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第三十七回 収星陣全滅




 南側のじょうもんに向かったどくすいは、近道をしようと古い屋敷の庭先を走っていた。


「女、待て。お前の魔星をいただく」


 急に呼び止められて振り向くと、坊主頭の男が彼女を指さして立っている。


「くっ、鉄車輪てつしゃりんかい!」


 独孤雨水は腰に付けていた金槌かなづちを取って構えたが、男はもの凄い速さで彼女の背後に回っていた。


「いつの間に?」


「鉄車輪ではない。ぶんえいという。出せ、魔星を」


 言うなり、呉文榮はしょうていで打った。独孤雨水は地面に倒れ、身体ががくがくと震えだす。


「な、なんだ。目が熱い。ううっ」


 独孤雨水は、眼帯がんたいをしている右目を押さえた。しかし熱さは止まず、ついに眼帯を突き破るようにしてせいが抜け出てしまった。


「ふむ、地孤星か。来い」


 呉文榮はぬうっと手を伸ばし、地孤星の首をつかむと、大きく口を開けた。地孤星は光るひものような状態に変化し、めんすするように飲み込まれた。呉文榮は大きくゲップをして、一度だけ身体が強く光った。


「くそ、何しやがるんだ。急いでるってのに」


 魔星を失って普通の目に戻ってしまった独孤雨水が、震えながら立ち上がる。呉文榮は見向きもせずに歩き出した。


「待て、禿はげ坊主。地孤星を返せよ。百威ひゃくいの羽が作れなくなる」


 呉文榮は、ぴたりと止まって振り向く。


「百威とは確か、こうせんの仲間の鳥。お前、奴らと知り合いか」


「だったら何だ。いま、鉄車輪の本拠地に乗り込んで行ったよ。あたしは退路たいろ確保かくほしなきゃならないんだ」


「本拠地? 光彩楼こうさいろうにか。ふふ、ならば退路など無意味だ」


 鼻で笑った呉文榮に、独孤雨水はいらちを見せる。


「何が言いたいんだい」


「もし光彩楼に南宮車なんぐうしゃがいるなら、勝てん。奴はあのろうで戦うなら無敵だ。拙者せっしゃでも勝てない」


 独孤雨水は、気味悪くなって後ずさる。


「あんた、何でそんなことを?」


「南宮車と拙者は、同じ師に学んだ。あれは拙者の弟弟子おとうとでしだ」


「いくら強くたって、こっちは人数がいるよ。それに、光彩楼の構造だって聞き出してあるんだ」


 独孤雨水はみつくように言ったが、呉文榮は、冷や汗をかきそうな表情になっていた。


つくりを知っているだけで役に立つか。南宮車が相手では、何人でかかろうが全滅するぞ」




 ◇




 歩きながら、こうせんが南宮車に問いただす。


りようざんが栄えだしたのは太守があんたに変わってから、と聞いたが、実際には鉄車輪の仕業か」


 南宮車は、自慢気にほほ笑んだ。


「そうだ。総輪の指揮の下、土地の買収、税収のふんしょく、商品の強奪ごうだつみつなど、組織を総動員し、一気に進めた。対抗する勢力は贈賄ぞうわいと暗殺で黙らせてな。実に簡単だったよ」


