南側の
「女、待て。お前の魔星をいただく」
急に呼び止められて振り向くと、坊主頭の男が彼女を指さして立っている。
「くっ、
独孤雨水は腰に付けていた
「いつの間に?」
「鉄車輪ではない。
言うなり、呉文榮は
「な、なんだ。目が熱い。ううっ」
独孤雨水は、
「ふむ、地孤星か。来い」
呉文榮はぬうっと手を伸ばし、地孤星の首をつかむと、大きく口を開けた。地孤星は光る
「くそ、何しやがるんだ。急いでるってのに」
魔星を失って普通の目に戻ってしまった独孤雨水が、震えながら立ち上がる。呉文榮は見向きもせずに歩き出した。
「待て、
呉文榮は、ぴたりと止まって振り向く。
「百威とは確か、
「だったら何だ。いま、鉄車輪の本拠地に乗り込んで行ったよ。あたしは
「本拠地?
鼻で笑った呉文榮に、独孤雨水は
「何が言いたいんだい」
「もし光彩楼に
独孤雨水は、気味悪くなって後ずさる。
「あんた、何でそんなことを?」
「南宮車と拙者は、同じ師に学んだ。あれは拙者の
「いくら強くたって、こっちは人数がいるよ。それに、光彩楼の構造だって聞き出してあるんだ」
独孤雨水は
「
◇
歩きながら、
「
南宮車は、自慢気にほほ笑んだ。
「そうだ。総輪の指揮の下、土地の買収、税収の
「へえ、たいそうな手腕だな。いっそのこと、この国を乗っ取っちまったら早かったんじゃないか?」
鋼先が煽ると、南宮車は苦笑する。
「我々にとって、国家は
南宮車は、
「なぜ全員で来ている。
鋼先は、鋭い視線に目を合わせず、
「まあね、苦労したよ。おかげで
とデタラメを言って動揺を誘った。しかし、南宮車は首を振る。
「
「
鋼先はへらへらした口調で、今度は事実を言う。南宮車は目を
「ホラを吹くのも
そして南宮車は腰から
「この部屋は迷路になっている。隠し扉が多くあるが、どれも一方通行だ。出口を目指してみろ」
そう言いながら、見張りに立っていた
「
季広は短く返事をして、足早に去る。萍鶴が止めようと飛墨を打ったが、南宮車が
部屋は、壁で
突然、
南宮車は素早く
「百威!」
収星陣が一斉に叫ぶ。南宮車は
「甘いな。
冷ややかにほほ笑み、南宮車は姿を消した。李秀は百威を抱えたが、新調されたばかりの
鋼先が舌打ちしながら言った。
「
「そう来ると思っていたよ。
南宮車は拐を叩き込む。萍鶴は筆を
「萍鶴!」
李秀が
「あと三人。狭い場所で戦うのは、私の得意とするところだ」
南宮車がくぐもった笑いをした。
萍鶴は動けなかったが、意識は残っていた。立ち上がろうとする彼女に、鋼先が言う。
「無理をするな。萍鶴は、百威を守ってここにいてくれ。動けるようになったら
萍鶴は弱々しく頷く。
二つ壁を回ったところで、部屋の隅にいる南宮車を見つけた。先頭にいた
「狭い場所が得意だと言ったが、
鋼先が頷いて剣を構えた。それを見ながら、南宮車は口元で笑う。
「得意だよ」
南宮車は雷先の両手首をつかむと、右足で強く壁を蹴った。雷先もろとも床に倒れ込む。驚いた雷先が離れようとすると、南宮車は
「ぐううっ」
雷先の
「兄貴、大丈夫か」
鋼先はもつれながら起き上がる。雷先は
二人に
「あたしだって、狭いところは得意よ。小さいのは
李秀は小柄さを利用して、双戟を
「速いのは確かだ。だが、腕力が足りぬ」
南宮車は両方の拐を強く振った。双戟が両方とも
「これならどう?」
李秀は床と壁を蹴って三角飛びに跳躍し、南宮車の顔面に蹴りを入れる。つま先が南宮車の右目に当たり、強い衝撃を与えた。
「ぬう、
南宮車は痛みに耐えながら、李秀の足を
「あぐっ!」
李秀は衝撃に顔を歪める。
「まだだ」
南宮車は反動を利用し、逆側の壁に李秀を叩き付ける。そこでさらに反動が増し、
「きゃあっ! ぐうぅっ!」
