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第17魔:してみちゃいます?

 ピンポーン


「はーい。どちら様でしょうか……って、堕理雄君? 沙魔美氏も。何か御用?」

「うん、ちょっとな」

「よかったら今から堕理雄の家となりに来れないかしら?」

「え? 私はいいけど……」

「じゃあとなりで待ってるから、支度が終わったらチャイムを押してね」

「あ、うん……何かあったの?」

「それは来てのお楽しみよ。じゃあの」

「うん……?」




 ピンポーン


「菓乃子、鍵は空いてるから入って来てくれないか?」

「は、はーい、お邪魔しまーす」


 パンパーン


「「「「菓乃子(氏)(さん)、お誕生日おめでとー!!」」」」

「え?」


 そう。

 今日、8月31日は、菓乃子の誕生日なのだ。




「みんなありがとう、わざわざ私のために」


 菓乃子は誕生日の人がよく被っている謎の三角帽子を、沙魔美の手で頭に乗せられながら言った。


「当然じゃない、菓乃子氏。私達はベスト腐レンドなんだから」

「沙魔美氏」

「この料理もイタリアンレストランの娘である私が監修の下、女性陣三人で作ったんですよ」


 我が家の小さなテーブルの上には、豪華な料理が所狭しと並んでいる。


「ありがとう、未来延ちゃん。それに真衣ちゃんも」

「い、いえ、菓乃子さんは海に行った時にもお世話になりましたし。お兄さんに会いに来た、ついでみたいなものです」

「アハハ、うん、でもありがとう」

「これはマイシスター流のツンデレなのよ菓乃子氏。本当はこの話を持ち掛けた時から『プレゼントは何がいいですかね!?』って何度も聞かれたんだから」

「なっ! 悪しき魔女! 余計なことは言わないでください!」

「ウフフ……堕理雄君も、ありがとう」

「おめでとう、菓乃子」

「うん」


 高校時代、俺と菓乃子が付き合い始めた時には、既に菓乃子の誕生日は過ぎた後だったので、こうして菓乃子の誕生日を祝うのは俺も初めてだ。

 まさか今カノと一緒に元カノの誕生日を祝う日が来るとは夢にも思わなかったが、運命という名の大海の渦に、今日だけは感謝してもいいかもしれない。


「ちなみに8月31日といえば、国民的なボーカロイドと同じ誕生日ですね」

「あ、そうだね未来延ちゃん」

「私達にとっては、8月31日といえばやっぱり『俺に勝てるのは俺だけ』な、あの方よね? 菓乃子氏」

「う、うん、そうだね沙魔美氏」

「ねえ菓乃子氏、ちょっと今ここで、『俺に勝てるのは俺だけだ』って言ってもらえないかしら?」

「えっ!? それはちょっと恥ずかしいよ……」

「一回だけ! お願い! そしたら私も『俺様の美技に酔いな』って言うから!」

「中の人繋がりで!?」

「その辺にしておけよ沙魔美。菓乃子が困ってるだろ」

「わかってないわね堕理雄。菓乃子氏も満更でもないのが、見てわからないの?」

「え? そうなの?」

「え、んーと、あはは」

「ハーイみなさん、ちゅうも~く。これはうちのお父さんからでーす」

「わあ」


 未来延ちゃんはデコデコしい豪奢なバースデーケーキを、狭いテーブルの上に置いた。


「流石プロの料理人ね。じゃあオマケで私も、これを乗せてあげる」

「え?」


 沙魔美が指をフイッと振ると、ケーキの中央に菓乃子が好きだと言っていたアニメキャラ二人が、仲良さそうに寄り添っている砂糖菓子が出現した。

 もちろん二人共男性キャラだ。

 アッー!


