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第105話逃亡

 サウザンドブライン陣営の本陣にて、アルフレッドは戦況報告を受けて怒号を上げた。


「王都襲撃部隊は全滅ッ⁉ 前も後ろもかっ」

「信じがたいことですが、巨大なドラゴンが後方部隊を襲撃したらしくっ」


「巨大なドラゴンだと! ドラゴンがなぜ人間の味方をするっ」


「そ、それはなんとも……。後方部隊を壊滅させ、王都襲撃部隊と交戦中」


 報告に来た部下に当たり散らし、1人になってからもイライラが収まらない。



「向こうには青鬼のバンシーも向かっている。そうそうやられることはないだろうが」


『いや、青鬼もやられたようだ。これはしてやられたね。ははは。いやまいった』


「笑い事じゃねぇだろっ。おいガイストッ」


「はい」


 虚ろな目をしたガイスト公爵を呼びつけ、直ぐさま王都に総攻撃を仕掛けるように命令を出す。


「それはやめたほうが懸命ですぞ、アルフレッド殿」

「なに?」


 苦言を呈したのはアルフレッドが引き入れたゲイルガーン帝国の将校、ナハトムジークという男であった。


 銀髪の老将で、立派なヒゲを蓄えた歴戦の将軍である彼は、鋭い眼光でアルフレッドを睨み付ける。


「もはや戦況は決しました。これ以上の争いは無益な犠牲を出すだけです。我々帝国もこれ以上大切な兵を犬死にさせる訳には参りませんな」


「ふざけたことをいうなっ! 誰がこの国をくれてやる手引きをしてやったと思っている!」


「それも確実な勝利があってのことです。あのような巨大生物の出現は想定されていません。おかげでこちらの率いた一団は半分以上壊滅しました」


「あんな奴の出現なんて誰が予想できるというのだっ!」


「確かにそれは言及しても始まりますまい。ですが、こうなった以上我々は撤退させていただきますぞ。もともとこの国の戦争に肩入れする理由はないのです」


「くっ。もはやそうするしかないか……。分かった全軍を連れて撤退する。俺も連れて行け」


「あなたはこの軍の総大将では?」


「それはそこにいるガイスト公爵だよ。俺はあくまで工作員の1人として帝国の手引きをしたに過ぎん」


「なるほど。モノは言いようですな。では参りましょうか」


 ナハトムジークはテントを出て馬を準備させるために部下に命令を出す。


(まさかシビルの野郎の手引きか。奴がここまでやるとはな。エミリアさえこちらの手にあれば奴への復讐など二の次でいい。いずれ再起を図ってこの国もろとも滅ぼしてやる)


『確かに今の君がシビル・ルインハルドとやり合っても勝ち目はないだろうね」


「なんだと?」


「どうかされたかな、アルフレッド殿」

「い、いや、なんでもない」


(まあいい。洗脳できる人間を増やし、帝国すら乗っ取ってやる。今はシビルにこだわらなくていいさ)


 アルフレッドは王国トップクラスのガイスト公爵を圧倒できる力を身につけていた。


 心の内側でニヤつき、鉄格子付きの幌馬車へと近づいた。


「さあエミリアお嬢様。楽しい楽しい旅路の始まりです。一緒に思い出を作りましょうね」


「……」


 暗闇色の布地に覆われた鉄格子の中で、エミリアは鎖に繋がれたままグッタリしていた。


「ッ……」


 後ろで控えていたガイスト公爵の拳がギリギリと握りしめられている事に、アルフレッドは気が付いていた。


「はははっ、どうしたガイスト公爵。悔しいか? 愛娘がいたぶられて何もできない自分が不甲斐ないかっ!」


「……」


 ガイスト公爵は答えない。答えることができないでいる。

 しかし無表情で動かない体とは裏腹に、その眼からは血涙が止め処なく流れ落ちている。


「ははは。感情を表に出せず、正気を保ったままにして正解だったな。悔しいか? 悔しいだろっ!」


(おいおい、遊んでないでさっさと出発しなよ。どうせガイスト公爵とはもう会うことはないんだ)


 ガイスト公爵は敗戦の将として全ての責任を負って処刑される役目を押し付けられた。


 その隙を突いて隣国へと逃亡を図る意図を持っていたアルフレッドにとって、これまでエミリアとの婚姻を散々無碍にしてきたガイスト公爵のは復讐してもしたりない相手であった。


「ッ……エ、ミ、リア……」

「へえ。洗脳術を押しのけて悔しさが滲み出てるじゃないか。よほど娘が大事らしいな」


 ガイストの心の中は屈辱と悔恨で満ち満ちており、今にも洗脳を突き破ってアルフレッドに斬りかかろうとしていた。


「さあ出発だっ。この国ともおさらばだな」


 アルフレッドは持てる財産を全て馬車に詰め込み、本陣から逃亡を図った。


 まさにそれは成功しようとしていたところだった。


 シビル・ルインハルドが索敵魔法を完全にし、あらゆる存在の居場所を特定できる技術を会得したことと、空中を移動する魔法を創造することさえできていなければ。


「あっ、あれはなんだっ⁉」


 将校の1人が叫んだのを聞き、アルフレッドは空を見上げる。


 指さす方向に視線を向ければ、本来単独で飛行できる存在ではない人間が空を飛んで真っ直ぐこちらに向かってくるではないか。


「あ、あいつはっ」


「見つけたぞアルフレッドォオオオオオオッ!」


 この世界には存在しない羅刹の如き険しい形相をしたシビル・ルインハルドが、爆風を巻き起こしながら降り立った。

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