二人がその外に出ると、
二人は、人間の世話になるなど御免だ、と断ったが、急に空腹に襲われて気を失い、目が覚めるとごちそうと美酒を振る舞われたので、心行くまで腹に詰め込んだ。
結局、張天師の法力に驚き、他の
そして観光の二日目、二人が川下りを楽しんだ後、とある
「私は旅の商人で、
そう言われて気分が良くなった二人は、これまでの身の上話を始めた。途中から他の魔星も寄ってきて、次々に武勇伝を語り出し、そのまま大宴会になった。
◇
話は変わり、
「
「けど、彼らの気配を感じるのよ。全員ではなさそうだけど」
そして、前方を指さす。
「ほら、あそこに」
「
しかし百威は、
「
魯乗に近付いた姉妹が、声をかける。
「やっぱり、魯乗ですね。何をしているのですか」
魯乗は振り向き、
「おお、九天玄女様に、
「あなたがただけですか?」
魯乗は百威を指さし、
「亥衛山に着く前に、百威が魔星を見つけたのです。それがどうも、あいつの
姉妹も、百威の様子を見た。あっちの
「どんな相手でしょう。小さいのでしょうか?」
「ですかな。あいつは
「だとすると、手伝いにくいわね」
六合が
そのとき、晴れていた空が急にかき曇り、激しい風が吹いた。
髪を押さえながら、九天が言う。
「あれは、
「姉さん、変よ。ずいぶん分厚いし、渦を巻いた雲だわ」
「あれは……台風じゃな」
瞬く間に、豪雨と暴風が巻き起こった。
魯乗たちは藪に逃げ込んだが、百威は逆に、風雨に向かって飛び立って行く。
「百威、行くんじゃない!」
魯乗が叫ぶと、百威は一度だけ振り返り、また羽ばたいた。風に
「何が見えるの? 魔星なんている?」
六合が手をかざしながら百威を見る。
魯乗は、震えていた。
「……分かったぞ。だが百威、
「どうしたのです、魯乗」
九天の問いに、魯乗は木の根元に座り込んで答えた。
「魔星は、あの台風です。百威は勝負を挑みに行きました」
◇
右翼は薄い
数年前。百威が魯乗に出会う直前、
通常の嵐と違い、接近がかなり速かったため、山の鳥たちは逃げ遅れて命を落とした。
百威は、その嵐に異質なものを感じた。
何か別な力が働いて、風雷を起こしているように見える。
勇気を出して、百威は風の中心に向かって飛んだ。
そのとき、はっきりと、三つの光が回転している「核」を見つけた。
百威はそれに突進した。しかし、さらに強い暴風に巻き込まれ、何度も身体をぶつけて、
長い眠りから覚めたとき、彼の
道士は、怪我を手当してくれていた。作り物の翼と脚はまるで動かなかったが、道士がくれる薬を飲むと、日に日に
道士は言った。
「小さな身体で、何かと戦ったようじゃな。死なすのは惜しい。わしと一緒に来んか?」
台風の中心へ飛びながら、百威は考えを巡らせている。
今まで、魯乗に従いながら、魔星との戦いを見てきた。
冷静に見て、それほど強い相手はいなかった。
野生の世界を生きてきた百威にとって、人間たちの戦いなど、正直ぬるい。百威のような小さい
だが、魯乗を始め、
彼らといると楽しい。特に、食い物が良い。
だから、百威は真剣に考えた。
この「台風の魔星」は、規模としては、今までの中で最も厄介だろう。
有利に戦えるのは、自分しかいない。
後は魯乗が何とかしてくれる。
百威は、翼に力を込めた。
◇
「どうしたのです、魯乗」
心配する九天に、魯乗は座り込んだまま答えた。
「百威のやつ、
「誰だって無理じゃないの。魔星と台風なんて、最悪の組み合わせだわ」
六合が
◇
台風は、ただ風雨が強いだけではない。
無数の石や砂、小枝などが弾丸のように飛び交っている。百威はそれらを巧みにかわし、風の吹く中心の、上へ上へと羽ばたいた。以前に戦ったときの魔星の位置は、忘れていない。
百威は全力で飛んだ。風はますます強くなり、目も耳も頼りにならないが、力で
いきなり、すぽんと抜けるように、百威は台風の上空に出てしまった。
魔星は、いなかった。
ごく普通の台風だったのだろうか?
百威は焦った。
周囲には、黒い雷雲が
見切りをつけ、百威はもう一度台風の中心に飛び込んだ。中心には、晴天の
今回、奴らは、下にいる。
百威は、魔星を倒す方法を考えていた。
ただの体当たりでは、自分だけが砕けておしまいかもしれない。この小柄な身では、いくらも力にならない。
百威は鋼の右翼を伸ばし、雷雲をかき混ぜた。磁力のように、雷光が吸い寄せられてくる。自分に当たらないよう、百威は右翼を激しく回転させた。その回転は、台風の渦とちょうど逆にしておく。
急降下を続けていると、ようやく
三つの魔星が、光を放ちながら回転している。接触はあとわずかだ。
百威は、右翼を強く振り出し、身体から分離させる。
回転させていた右翼は、雷光を伴い、魔星に向かって落雷を放った。
その爆風で、百威は吹っ飛んだ。
◇
「なに? 何が起こったの?」
六合が、雷鳴に驚いた。魯乗は慌てて立ち上がると、音の方へ走り出す。姉妹も、すぐに続いた。
「あんたたちね、台風を起こしていたのは」
六合が指を突きつけると、彼らはよろよろと起き出す。
「おお、止まったか」
「ここは亥衛山かな、久しぶりだ」
「なんで雷が直撃したのかな。痛ててて」
三魔星を見ていた魯乗たちは、彼らに説明を
「この辺は大きな風が起きるので、よく中に入って遊んでるんだ。よくわからないけど、さっきの雷で風が消えて、投げ出されてしまった」
と言い、三人で笑っている。
これを見て六合も、彼らを責める気力を無くした。しかし、魯乗は怒鳴る。
「喜ぶのは後にして百威を捜せ、
全員で必死に捜すと、木の枝に引っかかっている百威が見つかった。魯乗はそっと手に乗せ、
「……良かった、息はある。早く手当をしてやらんと」
それを聞いて、六合は胸をなで下ろした。九天もほほ笑んでいる。
地然星が言った。
「その小さい鳥が、俺たちの台風を消したのか。すごい奴だな」
魯乗は答えもせず、百威の口に清水を含ませている。
百威は目を覚ました。
魯乗が、羽毛に刺さった小枝を丁寧に取り除いてくれている。身体のあちこちが痛い。
生き延びたようだ。
ほっと安心し、また眠ろうとした。
が、談笑し、清水をがぶ飲みしている三人の魔星が見える。
疲れも忘れ、怒りがこみ上げた。
片翼のまま飛びかかり、つつきまくる。
「痛い痛い! やめてくれ! 助けて!」
三人は逃げ回るが、百威は執拗に追った。
「おい百威、傷に
と魯乗が呼んだ。
「もう動けるなんて、さすが野生の猛禽ですね」
九天が感心する。
「竜虎山に送るから、気が済んだらこっちに渡してね」
六合が業務連絡した。
ひとしきり暴れた百威は、しかし、突然地面にぽとりと落ちて、そのまま眠ってしまった。