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第96話聖女は黒鬼を逃がさない

「黒鬼、名前を聞いておこうか。お前にも聞きたいことは沢山ある」


「ふっ。いいでしょう。我が名はルゲイエ。黒鬼のルゲイエよ。女神の使いさん。お名前を聞いてもいいかしら? ッがッ⁉」


 まずは無力化するのが第1優先。姿を現した黒鬼の土手っ腹に拳を打ち込んだ。


「はぁあああああっ!! オラオラオラオラオラァアアアアアア!!」


「ぐがぁあ、が、あっ、ぐ、ごほぁうっ、んぐごぉ」


 筋骨隆々とした体躯なので執拗に拳を打ち込み、徹底的に無力化する。


 敵の強さは未知数。ならば手の内を見せないうちに全力で叩き潰す。

 今度は黄鬼や青鬼のように消滅はさせない。


 フローラとミーティアの拘束魔法を使って縛り上げ、神力を背中から叩き込む。


「うおおおっ、こ、これはっ⁉ か、体が、魂が削り取られる、この感覚はッ、まさか女神の浄化ッ⁉」


「邪妖精にはこれが一番効くらしいな。ギリギリまで無力化させてもらうぜ」


「うぬぬぬぅ……こ、この私がぁ……ぐぅ、ま、まさか、黄鬼の奴を浄化したのは、この女神の力なのかっ」


「そうらしいな。さっさとこの国を開放してサウザンドブライン領の救出に向かわないといけない。素直に情報を吐いてくれよ」



「くっ、う、ふふふっ……そうね。この場は従うとしましょう。消えてしまっては元も子もないわ」


 外ではミーティアの仲間達が兵士達を次々に制圧しているようだ。

 サイモン王子は既に気絶して倒れている。


 念のためセイナに拘束しておくように命じておき、この場は黒鬼以外意識のあるものはいなくなった。


「邪神の目的はなんだ。やっぱりお前達レベルの使いっ走りでは大したことは知っていないのか?」


「うふふ、そうね。私達は邪神様の真なる目的など知らない。私達四鬼衆は、それぞれ個人の目的で動いているに過ぎないわ」


「なるほど。黄色いのは研究欲。青いのは闘争欲。差し詰めお前は支配、あるいは愉悦。人が苦しむ姿を見て楽しみたいってか?」


「へえ、中々観察力に優れているようね。支配は赤い奴の領域よ。私は虐げることで自分の欲を満たす」


「どっちもどっちだな。ってことは、サウザンドブラインにいるのは赤鬼って奴か」


「ええそうよ。赤鬼のピクシー。四鬼衆で一番狡猾で厄介なのは、確実に彼ね。私なんか可愛い方」


「そうか。邪神のアジトはどこだ」


「流石にそこまでは言えないわ。それをしゃべったら私が殺されるもの」


「なるほど。じゃあ邪神の手下ってのはどれくらいの組織なんだ? お前達の上には何人いる?」


「そうね、全員の名前を教えてあげたいところだけど、無駄よ。四鬼衆に翻弄されているようでは、その上にいる御方には到底敵わない」


 やっぱり上がいるのか。厄介だな。


「そうかい。せめてお前の言う御方って奴の名前くらいは教えてくれよ」


「いいでしょう。私達四鬼衆のまとめ役のお名前は、レーマ様。氷結将軍のレーマ様よ。氷のように冷たく無慈悲な御方。あの御方が出てきたらこの世界はあっという間に邪神様の支配下ね」


「ならば何故そいつが出てこない? 下っ端を使ってこんな間怠っこしい手間をかけるのはなんでだ?」


「さあ? 私達は命令に従っただけよ」


「聞き方を変えよう。お前達、いや、お前個人でいい。なんで邪神に従う」


「さっきあなたが推理した通りよ。私は自分の欲望を満たすことだけが目的なの。私達邪妖精の存在意義は欲望を満たすこと。それこそが生きる目的なのよ」


 なんてこった。それじゃあなんぞ大きな野望も何もなく、ただ欲望に従ってこんな事をし続ける奴らってことなのか。


 手段そのものが目的ってことかよ。下手に野望のある奴よりよほど厄介に過ぎるぞ。


「次の質問だ。四鬼衆と同じレベルの構成員はあと何人いる?」


「さあね。私達は四鬼衆。それ以上でも以下でもないわ」


「つまり知らないってことか。だが、洗脳の力を持ってるとなると構成員そのものは少なめ。一つの国に四鬼衆が1人か2人ってことは、邪神の一派は組織力そのものはなさそうだな」