「へえ、たいそうな手腕だな。いっそのこと、この国を乗っ取っちまったら早かったんじゃないか?」


 鋼先が煽ると、南宮車は苦笑する。


「我々にとって、国家は大口おおぐち顧客こきゃくだ。お得意さんをつぶすのは、賢い商人のすることではない。……ところで、賀鋼先」


 南宮車は、収星陣しゅうせいじんをにらみながら訊いた。


「なぜ全員で来ている。えんびゅうを倒したのか? まさかな」


 鋼先は、鋭い視線に目を合わせず、


「まあね、苦労したよ。おかげで魯乗ろじょうが退場になった」


 とデタラメを言って動揺を誘った。しかし、南宮車は首を振る。


黒輪こくりんが連絡もできずに終わるものか。何かごまかしているな」


きゅうがいの口を割らせて、息の根を止めたぜ。あと、黄輪こうりんの幹部はしゅうせいした」


 鋼先はへらへらした口調で、今度は事実を言う。南宮車は目をいて怒った。


「ホラを吹くのも大概たいがいにしろ」


 そして南宮車は腰から一対いっついの短いかい(トンファー)を抜き出して構えた。


「この部屋は迷路になっている。隠し扉が多くあるが、どれも一方通行だ。出口を目指してみろ」


 そう言いながら、見張りに立っていた白輪はくりんの部下に指示を出す。


こう、総輪に伝えろ。賀鋼先らは、私が始末する。総輪はひとまず避難を、と」


 季広は短く返事をして、足早に去る。萍鶴が止めようと飛墨を打ったが、南宮車がざとく振った拐に、打ち消されてしまった。




 部屋は、壁でいくつにも仕切られ、細い通路が枝分かれしている。


 突然、李秀りしゅうふところかくれていた百威が、壁に消えようとした南宮車に向かって飛びかかった。


 南宮車は素早くかわすと、拐を降り下ろして百威を叩き落とす。百威は、床でぶるぶると痙攣けいれんを起こし、ばさりと倒れた。


「百威!」


 収星陣が一斉に叫ぶ。南宮車はぞうに百威をり、李秀へと戻した。


「甘いな。奇襲きしゅうや暗殺は、こちらの専売せんばい。年期が違うよ」


 冷ややかにほほ笑み、南宮車は姿を消した。李秀は百威を抱えたが、新調されたばかりのはがねの翼はひしゃげ、全身が痙攣けいれんして動けない。


 鋼先が舌打ちしながら言った。


へいかく、壁を壊せ。迷路に付き合う必要はない」


 うなずいた萍鶴が筆を構えたが、彼女の後方から突然、南宮車が現れた。


「そう来ると思っていたよ。おうへいかくの筆、これも危険だ」


 南宮車は拐を叩き込む。萍鶴は筆をとっにかばったため、背中を打たれて倒れた。


「萍鶴!」


 李秀が双戟そうげきを構えると、南宮車はまた壁を回って消える。そして声だけ響いた。


「あと三人。狭い場所で戦うのは、私の得意とするところだ」


 南宮車がくぐもった笑いをした。


 萍鶴は動けなかったが、意識は残っていた。立ち上がろうとする彼女に、鋼先が言う。


「無理をするな。萍鶴は、百威を守ってここにいてくれ。動けるようになったらえんを頼む」


 萍鶴は弱々しく頷く。賀兄弟がきょうだいと李秀は、それぞれ武器を取って南宮車の後を追った。


 二つ壁を回ったところで、部屋の隅にいる南宮車を見つけた。先頭にいたらいせんは、棒を斜めに構えて突進する。殴るのではなく、棒を押しつけて南宮車を壁に固定した。渾身こんしんの力を込めながら、雷先が叫ぶ。


「狭い場所が得意だと言ったが、うらに出たな。鋼先、今のうちに追魔剣を!」


 鋼先が頷いて剣を構えた。それを見ながら、南宮車は口元で笑う。


「得意だよ」


 南宮車は雷先の両手首をつかむと、右足で強く壁を蹴った。雷先もろとも床に倒れ込む。驚いた雷先が離れようとすると、南宮車はおうのまままえりを突き込んだ。


「ぐううっ」


 雷先のあばらがぼきぼきとにぶい音を立てる。南宮車はすかさずもう一発蹴る。雷先はそれに吹っ飛ばされ、後ろにいた鋼先も巻き込まれて反対側の壁に飛ばされた。


「兄貴、大丈夫か」


 鋼先はもつれながら起き上がる。雷先はうめいたまま、動けない。


 二人にせまろうとする南宮車のよこいから、突然李秀が襲いかかった。


「あたしだって、狭いところは得意よ。小さいのは伊達だてじゃないわ」


 李秀は小柄さを利用して、双戟をじゅうおうに振るった。南宮車は両手の拐で受けるが、その速さにたじろぐ。李秀はかんげきく攻め続け、そのまま数十合すうじゅうごう渡り合った。鋼先は、それを見ながらじりじりと近付く。


