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第二十一回 百発百中威風堂々




 はくから出た天傷星てんしょうせいちょうじゅんから出た天損星てんそんせい朔月鏡さくげつきょうの中に入ると、細い一本の道があった。二人がちょっと戸惑とまどっていると、まっすぐ進むようにという指示が聞こえたので、それに従った。道の終わりに着くと光に包まれて、見知らぬ小屋の中に立っていた。かたわらには朔月鏡と同じような鏡が飾られており、その正面に小屋の扉がある。


 二人がその外に出ると、れいせいれつせいが立っていて、礼をして出迎えた。それに案内されて行くと、張天師ちょうてんしが歓迎を示し、休養と滞在を促す。


 二人は、人間の世話になるなど御免だ、と断ったが、急に空腹に襲われて気を失い、目が覚めるとごちそうと美酒を振る舞われたので、心行くまで腹に詰め込んだ。


 結局、張天師の法力に驚き、他のせいの説得もあったので、二人とも滞在を受け入れた。翌日からはふうこうめい竜虎山りゅうこざん観光が始まり、すっかりこの土地が気に入ってしまった。


 そして観光の二日目、二人が川下りを楽しんだ後、とあるしゅろうで声をかけられた。


「私は旅の商人で、こうと申します。ちょっと気になるのでお尋ねしますが、あなた方と同じ軍装姿ぐんそうすがたの方をちらほらお見かけしています。もしや、どこかの有名なけんいっでありますか? どなたも非常にお強そうで。私、実は武芸の話が大好きで、仕事の合間にそういう話を聞いて集めているのです」


