衣服を脱いだ四人の女子は、ゆっくりと湯船に
「うーん、広いのがいいね。いつもはタライで
「すぐに冷めてしまうから急いでいたけど、これだけお湯があると、ゆっくりできるわね」
と
そのうちに、胡湖がはしゃいで、
「そうだ雨水さん、
と聞いた。
「ああ、それはな」
「あたしの目に、魔星ってのが宿ったからなんだ。
李秀と萍鶴は、ぎょっとして独孤雨水を見た。彼女の右目は、
「あたしの父が鍛冶屋だったんだが、身体を悪くして、引退したんだ。ここの作業場も出ていくはずだったんだが、あたしはそれが寂しくてね。何とかできないかって悩んでたら、地孤星が入って来た。それからさ、いろいろ作れるようになったのは」
たわわな胸に湯をかけながら、独孤雨水が言った。胡湖は不思議そうな顔をしているが、李秀と萍鶴はそわそわしていた。
独孤雨水はそれに気付かず、
「それより胡湖ちゃん、背中を流してあげるよ。いったん上がりな」
と声をかけ、歳の離れた姉妹のように、仲良く流し合いをした。
一方で李秀と萍鶴も流し合いをしたが、二人の魔星を前にして、いまいち落ち着かない。
「
「そうね。
「うん。胡湖のこと、どうするのかな、
鋼先の名が出た途端、萍鶴は背を洗う手を止めた。少しの間沈黙して、また洗い出す。その力が強くなっていて、李秀はびっくりした。
「いたた! ちょっと、萍鶴?」
「あっ、ごめんなさい」
萍鶴は慌てて手を引っ込めた。
李秀は笑って手ぬぐいを取ると、萍鶴に後ろを向かせ、優しく洗い始める。
「力加減はどう? 痛くない、萍鶴?」
李秀は丁寧に洗っていた。しかし、萍鶴は全く感じていない風で、おもむろに言った。
「……ねえ、李秀」
「なあに?」
「私たち、鋼先に頼りすぎてる。大きな敵ができた今、このままでいいわけは無いわ」
「……そうか、そうだね」
李秀も、萍鶴の背をこすりながら、
だが、しばらくして、急に顔を上げた。
「よし」
李秀の表情は、戦いに
「決めた、胡湖のこと。
もし鋼先が
「李秀、それは」
萍鶴は、李秀の声が届くのを怖れて、目を泳がせる。
李秀は、それに気付いて、少し声を落として続けた。
「たくさん苦しんだはずだもの、鋼先は。これ以上は見たくない。でも、あたしはどうせ、
「どういうこと、李秀」
何か、怖ろしいことを言っていると気付き、萍鶴は青ざめる。
李秀は、今度は口を手で押さえた。
「……ごめん、何でもない。とにかく、あたしの方が
「…………」
萍鶴は、返事ができなかった。
女性陣が上がり、
その間、独孤雨水と
胡湖が近付いて言った。
「何か、お手伝いしましょうか?」
「ありがとう。じゃあ、鳥ちゃんの寸法を採るから、
独孤雨水たちが作業に
「鋼先、ちょっといいかな」
李秀が声をかけると、鋼先は湯船から振り向いた。
「おう。どうした、わざわざこんなときに」
急に女子が来たので驚いたが、二人の顔色を見て、鋼先ははっとする。
「何か、あったな」
「雨水さん。あの人、魔星がいるわ」
萍鶴が簡潔に言った。鋼先は、
「そうだったか。でも、悪い人ではないんだろ?」
李秀たちは、静かに
「ならいいんだ。後は俺がやるよ」
すると李秀が、抑えきれずに言った。
「雨水さんはいいの。あのね鋼先、胡湖のこと。もし、あの子を収星するなら、そのときは」
だが、鋼先は、大きく手を広げてその後を
「いやあ、こんな広い風呂に入れるとはねえ。ほんとに気持ちがいい。兄貴なんか起きやしない」
