「やはり待ち伏せていたか、
鋼先が言うと、
「
閻謬は両手に
「え、閻謬ぅぅ……」
皆が目をやると、軍人姿の男が震えながら歩いてくる。
「どうした、
閻謬がいぶかって訊くと、その後ろから
「ち。やられたのか、
閻謬が吐き捨てるように言う。しかし山礼汎は、引きつった微笑を見せた。
「閻謬、お、俺に構わず、こいつらを殺せ。お前ならやれるだろう。
すると閻謬は目を閉じ、
「わかった、山礼汎、感謝する。どうせこいつらは人殺しなどできぬ、
「そ、そうだな、さすがは
膝がガクガクして来た山礼汎を見て、李秀が親切心で言う。
「ねえ閻謬、
「どっちでもいい」
閻謬は鼻であしらい、片手を上げて部下に合図した。しかし包囲が完成したとき、李秀が大声を上げる。
「
まだ寝るには早い時間である。すぐに
「おのれ、李秀」
李秀は
「兵士たちは、上司が
「仕方ない。
閻謬が部下に合図を出すと、
「あきらめないで、まだ好機はあるわ。私も残る」
そう言って馬を走らせて行く。閻謬も頷き、部下と共に走り去った。
李秀は山礼汎を連れて
一人の男が倒れている。鋼先が指さした。
「こいつは?」
「
鋼先は
「何か心配なの、鋼先?」
「ああ。たとえ収星しても、こいつらは鉄車輪の仕事を続けるだろうと思ってな。赤輪は
それを聞いて、山礼汎が笑う。
「閻謬の言う通りだな。お前らに人は殺せまい。
「それが普通じゃないか。お前たちが人殺しだからって、真似などしない。本当は今すぐ帰って寝たいんだ」
すると、鋼先がぽんと手を打った。
「そうか、兄貴、良いことを言った。おい山礼汎、お前たち、出身はどこだ」
「急に何を。……俺も
鋼先はにやりと笑い、萍鶴に耳打ちする。萍鶴は頷いて、山礼汎の服をめくって
「孔緒、河南に帰ろう。今すぐ。馬を出すんだ」
目を覚まし不思議がっている孔緒にも、萍鶴は飛墨を打つ。二人は手を取って泣き、馬小屋に向かって走って行った。
それを見送りながら、鋼先が胸を
「うまく行ったな。今日はたくさん収星できたが、さすがに疲れた。
そう言って歩き出したとき、突然、一人の若い兵士が現れた。
「お、おい!」
鋼先が顔をしかめる。
「しまった、見られたか。逃げるぞ」
一同が身を
「その筆は
「えっ?」
輝影の名が出て、鋼先たちは驚いて立ち止まった。
兵士は、萍鶴をじっと見て言う。
「ああ、あれから少し痩せたようだな。無理もない」
「え……、私?」
萍鶴が、周りを見回しながら、心細く言う。鋼先が、雷先と李秀を手で制しながら頷いた。
「ああ、そうらしい。まあ落ち着くんだ」そう言って、兵士に声を掛ける。
「なあ、俺たちは、
「
「そうだったのか。実は彼女は事情があって、記憶を失っている。もし何か知っているなら、ゆっくり聞かせてくれないか」
「なに、忘れているのか?」
兵士は、黙ってひとすじの涙を流し、頷いた。
◇
兵士を連れて宿に戻ると、魯乗が回復し、いつもの姿に戻っていた。皆は兵士を囲むように座ったが、彼は手を広げて制する。
「話すのは構わない。だが、本当にいいのか。特に、彼女は」
兵士は萍鶴を見ていた。見られて、萍鶴は目を伏せる。兵士は、悲しい顔になった。
「記憶を失った、と言ったな。俺にはその理由が分かる。だから君だけは、聞かないほうがいい」
しかし萍鶴は、首を振る。
「……いえ、聞くわ。私は輝影を捨てられなかった。それは、私に起きたことを、いつかは受け入れる必要があるからだと思うの」
「そうか」
兵士は頷き、
「では話そう。その前に断っておく。あの事件は、すべて終わっている。お前が思い出しても、もう危険はない。だから大丈夫だ」
「はい」
萍鶴が無表情に答える。兵士は、また涙を流した。
「本当に、お前は変わってしまったんだね。……いや、すまない。では話すよ。長くなる」
しかしそのとき、兵士の身体が強く輝いて、一人の
兵士が、驚いて言った。
「どうした、
天捷星は兵士にほほ笑みかけた後、
「
と礼をする。
鋼先が頷いて言った。
「俺たちは、彼女の所持品から、会稽の
兵士は、感心した顔をして
「当たっている。確かに彼女は王羲之の子孫で、本名は
今度は収星陣がおお、と声を上げた。李秀と魯乗が、顔を寄せ合ってほほ笑む。
「やっぱり
「負けた。鶴雪の方が
「おい、ちゃんと聞け」
雷先が
そして兵士の話が始まった。