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第18魔:敢行しましょう

「それでね、聞いてよ堕理雄! 昨日私の『ナットウゴハン』のアカウントにクソリプが来たんだけど!」

「……へえ」


 いつも通り沙魔美の買い物に付き合った帰り道、河川敷を歩いていると、沙魔美が突然思い出した様に騒ぎ立てた。

 正直荷物は重いし、話の内容的にもあまり興味がある話題でもないので、無視しようかと思ったが、無視したらしたで後が面倒くさいので、仕方なく話を聞くことにした。


「どんなクソリプだったんだ?」

「私は今、主に『突き抜けろ! 私立案張矢茶絵アンチャンヤッチャエ高校ラグビー部』っていう漫画の、ライバル校の部長×副部長の同人誌を描いてるんだけど……」

「待ってくれ、その漫画面白そうだな。今度貸してくれ」

「いいわよ。でね、私のファンだっていう子からリプが来て、そこには『先生の絵柄はとても好きなんですが、私は副部長×部長のカプが好きなんで、次の同人誌はそれで描いてもらえませんか?』って書いてあったの! フザケんじゃないわよ!! 本当に私のファンだったら、私が左右ガチ固定派だってのは言わなくてもわかるでしょ!? 私はあなたのお絵描きマシーンじゃないのよ!! 半年どころか半世紀ROMってから出直して来なさいよッ!!!」

「お、落ち着けよ沙魔美。ここは外だぞ」


 まったくこいつは、何かにつけて沸点が低すぎる。

 世の中にはいろんな人がいるんだから、そんなにいちいち腹を立ててたら身が持たないぞ。


「ハア、興奮したら喉乾いちゃったわ。私ちょっと飲み物買ってくるから、堕理雄はここで待っててね」

「あ、ああ」


 自由なやつだ。

 何で俺はこんな、ラ〇ウ様みたいな子と付き合ってるんだろう?

 やっぱり俺ってMなのかな?


 読者の声「だからそうだよ」


 ……最近幻聴が多いな。

 いろいろと疲れているのかもしれない。

 フゥッと一つ息を吐いて何気なく川のほうに目を向けたが、そこに広がっている光景を見て、俺はフリーズした。


 ――川の手前のちょっとした空き地に、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンが、川を眺めながら佇んでいた。




 沙魔美のやつ!

 またこんなところで!

 いや、待てよ。沙魔美は今、飲み物を買いに行ってる。

 てことは、あの伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンは、沙魔美が召喚したわけじゃないのか?

 ……何にせよあのままにしておいたら、人目について大変だ。

 俺は荷物をその場に置き、ダッシュで伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンに近付いていった。

 すると、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンが気配を察したのか、俺のほうに顔を向けた。


「お、これはマスターの彼氏さんの堕理雄さん。どうもご無沙汰してやす」

「えっ」


 お前喋れたんだ……。

 しかも何か、江戸っ子みたいな喋り方だな。

 まあ、言葉が通じるなら話は早い。


「お、おう、久しぶり。こんなところで何してるんだ?」

「へへっ、聞いてくれやすか、こんなアッシの話を」

「え、いや、聞くっていうか……」

「アッシとマスターが出会ったのは、ちょうど去年の今頃でやした」

「……」


 勝手に始めやがった。

 こいつも人の話を聞かないタイプだな。飼い主に似たのか?

 早くしないと、誰かに見られちゃうかもしれないんだけどな。


「魔界でチンピラ紛いのことをしてたアッシは、ある日、魔界にショッピングに来てたマスターをカツアゲしようとして、逆にフルボッコにされやした」

「……そうか」


 それはお気の毒だったな。

 てか魔界にもショッピングモール的なものってあるのかな?


「それ以来、アッシはマスターに惚れ込んで、舎弟にしてもらうように頼み込んだんでさあ」

「へえ」


 この話まだ続くの?

 早くも飽きてきたんだけど。


「そっからのアッシはチンピラ業からも足を洗って、マスターの舎弟として汗水垂らして働いてきやした。まあ、給料は日本円に換算すると、月給四万円くらいでやすから、生活は楽じゃなかったでやすが」

「……それは大変だったな」


 給料安いな。

 メチャクチャブラック企業じゃないか。

 てか召喚獣に、給料とか発生してたんだ。


「それでもマスターは飲み物の買い出しやら、花見の場所取りやらで、アッシのことを多用してくれてやした」

「それは最早、ただのパシリな気もするが」

「でも半年前に、あの六つ子が来てから状況が一変したんでさあ!」

「おい、聞けよ人の話を」


 六つ子ってのは、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサン達のことだよな?

