目次
ブックマーク
応援する
9
コメント
シェア
通報

第22魔:『亀甲縛り』

「ニャーン」


 お! 猫だっ!

 今日は沙魔美と映画を観に行くことになっているのだが、映画館に向かう途中で全身真っ黒な黒猫が寄ってきた。

 ノラかな?

 よく黒猫は不吉だと言われているけれど、俺が子供の時に飼っていた猫も黒猫だったので、俺は全然不吉とは思わない。むしろ愛着すらある。


「カワイイな~お前」

「ニャー」


 俺が頭を撫でると、黒猫は気持ち良さそうに、喉をゴロゴロ鳴らし始めた。

 はい天使。

 養いたい。

 俺が寝転んで漫画を読んでいる時に、勝手に胸の上に乗って来て、香箱座りで昼寝し出して、「オイオイ、それじゃ俺が動けないじゃないか~」をされたい(懇願)。

 見たところ首輪も付いていないし、ノラみたいだ。

 でもノラにしては毛並みが随分綺麗だな?

 もしかして、最近飼い主に捨てられちゃったりしたのかな?


「オウ、そこのアンチャン。ちょっとええか?」

「えっ?」


 突然後ろから話し掛けられたのでビックリして振り返ると、そこには見知らぬ美女が立っていた。




 俺の目線はその美女に釘付けになった。

 だが、それはその人が見惚れる程美しかったからではない(それもあるが)。その美女が、あまりにも異様な出で立ちをしていたからだ。

 まず街中だというのに、ビキニの水着を着ている。

 そして全身は、こんがり小麦色に日焼けしている。

 それだけならまだしも、その上から海賊が身に付けるような、ダボついたコートを羽織って、三角帽子を被り、右眼には眼帯までしている。

 ちなみにこれは余談だが、胸は沙魔美並みに大きい(真顔)。

 もしかしてコスプレイヤーの方かな?

 でも、夏の大型コスプレイベントは先月終わったし、ここは千葉県だしな。

 てことはただのイタい人か?

 ただ、コスプレにしては一ヶ所だけ異様なところがあった。

 耳の部分に、魚のヒレの様なものが付いているのだ。

 特殊メイクにしては随分リアルだし、ちょっとヒレが動いている。

 何なんだこの人は……。

 何だか凄く嫌な予感がする。


「……何か御用でしょうか?」

「あー、まあ、用っちゃ用なんやが……。小っ恥ずかしいから一度しか言わへんで。……今からウチとその辺で、茶ーしばかんか?」

「は?」


 ……『茶ーしばく』っていうのは、『お茶をする』って意味かな?

 つまり俺は今、逆ナンされてるってことか?

 ……まあ、それ自体は光栄なことではあるけれど、生憎俺は、いろんな意味でその誘いを受けるわけにはいかない。

 何せ俺の浮気は即、地球の滅亡に繋がっているからだ。


「……あのー、大変申し訳ないのですが、ちょっと連れを待たせていますので……」

「ハアァ!? こないベッピンの誘いを断るて、頭湧いとんのかワレェッ!!」


 そう言うとイタコスプレイヤーさんは、近くにあった郵便ポストに拳を叩き付けた。

 すると風船が破裂するみたいにポストは木端微塵に吹き飛び、中の郵便物が辺り一面に雨の様に降り注いだ。

 なっ!!?

 何だこの力は!!?

 まさかこの人……。


「……あなた、さては普通の人間じゃありませんね」

「ホウ、ウチの力を見ても驚かんとは、の割には肝が座っとるやんけ」

「地球人! てことはあなたは……」

「ああ、ウチは伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツの船長キャプテン、ピッセ・ヴァッカリヤっちゅうもんや」

「!」


 伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツ。

 それって前に沙魔美のお母さんが言ってたやつらだ。

 そのキャプテンが目の前のこいつなのか。

 見た目はただのイタコスプレイヤーだが、ポストを粉砕した腕力から察するに、とても地球人に太刀打ちできる相手じゃないだろう。

 何とかして、今すぐ沙魔美をここに呼ぶしかない。


「オウ、何とか言ったらどないやねん。実はウチは今、ちょいと訳ありでな、メチャクチャ腹の虫の居所が悪いさかい、少しでもナメた口ききおったら、いてこますぞ」

「……日本語がお上手なんですね」

「アン?」


 今は少しでも時間を稼がなきゃ。

 これで待ち合わせ時間になっても現れない俺を、沙魔美が不審に思ってくれれば、助けに来てくれるかもしれない。

 本当は今すぐにでもスマホで沙魔美に助けを求めたいが、この宇宙スケバンの前で妙な真似をしたら、瞬殺されかねないからな。


「アア、まあウチも放浪生活は長いさかい、新しい言語を覚えるのは得意なんや。昨日この星に着陸したんやが、その場所がオーサカいうところでな。そこで一日で言葉を覚えたんや。どや? 大したもんやろ」

