後ろ向きのまま、
「
巨体の男が、身を
「魔星どもは今の生活に満足しており、かの地を出る意志は無いようです」
「結界もあるようだし、実質難しいであろうな」
「はい。我々は、現状のまま
「勝てるかな、期限までに?」
「不安をお感じですか。これは意外な」
「ふむ。今までは、規模の大きい仕事ばかりだった。奴らのような一般人を相手にしたことはない。それに、期限が短い」
「ならば、急ぎます」
「急いでくれ」
巨体の男は、一礼して後ろを振り向く。
「ということだ。奴らの
白い
「まもなく梁山へ入ります。私の配下、
それを聞いた楼主が、声を上げて笑った。
「
◇
九月中旬、
「お腹空いたなぁ。鋼先、今日はちょっと良い宿に泊まって、おいしいもの食べようよ」
「豪華な食事は構わんが、泊まるのは道観だ。一般の人間は入りにくいし、情報集めも手伝ってもらえる」
「いやに慎重な顔だな、鋼先」
「兄貴、俺たちはもう尾行されているかもしれないんだ」
「でも、百威は何も感じていないみたい」
「そうか、なら俺の取り越し苦労かな。だが、ここは用心したほうがいい」
「例の、魔星を調べている連中のことか」
「この山東は交通の
そう言って、鋼先は見えてきた
たどり着いた道観は、
この道観に隣接する繁華街もまた有名で、この国の各地方での名産品が売られており、芝居や舞踊を見せる施設が大小合わせて三十軒以上もある。
未逸観を見ようと集まる人は年々増え、今や梁山の街は、都に迫る盛況さだと世間の評判になっていた。
鋼先たちが未逸観を訪れて素性を告げると、そこの
「お前、賀鋼先じゃないか。いつ梁山に来たんだ」
鋼先も、驚いて応える。
「あっ、
すると
「
とりあえず、みんな無事なようで良かった。疲れたろう、ゆっくりしていってくれ」
収星陣は三つの部屋をあてがわれ、賀兄弟、魯乗、女子という形で別れた。百威は怪我を押して
応究が、歓迎の祝宴を用意してくれた。山と河と湖から採れた珍味に、鋼先たちは喜ぶ。久しぶりに安心して体を休めることもできた。皆、食事も酒もたっぷり楽しみ、好きなだけ眠った。
◇
「賀鋼先らは未逸観に落ち着いたか。用心しているな。仇凱の予測通りか」
楼主は感心して言った。
報告した巨体の男は、礼を崩さず言う。
「はい。しかし、いささか早く来ましたな。先の依頼が未完です」
「ふむ。複数の依頼が、
「お察しします。ですが、いつの場合も、原則はありません。すべては
楼主はあごに手を当て、少し考える。
「要は、
「おりません」
「では、問題ない。
「時育はいかがいたしますか」
「変更はない。未逸観と賀鋼先、両方を担当だ」
副総は、一礼するとすぐに下がった。
◇
応究は、忙しそうに何人もの道士と話をしていた。そのすべてがひそひそと声を落としているので、鋼先は気になって声をかける。
「応究さん、何かあったのかい。俺たち、間が悪い時期に来ちまったかな」
応究は慌てた笑顔を見せる。
「いや、ここの内部のことだ。気にせずゆっくりしていってくれ」
鋼先は、一息置いて言った。
「応究さん。俺たちは魔星のせいで、いろんな事件に巻き込まれやすいんだ。おそらくここも、無関係では済まないと思う。何かあるなら、聞かせて欲しい」
すると応究は、納得した顔で頷いた。
「――ここの道長の死が、どうも不自然でな。私は、自分の立場を利用して強引に臨時道長になり、調査をしているところだったんだ」
「これだけ有名な観光地だ、そこの道長ともなれば、いろいろ役得もありそうだな」
鋼先は察しの良い返事をした。応究は慎重に頷く。
「道長の死後、
「その消息を追っているのか」
「ああ。おそらく、背後に力を貸している者がいる。少しずつ情報は集まって来たが、証拠になるものがない」
そして応究は、黙って考え込んだ。
鋼先が心配して言う。
「早いところ解明しないと、応究さん、あんたの立場も悪くなるな。前道長を殺してここを奪った、なんて噂が立たないとも限らないぜ」
それを聞いた応究は、はっとした顔になって、にやりと笑った。
「……賀鋼先、その通りだ。よく気付いたな!」
「え? え、何かまずいかな、これ?」
応究の急変に、鋼先は冷や汗が
昼寝から起きた雷先は、庭先が騒がしいのに気付いた。
「おいおい、いったい何事だ?」
雷先が庭に出て、見物している道士たちをかきわけると、とんでもない光景になっていた。
応究と鋼先が、
「賀鋼先! この私が、未逸観を乗っ取るために道長を殺したと言ったな! お前などに何が分かるか!」
鋼先は、唾を吐き捨てながら言い返した。
