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第23魔:せ・ん・ぱ・い

「女性用成人向け漫画新人編集者、あたらし人未ひとみがお送りする前回のあらすじ! 私、新人未はこの度、新進気鋭の女性用成人向け漫画家、諸星つきみ先生の担当になったの。でもつきみ先生は典型的な屈強な男前受け専で、カワイイ系のヘタレ受けが好きな私とは、意見が真っ向から対立してもう大変……と、思ったら。この間見せてもらった新作のネームは、屈強な男前受けなのに、何故か私のハートゥに刺さり、新たな性癖が開拓されちゃって……!? そして宇宙スケバンに拉致られた堕理雄の、貞操の危機はいかに! それでは後半をどうぞ」

「ちょっと誰ですかあなた!? 鍵も掛かってたはずなのに、どうやってこの家に入って来たんですか!?」

「あっはは~。気にしない気にしない。じゃあ私は帰りますね~」

「あ、待ってください! 待っ」


 ……行ってしまった。

 本当に何だったんだろう今の人?

 警察に連絡した方がいいかな?

 まあ、とりあえずはしっかり鍵を閉めて、と。


 ドンドンドンドンドンドン


 えっ!?

 誰かがドアを物凄い力で叩いてる!?

 さっきの人かな?

 怖いけどここはこの際、ハッキリ文句を言おう。

 私は恐る恐るドアを開けた。


「菓乃子氏!!」

「キャッ」


 ドアを開けると全身がボロボロで傷だらけの沙魔美氏が、私に抱きついてきた。


「どうしたの沙魔美氏!? 何があったの!?」

「どうしよう菓乃子氏!! 堕理雄が!! 堕理雄がああ!!!」

「え……」


 堕理雄君に……何かあったの……?




「……大体話はわかったわ。じゃあ堕理雄君は今、そのピッセっていう異星人の宇宙船にいるんだね?」


 あの後泣きじゃくる沙魔美氏を宥め賺して、やっとの思いで事情を聞き出した。


「でも土星の輪っかを見に行くって言ってたし、もう地球を発っちゃってるかも……」

「そう……」


 それはマズいな。


「……でも堕理雄君のことだから、きっと何とかして時間を稼いでくれてるよ。今も沙魔美氏の助けを待ってると思う」

「ダメよ。魔法の使えない私なんて、ただの腐った監禁マニアだもの。何の役にも立たないわ……」

「沙魔美氏……」


 沙魔美氏は今まで見たことがない程、弱々しく、とても小さく見えた。

 きっと沙魔美氏は、赤ん坊が核ミサイルを持っている様なものだったんだ。

 強大な力を持って生まれたが故に、精神こころが成熟することなくこの歳まで来てしまった。

 何故なら人は、壁にぶつかって敗北や挫折を味わった時にこそ、大人になるものだから。

 だからいざこうしてその魔法ちからを取り上げられたら、寄る辺を無くした赤ん坊の様に、ただただ下を向いて泣きじゃくることしかできないんだ。


 その時、私の中に『母性』とも形容できるような何かが、急激に芽生えた。

 私がシッカリしなくちゃ。

 私が沙魔美氏と堕理雄君を守るんだ。

 でもどうしたら堕理雄君を救い出せる?

 考えろ。考えろ。

 私には勉強ぐらいしか取り柄はないんだから。


「! そうだ、沙魔美氏! 沙魔美氏のお母さんも魔女だって言ってたよね? お母さんに頼めば、何とかしてくれるんじゃない?」

「もちろん私もそれは考えたわ。でも私とママはいつも魔法を使って、念話で連絡を取ってたから、私はママの連絡先を知らないのよ……。パパはそもそも通信機器を持ってないし」

「そんな……じゃあ家に直接行ってみるとか」

「それもダメ。ママとパパは今、結婚二十二年と四ヶ月記念で、世界一周旅行に出掛けてるから日本にはいないわ」

「……そう」


 記念日が随分中途半端なのは、この際ツッコムまい。

 もしかして毎月記念旅行に行ってるのかな?

