「それでね、聞いてよ堕理雄! 昨日私の『ナットウゴハン』のアカウントにクソリプが来たんだけど!」
「……へえ」
いつも通り沙魔美の買い物に付き合った帰り道、河川敷を歩いていると、沙魔美が突然思い出した様に騒ぎ立てた。
正直荷物は重いし、話の内容的にもあまり興味がある話題でもないので、無視しようかと思ったが、無視したらしたで後が面倒くさいので、仕方なく話を聞くことにした。
「どんなクソリプだったんだ?」
「私は今、主に『突き抜けろ! 私立
「待ってくれ、その漫画面白そうだな。今度貸してくれ」
「いいわよ。でね、私のファンだっていう子からリプが来て、そこには『先生の絵柄はとても好きなんですが、私は副部長×部長のカプが好きなんで、次の同人誌はそれで描いてもらえませんか?』って書いてあったの! フザケんじゃないわよ!! 本当に私のファンだったら、私が左右ガチ固定派だってのは言わなくてもわかるでしょ!? 私はあなたのお絵描きマシーンじゃないのよ!! 半年どころか半世紀ROMってから出直して来なさいよッ!!!」
「お、落ち着けよ沙魔美。ここは外だぞ」
まったくこいつは、何かにつけて沸点が低すぎる。
世の中にはいろんな人がいるんだから、そんなにいちいち腹を立ててたら身が持たないぞ。
「ハア、興奮したら喉乾いちゃったわ。私ちょっと飲み物買ってくるから、堕理雄はここで待っててね」
「あ、ああ」
自由なやつだ。
何で俺はこんな、ラ〇ウ様みたいな子と付き合ってるんだろう?
やっぱり俺ってMなのかな?
読者の声「だからそうだよ」
……最近幻聴が多いな。
いろいろと疲れているのかもしれない。
フゥッと一つ息を吐いて何気なく川のほうに目を向けたが、そこに広がっている光景を見て、俺はフリーズした。
――川の手前のちょっとした空き地に、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンが、川を眺めながら佇んでいた。
沙魔美のやつ!
またこんなところで!
いや、待てよ。沙魔美は今、飲み物を買いに行ってる。
てことは、あの伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンは、沙魔美が召喚したわけじゃないのか?
……何にせよあのままにしておいたら、人目について大変だ。
俺は荷物をその場に置き、ダッシュで伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンに近付いていった。
すると、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンが気配を察したのか、俺のほうに顔を向けた。
「お、これはマスターの彼氏さんの堕理雄さん。どうもご無沙汰してやす」
「えっ」
お前喋れたんだ……。
しかも何か、江戸っ子みたいな喋り方だな。
まあ、言葉が通じるなら話は早い。
「お、おう、久しぶり。こんなところで何してるんだ?」
「へへっ、聞いてくれやすか、こんなアッシの話を」
「え、いや、聞くっていうか……」
「アッシとマスターが出会ったのは、ちょうど去年の今頃でやした」
「……」
勝手に始めやがった。
こいつも人の話を聞かないタイプだな。飼い主に似たのか?
早くしないと、誰かに見られちゃうかもしれないんだけどな。
「魔界でチンピラ紛いのことをしてたアッシは、ある日、魔界にショッピングに来てたマスターをカツアゲしようとして、逆にフルボッコにされやした」
「……そうか」
それはお気の毒だったな。
てか魔界にもショッピングモール的なものってあるのかな?
「それ以来、アッシはマスターに惚れ込んで、舎弟にしてもらうように頼み込んだんでさあ」
「へえ」
この話まだ続くの?
早くも飽きてきたんだけど。
「そっからのアッシはチンピラ業からも足を洗って、マスターの舎弟として汗水垂らして働いてきやした。まあ、給料は日本円に換算すると、月給四万円くらいでやすから、生活は楽じゃなかったでやすが」
「……それは大変だったな」
給料安いな。
メチャクチャブラック企業じゃないか。
てか召喚獣に、給料とか発生してたんだ。
「それでもマスターは飲み物の買い出しやら、花見の場所取りやらで、アッシのことを多用してくれてやした」
「それは最早、ただのパシリな気もするが」
「でも半年前に、あの六つ子が来てから状況が一変したんでさあ!」
「おい、聞けよ人の話を」
六つ子ってのは、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサン達のことだよな?
