへ連れて行く気だっ」
「下がれと言ったはずだ」
「魔王陛下。さ、不肖、このオベロンめがご案内いたします。下郎の相手は我が配下にお任せを」
「良きに計らえ」
「ま、待てッ」
魔王がこちらにもう用はないと言わんばかりにそっぽを向いてしまう。
ここでホタルを逃がしたら再び探せる保証は無い。
スピリットリンカーの繋がりが希薄だ。
同じようにサーチホタルで探し出すのは、侵食率とやらが進むほどに困難になるだろう。
魔王を止めようと身を乗り出すが、それを邪魔する異形がいた。
ズシンッ!
「くっ、こ、こいつは」
頭は二つ。体は一つ。
二つの裂けた首には緑色の髪をザンバラに散らせた異形の化け物がそれぞれに付いている。
胴体に浮かび上がる二人の少女の顔が、その中身を想像させ、俺は奥歯が割れそうなほど噛み締めた。
『う……ぁ、ぁああああっ!』
「こ、この異形は……」
「ま、まさかっ」
『おああああっ! ああああああっ!』
まるで全身の痛みに耐えているかのような、凄まじい咆哮を上げる。
美しさの欠片もない。年頃の可憐な美少女をこんな姿にしやがって。
絶対に許さねぇ。
(セイナ、フローラ)
(我が主ッ⁉)
俺はテレパシーで二人に話しかける。
決断の時間だ。俺は仲間を信じて任せる選択をしなければならない。
(目の前にいるのはアーシェ姫とレネリー姫だ。あのジジイに何かされたらしい。恐らくある程度ダメージを与えないと浄化ノ光は届かない)
(確かに。レネリー姫の顔が浮かび上がっているな)
(分かりました)
(フローラ?)
(ここは私達にお任せを。ホタルちゃんを追って下さい)
自分から……。そうか、フローラのあの表情。
ゲーム本編で成長した後に見せる達観した表情の片鱗が見える。
凄いな。感動だ。彼女は、やっぱりあのフローラなんだ。
「頼んだぞッ!」
俺はその場をセイナとフローラに任せ、封印の部屋へと消えていった魔王達を追った。
◇◇◇
「待てッ、ゴルディーバッ!」
「また貴様か。余の名を呼び捨てるとは、無礼な奴よ」
傲岸不遜。ゲームの魔王の性格そのまんまだ。
だが、それと同時に、ゲームと同じであるなら、話の持って行き方次第では説得できるかもしれない。
傲岸不遜で高慢ちき。だがその内情は、もっと違うものを求めている。
あくまでそれを純粋に求めているだけだから、それを与えてくれる存在を待っているんだ。
「魔王様、どうかお急ぎを。このような下郎を相手にすることなど」
「黙れ。余に指図をするな」
「ぬぐっ」
「小僧。余を追いかけてまでとる無礼な態度。一体どういうつもりぞ?」
「俺はあんたが求めているものを知っている。それを与えられるのはいまの世の中で俺だけだ」
「ほう?」
よし、食いついた。あとはこいつが求めているものを与えるのみ。
「そこまで大見栄を切るからには、よほどの自信があってのことのようだな」
「勿論だ。あんたが求めているものはただ一つ。拳と拳でぶつかれる、血湧き肉躍るようなギリギリの戦いができる存在だ」
「なるほど。あながちハッタリという訳でもなさそうだな。【アナライズ】」
魔力の波が俺の体を覆っていく感覚がある。
相手の強さを魔力の波動の大きさで鑑定する、この世界の鑑定魔法の一つだ。
俺やミルメットのように数値化できるわけではないから、感覚で掴む魔法といったところか。
「くっくくく。なるほど。それなりに出来るのは確かなようだ」
「ま、魔王様ッ、おやめくださいっ。お目覚めになったばかりで」
「黙れッ。余に指図するなと申したはずだ」
「(チィ)……」
老人の舌打ちが聞こえる。魔王にも聞こえている筈だが、もう耳には入っていないようだ。
奴の興味は完全に俺へと移った。
老人に邪魔されないように気を付けながら、奴を引きつけるしかない。
しかし相手は魔王であってもホタルの体を乗っ取っている。
全力を出しすぎてホタルまで深刻なダメージを与えてしまっては元も子もない。
「さあ始めようかッ、魔王ッ」
「よかろうっ! かかってくるがいいっ、矮小なる人間よっ」
まずは一手。こいつには先制攻撃だ。
「つぇえいっ!」
「むんっ! おおお、こ、これはっ⁉」
ホタルの体を貫かないレベルの全力攻撃。
交差した腕に叩き付けた拳が魔力の障壁を打ち破る。
「ぬおおおっ」
ホタルの体が吹き飛び、壁に激突する。
「ぬぅ、やるではないか。だがこの程度では満足せぬ。もっと力を見せてみろっ」
「いくぞ魔王ッ」
「来いっ、人間っ」
◇◇◇
【sideセイナ】
『うぁああっ……あぁ、ぁああっ』
シビル殿が魔王を追いかけ、奥の部屋へと消えていった後、私とフローラは突然現われた異形の化け物と対峙していた。
「フローラ、作戦はシンプルだ。私が敵を引きつけるから浄化ノ光を準備してくれ」
「うん。お願い! 一刻も早く、二人を助けてシビル様のもとへ」
「頼もしくなったな。頼むぞっ」
私はフローラから敵の目を逸らすために槍を構えて立ち塞がる。
正気を保っているとは思えない姫の姿は、非常に哀れでならない。
あの醜悪な姿をした老人が姫達二人を拐かしたに違いない。
青い奴といい、あの老人といい、邪神の一派というのは本当に碌な奴がいない。
『うおおおぁああ、あぁあああっ』
「くっ、姫様、お気を確かにッ! 目を覚ましてくださいっ! 救世主様がすぐそこにいますからっ!」
苦痛の声を上げる双子姫の攻撃を槍でさばく。
力そのものは私の腕力でどうにでもなる。
だが、このまま浄化ノ光を浴びせるだけで本当に助ける事ができるのだろうか?
先ほどのホタルの時がそうだ。今までにない浄化ノ光で治すことができなかったあの現象。
同じ事が彼女達にも起こるとしたら、このまま浄化ノ光を当てても救えないかもしれない。
『おおおああっ! おおああああああっ!』
「苦しそうだ。そうかっ、アーシェ姫ッ! レネリー姫ッ! 聞こえるか!」
「セイナちゃん?」
呼びかけるんだ。ダメージだけでは足りない。浄化ノ光は心の光。恐らく邪悪に染まった者達の心の強さを増幅させるのだ。
自ら浴びて使ったから分かる。
「フローラッ、このまま浄化ノ光を当てても効果が無いかもしれないっ。呼びかけるんだ。彼女達が心を強く持たないと光が届かないかもしれないっ」
「うんっ、分かったっ」
我が主から託された役目、絶対に果たしてみせるぞっ。