 流石沙魔美氏のお母さん。

 愛が深くて重いわ(おまいう)。


「じゃあ他の手を考えるしかないか……」

「どうしよう菓乃子氏……私、堕理雄がいなくなったら生きていけないわ……」

「……」


 ブチッ


「泣き言言ってんじゃないわよ!! あなたがそんなに弱気でどうするの!!」

「えっ」

「あなたは堕理雄君の彼女でしょ!! それなのにあなたが諦めたら、誰が堕理雄君を助けられるのよ!!」


 本当は私が堕理雄君を助けたい。

 本当は私が堕理雄君の彼女になりたい。


 でもきっと私じゃ堕理雄君は助けられないし、私が堕理雄君の彼女になれることもない。


 だからこそ。

 だからこそ。


「あなただけは最後まで堕理雄君を諦めないで。だって……今はあなたが堕理雄君の彼女なんだから」

「菓乃子氏……」


 その時、暗い海の底みたいに光を無くしていた沙魔美氏の瞳に、一筋の光が射した様に見えた。


「……そうよね。私は堕理雄の彼女なんだもの。あきらめたらそこで試合終了よね!」

「そうだよ。絶対に何か手はあるはずだよ。私と一緒に考えよう」

「ええ!」


 よし、名作漫画の名言を引用できるくらいには回復したみたいだ。

 あとは堕理雄君を助け出す方法だけど……。


「でもママに連絡がつかないなら、誰か他の人を頼るしかないわよね。かといって警察じゃ歯が立たないだろうし……」

「誰か…………そうだ! 沙魔美氏前に言ってたよね!」

「え、何を?」


 堕理雄君はで必ず奪い返す。

 沙魔美氏ならまだしも、ぽっと出の新人なんかに、堕理雄君は絶対に渡さない。




「そういうことなら、イタリアンレストランの娘の、この私にお任せください」

「ありがとう未来延ちゃん」


 今はイタリアンレストランは関係ないけど。


「でも、肝心の悪しき魔女の姿が見当たりませんけど、どこで油を売ってるんですか?」

「沙魔美氏は大事な用があるから、別件で動いてもらってるんだよ」

「ふーん。まあ、悪しき魔女がいなくても、私だけでお兄さんは助け出して見せますけどね!」

「あはは、流石頼もしいね真衣ちゃん」


 未来延ちゃんと真衣ちゃんに事情を説明したら、一も二もなく駆けつけてくれた。

 これで大分心強い。


「……でも私から誘っておいてなんだけど、本当にいいの二人共? 相手は沙魔美氏並みに強い宇宙海賊だよ。命が危ないかもしれないんだよ」

「でぇじょぶだ! ドラゴ〇ボールがあれば生き返る!」

「いや、無いから言ってるんだけど……」

「菓乃子さん、既に私は覚悟完了しています。お兄さんは私がこの命に代えても必ず助けます」

「そんな露骨なフラグは立てないでもらいたいんだけど……」


 でも正直、迷ってる時間も惜しいくらいだ。

 私も覚悟を決めて、いくしかない。


「じゃあ行こう二人共。宇宙船は夏祭りをやった会場の、裏山に停めてあるらしいから」

「「アラホラサッサー!」」


 ……ツッコミって大変なんだな。

 堕理雄君の苦労が、少しだけわかったよ。




「どうやらここが宇宙船の入口みたいですよ、ドロ〇ジョ様」

「いや、人を勝手に悪の一味のセクシーリーダーにしないでよ未来延ちゃん」

「でもどうやって入るんでしょう? お兄さんのためにも、こんなところで足止めを食ってる場合じゃないのに!」

「……そうだね」


 案外宇宙船はすぐに見つかったけれど、入口は堅く閉じられていて、開く方法がわからない。

 クソッ、こうしている間にも堕理雄君は……。

 その時だった。

 入口のスピーカーから、機械音声の様な声が聞こえてきた。


『問題。ドラ〇もんで、の〇太が担任の先生に、どうしてそんなに0点ばかりとるんだ? と聞かれた時に答えた、ウマい返しとは?』


 は?

 何か急にクイズが始まったけど?

 しかも日本語だし。

 すると間髪入れずに未来延ちゃんが手を上げた。


「はいはい、答えは『先生がくれるから……』」

『ピンポンピンポン正解です。どうぞお通りください』


 入口は音もなく開いた。

 ……流石未来延ちゃん。

 もしかして作中最強キャラは未来延ちゃんなのでは?

 まあいい、とにかく今は先に進もう。


「アレ? 何か奥からお兄さんの声がしませんか!?」

「!」


 確かに堕理雄君の声がする。

 しかも叫び声の様な……。

 堕理雄君!