あいつらより伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンのほうが先輩だったんだ。
「あいつらが来てから、マスターがアッシのことを使ってくれる回数は激減しやした!」
「ああ……」
それは、まあ、うん。
「こう言っちゃなんだが、あいつらは人型だし、何かと使いやすいだけだと思うぞ。お前のことが嫌いになったとか、そういうんじゃないって。それとも、給料は歩合制なのか?」
「いや、固定給でやすが……」
「じゃあ、むしろ楽ができて良いくらいじゃないか」
「でも、アッシはもっとマスターのお役に立ちたいんでさあ! アッシが最後に名前だけ登場したのが8話で、それ以来、名前すら出てないんでやすよ! 読者だって、アッシのことなんて忘れてるに決まってまさあ!」
「そ、そんなことないだろ……」
……多分。
「思えば2話で、堕理雄さんをヤクザから助けに行った時が、アッシの全盛期でやした……。どうでしょう堕理雄さん、アッシのために、もう一度だけヤクザに拉致られてもらえやせんか?」
「もらえるわけないだろ。お前フザけんなよ」
お前こそ半世紀ROMってから出直して来い。
「アッシは堕理雄さんのために、体内に監禁室まで造らされたんでやすよ! ちょっと拉致られるくらい、いいじゃないっすか! 先っちょだけ! 先っちょだけでいいんで!」
「何だよ先っちょって!? それに俺は監禁室なんて微塵も望んでないから、閉鎖してくれて結構だ」
「そんなあ」
「ちょっと、こんなとこで何してるのよ、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンちゃん」
「あ、伝説のOLブルゾンサンジュウゴオクウィズビーチエミ」
「え?」
いつの間にか俺達の横に、いかにもデキる女風のOLの格好をした女の人が立っていた。
「あの……あなたは?」
「どうも、私は魔界で伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンちゃんとお付き合いしている、伝説のOLブルゾンサンジュウゴオクウィズビーチエミといいます」
「あ、そうなんですか……」
この人も魔界の人なのか。
「伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンちゃん、こんなとこで油を売ってるってことは、部屋の掃除は終わったんでしょうね?」
「い、いや、今からやろうと思ってたんだよ……」
「まったく、いつもそれじゃない。どうせ魔チンコにでも行ってたんでしょ?」
「いや、その……」
魔チンコって何!?
パチンコみたいなもの!?
もしかして魔界も、俺達の世界と大して違いはないのかな?
「あなたが住むところがないって言うから、私の家に居候させてあげてるんだから、いい加減家事くらいちゃんとやってよ」
「わかったよ。明日からは本気出すよ。……ところでさ、これから友達と飲みに行く約束してんだけど、魔チンコでスッてスッカラカンでさ。ちょっとだけ貸してくんねーかな?」
「もう、しょうがないわね。少しだけよ」
そう言って伝説のOLブルゾンサンジュウゴオクウィズビーチエミは、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンちゃんに、魔界の紙幣と思われるものをいくらか握らせた。
……最低だなコイツ。
今日からコイツのあだ名はヒモドラゴンだ。
てかお前、掃除はどうするんだよ。友達と飲みに行ってる場合じゃないだろ。
少しだけあった同情心が、綺麗に霧散したぜ。
「あ! 伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンくん! その女だれよ!」
「! ……伝説のバブリーヒラノブットビオッタマゲシモシモノラ、何でここに……。お前今日は同窓会だって……」
「思ったより早く終わったから、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンくんに会いたくなっちゃって……。それより、その女は誰なの?」
「ちょっと、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンちゃん、これはどういうことなの? 説明してもらえるかしら?」
「いや、これは……その……」
ヒモドラゴンの好感度がストップ安だ!!
コイツマジでクズオブクズだな!
一瞬であだ名がヒモドラゴンから、クズオブザイヤーにランクアップ(ランクダウン?)だぜ!(最早ドラゴンでさえない)
……アホらし。
何かもうどうでもよくなっちゃったから、放っておいて帰ろう。
「あ! 堕理雄さん、待ってくだせえ! 置いて行かないで!!」
「ごめん、俺観たいテレビあるから」
「そんなの録画しておけばいいじゃないでやすか!?」
「伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンちゃん、話をそらさないで。こっちを見なさいよ」
「そうだよ、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンくん、この女と私、どっちが好きなの?」
「いや、あの、その……堕理雄さん! 堕理雄さあああああん!!」
グッドラック、クズオブザイヤー。
ある意味読者の心には、お前のキャラは深く刻み込まれたことだろう(合掌)。
「堕理雄! どこに行ってたのよ! 荷物も置き去りにして! まさか他の女と浮気してたんじゃないでしょうね!? 滅するわよ!!」
「何をだよ。まったく、俺が浮気なんかするわけないだろ」
どこぞのクズオブザイヤーじゃあるまいし。
「本当かしら? やっぱり堕理雄は監禁しておかなきゃダメみたいね。今日は久しぶりに、朝まで監禁亀甲縛りプレイを敢行しましょう」
「待て。そんなプレイ、一度もしたことないだろ。少なくとも、今後は伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンの体内に監禁するのだけはやめてくれよ」
「え? 誰それ?」
「……」
ドンマイ。