「あ、ありがとう……沙魔美氏」

「どういたしまして! さあ菓乃子氏、蠟燭の火を消して」

「う、うん!」


 菓乃子がフゥーッと息を吹き掛けると、ニ十本の蠟燭の火は音もなく消えていった。

 今日で菓乃子も二十歳になった。

 俺は勝手に、お父さんの様な気持ちになり、今まで菓乃子が生きてきたニ十年間に、思いを馳せた。


「みんな本当にありがとう」


 そう言った菓乃子の瞳は、少しだけ潤んでいた。


「いいってことよ!(江戸っ子)さあ、ここからはお待ちかねのプレゼントタイムよ! まずは堕理雄から」

「え? 俺か?」


 まあ、俺のは大したもんじゃないから、早いほうがいいか。


「じゃあ、はい菓乃子。これよかったら」

「わあ、ありがとう。開けてもいい?」

「もちろん」


 菓乃子は白魚の様な指先で、包みを開けた。


「あ、これ、ブックカバー」

「菓乃子は本、好きだろ。だから、さ」

「……ありがとう。大事に使うね」

「やるじゃない堕理雄。これで電車の中でもB小説が読めるわね、菓乃子氏」

「え、う、うん」

「それが目的であげたんじゃないんだがな……」

「ではでは、お次は私ですねー。私からはこれです! バビョン!」

「え……未来延ちゃん、これって……」


 未来延ちゃんが取り出したのは、パスタ用の製麵機だった。

 しかも、見るからに年季が入っている。


「未来延ちゃん……もしかしてこれ……」

「ええ、うちの店のを持ってきました」

「えっ!? そんなのいただいてもいいの!?」

「いいんじゃないですか? 念のためキャッツカードも置いてきましたし」

「いやよくないでしょそれ!? 勝手に盗んでるじゃん!」


 しかも美人三姉妹に、罪をなすり付けようとしてるし。


「まあお父さんも、そろそろ新しい製麵機買おうかなって言ってましたし、これがいいキッカケになるでしょう」

「そんな……」

「菓乃子氏、あのシェフだったら、このくらい気にしないわよ。もらっておきなさい」

「う、うん……」

「じゃあ次はマイシスターの番ね。悩んだ末にマイシスターに誕プレとして選ばれたのは……若貴でした!」

「そんなわけないでしょう悪しき魔女! そもそも今の若い人に、若貴は通じないですよッ!」

「ハイハイごっつぁんです(?)。で? 誕プレは何なのかしら?」

「……いろいろ悩んだんですけど……やっぱり自分が好きなものを贈るのが一番かなと思って……これを」


 そう言って真衣ちゃんは、分厚いアルバムを菓乃子に手渡した。


「? ありがとう。開けるね」

「……はい」


 菓乃子がアルバムを開いて中を見た途端、菓乃子の目がレ〇プ目みたいになってフリーズした。

 真衣ちゃん何をやらかした!?

 俺はそっとアルバムの中身を盗み見た。


 そこには俺と真衣ちゃんのツーショット写真が、無数に貼り付けられていた。


 一緒に海に行った時のものや、祭りで偶然会った時のもの、etc.

 とはいえ、今まで俺と真衣ちゃんが会った回数は数える程しかない。

 それなのに、分厚いアルバムが埋まるくらいの写真を撮っていたことに、俺は少なからず戦慄した。

 てゆーかこれ、いつの間に撮ったんだ!?

 もしかして沙魔美よりも、真衣ちゃんの方がヤンデレベル(※ヤンデレのレベル)が高いんじゃないか?

 ツンデレな上にヤンデレなんて、ラー〇ン二郎もビックリのカロリー過多だが、真衣選手には、若手のホープとして、今後も益々の活躍を期待したいですね(錯乱)。

 ただ、誕生日に元カレと、元カレの義理の妹のツーショットアルバムをプレゼントされたのは、人類史上、菓乃子だけであろう。

 そりゃ、そんな顔にもなるわ。


「あ、ありがとう真衣ちゃん……大事にするね……」

「ハイ! また新しい写真が増えたら、持ってきますね!」

「あ、あははははは」


 菓乃子選手、渾身の苦笑いである。


「じゃあ大トリは私ね。私からはこれよ!」

「ありがとう沙魔美氏。これは……漫画?」

「ええ、私と菓乃子氏のカップリングで描いた、R18の百合漫画よ」

「え」


 え。


「おい沙魔美……お前何てものを……」

「だって私と菓乃子氏の友情を、形あるものに残しておきたかったんですもの!」

「それは最早、友情じゃないだろ……」

「お兄さん、百合漫画って何ですか?」

「え、あ、その……背景によく、百合の花が舞ってる漫画のことかな……」

「? へえ」


 ……噓はついていない。

 というか、これで菓乃子が誕生日にもらったものは、俺のブックカバーを除けば、盗品と、元カレの写真と、自分と友達の百合漫画という、完全に嫌がらせとしか思えないラインナップになった。

 これもうわかんねぇな。


「ありがとう沙魔美氏……大事に……するね……」

「いいってことよ!(二回目)」


 菓乃子、それは大事にしなくていいぞ。


「それでは本日のメインイベント! 今日で菓乃子氏も一人前のレディの仲間入りということで、こんなものを用意してみました。ぱんぱかぱーん」


 沙魔美はシャンペン(ネイティブな発音)を誇らしげに掲げた。


「え? お酒? 私、お酒って飲んだことないんだけど……」

「流石菓乃子氏はマジメねえ。でも、今日は記念日なんだからいいでしょ? ささ、ぐぐっといっちゃって」

「う、うん」


 菓乃子はシャンペングラスに注がれたシャンペンを、一口飲んだ。


「……美味しい」

「アラよかった。意外とイケる口だったのね菓乃子氏は。私も誕生日が来てたら、一緒に飲んだんだけれど。何なら私の誕生日まで、魔法で時間をスッ飛ばそうかしら」

「それはやめろ沙魔美。お前は放っとくとすぐに、世界規模の災害を起こそうとするな」

「でも堕理雄はそんな私が……?」

「好きじゃないぞ。お前あんま調子に乗んなよ。いい加減怒るぞ」

「フフフ……ん? どうしたの菓乃子氏?」

「え? 菓乃子がどうかし……」


 菓乃子を見ると、明らかに目が据わっており、ただならぬドス黒いオーラを放っていた。

 ファッ!?

 何があったんだ菓乃子!?