李秀はそのまま四、五回続けて打ち付けられ、最後には鋼先に向かって投げ出されてしまった。
「うわっ」
鋼先は、李秀に当てられて転倒した。南宮車が近付いてくる。
南宮車は気絶している李秀をまたぎ、鋼先に拐を振り下ろした。
「くっ」
鋼先が、身体を硬直させる。
だが、拐は空振りだった。
「ふむ」
南宮車は、李秀に蹴られた右目をさすっている。
まぶたが切れて、出血で目が
「距離感がおかしいな。まあ、たいしたことではない」
南宮車は、もう一度打とうと振りかぶる。鋼先が剣を構えると、南宮車は拐で打たずに強烈な前蹴りを叩き込んだ。鋼先はまともに腹部を蹴られ、吹っ飛ばされてしまった。
「ぐ、ぐうう……」
鋼先は、胃液と血を吐いた。
「み、みんな、やられたのか」
か
南宮車が感情の無い顔で言った。
「
そして拐の先端を抜く。太い針が仕込まれていた。
「猛毒が
南宮車は、鋼先の
「はうっ」
鋼先は大きく身体を震わせた。みるみるうちに、血の気が引いていく。
「念のためだ、頭を
そう言って、南宮車は拐を振り上げた。鋼先はもう、腕も上げられない。
そのとき、南宮車の後ろから声がした。
「あのう、
南宮車が驚いて振り向くと、自分の部屋にいるはずの
「あ、ああ。ちょっとな」
南宮車は鋼先を隠そうと立ち塞がったが、胡湖はすぐに気付いて鋼先に駆け寄る。
「まあ、いらしていたのですね。どうしてこんな傷を……。とにかく出ましょう。この
胡湖は小さな背に鋼先を背負う。南宮車は顔を曇らせて
「毒針は刺した、じきに死ぬ。部屋を出るくらいは構わぬ」
胡湖は鋼先を背負って迷路を歩いて行く。小さい背に揺られながら、鋼先は後悔した。
(さすがに本陣は堅かった。魯乗は無事だろうか)
胡湖が、扉を開いて言う。
「ここから外に出れば、非常階段ですよ」
鋼先は胡湖の背から降り、扉の外に出た。
「胡湖、ありがとう。ただ、まだ兄貴たちが」
鋼先が振り向くと、しかし、胡湖はいない。その代わり、出てきた扉から、カチャリと鍵を閉める音が聞こえた。
扉の向こうから、胡湖の声がする。
「私の
「なに」
鋼先は、意外な言葉を聞いて耳を疑った。
続きを待っていると、
「早く逃げてください。楼のあちこちに、火を付けてきました」
とても落ち着いた、はっきりした口調。鋼先は、うろたえて扉にすがる。
「な、なんだって。どういうことだ」
「私は、全部知っていました。鉄車輪のことも、あなたたちが戦っていることも。
……そして、私が、
「……えっ?」
鋼先が、驚く。
「私は耳がいいんです。初めて会ったとき、私が魔星であることを話しているのが聞こえてしまいました。びっくりしたけど、聞いていない振りをしていました」
「そうだったのか」
「そして、太守に会えたのにも驚きました。
――私の父と母を殺したのは、この男です」
「なに……!」
鋼先と南宮車が、同時に驚いた。
「楼の間取り図をもらったので、この迷路も
鋼先は、胡湖の考えていることに気が付いて
「なにを言ってるんだ。やめろ胡湖、そいつから離れろ」
「南宮車は、」
声を強くした胡湖の瞳に、一足早く炎が灯る。
「私が倒します」
今までにない、
「よせ、そいつは強すぎる。俺たちに任せるんだ!」
「いえ、今のあなたたちでは死にます。でも、そんなことはさせない。――私の兄弟たちを、これからもお願いします、お兄様」
「胡湖、おい、胡湖……!」
「しっかりしろ、鋼先」
そのとき、雷先が来て鋼先を
鋼先は我に返り、
「兄貴、こ、胡湖が」
とだけ言った。
雷先は頷き、
「ああ、俺たちも胡湖に助けられた。危ないところだった」
「ち、ちち違う、こ、こ、胡湖を」
「おい、
と急いで弟を背負う。
「お、俺より、こ、胡湖を」
鋼先はなおも訴えたが、とうとう気を失って