 そう言われて気分が良くなった二人は、これまでの身の上話を始めた。途中から他の魔星も寄ってきて、次々に武勇伝を語り出し、そのまま大宴会になった。




 ◇




 話は変わり、九天玄女きゅうてんげんじょ六合慧女りくごうけいじょの姉妹は、徐州じよしゆう芒碭山ぼうとうざんという場所に来ていた。


鋼先こうせんが言っていたのは亥衛山がいえいざんじゃなかったかしら、姉さん?」


 せきに刻まれた山名さんめいを見て、六合りくごうが首をかしげた。


「けど、彼らの気配を感じるのよ。全員ではなさそうだけど」


 そして、前方を指さす。


「ほら、あそこに」




 魯乗ろじょうは、空に呼びかけた。


百威ひゃくい、そう急がんでも。鋼先たちと協力したほうが良いぞ」


 しかし百威は、あせったように飛び続けている。魯乗はあきれて頭をかいた。


がんじゃのう。まあ確かに、逃すと厄介やっかいではあろうが」


 魯乗に近付いた姉妹が、声をかける。


「やっぱり、魯乗ですね。何をしているのですか」


 魯乗は振り向き、


「おお、九天玄女様に、妹御いもうとごも。お久しぶりですな」


「あなたがただけですか?」


 魯乗は百威を指さし、


「亥衛山に着く前に、百威が魔星を見つけたのです。それがどうも、あいつの仇敵きゅうてきらしい。どうしても倒す、と意気込いきごんでいて、言うことを聞かんのです」


 姉妹も、百威の様子を見た。あっちのこずえ、こっちの枝と、せわしなく動いている。


「どんな相手でしょう。小さいのでしょうか?」


 九天きゅうてんが訊ねると、魯乗は首をひねり、


「ですかな。あいつは遁甲とんこうの森で、昆虫にいた魔星を捕らえましたからな」


「だとすると、手伝いにくいわね」


 六合がうなずく。


 そのとき、晴れていた空が急にかき曇り、激しい風が吹いた。


 髪を押さえながら、九天が言う。


「あれは、雷雲らいうんですね。こっちに来ますよ」


「姉さん、変よ。ずいぶん分厚いし、渦を巻いた雲だわ」


「あれは……台風じゃな」


 瞬く間に、豪雨と暴風が巻き起こった。


 魯乗たちは藪に逃げ込んだが、百威は逆に、風雨に向かって飛び立って行く。


「百威、行くんじゃない!」


 魯乗が叫ぶと、百威は一度だけ振り返り、また羽ばたいた。風にあおられてふらふらしているが、どこか一点を目指している。


「何が見えるの? 魔星なんている?」


 六合が手をかざしながら百威を見る。


 魯乗は、震えていた。


「……分かったぞ。だが百威、ぼうじゃ。あんなの倒せんぞ!」


「どうしたのです、魯乗」


 九天の問いに、魯乗は木の根元に座り込んで答えた。


「魔星は、あの台風です。百威は勝負を挑みに行きました」




 ◇




 右翼は薄いはがね、左脚は竹でできている。魯乗が作ってくれた義肢ぎしである。それを必死に動かし、百威は上昇を続けた。




 数年前。百威が魯乗に出会う直前、んでいた山に嵐が来た。


 通常の嵐と違い、接近がかなり速かったため、山の鳥たちは逃げ遅れて命を落とした。


 百威は、その嵐に異質なものを感じた。


 何か別な力が働いて、風雷を起こしているように見える。


 勇気を出して、百威は風の中心に向かって飛んだ。


 そのとき、はっきりと、三つの光が回転している「核」を見つけた。


 百威はそれに突進した。しかし、さらに強い暴風に巻き込まれ、何度も身体をぶつけて、墜落ついらくした。




 長い眠りから覚めたとき、彼のかたわらに不思議な道士がいた。


 道士は、怪我を手当してくれていた。作り物の翼と脚はまるで動かなかったが、道士がくれる薬を飲むと、日に日に馴染なじむようになり、力もいてきた。ただし、左目だけは治らなかった。


 道士は言った。


「小さな身体で、何かと戦ったようじゃな。死なすのは惜しい。わしと一緒に来んか?」




 台風の中心へ飛びながら、百威は考えを巡らせている。


 今まで、魯乗に従いながら、魔星との戦いを見てきた。


 冷静に見て、それほど強い相手はいなかった。ぶんえいのときだけ、面倒そうだったので、自ら先制したくらいである。


 野生の世界を生きてきた百威にとって、人間たちの戦いなど、正直ぬるい。百威のような小さい猛禽類もうきんるいは、常に食うか食われるかだ。


 だが、魯乗を始め、鋼先こうせん李秀りしゅうたちのことは、嫌いではない。


 彼らといると楽しい。特に、食い物が良い。


 だから、百威は真剣に考えた。


 この「台風の魔星」は、規模としては、今までの中で最も厄介だろう。


 有利に戦えるのは、自分しかいない。


 ゆえに、全力を尽くして、これを倒す。


 後は魯乗が何とかしてくれる。


 百威は、翼に力を込めた。




 ◇




「どうしたのです、魯乗」


 心配する九天に、魯乗は座り込んだまま答えた。


「百威のやつ、あいちする気です。残念ですが、わしの力ではあれを倒せませぬ」


「誰だって無理じゃないの。魔星と台風なんて、最悪の組み合わせだわ」


 六合が苦苦にがにがしく言った。しかし、それ以上できることはなく、三人は静かに行く末を見守るしかなかった。




 ◇




 台風は、ただ風雨が強いだけではない。


 無数の石や砂、小枝などが弾丸のように飛び交っている。百威はそれらを巧みにかわし、風の吹く中心の、上へ上へと羽ばたいた。以前に戦ったときの魔星の位置は、忘れていない。


 百威は全力で飛んだ。風はますます強くなり、目も耳も頼りにならないが、力でした。やがて中心に近づくと、上昇気流が強くなり、百威は高速で上へ向かった。なんとか右目をらしてさがすが、魔星らしき光はない。


 いきなり、すぽんと抜けるように、百威は台風の上空に出てしまった。


 魔星は、いなかった。


 ごく普通の台風だったのだろうか?