「うるせえ! 親の七光りで天師になれるだけのくせに、思い上がるな。人の命を使い捨てみたいに扱いやがって。俺を殺したきゃ殺せ! その代わり、残りは全部自分で片付けろよ!」
応究は、うっと
「おっ、おまえぇ! 言わせておけばぁ!」
と叫び、鋼先につかみかかった。
「やかましい、魏竹高さんをどこへやった? あんたが追放したんだろう!」
これを見ていた雷先は、
「鋼先、失礼をするな。すぐにお詫びしろ!」
と駆け出そうとしたが、魯乗が肩を叩いて言う。
「ちょっと早い。もう少し見ておれ」
雷先がいぶかりながら見ていると、鋼先も正面から応究に殴りかかり、互いに勢いが余って、どすんと倒れた。そのまま、地面を転がりながら罵ったり殴ったりを続け、最後に応究が上になり、鋼先の襟元をつかんで強く組み伏せた。
そのとき、
「あっ!」
と、上になっていた応究が、大声を上げた。応究の腹部に、
応究は鋼先から降り、
「……この野郎、刃物を持っていやがった! おいみんな、こいつを、こいつを……」
応究は、鬼のような形相で周囲に命令しようとしたが、腹部からおびただしい血を流し、その場で倒れ、動かなくなった。
鋼先が、顔中汗びっしょりになって、首を振る。
「う、嘘だろ。俺は、そんなつもりじゃ……」
うろたえている鋼先を、二名の屈強な道士が両脇から押さえつけた。
「話は中で聞く! おとなしく来るんだ」
そして、そのまま連行して行ってしまう。
雷先が、魯乗の制止を振り切って弟に駆け寄った。
「鋼先、いったいどうしたんだ。なぜ応究さんを?」
鋼先は、
「兄貴、ごめんよ。許してくれ……」
「おい、待て!」
雷先の叫びも
収星陣は部屋に戻ったが、誰も何も話さず、ただ座っている。雷先はいらいらして壁を殴った。
「こんなことってあるか! 鋼先だって、本気じゃなかったはずだ」
その時、道観の者が呼びに来た。鋼先と面会させるという。
「よし、何とか説明して、
雷先は急ぎ足で
監禁室には、金銀まばゆい立派な
「私は魏竹高、この未逸観の住職だ。張応究どのを殺害するとは、大変なことをしてくれたな。厄介な奴らめ」
雷先が慌てて
「ちょっと待ってくれ。俺たちは竜虎山上清宮から来た者だ。応究さんからも、話は聞いていたと思う。とにかく、今日の件を張天師様に報告させてほしい」
魏竹高は、
「よかろう。だが、返答が来るまで日数がかかる。その間は自由にさせられん、全員監禁するぞ」
そう言って
そして、調書を取るからと言って、雑用をしていた道士たちを下がらせる。
人がいなくなると、魏竹高は鋼先の顔をじっと見た。鋼先はニヤリと笑って、
「さあ、張応究は消してやったぜ。ちょっと打ち合わせと違うとは思うが
と、さも事情を知っているかのように言った。
すると魏竹高は、牢に向かって丁寧に礼をする。
「おお、まさかとは思いましたが、やはり!
立場がありますゆえ、このような態度を取ったこと、ご容赦ください。
「は? 何を言ってるんだ? あのな、俺たちは
と動きかけた雷先だったが、いきなり
鋼先が言った。
「気にしないでくれ、サクラ役のびっくり
魏竹高はにこにこしている。
「順調です。張応究が死に、前道長も病死ということで届出が受理されました。これで正式に未逸観道長となれます」
「俺みたいなのが来て、あんたもびっくりしたかい」
鋼先が問うと、魏竹高は笑顔で頷く。
「まさか、竜虎山の中にも
「鉄車輪、ね」
魏竹高は、慌てて手を振り
「失礼、名を出してはいけないのでしたね。そうそう、張応究の遺体はどこに? そちらで処分されたのですか」
その時、入口が開いて、応究が現れた。
「
魏竹高が、振り返って驚く。
「なに? どういうことだ」
鋼先が、牢の中で笑った。
「あんたが怪しいと踏んで、
状況の分かった雷先が、弟をなじる。
「おい、芝居なら、なぜ先に言ってくれないんだ!」
「あんたが
鋼先が苦笑する。応究が、緊張した顔で言った。
「とっさに思い浮かんだ芝居だが、うまく行って良かった。……演技と思えない部分もあったが」
「七光りに関してはお詫びしますよ。残りは本音だがね」
鋼先が、応究の顔を見ないでつぶやいた。応究は、うっと唸って硬直する。
魏竹高が、この
「住職、鉄車輪とは何だ。前道長の死も、それが絡んでいるんだな?」
「……!」
魏竹高は答えない。その時、また入口が開いた。
「……行動が早いな、賀鋼先。噂通りの切れ者と見た」
彫りの深い、やせた顔の男を見て、魏竹高が
「おお、鉄車輪の、時育どの!」
時育は舌打ちして魏竹高をにらむ。
「名前を言うな、
そして、自分の後ろに
「
部下は短く返事をして去る。時育は向き直ると、