 私達は声がする方に全速力で走り、豪奢な装飾がされた一室の扉を、思い切り蹴破った。


「堕理雄君!!」

「なっ! 菓乃子! 未来延ちゃんと真衣ちゃんも……」

「! ……堕理雄君」

「……普津沢さん」

「……お兄さん」


 堕理雄君はパンイチの格好で、亀甲縛りで宙吊りにされていた。

 わーお。


「ち、違うんだみんな! 見ないで……見ないでぇー!」


 何陵辱系エロゲーキャラみたいな声出してるのよ。

 私にはどう見ても、オタノシミ中にしか見えないんだけど。

 呆れた。

 こっちは命懸けで助けにきたのに、堕理雄君はすっかり新しい彼女に乗り換えてたってわけね。

 もう帰ろっかな。


「あ! その顔は勘違いしてるな菓乃子! 本当に違うんだよ! 俺はこいつに迫られて無理矢理……」

「何やジブン、このアンチャンのツレか?」


 堕理雄君の横には、イタいコスプレイヤーみたいな格好の人が、鞭と蠟燭を持って立っていた。

 この人がピッセか……。

 確かに沙魔美氏並みに美人でナイスバディだ。

 堕理雄君が乗り換えたくなるのも、無理はないかもしれない。

 いや、冗談はこれくらいにしよう。

 私だって、堕理雄君が本気で沙魔美氏からこの人に乗り換えたとは思ってない。

 堕理雄君はそんな人じゃない。

 堕理雄君が言うように、この人に無理矢理強要されてるんだろう。


 パシャ、パシャ


 ん? 何の音?

 まるでカメラのシャッター音みたいな……。

 音のするほうを見ると、未来延ちゃんがホクホク顔で、堕理雄君をスマホのカメラで撮っていた。


「ちょ、ちょっと未来延ちゃん! 何俺のこと撮ってるの!? 状況を考えて!」

「プークスクスクス。普津沢さん、この写真、『彼氏とデートなう。に使っていいよ』シリーズで、SNSにアップしてもいいですか?」

「聞くまでもないでしょ!? どこの世界に、デート中にこんなプレイするカップルがいるんだよ!」


 流石堕理雄君、ツッコミのキレが違う。

 おっと、感心してる場合じゃない。早くこの状況を何とかしないと。

 ちなみに未来延ちゃんの陰に隠れて目立たないが、真衣ちゃんもシッカリ堕理雄君の醜態を、ハアハア言いながらスマホで撮っている。まあ、あれは自分用だろうけど。


「ウオォイ!! おどれら、ウチのことシカトすんなやぁ!! ウチはシカトされんのが、いっちゃん嫌いやねん!!」


 まあそうだろうね。そんな見た目してるよ。

 さて、ここからが肝心だ。

 ここからは、一歩選択肢を間違えれば、即あの世行きだからね。

 私は差し当たって、この部屋の中をぐるっと見渡した。

 すると、そこに好都合なものを見付けた。


「……ねえあなた、麻雀はできるの?」

「アン? 麻雀やと? 当たり前やろが! ウチは日本語を一日でマスターした女やぞ! 麻雀のルールくらい、屁でもないわ」

「じゃあ、今から私と麻雀で勝負しない? 私が勝ったら、堕理雄君を解放して」

「っ! 菓乃子! やめろ危険だ!」

「……何やと」


 その瞬間、私はピッセの瞳に、ギラリと敵意の光が宿るのを見た。

 その眼は、まさしく歴戦の海賊のそれで、その瞳で射竦められただけで、私は全身の毛穴から冷や汗が噴き出てくるのを感じた。


「そんなん、ウチに何のメリットがあんねん。ただでさえ、あの魔女の力は封じて、もうこの星にウチの脅威になる人間はおらんのやで? それとも何か、ジブンもあの魔女みたいな力を持っとるんか?」

「……いいえ、私はただの人間よ。でも麻雀の腕には少し自信があるの。だから麻雀で堕理雄君を賭けて、私と勝負しましょう」

「せやからそれが意味わからん言うてんねん! 勝負いうんは、立場が対等なもん同士がするもんや。ウチとジブンは、象とアリンコ以上の力の差があんねんぞ。なんでウチが勝っても何もメリットが無い勝負を、わざわざ受けなあかんねん」

「……わかったわ。じゃあハンデをつけるわ」

「ハアァ? ハンデ?」

「私が十万点以上取れなかったら、私の負けでいいわ」

「なっ!? 十万点やと!?」

「菓乃子!? 何言ってるんだ! 無理に決まってるだろそんなの!」


 麻雀は普通、一人25000点持ちの状態から始まる。

 しかも四人中、誰か一人でも持ち点がマイナスになったら、その時点でゲームは終了だから、私が十万点を取るためには、全員をマイナスになるギリギリまで削った上で、最後に大きな点数を上がるしかない。

