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第15魔:打ち上げましょうか

「それでね菓乃子氏、私は本当に嘆かわしいの。世の中に原作の設定を無視した、顔カプ勢が多いということが」

「わかる。原作で唯一無二の相棒がいるにも関わらず、二、三回接触したことがあるくらいで、他キャラとカップリング認定されちゃ、相棒ちゃんが可哀想だよね」

「わかる。そもそも唯一無二の相棒を無視して、他キャラとカップリングしてる時点で、原作に対する敬意が感じられないわよね」

「わかる。やっぱり二次創作だからこそ、原作の設定は尊重すべきだよね。原作を無視したカップリングなんて、素材の味を生かせてない料理と同じだよ」

「わかる。それにそういう連中は決まって、イナゴのようにコンテンツを――」


 わかりすぎだろう。

 今日は菓乃子の家に沙魔美と俺がお呼ばれしたので、三人でお茶を飲んでいるのだが、二人がいつも通り腐リートークを始めてしまったので、俺はそんな二人を生暖かい目で見守っていた。

 それにしても腐った方々は、最初に『わかる』と言ってからでないと、話してはいけない決まりでもあるのだろうか?

 まあ、何にせよ友達がいなかった沙魔美と、ここまで仲良くしてもらっている菓乃子には、心から感謝の気持ちしかない。

 お陰で俺の負担も、大分減ったしな。


「ちなみにこれはどうでもいい話だけど、同人作家の方って、同人イベントのアフターで、焼肉に行きがちよね」


 本当にどうでもいい話だな。

 いいだろ別に行ったって。

 お前はいつか同人作家の方にボコられるぞ。


「あ、ゴメンね堕理雄君。私達ばっかり話し込んじゃって」

「いや、俺は別に……」

「いいのよ菓乃子氏。堕理雄は今カノと元カノが、目の前で腐リートークに勤しむ様を見て性的興奮を覚える、特殊性癖の持ち主なんだから」

「えっ! そうだったの!? ゴメンなさい私、気付かなくて……」

「いやそんなわけないだろ菓乃子! そんな性癖聞いたことないし! 沙魔美も適当なこと言うなよ」

「フフフ、そんなに照れなくても、私はそれくらいで引くような、器の小さい女じゃないわよ」

「その代わり脳みそは相当小さいようだがな」


 やれやれ。

 今日も沙魔美は平常運転で安心だよ(白目)。


「そうだ沙魔美氏、堕理雄君、今日この近くで夏祭りやってるの知ってる?」

「ああ、そういえばそんなポスターが貼ってあったな」

「よかったら、三人で行ってみない?」

「アラ素敵! じゃあ早速、魔法でみんな浴衣に着替えましょう。カオカプソウウケユルセマセン、アイボウコテイノサユウコテーイ!」


 いやお前、今まで魔法使う時、そんな呪文唱えてなかっただろ。




「見て見て堕理雄、人がゴッミの様ね」

「イッヌみたいな発音で言うな。これはただの人ゴミだ。お前大佐ごっこがしたいだけだろ?」

「あ! 見て菓乃子氏! あそこに野球部っぽい高校生が、二人で仲良く歩いているわ! Bかしら?」

「え、う~ん、どうだろうね」

「沙魔美、男が二人でいるのを見たら、何でもBに結び付けるのはやめろ」


 まったく、相変わらず非常識なやつだ。

 何年掛かるかわからないが、彼氏として、いつかは沙魔美を常識人に教育しないとな。

 コン〇イの謎並の、無理ゲーであることは確かだが……。

 しかし、祭りなんて来たのは随分久しぶりだ。

 沙魔美も楽しそうだし、誘ってくれた菓乃子には、重ねて感謝だな。

 ちなみに沙魔美は黒、菓乃子は青を基調とした浴衣を着ていて、髪も編み込みでアップにしているので、艶めかしいうなじが露わになっており、何とも言えない大人の色気がある。

 正直、オジサン(?)嫌いじゃないよこういうの。

 GJだよ沙魔美。

 アイルーも沙魔美GJ思てるよ。


「堕理雄も浴衣似合ってるわよ。ねえ菓乃子氏?」

「え……うん。とっても似合ってる」

「ありがと。お世辞でも嬉しいよ」


 普段着慣れてないから、若干股下がスースーして変な感じだがな。


「ねえ堕理雄、あれ金魚すくいじゃない? 私あれやりたいわ」

「ん? どれだ?」

「いらっしゃい。伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンすくいは、一回800円だよ」


 ……タケーな!!

 これただ金魚すくい用の水槽に、サラ毛のオッサンが一人で浸かってるだけじゃねーか!

 店員のオッサンも同じ顔だし、これもうわかんねぇな。


「アラ、また伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの四男と次男じゃない。先週の夏の大型イベントであなた達の薄い本を描いたら、お陰様で完売したのよ。だからお礼に一回やるわね」


 完売したのか……(困惑)。

 今の世の中、何が売れるか本当に予想つかないよね……。


「これはマスター、毎度ありです。堕理雄さんと菓乃子氏も一回どうです? 特別に700円におまけしますよ」

「あ、うん……」

「じゃあ一回だけ……」


 それでも十分タケーけどな。

 まあ、これも余興だと思って一回だけやってみるか。

 てかこれ、どうやってすくうの?


