天界。
それを聞きつけて、
「ありがとう、
ほほ笑む西王母に、英貞は礼で応じ、
「何かご用命があれば、
それを聞いた西王母は、先ほどより深いため息をついた。
「急がせてほしいわね。百八星の……特に、
「それほどまでに、お気になさるのですか」
西王母の顔色は、真っ青になっていた。体も震えている。
「誰が何をした、という秘密程度なら、気にしないのですけど。……あれは、この天界の存続に関わる規模です」
英貞は、時間を置いて、礼をした。
「わたくしめが知り得て良いこととは思いませぬが、お気持ちが晴れますならば、その秘密をお聞かせくださいますか」
西王母は頭を抱えていたが、
「……英貞、あなたには話せません。分かりますね、理由が」
そういって、鋭い目を向ける。
英貞は、はっとして一歩下がった。
「はい。百八星を逃がしたのは、私の父。万一、私から父に漏れたら、とご
西王母は、震えながら
「いいですか。これ以上、百八星に興味を持たせないでください。あなたの父君、
と、張り詰めた口調で言った。
英貞は、無言で礼をして退室した。
英貞は、自分の部屋に戻ると、戸を閉めて鍵を掛けた。そして部屋の奥に向かって、小さな声で告げる。
「聞き出せませんでした、お父様」
托塔天王が、低い声で笑う。
「そうだろうな。だが、苦しそうだった」
「見ていたのですか」
「こっそり通りがかっただけだ」
托塔天王は、いたずらっぽく笑う。英貞は、西王母のようにため息をついた。
「危険な真似は
「百八星が捕まるまでは、安心できないというんだな」
「お父様にも、『もう百八星に興味を持つな』と」
「あいつらは、古い友人なだけだ」
そう言って托塔天王は立ち上がる。
「関連があるか分からぬが、面白い噂を聞いた。不死なはずの、天界の神を殺せる術がある、という話らしい」
「本当ですか」
「真偽はこれから確かめる。ただ、もし本当で、それが最近開発された術なら、天界を離れている天機星が知っているかどうかは、微妙なところだ。――あのおばさんは、そこが知りたいのではないかな」
英貞は、じっと父を見る。
「お父様、『死』って何でしょう。私たちが、人間と同じように消えて行ってしまうなんて、考えたくありません」
托塔天王は、薄くほほ笑む。
「お前には、まだ早い話だったな。不死もいいが、永く生きていれば、退屈すぎて嫌になることもある」
そして英貞の頭をそっと
◇
人界。
肩に、一頭の
肉売りにその猪を売り、きれいにさばかれるのを見た後、自分用に少し返してもらう。そのあと、菜っ葉と香辛料を買った。酒も欲しかったが、どこも売り切れていた。
「呉文榮、今はいくつ魔星がいるんだい? いや、まぁいいや。いい臭いだね。食べごろだ」
隣から声がして、呉文榮は思わず飛び
「童子服、またお前か」
「ん? ああ、この格好のことか。いいよ、好きに呼んで」
「魔星なら、今はいない。
「そうかい。ご苦労様だよ」
童子服は薄笑いを浮かべながら、
「今日は
童子服が不満そうに言うので、呉文榮は肉を
「肉を食いに来たわけではあるまい。何の用だ」
呉文榮がぶっきらぼうに言った。
「うん、ちょっと聞きたいことが」
「何だ」
「君は、魔星と直接殴り合ったことはあるかい?」
呉文榮はちょっと思い出して、
「多少はある。取り込むのに抵抗される時だな」
「やりすぎたことはないかい?」
「どういう意味だ」
「君が強すぎて、魔星を殺しそうになったり、とか」
「ふむ。いつだったか、急所に強く当てて気絶させた魔星を取り込んだが、その後三日くらい、そいつの感覚が無かった。ああそうだ、
「そうか。やっぱりねえ。これで確信が持てるな」
童子服が、クククと笑った。
その声があまりにも気味悪かったので、呉文榮は立ち上がって距離を空ける。
「天界の神はね、人界にいると、不死じゃなくなるんだ。
……水が変わると、魚が弱るようにね」
ぶつぶつとうわごとのように
「そういえば呉文榮、あれからどうだい? 少しは強くなってるかな?」
あからさまな挑発を受けて、呉文榮はいきり立つ。拳を握ると、音も立てずに間合いを詰めた。
「おっ、速いね」
童子服は苦笑しているが、拳は
「うぐっ」
手は触れていないのに、胸部に強い打撃が来た。呉文榮は膝をつく。
「いくらかは速いが、僕は、速さで衝撃波を出せる。悪いけど
童子服は、そう言って笑った。そして
呉文榮はそれを見送りながら、額の
◇
八月下旬、
風通しの良い日陰で昼寝をしていた鋼先のところに、兄の声が響く。
「鋼先、鋼先! 来た!
