「これだわ!」
何だ?
今日も今日とて、俺の家で沙魔美と二人でゴロゴロしている。
俺は漫画を読み、沙魔美は女性週刊誌を読んでいたのだが、急に沙魔美が声を上げた。
またぞろ嫌な予感がするな。
チラッと沙魔美が読んでいるページを盗み見ると、そこには『意中の男子のハートを掴むには、ツンデレを上手く活用すべし!』という見出しが書いてあった。
うわあ。
何かまた面倒くさいことになりそうな予感がする。
沙魔美を見ると、沙魔美は膨れっ面で俺を睨んでいた。
「な、何見てるのよ! 勝手に人の顔、ジロジロ見るんじゃないわよ!」
「あ、ああ、ごめん……」
早速活用しだしやがった。
早くも面倒ゲージがカンストしかけている。
俺はなるべく関わらないように、漫画に目を戻した。
「ちょっと! 何無視してんのよ! こっち見なさいよ!」
「あ、ああ、ごめん……」
帰りてえ~。
いや、帰るも何も、ここが俺の家なのだが。
「まったく、こんなに可愛い幼馴染が横にいて、漫画ばっか読んでるなんて、失礼しちゃうわ」
「あ、ああ、ごめん……」
幼馴染って設定なんだ……。
むしろこれ、ただのサムい寸劇になってないか?
「そ、そうだわ! 今日たまたまお弁当を作り過ぎちゃったから、勿体ないからあなたにあげるわ。か、勘違いしないでよ! べ、別にあなたのために作ったわけじゃないんだからね!」
「あ、ああ、ありがとう……」
沙魔美は弁当箱を手渡してきた。
えっ? もしかしてコレ中身入ってるの?
さっき昼飯食べたばっかだから、お腹空いてないんだけど……。
しかも沙魔美の指を見ると、指が絆創膏だらけになっている。
何、料理苦手なのに頑張りましたアピールしてんだよ!
お前は料理は得意だろ!
まあ、でもコレ、食べないと終わんないやつだよなあ。
仕方ない、さっさと食べて終わらせよう。
俺はため息を吐きながら弁当の蓋を開けた。
「……オオウ」
弁当の中身は、全体的に絶妙に下手に作ってあった。
玉子焼きの形は歪だし、唐揚げは明らかに揚げすぎだ。
いやだから、お前はもっと上手く作れるだろうが!
むしろさっきの昼飯でも、玉子焼き作ってただろ!?
この短時間で作り方忘れちゃったのか!?
なんで変なところのクオリティが、無駄に高いんだよ。
「な、何よ! 食べたくなかったら、別に食べなくてもいいわよ!」
「……いや、食べる。食べさせてもらいますよ」
「ほ、本当に!」
露骨にパアッと嬉しそうな顔をする沙魔美。
くっ、イカン。ちょっとだけ可愛いと思っちゃったじゃねーか。
これじゃ女性週刊誌と沙魔美の思う壺だ。
気を引き締めていこう。
「いただきまーす」
俺は玉子焼きを一口食べた。
……。
甘ーい!!!
砂糖入れすぎだろこれ!
味までワザと下手に作ってやがる!
いや別に、ツンデレな子が全員料理が下手なわけじゃないからな!?
お前はツンデレを何だと思ってるんだ!?
「どう? 美味しい?」
「……美味しいよ」
「やったあ!」
「……早起きして頑張ってよかった」と沙魔美が小声で呟いたのを聞いて、俺は不覚にもまた、トゥンクと胸がときめきメモリアルしてしまった。
どーしちまったんだ俺!?
俺はそんなチョロイン(?)じゃないはずだろ!?
その後俺は、絶妙にマズい弁当を、ヒーヒー言いながら何とか完食した。
すると沙魔美が言った。
「そういえば堕理雄、来週野球の試合だよね?」
「え?」
そうなの!?
俺って野球部だったの!?
「あ、ああ、そう、試合だよ」
「しょうがないから、応援に行ってあげるよ。か、勘違いしないでよ! 幼馴染として、仕方なくだからね!」
「うん……ありがとう、頑張るよ」
「……そういえば、今日ってバレンタインだよね」
「えっ!?」
今日は8月11日の山の日だけど!?