「鋼先、あのね」
「言わなくていい、李秀。そんなつらいことを、お前にさせるつもりはない」
「だって、だめだよ、全部鋼先なんて」
「湯に浸かってたら、思いついたんだよ。いい方法を」
「えっ?」
驚く二人に、鋼先はほほ笑んで指を二本立てて見せる。
「しかも、簡単だ。手紙を二通書くだけだ。あの赤ん坊が教えてくれたぜ」
そう言って鋼先は、赤ん坊から魔星を収星した話をした。李秀は、よく分からない顔で訊く。
「赤ちゃんが教えてくれたって、何を?」
「あのままだったら、高熱で命を落としたかもしれない。死を知らない天界の魔星には、それも分からなかったんだろうな。だが、人間は長かろうが短かろうが、いつか死ぬ」
「だから?」と二人。
「胡湖も、人間に生まれ変わったからには、いつか死ぬ。わざわざ手を下さずともな。だったら、それまで待ってもらえばいい。
「鋼先、それって」
萍鶴の驚き顔に、鋼先はにんまり笑う。
「そうだ、丸投げだ。でもな、俺たちは好き好んで収星をやってるわけじゃない。元々はあっちが丸投げしてきた
鋼先は、笑いながら湯船を泳ぎだした。李秀と萍鶴は、額を寄せる。
「……これでいいのかな?」
「
李秀は少し考えて、苦笑する。
「無理無理。あたしも、丸投げでいいと思う。悩んで損しちゃったね」
そして二人で笑いながら、浴場を出た。
居間に戻ると、眼帯を外した独孤雨水が、その青い目を凝らして鋼を切り出している。魯乗と胡湖と百威が、息を呑んでそれを見守っていた。微妙に大きさを変えながら、羽毛の形に一枚ずつ切っている。李秀がその一枚を取ってみたが、とてもしなやかで、軽かった。
独孤雨水が言う。
「あとで一枚一枚に、風切りの線を入れていく。そうすればもっと軽く、より本物の羽に近くできる」
魯乗が頷き、
「いや、見事。わしが作るより、
「クァッ!」
百威も嬉しそうに鳴く。胡湖と独孤雨水がそれを見て笑った。
一方で、風呂を出た鋼先は、二通の手紙を書く。一通は
独孤雨水と胡湖が羽を作っている間を利用して、鋼先は考えを打ち明けた。
「胡湖を
「胡湖の借金はどうするの?」
李秀が訊いた。鋼先は顔をしかめ、
「そこは、張天師様に頼るしかないんだよな。明日、俺が胡湖を連れて
そこまで話したところに、新しい翼を付けた百威がスイッと飛んできた。以前よりも、格段に速く、そして静かな動きになっている。
独孤雨水の技術に、収星陣は
魯乗と胡湖と雨水も来て、百威の飛行を見守る。彼は、皆の期待に応えるように、見事なホバリングをみせた。
胡湖が、目を輝かせて言う。
「すごいです! 羽ばたいてる音が、ほとんどしません!」
独孤雨水が、得意気に頷く。
「風切りの線を、きちんと均一に入れたからね。義足も改良したものに替えておいた。あたしも嬉しいよ、いい仕事をさせてもらってさ」
おもむろに魯乗が、包帯の手で、彼女の両手を握りしめた。
「ありがとう、雨水どの。百威が、こんなにも軽く飛べる。あんたに任せて本当に良かった」
魯乗は、厚く、そして熱く、礼を言った。
いつも達観している魯乗が、こんなに感動を見せるのは、初めてのことである。全員が満面で、魯乗は全身で、感謝の笑顔を見せていた。
少しして、鋼先が言う。
「じゃあ明日は、百威も来てくれ。もしも月光楼で何かあったら、みんなに知らせるんだ。それから兄貴にも、
「わかった。任せてくれ」
雷先が力強く頷き、自分の胸を叩いた。