 あいつらより伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンのほうが先輩だったんだ。


「あいつらが来てから、マスターがアッシのことを使ってくれる回数は激減しやした!」

「ああ……」


 それは、まあ、うん。


「こう言っちゃなんだが、あいつらは人型だし、何かと使いやすいだけだと思うぞ。お前のことが嫌いになったとか、そういうんじゃないって。それとも、給料は歩合制なのか?」

「いや、固定給でやすが……」

「じゃあ、むしろ楽ができて良いくらいじゃないか」

「でも、アッシはもっとマスターのお役に立ちたいんでさあ! アッシが最後に名前だけ登場したのが8話で、それ以来、名前すら出てないんでやすよ! 読者だって、アッシのことなんて忘れてるに決まってまさあ!」

「そ、そんなことないだろ……」


 ……多分。


「思えば2話で、堕理雄さんをヤクザから助けに行った時が、アッシの全盛期でやした……。どうでしょう堕理雄さん、アッシのために、もう一度だけヤクザに拉致られてもらえやせんか?」

「もらえるわけないだろ。お前フザけんなよ」


 お前こそ半世紀ROMってから出直して来い。


「アッシは堕理雄さんのために、体内に監禁室まで造らされたんでやすよ! ちょっと拉致られるくらい、いいじゃないっすか! 先っちょだけ! 先っちょだけでいいんで!」

「何だよ先っちょって!? それに俺は監禁室なんて微塵も望んでないから、閉鎖してくれて結構だ」

「そんなあ」

「ちょっと、こんなとこで何してるのよ、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンちゃん」

「あ、伝説のOLブルゾンサンジュウゴオクウィズビーチエミ」

「え?」


 いつの間にか俺達の横に、いかにもデキる女風のOLの格好をした女の人が立っていた。


「あの……あなたは?」

「どうも、私は魔界で伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンちゃんとお付き合いしている、伝説のOLブルゾンサンジュウゴオクウィズビーチエミといいます」

「あ、そうなんですか……」


 この人も魔界の人なのか。


「伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンちゃん、こんなとこで油を売ってるってことは、部屋の掃除は終わったんでしょうね?」

「い、いや、今からやろうと思ってたんだよ……」

「まったく、いつもそれじゃない。どうせ魔チンコにでも行ってたんでしょ?」

「いや、その……」


 魔チンコって何!?

 パチンコみたいなもの!?

 もしかして魔界も、俺達の世界と大して違いはないのかな?


「あなたが住むところがないって言うから、私の家に居候させてあげてるんだから、いい加減家事くらいちゃんとやってよ」

「わかったよ。明日からは本気出すよ。……ところでさ、これから友達と飲みに行く約束してんだけど、魔チンコでスッてスッカラカンでさ。ちょっとだけ貸してくんねーかな?」

「もう、しょうがないわね。少しだけよ」


 そう言って伝説のOLブルゾンサンジュウゴオクウィズビーチエミは、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンちゃんに、魔界の紙幣と思われるものをいくらか握らせた。

 ……最低だなコイツ。

 今日からコイツのあだ名はヒモドラゴンだ。

 てかお前、掃除はどうするんだよ。友達と飲みに行ってる場合じゃないだろ。

 少しだけあった同情心が、綺麗に霧散したぜ。


「あ! 伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンくん! その女だれよ!」

「! ……伝説のバブリーヒラノブットビオッタマゲシモシモノラ、何でここに……。お前今日は同窓会だって……」

「思ったより早く終わったから、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンくんに会いたくなっちゃって……。それより、その女は誰なの?」

「ちょっと、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンちゃん、これはどういうことなの? 説明してもらえるかしら?」

「いや、これは……その……」


 ヒモドラゴンの好感度がストップ安だ!!

 コイツマジでクズオブクズだな!

 一瞬であだ名がヒモドラゴンから、クズオブザイヤーにランクアップ(ランクダウン?)だぜ!(最早ドラゴンでさえない)

 ……アホらし。

 何かもうどうでもよくなっちゃったから、放っておいて帰ろう。


「あ! 堕理雄さん、待ってくだせえ! 置いて行かないで!!」

「ごめん、俺観たいテレビあるから」

「そんなの録画しておけばいいじゃないでやすか!?」

「伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンちゃん、話をそらさないで。こっちを見なさいよ」

「そうだよ、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンくん、この女と私、どっちが好きなの?」

「いや、あの、その……堕理雄さん! 堕理雄さあああああん!!」


 グッドラック、クズオブザイヤー。

 ある意味読者の心には、お前のキャラは深く刻み込まれたことだろう(合掌)。




「堕理雄! どこに行ってたのよ! 荷物も置き去りにして! まさか他の女と浮気してたんじゃないでしょうね!? 滅するわよ!!」

「何をだよ。まったく、俺が浮気なんかするわけないだろ」


 どこぞのクズオブザイヤーじゃあるまいし。


「本当かしら? やっぱり堕理雄は監禁しておかなきゃダメみたいね。今日は久しぶりに、朝まで監禁亀甲縛りプレイを敢行しましょう」

「待て。そんなプレイ、一度もしたことないだろ。少なくとも、今後は伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンの体内に監禁するのだけはやめてくれよ」

「え? 誰それ?」

「……」


 ドンマイ。

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