「ッ」


 息遣いが変わった。やはりこの男は何かを知っているな。俺の推察もある程度的を射ているのかもしれない。


「最後の質問だ」

「あら、もういいの?」


「ああ、ぐだぐだと引き延ばしてお前の作戦を発動されても厄介だからな」


「ッ、気付いてたのね」


「四鬼衆ってのは油断ならねぇ。もう用はない。死ね」


 本当はまだまだ聞き足りないところだけど、この野郎は何か企んでいる気配がビリビリしてくる。


 エボルウェポンから剣を作り出して首に当て、思い切り斬り付けた。


 手応えはあった。黒鬼の首を確実に飛ばした。


 が、やはりそう上手くはいかないらしい。


 飛ばした首が煙のように霧散し、押さえつけていた体も一緒に質量を失った。


「うおっと。くっ、体ごと偽物か」


『おーーほほほっ! その通り。オベロンの技術と私の魔術。二つの融合で完璧なコピーボディを作り出したのよ。本物の私は別の場所♡』


「くそっ。こいつ自身が偽物だったか」


 感じていた気配は本人かと思っていたが、コピー体そのものに意志を宿らせていたのか。


 そういう細かな違いが分かるほど、まだ慣れていない。


『この国は一旦諦めてあげる。もうすぐサウザンドブラインが帝国の軍隊を伴って押し寄せてくるわ。頑張って生き残ることね♡ そんじゃばいばーい』


 人を小馬鹿にするような笑い声を上げながら黒鬼の野郎は消えていった。


◇◇◇


【sideルゲイエ】


 ふぅ、危なかったわ。城の地下にある王族の逃亡ルートの隠し部屋で目を覚ます。


 サイモン王子から記憶を抜き出してこの小部屋に本体を隠しておいて助かったわ。


 本体で対峙していたら間違いなく殺されていた。


 直接対決が得策ではないと判断した私は、急いでオベロンから託されていた自分の分身を作り出すアイテムを使った。


 結局それは正解だった。


 青鬼の時より遙かに強くなっている。

 あの調子では、彼はまだまだ強くなるわね、それも恐るべきスピードで。


 浄化の力が完成する前に仕留めなければ、我々四鬼衆では刃が立たなくなるのも時間の問題でしょうね。


 とにかく赤鬼に連絡しなくては。『女神の使い、即殺すべし』と。


 赤ならまだ奴に対抗できる。奴はもうほんの僅かも成長させてはいけない。


 どうやってあれほどの強さを手に入れたのか分からないけど、青鬼と戦った時、いや、つい先日の黄鬼との戦いから比べても更に強くなっている。


「とにかく今は逃げ延びなければ。逃げるチャンスは城が混乱している今しかない」


 このタイミングなら変装さえすれば逃げ延びることができるかもしれない。


 まさか本体がまだ城の中にいるとは思うまい。


 今のうちに……。


――ドゴォオオオオオン!!


「なっ⁉」


 体の調子を整えて立ち上がろうとした瞬間、天井が突如として破壊されてガレキが落ちてくる。


 完全に油断していた所に不意打ちで落とされた建材の破片が顔面や肩に直撃し、悶絶するほどの痛みに襲われた。


 いかにこの体が鍛え抜かれているとはいえ、無防備な所に硬い物質が叩き付けられればダメージは免れない。


「うごっ、くっ、な、なによっ、何が起こったの? お、お前はッ」


「見つけましたッ! 邪悪の使徒よ、逃げられるとは思わないことですっ」


 聖女だった。なんてこと。何故この場所がッ⁉


「残念だったな。お前の濃厚な邪神の気配を辿らせてもらった」

「うぐっ」


 女神の使いの男が、一瞬にして距離を詰めてくる。

 気が付いた時には視界が反転し、私は地面を背にして倒れ込んでいた。


 剣を振りかぶる奴の攻撃を防ごうと腕を上げるが、その腕が空振りしてしまう。


「は……? う、腕、ッ、腕がっ! 腕がぁああ」


 気が付けば腕がない。それどころか足も動かそうとしても同じように空振りの感覚に見舞われる。


 首を上げて自分の下半身を見やれば、足の付け根から下がすっぱりと斬り飛ばされていた。


 この男、見た目以上に容赦がない。


「邪神の使いを見分ける手段は手に入れた。もうお前に用はない、死ね」


「お、おのれっ!」


「ミーティア、俺の魔力を使え」

「はいですわっ! 極限光魔法【ザ・ライト・オブ・ザ・サン】」


「うぎゃぁああああっ! こ、この光はぁああああっ」


 浄化の力が更に強まり、太陽の中に直接放り込まれたかの如き凄まじい熱量が全身を覆う。


 私達邪妖精の弱点は女神の光だ。使いの男は体内から直接流し込む技を使っていたが、聖女の使う魔法はそれよりも遙かに広範囲に私の体を焼き尽くす。


「じゃ、邪神、さまぁあああああああ」


 炎魔法とは違う、光そのものに焼き尽くされていく感覚が全身を支配し、私の意識はそこで消滅した。



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