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第四十回 黒輪次頭復活




 二人は左右から刀を振り下ろしてくる。李秀りしゅう双戟そうげきを構え、両方をはじき返した。その反動に、山礼汎さんれいはんは少し驚く。


「若いくせに、修練を積んでいるな」


「才能も認めてね」


 李秀は片目をつむって見せ、素速い突きを繰り出す。山礼汎は払い落として間合いを取った。


「これはどうだ!」


 もう一人の孔緒こうしょが、刀のに付いたふさを握り、水車のように振り回して襲いかかる。


「くっ!」


 李秀は危険な軌道を見切り、孔緒のふところに飛び込んで肩で体当たりをした。二人は反動で共に転倒し、すぐに起き上がる。孔緒は今度は刀を逆手に構え、間合いを詰めて斬りかかる。李秀は軽快な歩法で身をかわし、刃から逃れる。


「生意気な」


 山礼汎も駆けつけて加わり、三人はさらに二十合にじゅうごうほど渡り合ったが、李秀はだいに疲れが出て、受けきれなくなる。


 そのとき、百威ひゃくいが飛び込んできて孔緒に襲いかかった。


「うわっ、何をする!」


 百威は孔緒の顔面をつつき、動きを封じる。山礼汎もそっちに注意を取られたので、李秀は窓を破って外に出た。


「逃げた、追うぞ」


 山礼汎はすぐに後を追って窓を出る。孔緒と百威もすぐに続いた。


 李秀は走って逃げるが、うっかり練兵場れんぺいじょうに出てしまった。山礼汎はにやりと笑う。


「孔緒、槍を持ってこい。ここで仕留める」


 孔緒が走り、槍を取って山礼汎にも手渡す。広い場所で長物ながものを得た二人は、勢いよく李秀と百威に挑みかかった。


「小娘といえど、容赦ようしゃはせんぞ。我らの槍を食らえ!」


 二本の槍が、交互に李秀を襲う。李秀は二人の動きを良く見て、げきで振り払い、山礼汎に近づいた。そして、次に繰り出された彼の槍を右の戟で受ける。そのまま戟を逆さに返し、槍を巻き込んで地面に突き刺した。


「なんだと?」


 槍を封じられた山礼汎が驚く。さらに李秀は身をかがめて懐に入り込み、左の戟であしに斬り付ける。山礼汎は、すじたれてどうと倒れた。


「あっ、輪頭りんとう!」


 驚いた孔緒は、百威を捨てて李秀に襲いかかる。李秀は首の動きだけで槍をかわすと、一歩踏み込んで孔緒の手首を斬り付けた。


「うっ」


 思わず槍を取り落とした孔緒に、百威が後ろからくちばしを刺す。ぼんのくぼ(首の後ろにある急所)を突かれて、孔緒は失神しっしんした。


 脚の傷を押さえて苦しんでいる山礼汎に、李秀は戟を突きつけて言う。


「刀は苦手だけど、長物の相手は得意なの。生憎あいにくだったわね」


「くそ、なぜだ」


「あたしの師も軍人で、ほこの使い手だからよ。だから慣れてる」


「そうだったのか。さぞかし名の有る人だろうな。教えてもらいたい」


「自慢したいけど、鉄車輪てつしゃりんには言わない」


 そう言って、李秀は戟でみねちして山礼汎を気絶させる。そして百威に言った。


「何とかやっつけたね。しゅうせいしないといけないから、こうせんたちを呼んできてくれない」


 百威は、意を受けて夕闇ゆうやみを飛び去って行く。




 鋼先たちは、情報を整理してこまかいことを話し合っていた。


どくすいが、ぶんえい南宮車なんぐうしゃは同じ師に学んだと聞いたそうだが、今ひとつに落ちない。前総輪ぜんそうりん蔡鉄越さいてつえつが師だと思うが、こいつは数年前に死んでいる。しかし、呉文榮は『師を倒さねばならない』と言っていた。死んだことを知らないってことかな」


「それか、呉文榮には複数ふくすうの師がいるか、どちらかね」


 鋼先の疑問にへいかくうなずいていると、らいせんが窓の外に気付いた。


「おい、百威だぞ。李秀はどうした?」


 単独たんどくで帰ってきた百威に、鋼先たちは驚く。急須きゅうすに入って休んだままの魯乗ろじょうは、眠っていて反応がない。百威は、鋼先たちが広げていたうんしゅうの地図を見て、練兵場のところをくちばしで示す。


