仇凱と二人の
「は、はっくしょん!」
さすがに仇凱は怪しんで、辺りを見回す。道の周囲は背の低い草が生えた草原で、人が
「気のせいでしょうか、女性のくしゃみが聞こえましたが」
二人の護衛も
「我々も聞きました」
三人は鋼先を見た。鋼先はため息をつく。
「まあいいや、いったん
言い終えた瞬間、全員の姿が現れた。
「な、なんだこいつら?」
護衛の一人が驚いて声を上げた。しかし、雷先によって
それを見た李秀が、
「よし、こっちはあたしが!」
と、もう一人の護衛に向かって跳躍し、戟の峰で首筋を打つ。この男も、たちまち倒れた。
あっという間にひとりになってしまった仇凱は、しかし
「ぬうっ!
そのとき、独孤雨水が叫んだ。
「ふん、うるさいよ!」
独孤雨水は、仇凱に
仇凱は、大きくぐらついた。独孤雨水が強くにらみつける。
「弱いものいじめしてる奴が、偉そうにしやがって。
「ううっ」
仇凱の頭に、血が
仇凱の
「どうして、また私に飛墨を使うのです。一度負けたのを忘れたのですか、
しかし萍鶴は、さらに筆を構えた。
「あなたじゃなければ、詳細を聞き出せない。それに、この術は、気持ちの強さが力になる。私はもう、絶対にあなたたちを許さない」
そう言って、萍鶴は力強く筆を振った。仇凱の左頬に、まったく同じ大きさで「自白」の文字が重なる。
仇凱は、笑みを消さない。
「何度やっても無駄ですよ。
仇凱は強がりを言いながらも、鉄車輪のことをしゃべっていた。萍鶴はそれを帳面に聞き書きしながら、
「うう……」
仇凱は墨で真っ黒になった顔で
「ここまで私にしゃべらせるとは……。王萍鶴、あなたを見くびっていましたよ」
仇凱が負けを認めたのを見て、萍鶴は手を止めた。
「話すことが無いようね、もういいわ。私たちは急ぐから」
しかし、仇凱は引きつった笑顔を再び見せる。
「最後に、教えてあげます。鉄車輪のことではなく、あなたのことです、王萍鶴」
「なんですって?」
萍鶴と、そして鋼先たちも仇凱を
「
「……奇妙な事件?」
全員が
「
「……剣客?」
萍鶴が訊いた。
「武術や剣の腕を頼りに世を渡っている、やくざ者たちです。彼らの間に、王家の筆が不思議な力を宿す、という噂が流れました。結局、筆は王家の娘が手にし、それを狙っていた連中は、一晩のうちに全滅した、ということです」
「全滅って、どういうことよ」
李秀が詰め寄る。
「全員、死んだんですよ。誰が殺したかまでは、分かりませんでしたがね」
そう言って仇凱は、萍鶴を見て笑った。萍鶴は思わず筆を取り落とし、目を背ける。
雷先が怒った。
「この野郎、腹いせにデタラメなことを。萍鶴がそんなことするわけないだろう」
「さて、どうでしょうか。
その言葉を最後に、仇凱はうつ伏せに倒れて、動かなくなった。
独孤雨水が、様子を見て言う。
「死んでいる。あ、あたしの金槌のせいかな?」
少し
「飛墨と精神的に戦って、
萍鶴は、少し震えていたが、筆を拾って頷いた。
「平気、
鋼先が、独孤雨水に言った。
「ここから先は危険だ。あんたはどこかに隠れたほうがいい」
しかし、独孤雨水は首を振る。
「あたしにも手伝わせてよ。
「そうか、じゃあ聞いてくれ。俺たちがやるのは
すると独孤雨水は意を
「よし、それなら、梁山の南側の
と、
「ありがとう。これで安心して行ける」
鋼先たちは独孤雨水に別れを告げて、光彩楼に向かって歩き出した。
仇凱の情報によると、胡湖は光彩楼の最上階で寝起きしている。そして一階の事務所には、
「じゃあ頼むぜ、にせ鋼先。なるべく長くな」
「お主らこそ頼むぞ、なるべく静かにやれ。騒ぎでばれたら水の泡じゃ」
そう言って魯乗は階段を上っていった。
鋼先は、包みから上着を取り出して皆に配る。
「
それは
鋼先が、商人だと
「高利貸しの
すると係員が外を指さして、
「今帰ったところだ。まだ馬車に荷を積んでいるから、急げば間に合うだろう」
「ありがとうよ」
鋼先たちは事務所を出て馬車を探した。すると、二人の男が荷を運んでいる。
「失礼、荘北森さんと、
鋼先が声をかけると、二人は笑って
「私たちがそうだが、あなたは?」
と答える。鋼先は萍鶴を見て訊いた。
「やれるか、萍鶴?」
萍鶴は答える代わりに、二発の飛墨を打つ。二人の男は、その場に固まって動きを止めた。
雷先と李秀が周囲を見る。
萍鶴が、彼らの荷物をさぐり、木の板でできた
「あった。仇凱は、この割り符で光彩楼の裏口を通れると言っていたわ。急ぎましょう」
鋼先たちは頷き、荘北森たちを茂みに隠すと、裏口の門番に割り符を見せ、光彩楼に入り直した。
「行くぞ、最上階だ。魯乗が限界になる前に胡湖を助ける」
鋼先の言葉に頷き、一同は静かに階段を上った。仇凱から聞いて描いた地図を見ながら、迷路のような
「これはこれは、どちらのお方かな。割り符を拝見したい」
鋼先が見ると、それは
「これは、
怪しまれる前にと、萍鶴が筆を取った。しかし、南宮車は素早く動いて彼女の手首を押さえた。そして、顔を覆った布を取る。
「お前は、王萍鶴。なぜここに?」
南宮車が驚いている
鋼先が、変装を脱いで顔を出し、指を突き付ける。
「
萍鶴が、もう一度筆を構えて飛墨を放つ。しかし、南宮車は巨体をわずかに反らせて
「
「はっ、副総」
「賀鋼先らが、なぜかここにいる。荘北森の安否を調べ、総輪に報告せよ」
「
朱差偉が、鋼先たちを見て、走り去って行った。
南宮車は、近くにある扉を押し開けながら言う。
「来い、賀鋼先。この部屋の向こうに胡湖の部屋がある。別の