何か設定盛り過ぎて、収拾つかなくなってないか!?
「どうせ堕理雄のことだから、誰からもチョコもらってないんでしょ? しょうがないから私があげるわよ。か、勘違いしないでよ! 義理だからね! 義理!」
沙魔美は直径20cmはあろうかという、可愛らしくラッピングした包みを差し出してきた。
この上チョコも食わせる気なのか!?
もうお腹パンパンだよ!
しかも指はさっき以上に、絆創膏でグルグル巻きになっている。
まるで、キセキの世代のナンバーワンシューターのようだ。
「あ、ありがとう、いただくよ」
箱を開けると歪なハートの形をした、巨大なチョコが鎮座していた。
「あ! 違うから! その形はそういう意味じゃないから!」
「いや、大丈夫。勘違いしてないよ」
覚悟を決めてチョコを一口頬張ると、さっきの玉子焼きの百倍くらい甘かった。
最早、砂糖にチョコを混ぜていると言ったほうが適切かもしれない。
「どう? 美味しい?」
「……美味しいよ」
「やったあ!」
「……カカオ豆から栽培してよかった」と沙魔美が小声で呟いたのを聞いて、俺は不覚にもまた……いや、これにはときめかねーよ!
何、豆から栽培してんだよ!
どこの歌って踊れる農家兼バンドだよ!
俺は血圧バスターのチョコを、血の涙を流しながら何とか完食した。
すると沙魔美が言った。
「今日はいよいよ、野球の試合当日ね」
「え?」
沙魔美が指をフイッと振ると、俺達はどこぞの野球場にワープした。
いつの間にか俺は、野球のユニフォームを着ている。
沙魔美はチアガール姿で、髪をポニーテールにしていた。
「私が応援してあげるんだから、絶対ホームラン打ちなさいよね!」
「あ、ああ、頑張るよ……」
オイオイ、『野球回があるアニメは名作』の法則を、無理矢理ブッ込んできたな。
作者は全然野球に詳しくないけど大丈夫か?
「あ! ライバル校が入場してきたわよ!」
「えっ」
「ククク、この
「……」
まあ、お前だろうなとは思ったよ。
しかも大谷って言いながら、マエケン体操してるし。
さてはお前も、野球の知識フワッとしてんな?
もうメンドイから、さっさと試合して終わらせよう。
「あ! 待って堕理雄!」
「ん? 何だ?」
「し、仕方ないからお弁当作ってきてあげたわよ。か、勘違いしないでよ! 堕理雄のために作ったわけじゃないんだからね!」
「え……」
いや流石にもう無理だよ!
とっくに胃袋のライフはゼロだよ!
さてはお前、レベルを上げて弁当で殴ればいい(?)と思ってるな!?
しかも左腕だけ、肘の辺りまで絆創膏でグルグル巻きになっている。
完全にただの厨二病患者に成り下がってしまった……。
「え……もしかしてお腹いっぱいなの……?」
「いや……」
そんなウルウルした眼で見られても……。
「……い」
「い?」
「……いただきます」
「本当に!? しょうがないわね! はいどうぞ」
「……ありがとう」
弁当箱の蓋を開けると、弁当箱いっぱいにオムライスが敷き詰められており、その上にはケチャップでハートマークが書かれていた。
「あ! 違うから! そのハートマークは、好き好き大好きっていう意味じゃないから!」
「うん、わかってる。いただきまーす」
俺はオムライスを一口食べた。
……。
甘ーい!!!!!
なんでオムライスが甘いんだよ!?
これはもう悪意あるだろ!?
「どう? 美味しい?」
「……美味しいよ」
「やったあ!」
「……惣菜コーナーで買ったオムライスに、砂糖を混ぜてよかった」と沙魔美が小声で呟いたのを聞いて、俺は不覚にも殺意を抱いてしまった。
最早自分で作ってすらいねーし、完全にただの嫌がらせじゃねーか!
