「
すると萍鶴が現れて言う。
「違うわ。全員
「これ全員か!」
「ええ。とりあえず整列させたわ。変かしら」
「変だけど、仕方ないな」
雷先は苦笑したが、鋼先は身震いしていた。
「こんな人数を出してくるなんてな。ただ調べているだけじゃない、本気で俺たちを消す気だぜ」
その一言で、全員が息を
鋼先が気を取り直して言った。
「急いで
萍鶴は
そのとき、
「待ってください!」
と飛び込んできた者がいた。
「誰だお前は」
鋼先がにらみながら訊く。
「その者達の上司です。
そう言って仇凱はきちんと礼をした。鋼先は目を緩めない。
「そうか。で?」
「彼らを、放してやってください。代わりに私が尋問を受けます」
仇凱は、
「裏があるとは思うが、確かにお前一人の方が楽だな。萍鶴、こいつらを解放してくれ。――ただし自由にはせずに、本拠地に直帰させよう」
「それは」
仇凱が動こうとしたが、萍鶴は素早く飛墨を打つ。仇凱が固まった。そして捕虜の全員に「
「
鋼先が空に叫ぶと、遠くから鳥の鳴き声が聞こえた。鋼先は頷いて、仇凱に向き直る。
「抜け目ないですね、
直立で固まったまま、仇凱が苦笑した。
「自分が殺されるかもしれないのに、わざわざ術に掛かるってことは、何か準備があるはずだ。俺も気は抜かねえ」
そう言って鋼先は、いきなり仇凱の腹に
「ぐっ」
仇凱の身体がビクッと動き、光る
「いちおう訊いておこう。天英星、この男のことを知っているか」
しかし天英星も、取り込まれてからのことは憶えておらず、仇凱を初めて見たように驚くだけだった。
鋼先は、
「兄貴、こいつを
そう言いながら、鋼先は仇凱に目隠しをする。
「担いでどうするんだ、鋼先」
「尋問するが、場所を移す。このまま人質にもできる」
「おい、穏やかじゃないな」
「こいつの覚悟は、普通じゃないぞ。甘く見るわけには行かない。兄貴も腹を
びしりと言われて、雷先は強く頷いた。そして仇凱を担ぎ上げると、全員で
人の少ない道を急ぎ、薄暗い森を見つけて入った。
「ここでいい。萍鶴、頼む」
鋼先が仇凱を下ろしながら言う。
萍鶴が筆を振るい、「
「どうした、萍鶴。手加減しているのか」
鋼先が訊くと、萍鶴は青ざめて首を振る。
「この人、耐えている。飛墨顕字象の効力を。魔星を奪ったのに、まさか」
仇凱は
「こやつ、最初からそのつもりで手下を逃がしたな」
「仕方ねえ、殴ってみるか」
鋼先が拳を振り上げたとき、
「クアアアッ!」
という鳥の声が聞こえた。
「
魯乗が言う。百威は、
「誰か来る!」
李秀が人影に気付いて指さす。そのときすでに、影は跳躍して鋼先を襲っていた。
「うおっ」
鋼先が転倒し、影は仇凱をさらった。
仇凱が小声で言う。
「助かりました、
閻謬は仇凱の目隠しを取り、頬についた墨文字を
「間に合って良かった。
「私は、魔星を取られました。配下も引き離されています」
「見た。彼ら、妙な行進をしていた」
「王萍鶴の術のせいです」
「そうか。人数が多いので、うちの配下に任せてある。鳥が来ていたので
「あなた一人では危ない。
「分かった。だが、少し試す」
閻謬は仇凱から手を離すと、腰から二本の
「お前も鉄車輪か!」
雷先が棒を構えて閻謬に
「読める」
閻謬は雷先の棒の上を伝うように走り、驚く顔面に蹴りを放った。
「ぐあっ」
雷先は吹っ飛んで倒れる。閻謬がさらに短叉で突き込んで来たが、李秀が
「ふん」
閻謬は、左右の攻撃を素速く繰り出した。李秀はそれを正確に受ける。閻謬は、もっと短く、もっと速い突きになる。李秀は、受けながら言った。
「いけない、あたしの間合いより狭い。離れなきゃ」
李秀は、わざと
閻謬は、その間を詰めず、後ろに言う。
「走れ、仇凱」
「はい。あなたも早く」
仇凱は走って森の中に消えた。萍鶴が飛墨を打ったが、届かない。
李秀は双戟を一度引き、斬りかかろうとした。
しかし閻謬は、手で制して言う。
「いいのか、鳥をそのままにして」
皆が見ると、百威は魯乗の手の上でがくがくと
「手当をせんといかん、鋼先」
魯乗が悲痛に言う。鋼先は舌打ちし、行け、と手を振った。閻謬は音もなく消える。
萍鶴が飛墨で百威の傷を癒し、魯乗が水を飲ませた。百威は安心したのか、眠りにつく。
一同もほっとしたが、鋼先が思い出して言った。
「小声だったが、確か『申寧寺は終わった』と言っていた。いやな予感がする、急ごう」
収星陣が走って申寧寺にたどりつくと、入口の扉が
「侵入されたな。みんな、気を付けて探れ」
「むう、静かすぎるのう」
魯乗が言うので、皆で中に入る。そして、すぐにすべてを理解した。
本堂は、血の海になっていた。
もともと申寧寺の僧は老人ばかりで、十人に満たない。その全員が、
「ひどい」
李秀が口を覆い、震えた。雷先や萍鶴も、呆然として動けない。
そのとき、本堂の隅で、わずかに息のある僧が手を挙げた。鋼先たちは駆け寄り、抱え起こす。
「しっかりしろ。何があった」
僧は、目も開けぬまま、弱々しく声を出した。
「いきなり襲われて、次々に殺された。
それだけ言うと、僧は息を引き取った。鋼先が揺すっても、もう動かない。
「……匕首、そうか、
「どうする鋼先、役所に知らせるか」
雷先が提案したが、鋼先は考えてから、首を振る。
「役所は遠い。近くの別な寺に知らせよう。俺たちは身を隠し、しっかりと対策を練らないとまずい。だんだん奴らの調子に
雷先が、青ざめながら問う。
「しかし鋼先、なぜだ。なぜここの僧たちを殺す必要があったんだ?」
鋼先は、ひと息ついて答えた。
「周囲から攻めて、俺たちを追い詰めるためだろう」
「なんてこった。襲われるとなると、
雷先が
「そうか。それも計算に入れての
◇
「配下を守るためとはいえ、魔星を失いました。申しわけありません、
「ここでは
楼主の声は落ち着いている。仇凱は
「配下の中には、楼主のお立場を知る者もおりました。それを
「良いのだ、仇凱。お前の判断は適切だ。むしろ、魔星を奪われても飛墨顕字象に屈しなかったことを誉めたい」
楼主は機嫌が良い。仇凱に笑みが戻る。
「しかし、
楼主が言うと、副総が仇凱・閻謬を見ながら問う。
「どちらにお命じになりますか。
楼主は、首を振って笑った。
「私とお前でやるぞ、
副総・南宮車は、驚いた顔をしたが、
「はい。そこまでご決意とあらば、早速とりかかります」
と礼をした。