「速いのは確かだ。だが、腕力が足りぬ」


 南宮車は両方の拐を強く振った。双戟が両方ともはじき飛ばされる。しかし李秀はひるまなかった。


「これならどう?」


 李秀は床と壁を蹴って三角飛びに跳躍し、南宮車の顔面に蹴りを入れる。つま先が南宮車の右目に当たり、強い衝撃を与えた。


「ぬう、小娘こむすめがっ」


 南宮車は痛みに耐えながら、李秀の足をとらえ、高々とかかげた。そして勢いをつけて壁に打ち付ける。


「あぐっ!」


 李秀は衝撃に顔を歪める。


「まだだ」


 南宮車は反動を利用し、逆側の壁に李秀を叩き付ける。そこでさらに反動が増し、まりのように壁を往復させた。


「きゃあっ! ぐうぅっ!」


 李秀はそのまま四、五回続けて打ち付けられ、最後には鋼先に向かって投げ出されてしまった。


「うわっ」


 鋼先は、李秀に当てられて転倒した。南宮車が近付いてくる。


 南宮車は気絶している李秀をまたぎ、鋼先に拐を振り下ろした。


「くっ」


 鋼先が、身体を硬直させる。


 だが、拐は空振りだった。


「ふむ」


 南宮車は、李秀に蹴られた右目をさすっている。


 まぶたが切れて、出血で目がふさがっていた。


「距離感がおかしいな。まあ、たいしたことではない」


 南宮車は、もう一度打とうと振りかぶる。鋼先が剣を構えると、南宮車は拐で打たずに強烈な前蹴りを叩き込んだ。鋼先はまともに腹部を蹴られ、吹っ飛ばされてしまった。


「ぐ、ぐうう……」


 鋼先は、胃液と血を吐いた。目眩めまいがし、立つ力も出ない。


「み、みんな、やられたのか」


 かぼそい声で聞いたが、返事は無い。


 南宮車が感情の無い顔で言った。


総輪そうりんはお前を殺さぬと言っていたが、ここまで惰弱だじゃくでは、失望するだろう。賀鋼先、ここで死んで、てんかいせいを置いていけ」


 そして拐の先端を抜く。太い針が仕込まれていた。


「猛毒がってある。まずはお前からだ」


 南宮車は、鋼先のもも容赦ようしゃなく針を突き刺した。


「はうっ」


 鋼先は大きく身体を震わせた。みるみるうちに、血の気が引いていく。


「念のためだ、頭をくだくか」


 そう言って、南宮車は拐を振り上げた。鋼先はもう、腕も上げられない。


 そのとき、南宮車の後ろから声がした。


「あのう、南宮太守なんぐうたいしゅ、何をなさっているのですか」


 南宮車が驚いて振り向くと、自分の部屋にいるはずの胡湖ここが立っていた。


「あ、ああ。ちょっとな」


 南宮車は鋼先を隠そうと立ち塞がったが、胡湖はすぐに気付いて鋼先に駆け寄る。


「まあ、いらしていたのですね。どうしてこんな傷を……。とにかく出ましょう。このろうに、暴漢ぼうかんが押し入ったと聞きました」


 胡湖は小さな背に鋼先を背負う。南宮車は顔を曇らせてひとりごちた。


「毒針は刺した、じきに死ぬ。部屋を出るくらいは構わぬ」


 胡湖は鋼先を背負って迷路を歩いて行く。小さい背に揺られながら、鋼先は後悔した。


(さすがに本陣は堅かった。魯乗は無事だろうか)


 胡湖が、扉を開いて言う。


「ここから外に出れば、非常階段ですよ」


 鋼先は胡湖の背から降り、扉の外に出た。


「胡湖、ありがとう。ただ、まだ兄貴たちが」


 鋼先が振り向くと、しかし、胡湖はいない。その代わり、出てきた扉から、カチャリと鍵を閉める音が聞こえた。


 扉の向こうから、胡湖の声がする。


「私のもくどおり、うまく進みました」


「なに」


 鋼先は、意外な言葉を聞いて耳を疑った。


 続きを待っていると、


「早く逃げてください。楼のあちこちに、火を付けてきました」


 とても落ち着いた、はっきりした口調。鋼先は、うろたえて扉にすがる。


「な、なんだって。どういうことだ」


「私は、全部知っていました。鉄車輪のことも、あなたたちが戦っていることも。


 ……そして、私が、地急星ちきゅうせいの生まれ変わりであることも」


「……えっ?」


 鋼先が、驚く。


「私は耳がいいんです。初めて会ったとき、私が魔星であることを話しているのが聞こえてしまいました。びっくりしたけど、聞いていない振りをしていました」


「そうだったのか」


「そして、太守に会えたのにも驚きました。


 ――私の父と母を殺したのは、この男です」


「なに……!」


 鋼先と南宮車が、同時に驚いた。


「楼の間取り図をもらったので、この迷路も把握はあくしています。雷先さんたちは、別の隠し扉から脱出させました。だから、安心して逃げてください。もうすぐ火が回ります」


 鋼先は、胡湖の考えていることに気が付いてあせった。


「なにを言ってるんだ。やめろ胡湖、そいつから離れろ」


「南宮車は、」


 声を強くした胡湖の瞳に、一足早く炎が灯る。


「私が倒します」


 今までにない、りんとした声だった。


「よせ、そいつは強すぎる。俺たちに任せるんだ!」


「いえ、今のあなたたちでは死にます。でも、そんなことはさせない。――私の兄弟たちを、これからもお願いします、お兄様」


「胡湖、おい、胡湖……!」


 つうな叫びを繰り返す内に毒が回り、鋼先は気が遠くなる。


「しっかりしろ、鋼先」


 そのとき、雷先が来て鋼先をかかえ起こした。


 鋼先は我に返り、


「兄貴、こ、胡湖が」


 とだけ言った。


 雷先は頷き、


「ああ、俺たちも胡湖に助けられた。危ないところだった」


「ち、ちち違う、こ、こ、胡湖を」


「おい、れつが回ってないぞ。何か毒にやられたな。早く萍鶴にどくしてもらおう」


 と急いで弟を背負う。


「お、俺より、こ、胡湖を」


 鋼先はなおも訴えたが、とうとう気を失って昏倒こんとうした。

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