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25 腑に落ちないのは対応の差

  ※


 エーファの親戚とカサンドラ准士官に手紙を出してから早いこと一ヶ月以上。依然として親戚から返信が来ないものの、カサンドラ准士官からの返信があった。


 便箋は三枚。文頭に「返信が遅れてすまない」と綺麗な書体で綴られている。


 何やら多忙だったようで返信が遅れたそうだ。またテオファネスが健常に過ごしている事においては「喜ばしい」と、これもまた簡略的に綴られていた。そして、エーファの兄の件……これについて明確な情報が長々と綴られていた。



 ────返信が遅れた理由だが、君には大きな恩があるので力になろうと思った。

 以前より交友関係にあるベルシュタイン軍の技術者に探って貰ったが、残念ながらテオドール・チェルハは開戦初年のシュタール西部戦線で死去している事が判明した。

 死亡年齢は十八歳。兵士階級は最下層、二等兵という事もあって現地の土の中に眠っただろうが、恐らく認識票の一つは親族の元に返されただろう。もう一つはもしかしたらベルシュタイン軍の遺品回収班がまだ保管しているかもしれないがと……。




 生成り色の洗濯物の群れがヒラヒラと靡く午後の中庭で、囲んで手紙を見ていたアルマとゲルダとアデリナは、沈痛な面を浮かべ各々深く重たい息を吐き出した。


「流石にこの件は、未だあの子に話さない方が良いかも……」


 吐息混じりに切り出したゲルダにアルマとアデリナは同時に頷いた。

 きっと、伝えてしまえば今以上に塞ぎ込んでもおかしくないと思えたからだ。


 親戚から手紙の返事が来ない理由は間違いなくこれが一因しているだろうと容易く想像出来る。

 院長の話によれば親戚に引き取られたのは兄のみ。荷物に思って孤児院に入れられた時点で親戚はエーファに対し、無干渉でいようと踏んだのだと憶測出来る。


 ……それでも、血の繋がった兄の死は伝えても良かろうに。流石にこんなのは惨いだろう。

 アルマは眉をひそめたままカサンドラからの手紙を折り畳み封筒に入れ直した。


「二人とも付き添ってくれてありがとう」


 礼を言えば、二人は同時に首を横に振る。


「気にしないで。何でも一人で抱え込むなって言ったのは私たちよ。それより、当のエーファを最近時々見ない気がするけど……」


 心配そうに言うアデリナにアルマは「ああ……」とため息交じりに切り出した。


「テオの部屋に居るんじゃないの。何だか、最近空き時間ができると入り浸ってるみたい。〝内緒にして欲しい〟とか言ってるみたいだけどさ……バレバレというか、本当に分かりやすいというか……」


 アルマは目を細めて言えば、アデリナとゲルダは目をしばたたき「どういう事」と、訝しげにく。


「エーファがテオに泣き付いたあの件よりちょっと後になるかな。何だかテオの様子がおかしかったの。部屋に薬箱を出しっ放し。ガーゼもクシャクシャで何があったかいたら……」


 ──やたらと変な隠し方をされた。それなのに何か言いたげだった。その後の態度も不自然で、それに苛立ち脅し半分でテオファネスを揺すれば『泥だらけのエーファが数日前に部屋に来た』とやっと吐露した。

 それをアルマが淡々と告げれば、二人は目を瞠って顔を見合わせる。


「え、ちょっと待ってエーファが怪我してたって……」


 直接目で見たからこそ、アデリナは直ぐに勘付いたのだろう。


「うん。アデリナも一緒に居たから見たでしょ? エーファって前にレオンとロルフに暴力を振るわれそうになっていたじゃない? その話、私テオにもしてるのよ。だからテオは何か言いたげだった。でもエーファは部屋に来た事を、私には内緒にして欲しいって言ったらしいの。だから隠したかったみたいでね」