 百威は焦った。


 周囲には、黒い雷雲が雷光らいこうをいくつもはじけさせている。一発でも当たれば、くろげになって終わりである。


 見切りをつけ、百威はもう一度台風の中心に飛び込んだ。中心には、晴天のいきがあり、下降気流が吹いている。その中を通り、急降下した。


 今回、奴らは、下にいる。


 百威は、魔星を倒す方法を考えていた。


 ただの体当たりでは、自分だけが砕けておしまいかもしれない。この小柄な身では、いくらも力にならない。


 百威は鋼の右翼を伸ばし、雷雲をかき混ぜた。磁力のように、雷光が吸い寄せられてくる。自分に当たらないよう、百威は右翼を激しく回転させた。その回転は、台風の渦とちょうど逆にしておく。


 急降下を続けていると、ようやくもくできた。


 三つの魔星が、光を放ちながら回転している。接触はあとわずかだ。


 百威は、右翼を強く振り出し、身体から分離させる。


 回転させていた右翼は、雷光を伴い、魔星に向かって落雷を放った。


 銅鑼どらを何十枚も投げ落としたような、大爆音が鳴り響く。


 その爆風で、百威は吹っ飛んだ。




 ◇




「なに? 何が起こったの?」


 六合が、雷鳴に驚いた。魯乗は慌てて立ち上がると、音の方へ走り出す。姉妹も、すぐに続いた。


 山裾やますその岩場が、ひどく壊れて、黒く焦げている。そこに、三人の魔星が、神将姿じんしょうすがたで倒れていた。


「あんたたちね、台風を起こしていたのは」


 六合が指を突きつけると、彼らはよろよろと起き出す。


「おお、止まったか」


「ここは亥衛山かな、久しぶりだ」


「なんで雷が直撃したのかな。痛ててて」


 三魔星を見ていた魯乗たちは、彼らに説明をうながした。


 ぜんせいが答える。


「この辺は大きな風が起きるので、よく中に入って遊んでるんだ。よくわからないけど、さっきの雷で風が消えて、投げ出されてしまった」


 せいも「風の力で何でも吹き飛ばしながら飛べるから、楽しくてクセになるんだ」


 そうせいも「でも今回はちょっと疲れたな。ああ、水が飲みたい」


 と言い、三人で笑っている。


 これを見て六合も、彼らを責める気力を無くした。しかし、魯乗は怒鳴る。


「喜ぶのは後にして百威を捜せ、ほう! 灰色のはいたかじゃ!」


 全員で必死に捜すと、木の枝に引っかかっている百威が見つかった。魯乗はそっと手に乗せ、心拍しんぱくを確かめる。


「……良かった、息はある。早く手当をしてやらんと」


 それを聞いて、六合は胸をなで下ろした。九天もほほ笑んでいる。


 地然星が言った。


「その小さい鳥が、俺たちの台風を消したのか。すごい奴だな」


 魯乗は答えもせず、百威の口に清水を含ませている。




 百威は目を覚ました。


 魯乗が、羽毛に刺さった小枝を丁寧に取り除いてくれている。身体のあちこちが痛い。


 生き延びたようだ。


 ほっと安心し、また眠ろうとした。


 が、談笑し、清水をがぶ飲みしている三人の魔星が見える。


 疲れも忘れ、怒りがこみ上げた。


 片翼のまま飛びかかり、つつきまくる。


「痛い痛い! やめてくれ! 助けて!」


 三人は逃げ回るが、百威は執拗に追った。


「おい百威、傷にさわるぞ。亥衛山に向かおう」


 と魯乗が呼んだ。


「もう動けるなんて、さすが野生の猛禽ですね」


 九天が感心する。


「竜虎山に送るから、気が済んだらこっちに渡してね」


 六合が業務連絡した。


 ひとしきり暴れた百威は、しかし、突然地面にぽとりと落ちて、そのまま眠ってしまった。



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