 ハッキリ言って、意図的に狙うのはほぼ不可能だ。

 イカサマでも使えれば話は別だけど、生憎私の腕は凡人レベルで、イカサマなんて使えない。

 さっきは腕に自信があるなんて言ったけど、あれはハッタリだ。

 でもいい。

 ピッセがこの話に乗ってさえくれれば、勝機はある。


「……なるほどな。そこまで言われたら、乗らな伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツの名が廃るわな。ええやろ、その勝負受けちゃるわ。ただし、ウチが勝ったらこの場から生きて帰れると思うなよワレェ」

「いいわ。じゃあ始めましょ」

「菓乃子!」

「菓乃子さん」

「菓乃子さん……」

「未来延ちゃん、真衣ちゃん、そういうわけだから、少しだけ私の勝負に付き合って。麻雀のルールはわかる?」

「もちろんです。私はイタリアンレストランの娘ですから」

「わ、私もお父さんが麻雀打ちですから、普通に打つくらいなら……」

「それでいいわ。二人も別に私に有利になるように打たなくていいからね。これは私とこの人との勝負だから」

「了解です」

「わ、わかりました……」

「……菓乃子」

「堕理雄君、今助けるから、もう少しだけ亀甲縛りそのままで待っててね」

「あ、ああ、それはいいんだけど、くれぐれも無茶だけはしないでくれよ」

「わかってる。大丈夫だから安心して」


 それにそんな亀甲縛りかっこうでシリアスな台詞を言われても、逆に笑っちゃうよ。


「そんならさっさとやって、さっさと終わらせようや。言っとくけど、ウチは昨日ア〇ギ全巻読んどるから、麻雀には詳しいで。まあ、まさか鷲巣麻雀があんなに長く続くとは思わんかったけどな」

「じゃあいい勝負ができそうね。よろしく」


 さあ、デスマーチのはじまりだ(言ってみたかっただけ)。




「私の親からね」


 麻雀には親と子という役割があり、親は上がった時の点数が1.5倍になる。

 しかも親が上がると、もう一度親ができる。

 つまり麻雀で勝つためには、いかに親で連チャンするかが重要なのだ。

 幸い今は運の流れが来ているらしく、私の手は見る見る高い手に仕上がった。

 よし! これならイケる!


「リーチ!」

「チッ、出遅れたか。まあまだ始まったばかりや。ウチはジックリいかせてもらうで」

「いつまでその余裕が続くかしら……自摸ツモ! リーチ一発自摸じゅんチャン三色さんしょく。親の倍満ばいまんの8000オール」

「なあっ!?」

「うおお! やったな菓乃子!」

「菓乃子さん、GJ」

「菓乃子さん! ステキです!」

「ありがとう、でもまだまだこれからだよ」


 本当にそうだ。

 まだ十万点には51000点も足りない。

 それに今のは本当に運が良かった。

 こんな都合の良い展開は、長くは続かないと思う。

 でも今は自分を信じて突き進むしかない!


 だけど案の定、そう上手く事は運ばなかった。

 次の局。


「チーや。お、それはポン。それもチー。……自摸。タンヤオのみ。300、500の一本場いっぽんばは400、600やな」

「くっ」


 ……まあ、そうなるよね。

 『チー』や『ポン』というのは、『鳴き』と呼ばれるテクニックで、他の人が捨てた牌を自分のものとして使えるというものだ。

 上がりまでのスピードが速くなる分、点数が安くなる。

 でも今のピッセは、高い点数を上がる必要はない。

 さっさと局を進めて、このゲームを終わらせれば勝ちなんだから。

 当然、スピード重視で上がることだけに終始する。

 さて、これで私の親も流れちゃったし、大分苦しくなったな。

 でも私は最後まで、絶対に諦めない。

 諦めの悪さだけが、私の武器なんだから。


 とはいえ、現実はそう甘くなかった。

 その後は私も中々高い点数が上がれず、最終局を迎えた時点での私の点数は69200点。

 十万点を取るためには、実質上がり点が32000点の役満やくまんを上がる以外に手はない。

 もちろん役満はそんな簡単に上がれるものじゃない。

 でもそれしか手がないなら、後は愚直に突っ込むだけだ。


 そして奇跡は起きた。


 私は国士無双こくしむそうという役満を聴牌てんぱいした。

 国士無双は么九牌やおちゅーはいと呼ばれる牌を13種類集める役で、私はその内の12種類を引き入れた。

 あと必要な牌は『とん』という牌だけ。

 場を見る限り、東は一枚は山に残っているはず。

 私の自摸はあと三回。

 三回以内に東を引ければ、私の勝ちだ。

 私は平静を装いつつも、自摸る手に自然と力が入ってしまった。

 まずは一回目。

 自摸った牌は…………『はく』。

 違う。

 ……大丈夫だ、あと二回ある。

 二回目。

 自摸った牌は…………『なん』。

 惜しい!

