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第四十五回 弾丸とくちづけ




 へいかくに代わって、らいせんが見張りに立っていた。


 夜が明けたところで、雷先はぼそりとつぶやく。


「萍鶴の過去も、つらい事だったんだな。やはり魔星との因縁いんねんは怖ろしい。俺は運が良かった、あんの星にわなくて」


 そのとき、近くのやぶからガサリと音がした。


「誰だ」


 雷先が棒を構えると、細身ほそみ人影ひとかげが現れた。


「暗の星に遇うと、どうなるんだ?」


えんびゅう! ここを突き止めたか。お前には関係ない、帰れ!」


 しかし閻謬はかすかに笑い、繰り返す。


「どうなるんだ?」


「……俺は死ぬ、と予言されたんだよ。だがもういいんだ。地暗星ちあんせいは、とっくにしゅうせいされたからな」


 余裕の笑みを見せる雷先だったが、閻謬は大きな口を開けてからからと笑い返す。


「ははは、だったら関係あるぜ。やっぱり死ぬよ、お前。ははは!」


「どういう意味だ?」


きゅうがいはそこまで言わなかったな。私の魔星は『天暗星てんあんせい』だ」


「なんだと」


 雷先は青ざめる。閻謬は両手に短叉たんさを構えた。


「お前たちのおかげで、こちらは大混乱だ。お前の因縁などどうでもいいが、落とし前は付ける」


 閻謬は短叉で突きかかってきた。雷先は棒で受け流すが、左右に繰り出される突きは速く、だんだんと追い詰められる。


「くそっ」


 雷先は大きく棒を振り、閻謬を近づけないようにした。何度も振りながら距離を取る。しかし閻謬は薄く笑った。


「かかったならいせん。今だ、よ!」


 突然、閻謬がかがむ。その向こうから、無数の矢が飛んできた。


「うわっ」


 雷先はかろうじて矢をかわし、近くの藪に飛び込もうとする。しかし、その藪から数人の黒輪員こくりんいんが現れる。


「配下を連れてきていたのか」


「当然だ。仲間は呼ばせん。お前だけでも確実に仕留める」


 閻謬の目はぞうに燃えていた。雷先がその視線に驚いて、一瞬動きを止めたとき、雷先の背から胸へ、鋭い何かが突き抜けた。


「うおっ……!」


 雷先は射抜いぬかれて、どうと倒れた。閻謬の足元に、小石のような鉄球が転がってくる。


だんきゅうか。誰かな、今日の手柄は」


 弾弓とは、矢の代わりにすももの種くらいの弾丸だんがんを打ち出す弓である。閻謬は配下を見渡した。何名かの弾弓使いが、自分のが当たったのだと言いたげに弓を掲げている。