「……それは凄いですね」


 確かに一日で覚えたとすれば、見掛けによらず相当IQは高そうだ。

 若干関西弁がおかしい気がするが、一日でこれだけ話せれば上出来だろう。


「でも大阪にいたのに、何故ここに?」

「それがな、この国の首都はトーキョーゆうとこなんやろ? そんでウチらの宇宙船フネでオーサカからトーキョーまで飛んで来たんやが、勢い余って通り過ぎてまったみたいでな。まあええか思て、フネはこの近くの裏山に停めてこの辺ブラついとったら、アンチャンのこと見掛けたんで、ちょいと声掛けたっちゅうわけや」


 裏山ってのは、前に夏祭りで沙魔美と花火を見たところか?

 あんな身近な場所に今異星人の宇宙船が停まっているなんて、誰が予想しているだろう。


「……東京には何の用があったんですか?」

「オイオイ、質問攻めやなジブン。さてはウチに惚れたな? まあええわ、別に隠すようなことちゃうしな。教えちゃるわ」

「……それはどうも」

「なあに、大したことやあらへん。首都の連中を全員ブッ潰して、この国がウチのもんになったいうことを、国中に知らしめるんや」

「!」


 何だって。

 全員ブッ潰す?

 本気かこいつ?

 いや、きっと本気だろう。多分こいつには、それを可能にするくらいの力がある。

 ――沙魔美と同様に。


「……でもそんなことをしたら、あなたは世界中から命を狙われますよ」

「そんなもんは百も承知や。ウチは宇宙海賊やで? この国を手に入れるんは、ただの足掛かりや。ゆくゆくはこの星全土をウチのもんにするに決まってるやろ」


 いや知らねーよ宇宙海賊の流儀なんて。

 しかしそうなるといよいよヤバいな。

 沙魔美がいなかったら、マジで地球はこの宇宙スケバンに支配されてたかもしれない。


「……でもな、それもついさっき、気が変わったんや」

「え?」


 そうなの?

 それなら何よりだけど。


「さっきアンチャンのことを見掛けた時な、こう、ビビビッときたんや。ウチの旦那にするならコイツしかおらん! てな。だからもうこの星のことなんて、どーでもええんや」

「は?」


 今何て言った?

 『旦那』だって?

 それって俺がこいつと結婚するってこと?

 冗談じゃないぞ。

 それにしても、ビビビッとは随分表現が古いな(宇宙では流行ってるのかな?)。

 地球でそれを言った人は、もうその人とは離婚してるんだけど……。


「……なんで俺なんですか? 俺なんて別にイケメンじゃないし、あなたに好かれる要素なんてないと思うんですけど」

「いやいやアンチャンはごっつエエ男やで。このウチが一目惚れしたくらいやからな。ちゅーわけで、今から結納や。ほんでその足で、銀河一周のハネムーンとしけこもーや」


 宇宙にも結納ってあるの!?

 しかしこいつも人の話を聞かないタイプだな。

 なんで俺の周りにはこんなやつばっかりなんだ。


「それは残念だったわね。堕理雄は一話で既に、私とハネムーン済みよ」

「!」

「アン? 誰や?」


 沙魔美!

 来てくれたのか!

 あれ? でも姿が見えないな? どこにいるんだ?


「ここよ堕理雄」

「え」


 沙魔美の声は俺の足元から聞こえてきた。

 そこには例の黒猫がチョコンと座っている。

 ま・さ・か。

 黒猫が前脚をチョイっと曲げると、黒猫はポフッと煙に包まれた。

 そして煙が晴れるとそこには……。


 ――沙魔美が仁王立ちしていた。


 沙魔ニャーーー!!!!

 お前だったのかよ!?

 だったらもっと早く出て来てくれよ!


