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第98話もぬけの殻になったサウザンドブライン邸

『我が主、間もなくサウザンドブライン領の上空でございます。着陸いたしますか?』


「いや、このまま飛び降りる。お前はそのままサウザンドブライン軍の背後で暴れろ。できるだけ殺さないようにしてくれ」


『御意。ご武運を』


「ああ、そっちも頼む。インビジブル・ゴースト」


 俺は姿と気配を完全に消す魔法を発動し、上空数百メートルからダイヴする。公爵邸の真上から庭に降り立った。


「フロートッ」


 着地する数メートル上空でものを浮かせる魔法フロートを発動し、落下の抵抗と衝突を和らげた。


 着地と同時に庭の木の陰に身を隠し、辺りを探る。


「どうやら見張りはいないようだな……というか」


『人っ子1人いませんね。邪悪な気配はないです。赤鬼はこの近くにはいないのかもしれません』


「とにかく屋敷に潜入してみるか」


 屋敷の人達がどうなっているかも調べなければ。エミーは無事だといいけど。


「エミーの気配も感じない。出かけているのか?」


 とにかく情報が少なすぎる。真正面から潜入するのは得策じゃないし、使用人達の詰め所がある裏口から入ろう。


 最悪鍵を破壊して侵入してもバレるまでに時間がかかるはずだ。


『鍵開けの魔法とか作っちゃえばいいんじゃないッスか?』


 なるほど、確かにそれもそうだ。


 鍵を開ける魔法っていうのはゲーム内にはなかったし、しっかりとイメージする必要がある。


 俺がイメージしやすいしっかりした名前がいる。

 どんな鍵でも開いてしまう鍵開けの魔法。それは。


「二次創作……【黄金の鍵】」


『アバ〇ムじゃないんですね』


 やめろアホ。怒られるぞ。


 黄金の鍵はどんな扉も開く、なんてことわざが英語圏にはあるらしい。

 実際には金を積めばどんなことでも解決するぞってな意味らしいが、あまり気にしない方がいいだろう。


 己の発想の貧困さが憎いが、ともかくしっかりとしたイメージさえできれば、名前なんて何だっていいのだ。


 俺は裏口方面に回り込み、周りに人が居ないことを確認して鍵穴に手の平を当てる。


「黄金の鍵、発動……」


 淡い金色の光が鍵穴に柔らかく侵入していき、カチリと解錠の音が耳に届く。


 成功だ。二次創作で作る魔法の精度もかなり上がってきている。

 スピリットリンカーで繋がったメンバーが増えた事によって出来ることや魔力量もアップしているからな。


『向こう側見てきました。誰もいないみたいなんで開いて大丈夫です』

「サンキューミルメット」


 実体のないミルメットは壁をすり抜けて向こう側を調べてくれた。


 魔法によって足音もにおいも消えている筈だが、やはり物理的に扉は動くので緊張が走って抜き足差し足になってしまう。


 屋敷の中は静まり返っており、人の気配は一切ない。


 いや、微かに人の気配がある……。これ、なんだ?


 ミルメット、誰かの気配がする。サーチ機能で探せないか?


『はいはーい。久しぶりにミルメットちゃんの便利機能の出番ですね。お任せください。アリの子一匹見逃しませんよ』


 口上は良いからしっかり探してくれよ。


『むぅっ、助けを求める女子の匂いがしますっ』


 女子? 言い方はアレだが誰かがいたのは幸いだ。

 邪悪な気配は……しないな。


 邪神の気配はするか?


『いいえ、気絶しているようですが、邪神の気配はありません』


 よし、とにかく接触してみるか。


 誰もいない廊下を進んでいくと、エミリアの部屋の前に辿り着いた。


『様子を見てきますね……』


 ミルメットが先行して部屋の様子を確認してくれた。

 数秒もしないうちに戻ってくると、クイクイと手首を返して手招きをする。


 入っても大丈夫ってことか。俺はその指示に従ってそっと扉を開く。


「誰もいない?」

『こっちです』


 ミルメットはベッドの隣にある本棚を指さした。


「ここは、そうか」


 そういえば、エミーの部屋には万が一の時に備えた隠し部屋がある。



 本棚の一番下の段、左から四番目と8番目の本を同時に引っ張る。


 すると何かが外れたような『ガコッ』という音と共に本棚が左にズレる。


「よいっしょっっと」


 ここはエミリア専用の隠し部屋だ。彼女が何か有事の際に隠れられるように作られたもので、緊急時のシェルター兼避難通路となっている。


「ひっ……っ! こ、こないでっ」

「え?」


 隠し部屋の小さな階段を降りて部屋の中を覗く。

 そこは簡素なベッドと装飾品などは一切ない生活用具だけのシンプルな部屋で、本当に生きるための最低限の物品のみで構成されている。


 そんな簡素な部屋に備え付けられたベッドの片隅で、1人の少女がナイフを片手に震えながら座り込んでいた。


「あなたは、アミカさんっ」

「え?」


 ガタガタと震えている少女を見やれば、エミリアのお付きメイドであるアミカさんだった。


「だ、誰ですかっ。ち、近づかないでっ」

「落ち着いてください。俺です。シビルです」

「シビ……え?」


「シビル・ルインハルドです。エミリアの幼馴染みの」


「る、ルインハルド様ッ。シビル・ルインハルド様ですかっ?」

「アミカさんっ。ご無事でしたか」


「ルインハルド様ッ」


 よほど長い間閉じ込められていたのか足に力が入っていない。


 フラフラと立ち上がって足がもつれたアミカさんがこちらに倒れ込んでくる。

 とっさに受け止めて抱きしめる形となるが、安心したのか抱きしめ返してくる。


「あ、アミカさん……良かったです。落ち着いたらここで何があったか教えてください」


「そうだわっ、お嬢様がっ、エミリアお嬢様が大変なんですっ」


「落ち着いてください。エミーはどこに?」


「1週間ほど前に、突然旦那さまのところへコーナラード家のお坊ちゃんが押しかけてきて」


「コーナラード家? まさかアルフレッドが?」

「そうです」


 アミカさんいわく、なんとアルフレッドがコーナラード家を乗っ取って当主を名乗り、兵隊を率いて襲撃してきたそうだ。


 異変を察知したエミリアが直ぐさまアミカをここに押し込んだらしい。


 そして助けが来るまでここで待っているように命令され、そこから1週間ほどこの部屋に隠れていたそうだ。


「ルインハルド様、エミリアお嬢様がアルフレッドに捕まっているんです」


「分かった。捕まっている場所は分かるか?」

「恐らく地下牢です。ご案内します、ついてきてください」


「よし、頼む」


 アミカの案内で、エミリアが捕まっているという地下牢へと向かうことになった。


 ただし、アミカの首についている黒い首輪が、普通の精神状態ではないことを知らしめていた。



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