「ん、ああ、ようやく来たか」
気だるそうに起きた鋼先は、兄の指さす方を見る。そして首を
「確かに百威だが、何かおかしいな」
左右
後ろから、
「おお、みんないるか。遅くなってすまん」
鋼先は笑って手を振る。
「無事でなによりだ。茶でも飲もう」
久しぶりに揃った
それぞれが
その後、鋼先は
続いて、魯乗が台風魔星の話を始めると、一同は驚いて、百威を見た。
「百威は言葉を話せぬが、
「すごい、さすが百威ね」
「私たちでは無理だったでしょうね。自然が相手なんて」
「いや、やってみなけりゃ分からんぞ。惜しいな、俺も戦ってみたかった」
鋼先は笑って、
「あいかわらず兄貴は負けず嫌いだな。とにかく百威先生、ありがとう。
と百威の目を見る。百威は、誇らしげに鳴くと、翼を広げた。
魯乗が言う。
「
「作ってあげればいいじゃない」
「簡単に言うな李秀、良質な鋼が要るし、時間もかかる。とりあえず応急処置をして、ここへの合流を急いだんじゃよ。――それより、早急に話しておきたいことがある。これが、かなりまずい話じゃ」
魯乗の声が、ずしりと重くなった。一同は、
「実は昨日まで、
鋼先たちは、互いに顔を見合わせて驚いた。
雷先が、興奮して言う。
「しかし、竜虎山一帯には、張天師様の結界が張ってある。自由な出入りはできないはずだ」
魯乗が首を振る。
「あれは、百八星を始めとした、天界の者にだけに効く。一般の観光客を巻き込んではいかんからな」
雷先が首を捻る。
「効いてるなら大丈夫じゃないか。誰か潜入したなんて、思い過ごしだろう」
鋼先が、兄の肩を叩いて制し
「そうじゃない。魔星のことを探っているのは、天界じゃなく、人間だってことだ。そして、上清宮の誰かが、情報を漏らしたか」
雷先と李秀が、まさかという顔でざわついた。
魯乗は首を振る。
「そうではない。魔星の秘密を漏らしているのは、あいつら自身なんじゃよ。……
「うえええ……なんだそりゃ」
雷先たちが、事態の単純さに脱力した。鋼先が続けて言う。
「魔星を優遇したのが、裏目に出たんだな。……こいつは、嫌な予感がするぜ。偶然出てくる魔星をやっつけるだけだったお気楽な旅は、もう終わりだ」
鋼先は、鋭い目でそう言い切った。
「そうか、きっと呉文榮だな」
雷先が意を得たような顔をしたが、魯乗は首を振る。
「間者は、単独ではないらしい。何やら組織だった動きが見える、との
鋼先が頷きながら言う。
「分かっていることはそこまでか?」
「うむ。鋼先たちに、何か心当たりがあるなら手紙をくれと言っていたそうじゃ。――どうだ?」
「いや。先日会った李白どのと
一同は、思ってもいなかった状況に混乱して、黙って考え込む。
そのうちに、雷先が声を上げた。
「おい魯乗、
思い人に会えなかった怒りを
魯乗は慌てて手を振った。
「わしもそう勧めた。だが、急に言葉を濁して帰ってしまったんじゃ。――そうそう、鋼先への手紙を預かっていたんじゃった」
魯乗が懐から手紙を出して渡す。
鋼先は、呉文榮の件で姉妹と
手紙の二枚目に移ったとき、鋼先は見るのをやめて、兄に差し出す。
「こっちは、兄貴宛てだった。よかったな」
「えっ」
雷先は顔を赤らめて、声に出して手紙を読み出した。
「
魯乗が、一同を見渡して言った。
「遅れてすまなかった。何にしても、全員無事に合流できて良かった。のう、鋼先」
鋼先は居住まいを正して頷き、
「そうだな。これまでに収星した魔星は、ざっと四十。まだまだ先は長いが、怖れずに出発しよう。この手紙に、次の目的地も書かれていた」
「次は、どこへ?」
皆が
鋼先は、びっと一点を指さして答えた。
「