患者衣姿に裸足のまま。
彼は嗚咽を溢し、くしゃくしゃな泣き顔でそこにいた。
二十歳。普段は自分より年上な大人な男の人……そうは思うが、その泣き顔はどこかあどけなさもあって、少年の面影も色濃くある。
「……ずるいよ。ひどいよ、俺の心の中に入りたいとか言ってさ。この気持ちだって、アルマにとっては重荷で迷惑なものだから。言わないようにしてたのに。全部知られちゃったじゃん。なんで死ぬ前にそんな事言うんだよ」
──諦めきれなくなる。生きていたくなる。
彼は菫色の瞳から大粒の涙を流し、しゃくりあげるような嗚咽を溢した。
その涙はふわふわと濃紺の空間を漂い、星のように煌めいている。
「ごめんね、テオ。私、貴方に何ができるか分からないけれど……赦しを与えに貴方の心に入ったの。私ね。立場上、禁忌に違いないけど、私もテオは好き。好きだから……」
「それはこっちの台詞。大事な事を言わないでさ、隠し続けて、本当に最低で卑怯よ」
泣きながらも呆れつつ言ってやると、彼は「ごめん」とすぐに詫びを入れた。
そうしてアルマは、目を瞑るようにとテオファネスを諭す。彼は大粒の涙を流しながらも素直に瞼を伏せた。
「……火曜の天使の名のもとに、迷える
その言葉に、テオファネスは泣きながらも頷いた。
「……ただし、肉体を失おうと魂が消えるその時まで、私に二度と嘘を吐かず偽りなき心である事を胸に刻み戒めなさい」
そう呟き、アルマが祈りを捧げた途端だった。
数多の影の手は一瞬にして金の魚群に変わり二人をぐるりと取り囲む。
「……いい、テオ? 何があろうが、必ず守るのよ」
アルマは未だ大粒の涙を流す彼にそう告げて、くるりと
「分かった。守るよ……」
背後でそんな声がした直後──一際眩い光を感じ、アルマは押し出されるように深層から上昇した。普通、帰り道の出口が分からなくなる筈だが、不思議と出口が分かるような気がした。
それは金の魚群が導くようにアルマを誘っているからだろうか。
そうして幾何か……遠くで彼の呼ぶ声が聞こえてくる。
やがてそれは鮮明となり、アルマはぱっと目を開けると、そこは雪明かりの青白い夜。ぞっとするほどの寒さだが、ハタハタと頬に何か熱いものが落ちてきた。
「アルマ、アルマぁ……!」
やがて焦点がはっきりと合い、顔を覗き込む彼が大粒の涙を落としている事が分かった。
足元がやけに冷たく思うのは雪の上に腰をつけているからだろう。それも彼にきつく抱き寄せられており……。
テオファネスの瞳もいつものよう、左右非対称の強膜に戻っている。しかし、いつもと彼が明らかに違った。
黒い筈の強膜の暗度が少し薄まったように思える。今は灰色だ。それに、首筋に絡みつくように見えた金属の浸食が少し引いていた。
心なしか身体の硬さが少なくなっており、アルマは確かめるように彼の左手を触れた。
手は変わらず金属質だ。しかしその範囲は狭まっている。以前は胸の近くまで硬かったが、肩周辺は人同様の肉感がある。
「……よかった。テオ身体は痛くない? 辛くは、ない?」
涙を浮かべてアルマが尋ねると、彼はクシャクシャな泣き顔のまま何度も頷いた。
赦しを与えて気づきを得させる。
とはいえ。ここまでの事ができてしまうなんて、ありえるだろうか。まるで本当に奇跡みたいで……。
「テオは臆病で泣き虫だから兵器なんてやめちゃった方がいいね。私だって、貴方ともっと一緒にいたい」
──私、テオが好きだよ。
と、クスリと笑んで、彼の頬を両手で包み込んだと同時だった。
「アルマありがとう」
涙で震えた声で告げた彼は、泣き濡れた端正な顔を近付けた。
「愛してる」と続けて告げた言葉は、唇を
銀の長い睫が間近に映る。それだけで口付けをされたのだと理解できて、アルマは抗う事もなく、そっと瞼を伏せた。
そんな二人を見るものは氷のような銀の月だけ。
雪原の世界で一つの塊のように重なり合う二人は、何度も何度も角度を変えて口付けを交わし合う。
冷たいが、氷菓のように甘やかに思えてしまう。まるで夢のような心地だとアルマは思うものの、意識は次第に白い波に攫われていった。