 彼に隠し事をされたのが妙に苛立った。

 思い出すと尚更苛々してきた。しかし今はその話じゃ無い。

 やれやれといった調子でアルマは首を振りつつ仕切り直す。


「……前回の件もあるし、エーファの怪我も気になるから問題児二人には常に目を付けてたの。だからみんなにも軽く、〝あの双子をなるべく見ていて〟って言ったの」

「そうだったのね……でも別に怪しい事もなさげで。なんかいつも通りだったわよね」


 アデリナの言葉にアルマは深く頷いた。


「そう、双子は意地悪は言っても暴力は振るっていない。だからエーファが一人で転んで怪我したのかなって」


 結論を言うと、二人は納得したのかほっとした表情になる。


「だけど、エーファがテオファネスさんの所に来ている……って。お兄さんと間違われてエーファに泣き付かれたり負荷になってないの?」


「その件もね、人違いだってエーファ本人もすぐに理解していたみたいで謝っていたってテオが言ってた。だから、お兄さんと勘違いしてるとか、そういう面倒な事は無いみたい。それに、エーファが勝手にテオの所に行ったとしても私は構わないし咎める気も無いよ」


 何せエーファは、掃除に洗濯、馬鈴薯の皮むきなどやれる事はしっかりとやっている。空き時間の使い方なんていちいち文句も言えやしない。


 なにせ当人のテオファネスが快諾しているのだから何も言えやしないのだ。その答えに二人は「なるほど」と同時に相槌を打つ。


「だけど……一番腑に落ちないのが、あの子ってテオの前だとよく喋るらしいのよね」


 ──本当にみんなの前で喋らないのか。と彼にかれた程。

 そう付け添えてアルマが息をつくと、二人も驚いたようで目を丸くした。


「お兄さんに似てる安心感もあるのかエーファはテオに心を開いているみたい。だけど、私……それが腹立つの。もっと長く関わりのある私たちとは喋る気も無いの? って問い詰めたいくらい」


 しかし、そんな事をしたら尚更喋ってくれないのは目に見えて分かる。アルマが眉を寄せると、ゲルダは「まぁまぁ」と、宥めるように言った。


「もう私たちはエーファはって分かってるじゃない。でも話すようになったって事は、いつかきっと自発的に私たちに話しかけてくれる日が来るんだって思えるじゃない?」


 聖母のような慈しみ深い笑みを向けてゲルダが言うので、アルマは更に目を細める。眩しい。否、自分がこんな思いを抱いてしまうのが醜いのか。


「というか、アルマはテオファネスさんを取られたのが腑に落ちないんじゃ……」


 おちょくるようにアデリナに言われたので、アルマは今度はジト……。と、目を細めた。


「どうしてそうなるの……」

「どうしてって。務めとは言え毎日会って二人で話してれば友達以上の絆が出来てもおかしくないでしょ? それになんというか……アルマの話を聞いてると、関係性が甘酸っぱいというか青臭いっていうか。それにアルマ、テオファネスさんを完全に尻に敷いてるし」


 アデリナの呆れつつ言った答えに、アルマは更に目を細めた。


「初対面から命を握らされたんだもの。確かに情はあるよ? というか、私が尻に敷いてるとかじゃなくて、テオが気弱なんだと思うけど」


 あんな見てくれに反して照れ性だ。少し事で耳まで真っ赤に染める程。気が動転すると母国語で突然話し始めるなんて事がよくある。そのお陰もあって「ありがとう」「ごめん」「恥ずかしい」「まって」「嘘だろ」と簡単なスピラス語は分かるようになってきた。


「……で、実際どうなの。アルマはテオファネスさんの事、好きじゃないの?」


 今日の天気でも聞くような口調でゲルダは言うが、質問内容はつぶてのようだった。

 瞬く間に胸の中に波紋が広がり、途端に頬の奥にカッと熱が帯びる。やはりこんな質問はムズ痒く不快で堪らない。


「さっきも言ったけど情はあるけど、そういうのは無いよ」


 きっぱり言い放つと、ゲルダは心底つまらなそうな顔をした。


 ──いやいや、リーダーでしょう。規則破りを嬉々として期待するなどおかしいだろう。


 だが、いくらエーデルヴァイスとはいえ、やはり年相応の乙女。恋や愛に憧れるのは当たり前の話か……。

 自分も興味無いと言えば嘘になるが。それでも深々と考えてしまうのが恥ずかしい。

 アルマが僅かに赤らんだ頬を掻くと、二人は顔を見合わせてニタリと笑む。


「でも気にはなるんでしょう……?」


 追い打ちでもかけるようにアデリナは突っかかる。しかし、このペースにはまってしまえば、もっと恥ずかしい気持ちに追いやられる気がした。


 スッと立ち上がったアルマは「洗濯取り込もう?」と話題をらし、そそくさとリネンの波の中に消えていった。

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