そのとき、部屋の戸を激しく叩く音がした。
「
「
唐流嶬が言うと、朱差偉は緊張した声で繰り返した。
「はっ、ただいま、賀鋼先とその一味が
唐流嶬は眉間にしわを寄せて、にらむ。
「賀鋼先は、今この部屋にいる。あとの連中は、
突きつけるように言われて、朱差偉は
「し、しかし、私も自分の目で見て報告しております。賀鋼先の他、その兄と女子二名、そして鳥がいました」
「本当か」
唐流嶬は、疑うのを
「待て。いま、部屋にいる賀鋼先を見せる」
唐流嶬は戸を開け放ち、裸のまま
「……総輪、誰もおりませんが。一体、何が?」
唐流嶬は上着を
そのとき、別な手下が報告に来た。
「
唐流嶬は、目を閉じて頭を抱える。
「おかしい。賀鋼先はどこへ消えた。そうだ、
「
朱差偉が申し訳なさそうに言う。
唐流嶬は、自分の頬を両手でピシャリと叩き、目を開けた。
「ふむ、奴らが何か仕掛けたようだな。わかった、私はここを出て、仇凱を探す。お前たちは
てきぱきと指示して二人を行かせると、唐流嶬は扉を閉めた。そして壁に近付き、
「おい、俺はほったらかしかい」
声に驚いて振り返ると、鋼先がにやにやして立っていた。
「どうもおかしい。お前の相手をするのはやめだ」
唐流嶬は、そう割り切って抜け道を行こうとしたが、鋼先は
「行きなよ。でも、
「くっ……」
唐流嶬は、悔しげに鋼先をにらむ。しかし、何だか鋼先の姿が、ずいぶんぼやけているように見えてきた。周囲の光景は普通なのに、鋼先だけが消えそうな感じに見える。そのうち、本当に消えた。
「何だ、どこへ行った、賀鋼先」
唐流嶬が辺りを見回す。そのとき、別な声がした。
「ああ、もう無理じゃ! 疲れて集中力が持たん。鋼先、早く来ぬか!」
唐流嶬は、後ずさりして警戒する。
「誰だ。……賀鋼先では、ないな。姿を現せ!」
声が答えた。
「いやじゃよ。わしは
「老人の
「ほっほ。
「喜ぶところか? きさま、何かしたな、私に」
唐流嶬がいらついて
「いい夢見たじゃろう。色っぽかったぞ、お主。ふははは」
「ぬうっ!」
唐流嶬は、見られていたと気付いて激怒した。棚に走り寄って
「くそ、どこだ! 出てこい!」
しかし、大小いくつもの家具を倒しても、魯乗の姿は無い。さすがに息切れした唐流嶬は、手を止めて休んだ。
「わかったぞ、魯乗。お前は、私をここに
「いやいや、どうかのう」
魯乗の声は、少し
「おや、魯乗、まさか」
唐流嶬はにやりと笑い、卓の上にあった
「お前たちのことを調べていて、一番情報が少なかったのがお前だ、魯乗。常に頭巾で顔を隠しているというのが、あまりにも不自然だった」
そして急須の
「今やっと見当がついた。魯乗、お前は実体を持たない者だな。魔星に似ているが、それよりはるかに弱々しい。つまりお前は」
唐流嶬は、回し
「
浮いている煙が、声を発した。
「は、さすがは魔星を手玉に取るだけのことはある。まさか見破られるとはのう」
唐流嶬は、煙に匕首を向けて笑う。
「さて、そんな吹けば飛ぶような身で、何ができる?」
「や、やめてくれ。それ以上近付くな。傷が付いたら、魂魄は消えてしまうんじゃ」
魯乗は
「
唐流嶬は、さらににじり寄る。
「の、のう、勘弁してくれ。この通りじゃ」
魯乗の声は弱々しい。
「どんな通りかな。よく見せてもらおうか」
唐流嶬は匕首を振り上げる。
「あ、い、いや、ものの例えじゃよ。それ以上来ないでくれ」
軽く首を振る唐流嶬。
「他も始末するのだ、急ぐ」
ほとんど聞き取れない声の、魯乗が言った。
「うう。もう、こんな
突然、唐流嶬が持っていた匕首が、急に彼女の手から離れた。そして高速で回転し、彼女の
「ああっ!」
「な、なんだと……!」
なんとか立ち上がろうと身体に力を込めるも、さらに血が流れ、ついに意識を失った。
「くう、な、なんとか一撃じゃ。……しかし、わしにここまで捨て身を強いるとは、鋼先の奴、きつい
魯乗の魂魄は、そうつぶやいてぽとりと床に落ち、大きな綿ゴミのようなまま、動かなくなってしまった。
◇
鋼先の策とはどのようなものであったのか。ここで、仇凱がやってきたところまで話を戻そう。
「鋼先に、一人で来いってさ。仇凱ってのが」
「あの色男か。ようやく来たな」
にやにやしている鋼先に、雷先が言った。
「胡湖を人質にされて、こっちは
「不利だからこそだよ。一気に光彩楼に乗り込んで、唐流嶬たちを収星してやる
しかし、独孤雨水が止める。
「でも、鋼先ひとりしか出ちゃいけないって。あたしたちには動くなと」
すると鋼先は、片目をつぶって
「心配ない、俺以外は魯乗の幻術で隠す。そのまま光彩楼に入って、魯乗は唐流嶬を幻影で足止めする。その
と作戦を話した。
だが、
「しかしなあ鋼先、そんなに長い時間、幻術を続けたことはないんじゃ。どこまで持つか保証できんぞ」
「そうかい。やらなきゃ全員死ぬぜ」
鋼先は
魯乗はもう
「ええい、やればいいんじゃろ! でも、なるべく早く迎えに来てくれよ。お主のモノマネ難しいんじゃからな!」
珍しく緊張している魯乗がおかしくて、一同は笑いながら立ち上がった。
「ここまで来たら、
鋼先はそう言って、片目をつぶった。