 閻謬も満足げに笑い、そして、胸と口から大量に血を流している雷先の脈に触れた。


「もう死ぬぞ。だが、念を入れるか」


 そう言って短叉を振り上げた。


「やめなさい! 雷先、しっかりして!」


 突然、声が響く。閻謬ははっと振り向き、声の方を見る。美しい衣装の女性が走って来た。さらにもう一人の女性が現れて、剣を抜いてかくしている。


「ちっ。初めて見る奴だ。いったんれ!」


 閻謬は配下に指示し、藪に飛び込んだ。女性は雷先に駆け寄り、血まみれの身体を抱え起こす。


「雷先、目を開けて! 死んじゃだめ!」


 六合慧女りくごうけいじょは、涙を浮かべて叫んだ。雷先はうっすらと目を開く。


「ああ、六合りくごう……さん。俺、やら、れ、ちまっ、た……」


 さらに何かを言おうとするが、かすれて声にならない。


「ああ……雷先!」


 六合は大粒の涙を流し、動かなくなった雷先に、そっと口づけをした。




 ◇




 女神たちは、動かなくなった雷先を宿へ運びこんだ。


 しばらくして、こうせんが部屋を飛び出す。


「閻謬っ!」


 ものすごいぎょうそうで、ついけんを振り回した。


「閻謬、よくも兄貴を殺したな! 出てこい!」


 叫びながら暴れる鋼先を、李秀りしゅうと萍鶴がおさえる。


「鋼先、落ち着いてよ」


「うるさい放せ! ぐああああっ!」


「仕方ないわ、今はこれで」


 萍鶴はそう言ってぼくを打った。鋼先は制止し、倒れる。


 二人が鋼先を抱え上げたとき、茂みから閻謬が現れた。


「よし、残りも殲滅せんめつする。かかれ」


 閻謬は手で合図する。黒輪員が次々と現れ、李秀たちを囲んだ。


「いけない。鋼先、起きて」


 萍鶴が鋼先の頬をぬぐおうとしたが、黒輪に突撃されて鋼先を奪われてしまう。黒輪は鋼先をリレーして運び、最後に閻謬に渡った。


「しまった」


 李秀が歯噛はがみする。閻謬は笑った。


こうせん総輪そうりんけんじょうする。ほかは殺せ」


 そう言って閻謬は鋼先をかついで駆け出す。黒輪は李秀と萍鶴にせまり、攻撃を始めた。


 閻謬が走っていると、目の前に魯乗ろじょうが立っていた。掲げている両手の前で、長い金色の鎖が空中に浮き、大蛇のようにうねっている。


「ふん。念力など、驚くものか。お前も殺してやる」


 閻謬が鋼先を降ろして、たんを手にする。すると、魯乗の後ろから棒を持った人影ひとかげが現れた。閻謬は目をみはる。


「お前は、賀雷先……? そうか、幻影で驚かせるつもりか」


 閻謬は大きく跳躍した。短叉を魯乗に目がけて突き込む。


 しかし、それより早く、閻謬の鳩尾みぞおちに、雷先の棒が命中した。


「馬鹿な……、幻では、ないのか」


 うめき声とともに、閻謬は地面に落ちる。雷先が、棒の構えをかずに言った。


「鋼先、今だ。しゅうせいしろ」


「よしきた」


 鋼先が、がばりと跳ね起きた。そしてほおの「健康」という文字を拭う。


「くそ、まだだ」


 閻謬はいずって移動し、魯乗を捕まえて短叉を突きつける。しかし、その魯乗がふっと消えた。


「残念。幻影なのは、わしの方じゃ」


 こずえの上から、魯乗が見下ろしている。次の瞬間、雷先の棒が、閻謬を連打した。


「ぐあああっ!」


 閻謬は、両方の肩を押さえてのたうち回る。


「両肩の関節を壊した。もう武器は使えない。観念かんねんしろ」


 雷先は、打ちすぎて痺れた腕をさすりながら言った。


「やれやれ、苦労したぜ」


 鋼先が、閻謬のももに追魔剣を刺す。閻謬の身体から、天暗星が抜け出てきた。


 閻謬が、霞みげなまなしで問う。


「賀雷先、あのとき確かに殺したはず。なぜ生きている?」


「知り合いが、いい薬を持っていたんだ。おかげでうまく芝居ができた。お前は強すぎるからな、これくらいはさせてもらう」


 雷先が忌忌いまいましく言う。


 閻謬は、賀兄弟がきょうだいをにらんで言った。


「くっ、殺せ。はじはさらしたくない」


 鋼先はにらみ返し、


「嫌だね、お前たちとは違う。せっかくだから、短時間でこれだけのさくを練ったことを、唐流嶬とうりゅうぎにも聞かせてやってくれ」


 そして、朔月鏡さくげつきょうで天暗星を収星した。




 動けなくなった閻謬を返すと、黒輪は風のように去っていった。


――一連の騒動がようやく終わり、鋼先は大きくため息をつく。


「もう終わったよな? 今日は忙しすぎたぞ。とにかく寝る!」