「ルールは普通の金魚すくいと同じです。このポイで伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンをすくえれば、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンをお持ち帰りいただけます」


 そう言って伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの四男だか次男は、金魚すくい用の普通のポイを俺達に手渡してきた。

 いやこんなんですくえるわけねーだろ!

 まあ、仮にすくえてもお持ち帰りはしたくねーけどな!


「やったー! すくえたわ堕理雄! 見て見て」

「マジかお前! それどうなってんだ!?」


 伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの四男だか次男が、沙魔美にすくわれて、お椀の上でピチピチ跳ねている。

 正直、スゲーキモい。


「こういうのにはコツがあってね、最初にポイの全面を水に浸しておいたほうが、ポイが破けにくくなるのよ」

「これは最早そういうレベルの問題でもないだろ」

「でも今思い出したんだけど、私の家って金魚鉢ないのよね。死なせたら可哀想だから、この次男は四男の下に返すわ」


 金魚役の方が次男だったんだ……。

 まあ、次会っても、絶対見分けつかないけどな。

 てかそいつ、多分肺呼吸だから金魚鉢いらないぞ。

 そもそも金魚鉢には入らないし。


「おや、これはこれは普津沢さん達じゃないですか。こんなところで奇遇ですね」

「あ、未来延ちゃん」


 見れば、屋台のオジサンの様な格好をした未来延ちゃんが、その場に佇んでいた。


「アラ、未来延さん。そんな格好でどうしたの?」

「実は私のお父さんの店が、出張で屋台を出しておりまして」

「えっ? スパシーバが? そんな話、俺聞いてないけど……」

「ええ、お父さんもついさっき思い立ったみたいです」

「そんなちょっとパチンコ行くみたいなノリで、屋台って出せるもんなの!?」

「何かお父さんがこの祭りの実行委員長とお知り合いで、融通してもらったらしいです」

「そうなんだ……」


 つくづく伊田目さんも底が知れないキャラだな。

 何かその内、とんでもない裏設定が飛び出してきそうで怖いんだけど。


「よかったらみなさんも、うちの屋台で食べていっていただけませんか? 今なら特別に20円引きでご提供いたしますよ」

「あ、ああ、じゃあいただこうかな」


 さっきから割引額が、微妙にショボいのは気のせいかな?

 まあ文句を言える立場じゃないけど。

 未来延ちゃんに連れられてスパシーバの屋台まで行くと、伊田目さんが大きな鉄板の上で何かを焼いていた。


「おっ、普津沢じゃねーか。それに美人の彼女ちゃん達も。飯食ってくか?」

「お疲れ様です伊田目さん。それは何の料理ですか?」

「パスタの麺で作った焼きそば、名付けて『パスそば』だ」

「へえ」


 パスタの麺は焼きそばには向かないと思うのだが、まあ伊田目さんが作ったなら間違いはないだろう。


「じゃあそれを三つください」

「毎度あり。三つで1059円だ」


 一つ353円!?

 なんでそんな中途半端な金額なの!?

 屋台の料理で、一の位が0じゃないの初めて見たよ。


「お父さん、20円引きにするって約束したから、一つ333円だよ」

「そうなのか。じゃあ三つで999円だな」

「あ、じゃあ千円で……。お釣りはいいです」

「悪いな。ホイ、パスそば三つお待ち」

「堕理雄君、私自分の分は払うよ」

「いいじゃない菓乃子氏。ここは堕理雄の男を立ててあげましょうよ。女は男をタたせてなんぼじゃない?」

「だからお前が言うと、何でもいやらしく聞こえるぞ」

「え、じゃあ……ご馳走様です、堕理雄君」

「気にしないでよ。さあ、温かいうちに食べよう」


 俺達はパスそばを一口頬張った。

 ……。

 美味い!!

 流石伊田目さん、とても屋台飯とは思えないくらいのクオリティだ。


「こ、これは……堕理雄、シェフを呼んできてちょうだい」

「はっ? いや、シェフは目の前のこの人だけど……」

「お呼びですか、フロイライン」

「あれ? この展開前も見たぞ?」

「あなたがシェフね。……このパスそば、アレをアレしてますね」

「ビンゴ。よくわかったね」

「それだけじゃないわ沙魔美氏。アレもアレした上に、アレしているわ」

「でも菓乃子氏、まだ何か隠れているわ。これはそう……わかった! アレね!」

「イグザクトリー(そのとおりでございます)」

「これはまさに、アレとアレのアレリングガン。これはとても……」

「「耐えられないー」」


 パーン


 遣り取りメッチャ雑になってるー!!!

 コメントが思いつかないなら、無理してそれっぽいことすんなよ!


