夜が明けたところで、雷先はぼそりとつぶやく。
「萍鶴の過去も、つらい事だったんだな。やはり魔星との
そのとき、近くの
「誰だ」
雷先が棒を構えると、
「暗の星に遇うと、どうなるんだ?」
「
しかし閻謬はかすかに笑い、繰り返す。
「どうなるんだ?」
「……俺は死ぬ、と予言されたんだよ。だがもういいんだ。
余裕の笑みを見せる雷先だったが、閻謬は大きな口を開けてからからと笑い返す。
「ははは、だったら関係あるぜ。やっぱり死ぬよ、お前。ははは!」
「どういう意味だ?」
「
「なんだと」
雷先は青ざめる。閻謬は両手に
「お前たちのおかげで、こちらは大混乱だ。お前の因縁などどうでもいいが、落とし前は付ける」
閻謬は短叉で突きかかってきた。雷先は棒で受け流すが、左右に繰り出される突きは速く、だんだんと追い詰められる。
「くそっ」
雷先は大きく棒を振り、閻謬を近づけないようにした。何度も振りながら距離を取る。しかし閻謬は薄く笑った。
「かかったな
突然、閻謬が
「うわっ」
雷先はかろうじて矢をかわし、近くの藪に飛び込もうとする。しかし、その藪から数人の
「配下を連れてきていたのか」
「当然だ。仲間は呼ばせん。お前だけでも確実に仕留める」
閻謬の目は
「うおっ……!」
雷先は
「
弾弓とは、矢の代わりに
閻謬も満足げに笑い、そして、胸と口から大量に血を流している雷先の脈に触れた。
「もう死ぬぞ。だが、念を入れるか」
そう言って短叉を振り上げた。
「やめなさい! 雷先、しっかりして!」
突然、声が響く。閻謬ははっと振り向き、声の方を見る。美しい衣装の女性が走って来た。さらにもう一人の女性が現れて、剣を抜いて
「ちっ。初めて見る奴だ。
閻謬は配下に指示し、藪に飛び込んだ。女性は雷先に駆け寄り、血まみれの身体を抱え起こす。
「雷先、目を開けて! 死んじゃだめ!」
「ああ、
さらに何かを言おうとするが、かすれて声にならない。
「ああ……雷先!」
六合は大粒の涙を流し、動かなくなった雷先に、そっと口づけをした。
◇
女神たちは、動かなくなった雷先を宿へ運びこんだ。
しばらくして、
「閻謬っ!」
ものすごい
「閻謬、よくも兄貴を殺したな! 出てこい!」
叫びながら暴れる鋼先を、
「鋼先、落ち着いてよ」
「うるさい放せ! ぐああああっ!」
「仕方ないわ、今はこれで」
萍鶴はそう言って
二人が鋼先を抱え上げたとき、茂みから閻謬が現れた。
「よし、残りも
閻謬は手で合図する。黒輪員が次々と現れ、李秀たちを囲んだ。
「いけない。鋼先、起きて」
萍鶴が鋼先の頬を
「しまった」
李秀が
「
そう言って閻謬は鋼先を
閻謬が走っていると、目の前に
「ふん。念力など、驚くものか。お前も殺してやる」
閻謬が鋼先を降ろして、
「お前は、賀雷先……? そうか、幻影で驚かせるつもりか」
閻謬は大きく跳躍した。短叉を魯乗に目がけて突き込む。
しかし、それより早く、閻謬の
「馬鹿な……、幻では、ないのか」
うめき声とともに、閻謬は地面に落ちる。雷先が、棒の構えを
「鋼先、今だ。
「よしきた」
鋼先が、がばりと跳ね起きた。そして
「くそ、まだだ」
閻謬は
「残念。幻影なのは、わしの方じゃ」
「ぐあああっ!」
閻謬は、両方の肩を押さえてのたうち回る。
「両肩の関節を壊した。もう武器は使えない。
雷先は、打ちすぎて痺れた腕をさすりながら言った。
「やれやれ、苦労したぜ」
鋼先が、閻謬の
閻謬が、霞みげな
「賀雷先、あのとき確かに殺したはず。なぜ生きている?」
「知り合いが、いい薬を持っていたんだ。おかげでうまく芝居ができた。お前は強すぎるからな、これくらいはさせてもらう」
雷先が
閻謬は、
「くっ、殺せ。
鋼先はにらみ返し、
「嫌だね、お前たちとは違う。せっかくだから、短時間でこれだけの
そして、
動けなくなった閻謬を返すと、黒輪は風のように去っていった。
――一連の騒動がようやく終わり、鋼先は大きくため息をつく。
「もう終わったよな? 今日は忙しすぎたぞ。とにかく寝る!」
バタリと倒れた鋼先を、雷先たちは笑って抱え上げた。
◇
話は戻る。
雷先が閻謬に襲われたとき、ちょうど天界から女神たちがふわふわと降りてきていた。閻謬が自ら天暗星を名乗ったので、彼女たちは動転する。
六合慧女が、真っ青になって言った。
「
「し、しかし、
「だって、あのままでは!」
つかみかかりそうな
「では、雷先にならば、お許しを!」
そして、雷先に狙いを付けて弓を引き
「姉さん、何をするの?」
「荒っぽいけれど、こうしないと間に合わない。大丈夫、
「姉さん!」
「急いで、六合。気付かれないように、雷先に薬水を飲ませなさい。早く」
九天は小さな
「やめなさい! 雷先、しっかりして!」
◇
宿に
「一時はどうなるかと思いましたが、良かったですね。鋼先の身体を治したときの薬水が役に立ちました。
そうは言っているが、そもそもは、
「兄貴を一度死なせて、閻謬の
「こら鋼先、
鋼先の
萍鶴が鋼先に訊く。
「閻謬を帰してしまったけど、
鋼先は
「聞き出せば、また奴らの警戒が強くなる。追い詰めすぎるのは危険だからな」
と理由を述べた。
その後、胡湖のことを説明するよう言われたので、魯乗が話をする。鋼先は何気なしに朔月鏡をいじっていたが、ふと妙なことに気づいた。しかし口に出すことはためらう。
やがて、女神たちが帰る段になった。
雷先が、六合を見て言う。
「おかげで暗の星の予言も消えたし、感謝しています。この御礼はいつか必ず。だから、また会いに来てください」
六合は顔を赤らめて、
「ええ、まだ心配だし、同行したいくらいよ。また、必ず来るわ」
二人の様子を見て、鋼先は
女神たちは帰り、収星陣も宿を出た。それから数日、宿を転々としながら
「ちょっと酒を買ってくる」
ある日、そう言って鋼先はぷらりと出ていった。こっそりと朔月鏡を持ち出している。
外にいた
「ちょうどいい、百威も来てくれ。本当は魯乗を連れていきたいが、反対されるからな」
百威はキッと短く鳴くと、鋼先の懐に潜り込む。
鋼先は、甘い菓子を買って箱に詰めてもらうと、歩きながら百威に話す。
「朔月鏡で、偶然に女神さんたちを映したんだ。そしたら、英貞さんには英貞童女、九天さんには九天玄女と名前が出た。まあこれは普通だ」
百威はひょいと顔を出して、鋼先を見る。
「だが、六合さんを映すと、『
やがて
乗り込むと、
「怖がるなって。六合さんよりも、今はこっちだ」
少しして、馬車が停まる。御者が声をかけた。
「着いたよ。