 あと一回か……。

 ダメダメ! 弱気になったらお終いよ!

 神様お願いします!

 もう一生良いことがなくてもいいから、今だけは私に運をください!

 最後の自摸。

 自摸った牌は……………………『南』。


「……どうやら終いやの。まあネーチャンも頑張ったほうやと思うで。でも残念やったな、この勝負はウチの勝ちや」

「……いいえ、の勝ちよ」

「は?」


 バキバキバキバキ、バキンッ


 突然巨大な指が宇宙船の天井を突き破り、部屋の屋根を剥ぎ取った。

 開放感溢れる天井から、全長六十メートルはあろうかという、人型のバケモノが顔を覗かせた。

 そのバケモノの肩には、涙で顔をグシャグシャにした沙魔美氏が乗っている。

 例の呪いのチョーカーも外れてるみたいだ。


「堕理雄!! 菓乃子氏!!!」

「……沙魔美」

「な、何じゃこりゃああああああ!!!!!」


 フウ、ギリギリ間に合ったかな。




「わあ、凄いですねこのモンスター。今度漫画のネタに使おうかな」


 沙魔美氏の後ろから諸星つきみ先生が顔を覗かせた。

 凄い。

 沙魔美氏は本当に諸星先生と友達だったんだ。


 私が考えた作戦はこうだ。

 まず沙魔美氏が諸星先生に連絡を取って事情を説明し、諸星先生にSNSで、『友達のナットウゴハンさんがピンチなので、ナットウゴハンさんのお母さんは今すぐ駆けつけてあげてください』とポストしてもらう。

 沙魔美氏のお母さんも諸星先生のファンらしいから、旅行先でも諸星先生のポストはチェックしているかもしれない。

 あとはポストをチェックしたお母さんが助けに来てくれれば、多分解決する。

 だから私の仕事は、お母さんが来てくれるまでの時間稼ぎだった。

 正直言って一か八かの分の悪い賭けだったけど、何とか今回は勝てたみたい。

 本当は麻雀にも勝てたら格好良かったんだけど、まあ、それは贅沢か。

 でもまさか、高校生の時に堕理雄君と仲良くなりたくて覚えた麻雀が、こんなところで役に立つとはね。

 こういうのを『人間万事塞翁が馬』って言うんだっけ?

 違うか。


「堕理雄さーん! アッシも助けにきやしたよー!」


 諸星先生の更に後ろからは、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンが顔を出した。


「いや、お前は別に呼んでない」

「そ、そんなあ」


 何だか堕理雄君が伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンに冷たい。

 この二人、何かあったのかな?


「こ、こここ、これは、伝説の超魔神ラグナロクジェノサイドトールハンマーザッハトルテアポカリプス……。なんでお前がこないなもんを……」


 ピッセが顔面蒼白で震えている。

 私はこの大きな召喚獣は初めて見たけど、ピッセでも青ざめるくらい、凄い召喚獣なんだろうな。


「流石にこれは私のじゃないわよ。私一人でも十分だって言ったんだけど、登場は派手なほうがいいからって、私のママが貸してくれたの。ママは旅行中だったから、トリニダード・トバゴに戻ったけど」

「お! そこはかとないエロスを感じる国ですね!」

「だから君は今すぐトリニダード・トバゴの方向に土下座しなさい」


 堕理雄君が未来延ちゃんにも冷たい。

 ……いや、今のは未来延ちゃんが悪いな。


 そして沙魔美氏は、極めて優雅な口調でこう言った。


「さてと、随分文字数もかさんでしまったし、今日はこの辺でお開きにしましょう。かませ犬……いや、かませうおさん、最後に何か言い残すことはあるかしら?」

「くっ……ウチを倒したとしても、また第二、第三のかませ魚が……」

「あ、ごめんなさい。電波が悪くてよく聞こえないわ」

「いや! 直接話してるや――」


 グシャッ


 伝説の超魔神ラグナロクジェノサイドトールハンマーザッハトルテアポカリプスの巨大な拳が、かませ魚に振り下ろされた。

 痛そう(小並感)。




「アラ、流石伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツのキャプテンね。伝説の超魔神ラグナロクジェノサイドトールハンマーザッハトルテアポカリプスのパンチを喰らっても、人の形を留めてるなんて。でも、今度こそ動くことさえできないみたいね。今の内に、額に『鰯』って書いておきましょ」