「今回も私の完敗ねシェフ、でも次はこうはいかなくってよ」

「お前はどの立ち位置のキャラなんだよ……」

「ごちそうさまでした。パスそば、とっても美味しかったです」

「また店でお待ちしていますよ、フロイライン」

「アレ!? お兄さん!!」

「え」


 この声は……。

 声のするほうを見ると、案の定そこには真衣ちゃんが立っていた。

 祭り用のはっぴを着て、頭には鉢巻を巻いている。


「アラ、マイシスター。こんなところでどうしたの? お遊戯会?」

「悪しき魔女! またあなたはそうやって減らず口を! 私は地元で和太鼓サークルに入っているので、今日はここでサークルのみんなと、和太鼓を披露することになっているのです」

「へえ、凄いね真衣ちゃん」


 意外な一面もあるんだな。


「あ、あのお兄さん、ここで会えたのも運命だと思いますし……よかったら私の演奏、見ていってもらえませんか?」

「あ、そうだね。せっかくだから見させてもらうよ」


 特にこの後、用事もないしな。


「やった! 絶対ですよ! 私頑張りますから!」

「うん、頑張ってね」

「ハイ!」

「フフフ、これはマイシスターにばっかり、良い恰好はさせられないわね」

「え?」


 沙魔美が指をフイッと振ると、沙魔美も一瞬ではっぴと鉢巻姿に変身した。


「なっ! 悪しき魔女! あなたは何でいつも私の邪魔ばかりするんですか! それにサークルの部員でないと演奏には参加できませんよ!」

「心配ご無用。全部員の記憶も操作して、私はサークル創立メンバーの一人の、沙魔美姐さんということになっているわ」

「んなっ!? 何てことを!?」

「オイ沙魔美! 記憶操作はやりすぎだぞ!」

「大丈夫よ。演奏が終わったら元に戻すわ。さ、出番みたいよマイシスター。一緒に叩き狂いましょう!」

「キイィー!!」


 賭け狂いましょう! みたいな言い方すんな。

 だが出番が来てしまったみたいだし、こうなったら静観するしかないか。

 ゴメン真衣ちゃん、後でパスそば奢るから許して。

 しかし記憶操作はマジだったらしく、沙魔美はサークルの部員の人達から姐さん姐さんと持て囃されて、ドヤ顔をキメている。

 これは後でキツく説教だな。

 だが実際に演奏が始まってみると、当然ド素人の沙魔美にちゃんとした演奏などできるはずもなく、一人だけリズムを外しまくって、演奏が終わる頃にはその場にいた全員から「え、何あの人……」みたいな目で見られていた。

 何という自業自得。


「ブハハハハー! 何ですかさっきの演奏は悪しき魔女! ド素人がしゃしゃるからあんな目に遭うんですよ!」

「……」


 沙魔美が無言で指をフイッと振ると、沙魔美はどこかにワープして消えてしまった。


「あ! 逃げた! フン、まあいいでしょう。お兄さん、この後花火が上がるんで、一緒に見ましょう!」

「あ、うん……ゴメン真衣ちゃん。俺、沙魔美を探してくるよ」

「えっ、そんな、お兄さん……」

「堕理雄君、私はあっちのほうを探すよ」

「ああ、ありがとう菓乃子」


 本当にゴメンね真衣ちゃん。

 俺が甘いのはわかってるんだけど、それでも俺は沙魔美の側にいてやりたいんだ。

 だが、広い会場で沙魔美一人を探すのは容易ではなかった。 

 いつの間にか俺は、人気のない裏山に出ていた。

 その時だった。

 夜空に小気味良い音と共に、大輪の花火が打ち上がった。

 が、その花火は相合傘の形をしており、傘の下には『堕理雄』と『沙魔美』という字が書いてあった。

 ……。

 沙魔美ー!!!

 でも、魔法を使ったとはいえ、よくあんな画数が多い漢字を花火で再現できたな……。


「どう、堕理雄? 中々粋な演出でしょ?」

「うわっ、沙魔美」


 いつの間にか横に浴衣姿の沙魔美が立っていた。


「何だよ、落ち込んでたんじゃないのかよ」

「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです」

「お前そろそろマジで怒られるぞ」

「フフフ、心配してくれたの? でもよく考えたら、みんなから私の記憶を消せば、特に恥じる必要はないって気付いたの」

「まあ、そりゃそうか……」


 お前は少しは自分の言動を恥じたほうがいいと思うが。


「さあ、まだまだこんなもんじゃないわよ!」

「え?」


 沙魔美が指をフイッと振ると、先程の大恥相合傘が何百発も夜空を彩った。

 うわあ。

 これ絶対SNSで、悪い意味でバズるじゃん……。

 せめて今が夏休み中でよかった。

 大学に行ってたら、絶対みんなにバカにされるところだった。


「……ねえ堕理雄」

「……何だよ」

「幸いここには誰もいないし、私達もここでイッパツ、花火を打ち上げましょうか」

「……」


 お前は本当に、ブレないな。

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