「……何やジブンは?」

「私は堕理雄のフィアンセよ半魚人さん。将来の夢が焼き魚のあなたとは、そもそもの立ち位置が違うのよ」

「なっ! 何やと! 喧嘩売っとんのかワレェッ! ……てか今、フィアンセ言うたか? アンチャン……ウチとこの女、二股かけとったんかあ!!」


 かけてねーよ。

 お前こそさっき知り合ったばかりなのに、なんでもう彼女面なんだよ。


「それにしてもポストを壊すのは感心できないわね。この中には淑女達が書いた、好きなB漫画家へのファンレターが入っていたかもしれないのに」

「なんでB漫画家へのファンレター限定なんだよ……」


 沙魔美が指をフイッと振ると、辺りに散った郵便物はポストがあった位置に集まり、ポストも元通りに復元された。


「なっ! ……さっきの変身術といい、ジブン地球人ちゃうやろ? 地球人にはこないな力はないって聞いてるで」

「もちろん普通の地球人にはこんなことはできないわよ。でも私は『魔女』と呼ばれる特別な存在でね。『魔法』を使って、大抵のことは望み通りにできちゃうのよ」

「……ホウ」


 それを聞いた途端、ピッセの目付きが極めて好戦的なそれに変わった。

 海面を照らす太陽光の様に、ギラギラと輝いている。


「オモロイやんけ。地球人は骨がなさそうで退屈しとったとこや。ここは一つ、ウチとそのアンチャンを賭けて、殴り合いの喧嘩と洒落込もーや」

「いいわよ。でもここじゃアレね。場所を変えましょう」

「……沙魔美、大丈夫か?」

「フフ、心配してくれてるの? 任せて。こんな将来の夢がフィッシュ&チップスの半魚人には負けないわ」

「さっきと料理が変わったけど……」

「余裕コイてると後でイタい目みるで。ウチにはもあるんや。そやな、ウチのフネが停めてある裏山に、仮面ラ〇ダーが怪人とよく戦ってる採掘場みたいな場所があったわ。そこならどや?」


 お前仮面ラ〇ダー知ってるの!?

 もしかしてそれも一日で勉強したのか。

 意外と勉強家なのかもしれないな。

 まあ、最近の仮面ラ〇ダーは、あんまり採掘場は使ってないみたいだけど。


「結構よ。では採掘場に向かって、トウッ」


 沙魔美が昭和仮面ラ〇ダーの様にジャンプして地面に着地すると、俺達は採掘場に移動していた。

 この表現、今の若い子はわかるかな?


「さあ、ここなら存分にヤれるわよ。さっさと終わらせましょう。私達はこれから、安校アンコウの劇場版アニメを観に行かなくちゃいけないのよ」

「安心せい、どうせジブンは二度と映画なんか観れへん……わい!」

「!」


 ピッセは目にも止まらぬ速さで沙魔美に突っ込んできた。


「堕理雄! 下がってて!」

「あ、ああ!」


 どの道凡人の俺には何もできない。

 後は沙魔美を信じて、全てを託すだけだ。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!」


 ピッセはスタープラ〇ナ並みの速度で、沙魔美に高速パンチを打ってきた。

 お前ジョ〇ョも読んでるのかよ!?

 お前何気に日本大好きだろ!?


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!」


 沙魔美もそれに呼応するかの様に、デ〇オ様で応戦した。

 うん、まあ沙魔美はデ〇オ様っぽいよな。

 しかし二人のパンチが速すぎて、俺にはどっちが優勢かわからないが、若干沙魔美のほうが押している気がする。

 よし、いいぞ! そのまま押し切れ!


「チイィッ! やるやないけ! しゃーない、見せたるわ。ウチの伝説の必殺拳技ファイナルアトミックインスタバエナッコウ!!!」

「くっ!」

「! 沙魔美ッ!」


 ドウッと爆弾が爆発したかの様な衝撃が起こり、沙魔美は遥か後方に吹っ飛ばされた。

 そして仰向けに倒れたまま、ピクリとも動かなくなった。

 沙魔美ッ!!


「ホウ、ウチの伝説の必殺拳技ファイナルアトミックインスタバエナッコウを喰らっても人の形を留めてるやなんて、流石頑丈やな。まあ、ぶっちゃけると、力を込めただけの右ストレートなんやけどな」


 ビッグバンイ〇パクトかよ!?

 クソッ! ピッセが言ってた奥の手ってのはこれだったのか!

 いや、そんなことはどうでもいい。

 とにかく今は沙魔美の安否を確かめないと。

 俺は沙魔美に駆け寄ろうとした。


「おっと、チョイ待ちアンチャン、まだ勝負の途中やで。それとももう、タオル投げるか? ほならアンチャンはウチのもんやで。そんでもええか?」

「そんなのどうだっていいから! 今は沙魔美の手当てをさせてくれ!」

「……まあ、そういうことなら、な」

「……ダメよ」

「! 沙魔美!」


 よかった!

 無事だったんだな!