俺は、フワフワ悪意のオムライスを、
すると沙魔美が言った。
「さあ堕理雄、いよいよ試合は九回裏、ツーアウト満塁で、ホームランが出ればサヨナラ。バッターは堕理雄よ」
「あ、そこは端折るんだ……」
まあいいけど。
正直、もう歩くのもしんどい。
多分沙魔美が、魔法でホームランにしてくれるんだろう。
それでやっと、この地獄ともサヨナラだ。
俺はハアハア言いながら、バッターボックスに立った。
「ククク、これで決着をつけるぞ、我がライバルよ。喰らえ! 伝説の魔球キューティクルイイヨコイヨムネニカケテムネニキューティクルチェンジアップ!」
今キューティクル二回言っただろ?
しかも本当にチェンジアップを投げてきた。
チェンジアップは投げるのがバレてたら、ただの遅い球だぞ。
これなら素人の俺でも、バットに当てるくらいはできる。
思い切りバットを振ると、快音を響かせてボールは高く上がっていった。
よし、後は頼むぞ沙魔美。
これで逆転満塁サヨナラホームランだ。
……ん?
これ微妙に、スタンドには届かなくないか?
「堕理雄! 走って!」
「え?」
「
「……マジかよ」
誰かさんのせいで、俺の胃袋は今、イカ飯みたいにパンパンになってんだぞ。
この上お前は、まだ俺に全力疾走しろというのか?
「どうしたの堕理雄!? ミナミを甲子園に連れてってくれるんじゃなかったの!?」
こんな鬼畜なミナミちゃんがいるか。
お前それ言いたいだけだろ?
ああもう、俺がゲロイン(?)になっても知らないからな!
「チックショオオオオッ!!」
俺は魂のシャウトをしながら、ダイヤモンドを駆け抜けた。
一塁、二塁……三塁も回った。
後はホームベースだけ。
だがホームまであと少しというところで、俺のすぐ横を、キャッチャー目掛けてボールが飛んでいくのが見えた。
クソッ! 間に合わないか!?
俺は一か八か、ホームに向かってヘッドスライディングした。
判定は……。
「セーフ!」
「堕理雄ー!!!」
沙魔美はアルマゲ〇ンのテーマをBGMに流しながら、俺の下に駆け寄ってきた。
そして俺達は熱い抱擁を交わした。
「堕理雄……あなたならできるって信じてたわ」
「ああ……自分でもビックリだよ」
そして今にも吐きそうだ。
「堕理雄、この試合に勝ったら、伝えたいことがあるって言ってたわよね?」
「あ、ああ……」
言ってないけど。
「実は私……子供の頃から、堕理雄のことがずっと好きだったの……。ほ、本当よ!」
「……」
デレたな。
「な、何とか言いなさいよ!」
「……俺もずっと好きだったよ、沙魔美」
「本当に!? 嬉しい!」
俺達は軽く触れるくらいの、初々しいキスをした。
「……なあ、沙魔美」
「何? 堕理雄」
「何で急に、こんな
「……だって」
「?」
「……最近堕理雄、いろんな女の子にチヤホヤされてるから、私のことなんてどうでもよくなっちゃったかと思って……」
「……」
何だ、そんなことか。
普段はグイグイ来るくせに、意外と自分に自信ないよな沙魔美は。
いや、自信がないからこそ、グイグイしてないと不安になっちゃうのか?
「バカだな。俺が沙魔美のことをどうでもよくなるわけないだろ」
「……本当に?」
「ああ、本当だ」
「本当に本当に?」
「本当に本当だ」
「本当に本当に本当に?」
「本当に本当に本当だ」
「監禁に監禁に監禁に?」
「監禁に監……ゴメン、今のは意味わかんない」
「フフ、愛してるわよ堕理雄」
「俺もだよ」
「……ねえ堕理雄」
「……何だ?」
「身体中、すっかり汚れちゃったわね」
「お陰様でな」
「じゃあ、今から二人でシャワーを浴びましょ。私が全身くまなく洗ってあげるわ」
「……」
やっぱりこっちのほうが沙魔美らしいな。