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28 それはまるで〝悪魔〟のようだと

 もう既に入浴も済ませた頃合いだろうに、声の元を辿れば中庭の木陰にレオンとロルフの姿があった。そんな二人の足元には白い何かが蹲っている。否、転がっているのが見える。


 それは月明かりでやけに際立って明るく見える。そう、自分達と纏うのと同じ礼装だったのだから。


「……やめて」


 震えた小さな声はあまり聞き馴染みの無い少女の声。

 だが、アルマからしてみれば強烈な印象だったので、それだけで正体が直ぐに分かる。


「……っ! エーファ!」


 叫ぶアルマは二人の合間に駆け込んだ。


「貴方たち、何してるの!」


 アルマはエーファに背を向けて、双子の前に立ちはだかる。


「げ……」と心底嫌そうな声を上げられるが、二人は逃げもせずジッとアルマを見上げて睨み据えた。


 それもその筈だろう。両脇が植木で囲われた入り組んだ場所……その行き止まりだ。後方にはアデリナも控えているので完全に袋の鼠に違いない。


「いくら気に食わないからって、こんなのなんてどうにかしてる」


 ──おかしい。悪い事だと判別出来ないのか。アルマは怒声を上げるが、二人は睨むのを止めず舌打ちを入れる。


「こいつが無視するからだよ! ぶつかっても謝りもしない、話を振っても答えもしない! 嫌がるような事をしたって表情さえ変わらない!」


「気持ちが悪いんだよ。どんなに話しかけても俺たちなんざ眼中に無い。見下されてるみたいだ! 何がエーデルヴァイスだ! 悪魔にでも憑かれてるんじゃないのか!」


 二人はそれぞれ罵声をあげた。しかしその答えを聞いて、アルマは呆れ返ってしまう。


 まさにテオファネスが以前言った通り……気を引きたいが故の暴走だったからだ。


「ねぇ、仲良くしたいとか気を引きたいなら、もっと優しくできないのかしら? 嫌な事をされたら誰だって遠ざかる。最低な気の引き方よ。それくらい分からないのかしら?」


 後方のアデリナは心底呆れた調子で言った。


「そうよ。気持ち悪いなんて言葉は訂正しなさい。そんな事言われたら誰だって傷付くでしょ」


 アルマも呆れて言うが、尚も双子は食い下がらなかった。


「お前らは無視され続ける事を、どう思うんだ! 気分が悪く無いのかよ! こっちは仲良くしたいって思うのに、沢山親切にしようとしたのに、こいつには全部届きもしない! お前らはどう思うんだよ!」


「天使だとかもてはやされてるけどエーデルヴァイスなんて、病気みたいなもんだろ! 人の心に入れるなんて悪魔みたいだ!」


 そう言われて、アルマは思考が止まった。


 子供が言うにしては随分と当を得た発言だ。

 確かにそう思う。自分だってこんな力が欲しかった訳でない。


 二次性徴と同時に発現させ、一定年齢を超えれば綺麗さっぱり消えて無くなる。その力を守る為に修道院に閉じ込めらて、修道女見習いさながらの務めを行う。〝なぜに自分が〟なんていくら考えたって分からない。


 それはきっと神のみぞ知る事に違いなく……。


「そうだね。確かに奇病みたいなものかもしれない」


 アルマはぽつりと言って、双子を交互に見た。


「それでも私たちは人間だよ。親切にして何も言わずに無視されたなんて何度も積み重ねれば嫌な気分なる。放っておこうと思う。だけどね、その人にはきっとそれなりの事情だってあるに違いない。できれば言葉にして欲しいと思うけど、無理強いなんてできないよ。人にはそれぞれのペースがある。踏み込まれて欲しくない事もあるかも知れない」


 戦場に行ってしまった兄の件。それで心を閉ざした件。それらを知ってしまったからこそ、出た答えだった。


「貴方たちの言う事は少し共感は出来る。何も応えないのは苛々する。でも、だからって暴力はダメに決まってる!」


 それをきっぱりと言った途端だった。

「俺らの気持ちなんか分かってねぇ!」とどちらかの叫びが響く。その一拍後、ゴツリと頭に鈍い痛みが走った。


 ひどく目がチカチカした。何が起きたかよく分からなかった。

 鈍痛を感じる額に手を当てると生ぬるい水の感触がする。

 仄かに香る鉄のような匂いから直ぐに血液だと悟り、アルマの顔はたちまち青くなる。


「──アルマっ!」


 背後でアデリナの金切り声が劈いた。

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