「……堕理雄は誰にも渡さない」

「沙魔……美?」


 何だ。

 何か様子がおかしい。


「堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない」

「……沙魔美」


 沙魔美は幽霊の様にユラァと立ち上がり、全身から禍々しいオーラを放ち出した。

 何だこれは。

 手の震えが止まらない。

 今まで沙魔美を恐ろしいと思ったことは何度もあるが、これはそのどれとも、次元の違う恐怖だ。


「堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない……そして……逆カプは絶対に許さない!!!」


 最後違うの混ざってたけど!?


 ドウッ


 うわっ!

 沙魔美から立っていられない程の衝撃波が飛んできて、俺は思わずその場に尻餅をついてしまった。

 だが次の瞬間俺が目にした光景は、それを遥かに上回る衝撃を俺に与えた。


 沙魔美の背中が膨れ上がり、そこからコウモリの様な羽が生えてきた。

 頭にも歪な二本の角が生えた。

 犬歯が伸びて、獣の牙の様になった。

 そして、瞳の色が血の様な深紅に変わった。


 まるで、悪魔の様な姿だった。


「な、何やワレ、その姿は……」

「……沙魔美」

「これが我が家に代々伝わる、伝説の戦闘形態ダークデストロイフォトジェニックディアボロスよ」

「……チッ! どーせハッタリやろそんなもん! もう一発喰らえや! 伝説の必殺拳技ファイナルアトミックインスタバエナッコウ!!」

「! 沙魔美!」

「もう大丈夫よ堕理雄」

「えっ」


 沙魔美は伝説の必殺拳技ファイナルアトミックインスタバエナッコウを、左手の人差し指だけで受け止めた。

 ス、スゲェ。


「なっ! ふ、フザけおってえ!! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!!」


 ピッセはさっき以上の勢いでオラオララッシュを繰り出したが、これも沙魔美は左手の人差し指だけで全て受け止めた。

 それどころかどこからともなく原稿用紙とGペンを取り出して、右手では同人誌のネームと思われるものを描き出した。

 完全に舐めプである。


「ハア、ハア、ハア、な、何やねんお前……バケモンか……」

「アラ、もう終わり? まだネーム途中なんだけど。まあいいわ、じゃあこれにて終幕ね」

「くっ!」


 沙魔美は右手の手のひらをピッセにかざすと、言った。


「伝説の奥義ワンコゼメサソイウケスパダリレーザー」

「なあっ!?」


 ズドウッ


 うおっ! まぶしっ!

 沙魔美の手のひらから、直径五メートルはあろうかという極太のレーザーが照射され、直線上の風景を根こそぎ塵にしてしまった。

 ……これ、地図描き換えなきゃいけなくない?


「が……あ……あ……」

「アラアラ、伝説の奥義ワンコゼメサソイウケスパダリレーザーを喰らっても人の形を留めてるなんて、流石伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツね。でももう立ってるのもやっとでしょ? 安心なさい、今楽にしてあげるわ」

「……ああ、悔しいがウチの負けやな」

「アラ? 意外と潔いのね」

「……喧嘩ではな」

「ん?」


 っ!

 その時俺はピッセがコートの内ポケットから、黒いチョーカーの様なものを取り出すのを見た。

 何だあれは!?


「沙魔美! 危ない!」

「え」

「遅いわ!」


 ピッセがチョーカーを沙魔美の首筋に投げつけると、チョーカーは意思があるかの様に、自ら沙魔美の首に巻き付いた。

 すると沙魔美から溢れていた禍々しいオーラが一瞬で消滅し、伝説の戦闘形態ダークデストロイフォトジェニックディアボロスが解除され、元の人間の姿に戻ってしまった。


「なっ!? さ、沙魔美!?」

「くっ! 何よこの趣味悪いチョーカー! 外れないわ!」

「デザインは勘弁したってくれ。それでも銀河の果てで、苦労して一個だけ手に入れたお宝なんや。何でも伝説の封印装具ロックロッカーロッケストサンダンカツヨウいうらしくてな。それを付けられたやつは、全ての力を封印されてまうんや。ウチには奥の手がある言うてたやろ? それがこれや。残念やったな。喧嘩じゃウチの負けやが、勝負はウチの勝ちみたいや」


 そんな。

 奥の手ってのは伝説の必殺拳技ファイナルアトミックインスタバエナッコウじゃなくて、こっちのことだったのか。

 でも、魔法を封じられたってことは、沙魔美は……。


「クソッ! クソッ! クソックソックソッ! 魔法が使えなくたって、絶対に堕理雄は渡さないわ!!」


 沙魔美はピッセに殴り掛かろうとした。


「ああ、もうええわジブン」


 ピッセは沙魔美のことを軽く振り払った。

 たったそれだけで、沙魔美は何メートルも吹っ飛ばされてしまった。


「キャアアァッ!!」

「沙魔美ー!!!」

「フン、魔法とやらを封じられたら、所詮はこんなもんか。まあ余興としては中々楽しめたで。じゃあアンチャン、行こか」

「だ……堕理……雄……」

「……嫌だ。俺は絶対にお前のものにはならない。俺は頭のてっぺんから足の爪先まで、一欠片の細胞まで例外なく沙魔美だけのものだ。それ以外のものになるくらいなら、死んだ方がマシだ」