「菓乃子……大丈夫か?」

「アァ~ン?」

「!?」


 か、菓乃子さん……。


「大丈夫なわけねーだーろーが、ボケがあ。オレの気も知らねーでよお。毎日毎日オレの前で、沙魔美とイチャイチャイチャイチャ、イチャイチャイチャイチャしやがってよお。舐めてんのかお前ゴルァ!!」

「ゴ、ゴメンなさい!!」


 えー!!!!

 マイガッ(ネイティブな発音)。

 まさか菓乃子がこんなに酒乱だったなんて……。

 どうしよう……。

 余りの出来事に、沙魔美は完全にポカン顔だし、真衣ちゃんは小動物の様に怯えた目をしている。

 そんな中、未来延ちゃんだけは、「こいつぁ面白いことになってきやがった」みたいな顔をしている。

 マジでこの子のメンタルは、はがねタイプだな。


「何とか言ったらどうなんだよ、堕理雄ゴルァ!」

「え、いや……『何とか』」

「一遍死ぬかゴルァ!!!」

「ヒイィッ!」


 最早、完全にただのチンピラになってしまわれている。

 ミニスカートなのに、豪快に胡坐をかいてるので、パンツも丸見えッティ(?)だ。

 どうしたらいい……どうしたらいいんだ……。


「お前もお前だよ、沙魔美ィ」

「え!? 私ですか!?」


 っ!

 矛先が沙魔美に!


「そんなたわわなエロボディ、年中見せつけやがってよお。さては誘ってやがんだろ? オォン?」

「そ、そんなこと、ないです……」

「ちょっと揉ませろやゴルァ」

「ひゃあぁん。ダ、ダメですそんな! アア……そ、そこは……本当に…………らめぇ」


 あら^~。

 じゃねーし!

 ヤベえ。こいつは本格的にヤベえぞ。

 奇しくも沙魔美の誕プレ漫画の様なことが、現実に起こってしまうとは。

 いや、多分沙魔美の漫画は、こんな内容じゃない気がするが。


「あーいい揉み心地だった」

「キュウ……」

「でもバインバインの次は、ロリロリが触りてーなー」

「ひっ」


 っ!

 そんな、メインディッシュの次はデザートを(?)、みたいな感じで!?

 真衣ちゃん危ない! 逃げて!!


「ロリロリロリロリロリロリロリロリロリロリ」

「キャアアアア!!」


 何その、アリアリアリアリみたいなノリ!?


「ロリロリロリロリロリロリロリロリロリロリ……ロリーヴェデルチ!(ロリならだ)」

「ペゴパッ」


 真衣ちゃーん!!

 貴重な真衣ちゃんが……。

 ゴメン真衣ちゃん。君の死は無駄にはしないよ。

 とはいうものの、この酒乱Qをどうやったら止められるのか、皆目見当もつかない。

 このまま我が隊は、全滅を待つしかないのか……。

 おや? 未来延隊員?


「ささ、菓乃子姐さん、おひとつぐぐっといっちゃってくださいな」


 そう言うと未来延隊員は、果敢にも酒乱Qのグラスに、シャンペンをなみなみと注いだ。


「お、気が利くじゃねーかお嬢ちゃん。ング、ング、ング……プハァ。んまい! この一杯のために生きてるな」

「おー、流石イイ飲みっぷりですねー。ささ、まだまだありますよー、ジャンジャンいっちゃってくださーい」

「いやー若いのに気が利くじゃねーかお嬢ちゃん。でも、若い子がいつまでもこんなとこで働いてちゃいけないよ」


 お前はキャバクラに来ておきながら、キャバ嬢に説教するオッサンか。


「ング、ング、ング……プハッフ。いやー、今日は良い日だ。オジサンドンペリも開けちゃおっかな~」

「ありがとうございまーす。支配人、ドンペリ入りまーす」

「あ、はい、只今ご用意いたしまーす」


 いや、ウチにドンペリなんてあるわけないじゃん!

 どうする!?

 ドンペリってコンビニで売ってるかな!?(パニック)


「あーでもオジサンちょっとだけ眠くなってきちゃったなー。五分だけ、五分だけ横になるわ」

「ハイハイどーぞどーぞ良い夢をー」


 菓乃子オジサンは大股を開いて、パンツを丸出しッシュ(?)のまま、ガーガーイビキをかき始めた。

 た、助かった、のか?

 後には三人の淑女(?)の無残な姿と、俺と未来延ちゃんだけが残った。

 今日って目の前で大イビキかいてるオジサンの誕生会だったんだよね?

 なんでこんなことになっちゃったのかな……。


「支配人、お礼はピエールマルコ〇ーニのチョコレートパフェでいいですよ」

「それ結構高いやつだよね?」


 今回で確信したけど、この子はとてもしたたかな子だ。

 ある意味、敵に回したら一番厄介かもしれない。


「そうだ、支配人」

「何だい? ナンバーワンキャバ嬢」

「たまには私と、エッチなことしてみちゃいます?」

「……」


 そんなことしたら俺も君も、沙魔美オーナーブッ殺クビにされちゃうよ?

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