 萍鶴が言った。


「ここで、李秀に何かあったのね」


 鋼先が、身支度を始める。


「そうらしいな。だが百威は落ち着いているし、吉報きっぽうのようだ。兄貴、萍鶴、行こう。百威はここに残って、魯乗を守ってくれ」


 百威はキッと鳴いて、急須のそばに寄る。鋼先たちはすぐに出発した。


 外はもう夜になっている。


 夜になると城門は閉まり、街への行き来ができなくなる。鋼先たちは番兵のいないところまで移動した。


「ここらでいい。城壁に縄を掛けよう」


 鋼先がそう言うと、萍鶴が首を振って


「それだと時間がかかるわ。跳び越えましょう」


 そう言うと同時に、鋼先の靴に飛墨を打つ。「跳」の文字が現れた。


「なるほど、うまい手だ」


 鋼先はニヤリと笑うと、二、三度軽く跳ねてから、放たれた矢のように城壁を跳び越えて行く。


 それを見ていた雷先が、ワクワクした顔で自分を指さしたので、萍鶴はほほ笑みながら飛墨した。




 城内への侵入には成功したが、練兵場へはかなり遠ざかっている。


 鋼先が、地図を見ながら言った。


「この辺りはひょっとして……やっぱり、まずいな」


「どうした、鋼先」


「あの大きな倉庫。きゅうがいが言っていたが、あれは表向きは州の倉庫だが、実は青輪せいりんみつようのものだ。見張みはりに気をつけて通過しないと」


 そのとき、萍鶴が指さした。


「鋼先、あれ」


 灯りも持たずに、近づいてくる人影ひとかげがある。鋼先たちががまえると、その人物が声を発した。


「お前は、こうせん。――よくもきゅうがい副総ふくそうをやってくれたな」


 暗がりに浮かぶほそおもての顔が、悔しげにゆがむ。


えんびゅう!」


 鋼先たちは驚いたが、しかし閻謬は武器も取らずに言う。


「殺してやりたいが、今は任務中だ。魔星のいた荷を護っているのでな」


「なんだって?」


 そのとき、閻謬の後方から、黒い馬に乗った女性が声を掛けた。


「閻謬、もう時間がない。次の手順に」


 それを聞いた閻謬は、ため息をつく。


「承知しました、せいりんとう。……仕方ない、荷は隠しておけ。移動するぞ」


 部下たちにそう声を掛けると、全員で風のように走り去った。


「魔星の憑いた荷、と言っていたな」


 雷先が思い出して言う。


「閻謬が忙しいようで、良かったぜ。その荷は気になるが、李秀が先だ」


 しかし、少し進むと、道の真ん中に大きなばこが置かれていた。


「鋼先、何だ、あれ」


「閻謬の言っていたものか。大きすぎて隠す場所もなかったのかな」


 三人は近付き、朔月鏡さくげつきょうを向けてみた。ゆうせい、と名前が浮かぶ。


「放っては行けないな。収星しちまおう」


 鋼先はそう言ってついけんを木箱に刺す。すぐに地幽星が出てきたが、やはり何も知らないようすだったので、そのまま収星した。


 雷先が訊く。


「箱の中を見るか?」


「収星はしたから、やめておこう。関わらない方がいい」


 そして三人が行こうとしたとき、バキバキッと音がして、木箱のふたが吹っ飛んだ。


「何が起きたんだ?」


「中に、何かいるわ」


 三人はものを取って身構える。すると、箱の中からゆっくりと、巨漢きょかんの男が起き上がって来る。


「どうなってるんだ?」


 三人が同時に言うと、男は鼻をひくつかせて、くるりと三人を見た。顔には生気が無く、しろき、口には牙が生えている。


 賀兄弟がきょうだいが、顔を見合わせて頷いた。


「兄貴、これは」


「間違いないな。僵尸きょうしだ」


「僵尸?」


 首をかしげる萍鶴に、雷先が説明する。


「人間の死体がよみがえった化け物だ。人を捕まえて、生き血をすする。腕力がとてつもなく強いぞ、気を付けろ。退魔術たいまじゅつが使える道士なら、退治できる」


「あなたたちは?」


「使えるわけないだろ!」


 兄弟が、苦笑して叫ぶ。僵尸キョンシーは箱から飛び出し、奇妙な動きをした。姿勢をまっすぐ正し、爪の長い両手を突き出す。そして、歩くのではなく両足を揃えて跳ね回った。


 やがて鋼先たちの吐息をぎ付けると、両手を突き出して襲いかかってきた。三人はうまく躱したが、鋭い爪によって、地面が大きくえぐれている。


 雷先が指示を出した。


「まとまらずに、ぐるぐる動け。僵尸には考える頭はなく、匂いで追ってくる。撹乱かくらんしながら仕留めるぞ」


「逃げてはいけないの?」


 雷先が首を振る。


「こいつらは、人の血を吸うんだ。吸われた人も僵尸になってしまう。封じの護符ごふるか、火で燃やしてしまわないと止められない」


「分かったわ」


 萍鶴が筆を一振りし、「燃焼」と現す。たんに僵尸の体に発火し、ぼうぼうと炎の柱が立った。


「やった」


 喜ぶ三人だったが、しかしすぐに火が消えてしまい、僵尸はまた鼻をひくつかせる。よく見ると、燃えたのは僵尸の服だけで、その下には、身体をすっぽりおおうような、鎖帷子くさりかたびらを着込んでいる。


 鋼先が、首をひねった。


「どうもおかしいぜ。この僵尸、準備が良すぎる」


 そのとき萍鶴が、飛んだ木箱の蓋から封書を見つけて開いた。


「これ、見て。妙なことが書いてある」


 兄弟がのぞき込んでみると、この死者の正体が記されていた。


――蔡鉄越さいてつえつ、及び南宮輪なんぐうりんとうさい、魔星のように害され、死して僵尸と化す。唐流嶬新総輪とうりゅうぎしんそうりんの命により、この両名をこくりんとうとして危急ききゅうに備える。へいは地幽星の憑いたひつぎにて封印し、その力をしずめるなり――青輪頭 祝月下しゅくげっか しるす


 読み終えて、三人は真っ青な顔を寄せる。


「なんてこった。あの魔星は封印だったのか」


「閻謬たちに一杯いっぱい食わされたな、鋼先」


「ねえ、夫妻って、ひょっとして」


 萍鶴が箱を指さす。呼ばれたかのように、中からもう一体、細身の女性の僵尸が現れる。


「これで分かったぜ。呉文榮は、この僵尸を倒したかったんだ。だから魔星を取り込んで力をたくわえていたのか」


 鋼先が得心とくしんして言った。


 夫婦の僵尸が、爪と牙をきだして襲いかかる。その動きは速く、三人は躱すのが精一杯になった。

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