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第二十七回 王萍鶴、芸人になる




 こうせんの意を受けた魯乗ろじょうは、へいかくと共に繁華街に来た。


 そして見世物小屋みせものごやを訪れ、主人に話を持ちかける。


「このむすめはおもしろい芸を持っていましてな。ちょっとご覧ください」


 そう言って、ぼくで曲芸をやってみせる。魯乗が構えた紙を破裂させたり、割った皿を元に戻したりと、わざろうした。


 主人は喜んで、


「これは良い。派手だし、分かりやすい。是非うちで働いてくれないか。きゅうきんはずむよ」


 魯乗は丁寧に礼を返し、


「気に入っていただいて何よりです。それよりも、給金は普通で構いませんから、宣伝を盛大にやっていただきたいのですが」


 主人が不思議そうな顔をする。


「言われずともそうするが、何か事情でも?」


 すると魯乗は、精一杯悲しげに肩を震わせて


「実はこの娘、家族と生き別れになっていまして、このすみげいだけが唯一の手掛かり。人の多いりょうざんなら何か分かるのではと、来てみたのです」


 と礼をする。萍鶴もそれにならった。


 主人は慌てるように手を振り、


「それは気の毒に、苦労なさったな。りょくながら私も力になろう」


 さっそく萍鶴は小屋の一員となり、魯乗との二人組で芸を披露することが決まった。




「まったく大胆だな、鋼先」


 しんねいの部屋で、らいせんが腕組みしながらため息をついた。


 鋼先が軽く笑う。


「兄貴の言いたいことは分かるよ。なぜ萍鶴と魯乗を危険にさらすんだ、と言いたいんだろう」


 雷先と百威ひゃくいうなずく。鋼先は、声を落として言った。


鉄車輪てつしゃりんのことは、分からないことが多い。待っていればやられる。だからこちらから動く」


「お互いにじりじりと近づくのね」


 李秀りしゅうが納得する。


「もう一つある。鉄車輪の情報網を逆用して、萍鶴やえいのことが何かつかめるかもしれない。どの道、いつかは解かなきゃならない謎だからな」


 鋼先の深謀しんぼうに、二人と一羽は感心して頷きあった。




 数日後、見世物小屋の新しい出し物が大々的に宣伝されていた。大きな看板に描かれた美女が、筆を振っている。


「さあ、こんな珍しい技はちょっとないよ。筆から飛ばした墨が文字になり、その文字の通りのことが起こる。皿を割ったり、それをくっつけたり、自由自在だよ!」


 看板は、宣伝係の男たちに運ばれて練り歩いている。物好きたちがいち早く見ようと、後を着いて行っていた。鋼先たちも、紛れて同行する。


 着いてしばらくすると小屋は満席になり、出し物が始まった。


 萍鶴は、きれいなでんざいの仮面で目元を隠している。助手役の魯乗も目深まぶか頭巾ずきんなので、対になっている。長身の萍鶴は、水色と紫色の布地に銀箔ぎんぱくで星をあしらった派手な衣装で、観客は男女を問わずどよめいた。


「まずは見た目でバッチリつかんだね。あの、きれいだもの」


 李秀が、れて言った。


「まったくだ。案外、たいえするんだな」


 雷先が感心するのを、鋼先が笑いながらく。


「案外って何だ。野暮やぼだね」


「見て、魯乗が何か言うよ」


 李秀が指をさした。魯乗が両手を広げ、注目を集めている。


「よく来られた、皆の衆。これなるむすめ、実はかの書聖しょせいおうまつえい。今からお見せするみょう、必ずや各各方おのおのがたのお心をつかむはず。まずはご挨拶あいさつ!」


 そう言って少し下がり、ふところから掛軸かけじくを取り出す。それを広げると、ただの白紙が表れた。


 萍鶴が筆を構える。それをおおぎょうに振るが、しかし何も起こらない。ただ魯乗が大げさに動いている。


 だが、観客は大歓声だいかんせいを上げた。


「墨を飛ばしただけで、掛軸に文字を書いた!」


「『れつ』の文字の通りに、掛軸が真っ二つよ!」


 今度は魯乗が皿を取りだし、萍鶴が筆を振るだけだったが、またもや歓声と大きな拍手が上がった。


 李秀が、目をこすって言う。


「どうなってんの? 萍鶴、飛墨してないよね」


 雷先も目をこすり、


「ああ、まったく何も起きてないぞ。どうしてこんなに受けてるんだ」


 鋼先が、周囲に目を配りながら言った。


「飛墨の芸は、魯乗の幻影なんだ。俺たちにはかからないようにしてもらった」


「何でそんなことをする、鋼先?」


「もし、鉄車輪が幻影を見抜けるほどの奴らなら、ここで尻尾がつかめる」


「そうか。では、幻影にごまかされていたら?」


「萍鶴たちに接近しようと、何か動きがあるはずだ。外で百威が見張っている」


 それからも飛墨の芸は続き、観客はますます喜んだ。やがてたけなわとなったところで、魯乗が観客席に手を振る。


「お楽しみいただけたようで何より。本日は、これにてお別れでございます。ごきげんよう!」


 そう言って、萍鶴をいざなって袖へ引っ込んだ。客席からはいつまでも、割れんばかりの拍手と喝采かっさいが送られる。


 あまりの大盛況だいせいきょうに、雷先たちは耳をふさぐほどだった。


 やがて観客たちは席を立ち、帰り始めた。鋼先たちは怪しい者がいないか見ていたが、特に変わったことはない。


 ふと、鋼先が笑った。


「それにしてもあの二人、うまかったな。期待以上だぜ」


 李秀も頷いて、


「本当ね。大入りだったし、ずいぶん稼いだんじゃないかしら」


 雷先も


「萍鶴もやるが、魯乗の立ち回りもよかったな」


 すると、


「そうじゃろう。あのこうじょう、けっこう練習したんじゃぞ」


 と、不意に魯乗の声がしたので振り向くと、後ろの席に魯乗が座っていた。


「お疲れ様だったな、魯乗」


 鋼先がねぎらう。


「終わって何よりじゃ。舞台から見た限り、幻影を見破った者はおらんかった」


「萍鶴はどうしている」


「うむ。実は彼女がぞくを捕まえたのじゃが、予想外のことになった。来てくれ」


 魯乗がそう言うので、鋼先たちは不安げに顔を見合わせた。

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