 バタリと倒れた鋼先を、雷先たちは笑って抱え上げた。




 ◇




 話は戻る。


 雷先が閻謬に襲われたとき、ちょうど天界から女神たちがふわふわと降りてきていた。閻謬が自ら天暗星を名乗ったので、彼女たちは動転する。


 六合慧女が、真っ青になって言った。


英貞童女えいていどうじょ様、私、あのものを討ちます!」


 英貞えいていは慌てて、


「し、しかし、人界じんかいかんしょうしては……」


「だって、あのままでは!」


 つかみかかりそうな六合りくごうを見て、九天玄女きゅうてんげんじょふところから宝玉を散りばめた壮麗そうれいな弾弓を取り出す。


「では、雷先にならば、お許しを!」


 そして、雷先に狙いを付けて弓を引きしぼる。


「姉さん、何をするの?」


「荒っぽいけれど、こうしないと間に合わない。大丈夫、薬水やくすいがあるから」


 きゅうてんは弓を放った。弾丸だんがんが鋭く飛び、雷先の胸を撃ち抜く。


「姉さん!」


「急いで、六合。気付かれないように、雷先に薬水を飲ませなさい。早く」


 九天は小さなびんを投げて渡す。六合は、受け取りながら急降下きゅうこうかした。


「やめなさい! 雷先、しっかりして!」




 ◇




 宿に間借まがりした大部屋のおくで、三人の女神が待っていた。


 収星陣しゅうせいじんは、閻謬を収星したことを報告する。英貞童女が、安心してほほ笑んだ。


「一時はどうなるかと思いましたが、良かったですね。鋼先の身体を治したときの薬水が役に立ちました。魂魄こんぱくが抜ける前に、雷先の怪我けがいやせましたから」


 そうは言っているが、そもそもは、胡湖ここの保護について相談するために来たのである。しかし、やはり天界人の行動は緩慢かんまんになりやすく、ここまで遅れてしまった。それを聞いたとき、鋼先は内心ないしんつばを吐き捨てたものである。


「兄貴を一度死なせて、閻謬のさっくじく。いい手を思いつくもんだ、さすがに女神様は命の重さに関心が薄くていらっしゃるな」


「こら鋼先、ひかえぬか」


 鋼先の毒舌どくぜつを、さすがに魯乗がたしなめる。三人の女神は、うつむいてしまった。


 萍鶴が鋼先に訊く。


「閻謬を帰してしまったけど、尋問じんもんしなかったわね。どうして?」


 鋼先はうなずき、


「聞き出せば、また奴らの警戒が強くなる。追い詰めすぎるのは危険だからな」


 と理由を述べた。


 その後、胡湖のことを説明するよう言われたので、魯乗が話をする。鋼先は何気なしに朔月鏡をいじっていたが、ふと妙なことに気づいた。しかし口に出すことはためらう。


 やがて、女神たちが帰る段になった。


 雷先が、六合を見て言う。


「おかげで暗の星の予言も消えたし、感謝しています。この御礼はいつか必ず。だから、また会いに来てください」


 六合は顔を赤らめて、


「ええ、まだ心配だし、同行したいくらいよ。また、必ず来るわ」


 二人の様子を見て、鋼先はかくれて苦笑した。




 女神たちは帰り、収星陣も宿を出た。それから数日、宿を転々としながら鉄車輪てつしゃりんを警戒する。


「ちょっと酒を買ってくる」


 ある日、そう言って鋼先はぷらりと出ていった。こっそりと朔月鏡を持ち出している。


 外にいた百威ひゃくいが、鋼先の近くへ飛んできた。鋼先は頷いて言う。


「ちょうどいい、百威も来てくれ。本当は魯乗を連れていきたいが、反対されるからな」


 百威はキッと短く鳴くと、鋼先の懐に潜り込む。


 鋼先は、甘い菓子を買って箱に詰めてもらうと、歩きながら百威に話す。


「朔月鏡で、偶然に女神さんたちを映したんだ。そしたら、英貞さんには英貞童女、九天さんには九天玄女と名前が出た。まあこれは普通だ」


 百威はひょいと顔を出して、鋼先を見る。


「だが、六合さんを映すと、『西せいおう』と出た。これはどういうことなのかと思ってな。ただの間違いなら構わないが、迂闊うかつに訊くのもまずい」


 やがて駅亭えきていにたどり着き、鋼先は馬車を頼んだ。


 乗り込むと、御者ぎょしゃが目的地を聞いてくる。鋼先がそれに答えると、懐で百威がびくっと震えた。


「怖がるなって。六合さんよりも、今はこっちだ」


 少しして、馬車が停まる。御者が声をかけた。


「着いたよ。月光楼げっこうろうだ」

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