「……堕理雄」

「フウ、妬けるのお。そんなにこの女のことが好きなんか。じゃあしゃーない。未練を断ち切ってもらうためにも、この女には死んでもらおか」

「! 待ってくれ! それだけはやめてくれ!」

「……堕理雄、私のことはいいから……その女のものにはならないで……」

「沙魔美……」

「て言うてるけど、どないする? アンチャンがウチのもんになるなら、この女の命は助けたる。断ればアンチャンの目の前で殺すで」

「………………わかった」

「! 堕理雄ッ!」

「よし、決まりや。じゃあ早速一緒にウチのフネに行こか。ほんでまずは土星辺りで土星の輪っかでも見ながら、お互いの好きなところ百個ずつ言い合おうや」

「……ああ」

「堕理雄……やめて……行かないで……堕理雄……堕理雄……」

「……俺なんかのことは忘れて、幸せになれよ」

「堕理雄ーーー!!!!!」


 俺はピッセにお姫様抱っこされながら、物凄い速さでその場から連れ去られた。

 後には大地を揺るがす程の、沙魔美の絶叫だけが残されていた。




「さあ、ここがウチの部屋や。光栄に思えや、二百年間で、この部屋に入った男はアンチャンだけやで」

「……そう」


 ピッセは二百歳なのか。

 まあ地球人とは寿命が違うんだろうし、見た目的には地球人でいうと二十歳くらいに見えるけどな。

 それにしてもここが宇宙船の中か。

 何かいかにもSFとかに出てくる宇宙船て感じだ。

 しかしさっきからずっと違和感があるな。

 何だろう?


「ん? あれは……」


 広い部屋の隅には地球の漫画本やらゲームソフトやらが散乱していた。

 麻雀卓まである。


「ああ、これは昨日オーサカでゲットしたもんや。これでも地球の文化はいろいろと勉強したんやで」

「……ふーん」


 その割には遊ぶものばかりな気がするが。

 まあ、遊びから文化を学ぶのが、一番手っ取り早いのかもしれないけど。


「さてとアンチャン、ちょいと隣の部屋まで一緒に来てくれるか?」

「ん、ああ」


 二人で隣の部屋に入ると、そこは体育館くらいの広さがある、広大な空間だった。


「な! これは……」


 そこには夥しい数の墓標が建てられていた。

 ざっと百個以上はありそうだ。


「これは全員、ウチの団のクルーだった連中や」

「え、クルー」


 これが全員。


「ウチらも銀河中で悪さしてたさかいな。方々で恨み買っとったから、何度もドツキアイになってな。一人、また一人と宇宙の藻屑と消えてった。実は、ほとんどの連中は遺体さえ残っとらん。ただの、空の墓標や」

「……」


 ピッセは一番手前にある、一際新しい墓標の前に立って、手を合わせた。


「こいつは最後までウチに付き合ってくれた一番古株の相棒でな。このフネの整備とかも担当してくれとった、シッカリモンのエエ女やったんやが、ついこの間、他の宇宙海賊とドツキアイになった時に、ウチのことを庇って死んでな」

「……そうか」


 違和感の正体がわかった。

 海賊というからにはピッセ以外にもメンバーがいるはずなのに、この宇宙船にはピッセ以外の人の気配がなかったのだ。

 多分、ピッセは伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツの、最後の一人なのだろう。

 親友を失ったから、腹の虫の居所が悪いと苛立っていたのか。

 正直自業自得だと思うし、同情する気にはなれないが、寂しそうなピッセの横顔を見ていたら、少しだけ俺の胸は痛んだ。


「さ、湿っぽい話はこれまでや。じゃあウチの部屋に戻ってさっさと始めよか」

「え? 何を?」

「オイオイ女の口からそないなこと言わせる気か。男と女が一つ屋根の下で暮らし始めたら、することは一つやろ? まあウチは初めてやから、やさしゅうしてくれよ。あっ、でも地球のソウイウコトの勉強は昨日したで。地球じゃ女が男をロープで、『亀甲縛り』いうのに縛り上げてプレイするんやろ? 今からウチがやったるわ」

「え、それは……」


 それはごく一部の方々だけが好む文化なんだけど……。


 後半へつづく(ちびま〇子ちゃん風)。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?