「……沙魔美」

「…………堕理雄」


 沙魔美氏が指をフイッと振ると、堕理雄君の亀甲縛りが解けた。


「沙魔美」

「堕理雄」

「沙魔美!!」

「堕理雄!!」


 二人は数年ぶりに再会した恋人のように、固い抱擁を交わした。

 そして人目も憚らず、熱いキスをした。

 真衣ちゃんが何やら激昂していたが、まあ、今日だけはしょうがないんじゃないかな。

 ただ、堕理雄君との再会をよそに、沙魔美氏が私のところに駆け寄って来た。


「菓乃子氏!」

「え、うわっ」


 沙魔美氏が跳びかかるように私に抱きついた。

 そして私にも熱いキスをした。

 おファッ!?


「さ、沙魔美氏……」

「本当にありがとう菓乃子氏。あなたがいなかったら、堕理雄は助けられなかったわ」

「沙魔美氏……」


 そして沙魔美氏は、私にだけ聞こえる声で、耳元で囁いた。


「でも本当にごめんなさい。今ので我慢してちょうだい」

「!」


 ……そういうことか。

 沙魔美氏はずっと、私の堕理雄君に対する気持ちに気付いてたんだ。

 でも堕理雄君を私に譲るわけにはいかないから、今の堕理雄君との間接キスで我慢してってことか。

 ふふ。

 まったく、沙魔美氏も不器用なんだから。

 私も沙魔美氏にだけ聞こえる声で言った。


「……私こそごめんね沙魔美氏。私やっぱり堕理雄君のことは諦められない。沙魔美氏が油断してたら、私が奪っちゃうからね」

「!」


 私と沙魔美氏は、少しの間見つめ合うと、堪え切れずに吹き出した。


「アッハッハッハッ、私は絶対に負けないわよ菓乃子氏」

「うふふ、私だって」


 私と沙魔美氏は今日、本当の友達になれたのかもしれない。


「あれ? 確か主人公は俺だったよね?」


 パンイチ自称主人公の虚しい呟きは、夕暮れの空に溶けていった。







 やれやれ、昨日は酷い目に遭った。

 主人公の座は菓乃子に奪われるし、沙魔美には朝まで監禁亀甲縛りプレイを敢行されるし。

 まあ、でも何とか無事に日常に戻れて良かった。

 危うくタイトルが、『俺の彼女は宇宙海賊、しかも変な関西弁』に変わってしまうところだった。

 さてと、今日はスパシーバでバイトだ。

 日常のありがたみを味わうためにも、今日も一日がんばるぞい!

 俺はいつも通り、裏口からスパシーバの店内に入った。


「お疲れ様でーす」

「オウ、アンチャン。今日からよろしゅうな」

「ギョッ」


 そこにはセクシーなメイド服を着た、ピッセが立っていた。


「お、お前……何故ここに……」

「それがなあ、フネは壊されてまったし。かといって、伝説の超魔神ラグナロクジェノサイドトールハンマーザッハトルテアポカリプスまで使役しとるバケモンもおるんじゃ、地球征服もできんしな。しゃーないからこの店で、住み込みで雇ってもらうことにしたんや」

「そんな……どうやって……」

「私が斡旋したんですよ普津沢さん」

「……未来延ちゃん」


 やっぱり君か。


「いやー、日焼けで眼帯でヒレ付きのセクシーメイドなんて、他じゃ中々見られないですからね。ピッセさんにはうちの看板娘になってもらって、お客さんをガッポガッポ呼んでもらいましょう」

「ガッポガッポの使い方間違ってない?」


 これはまた厄介なことになったな。

 沙魔美には何て説明しよう……。


「まー、そーいうわけやから、これからもいろいろ教えてくれや、せ・ん・ぱ・い」

「……」


 これじゃ『俺の後輩はセクシーメイド、しかも額に鰯って書いてある(まだ消えてない)』だな。

 ちなみに慣れない長編バトルものを書いて作者は疲れたそうなので、次回からはまた日常編に戻るそうです(吐血)。

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