目次
ブックマーク
応援する
9
コメント
シェア
通報

第33魔:ワールドクラス

「産休中の漫画編集者、上月うわつき倫子りんこがお送りする前回のあらすじ。私、上月倫子はデビュー当時から諸星つきみ先生を担当してたんだけど、今は産休で休職中。でも私には誰にも言えない秘密がある。実は私のお腹の中にいる子は、夫の子ではないの。夫のことは愛している。優しくて、いつも私を気遣ってくれる夫に不満はない。けれど、結婚してからも私の心の中には、学生時代に付き合っていた元カレとの思い出が、色褪せずにいつまでも残っていた。そんなある日、街で偶然再会した元カレと、私は一夜限りの過ちを犯してしまったの。そして私は妊娠した。私は夜も眠れない程悩んだけれど、結局は産む決心をしたわ。幸い夫はお腹の子が自分の子ではないなんて、夢にも思っていない。でも本当にこれでよかったのかしら? 子供が大きくなるにつれて、どんどんと自分と似なくなっていく様を見て、果たして夫は何を思うのかしら……。そして、真衣ちゃんの高校の体育祭に見学に来た堕理雄と沙魔美は、その後どうなっているのやら。それではCM明けまーす」

「急に昼ドラみたいにドロドロした展開になってきた!! そんな重い真実、俺に教えないでくださいよ!」

「うふふ、大人の世界には君が思っているよりも、深くて暗い闇が潜んでいるのよ」

「……大人になるのが怖くなりました」

「堕理雄、何してるの? 今からお昼休憩ですって」

「あ、ああ、今いくよ」


 お昼休憩ってことは、生徒は保護者と一緒にランチを食べたりするのかな?

 俺達は何も持って来てないけど、真衣ちゃんはどうするんだろう?


「安心して堕理雄、抜かりはないわ。私がお風呂に入りながらお弁当を作っておいたから、これを三人で食べましょう」

「え」


 沙魔美はどこからともなく、大きな重箱の包みを取り出した。

 お風呂に入りながらお弁当作ったってどういうこと!?

 ……まあ、沙魔美ならそれも可能か。

 ちょうど腹も減ってたし、文句は言うまい。


「ほう! 悪しき魔女にしては気が利くじゃないですか」

「当然よ! もちろん中身も期待していいわよ。マイシスターの好物で埋め尽くしてるから。ぱんぱかぱーん」


 沙魔美は大仰に重箱の蓋を開けた。

 そこには――


 鶏の唐揚げが、びっしりと敷き詰められていた。


 ……え?


「……沙魔美……これは?」

「だからマイシスターの好物で埋め尽くしてるって言ったでしょ。唐揚げ好きでしょ? マイシスターは」

「なっ! なんであなたがそんなこと知ってるんですか!? 私あなたの前で、好物の話なんてしたことありませんよね!?」

「それは、まあ……魔法で、チョチョイっとね」

「っとねじゃないですよ! 何ひとの個人情報勝手に暴いてるんですか!? コンプライアンス違反です!」

「まあまあ真衣ちゃん、せっかく沙魔美が作ってくれたんだから、黙って食べなよ」

「沙魔美! 何俺が言った風にしてんだよ! 文字じゃ誰が言ったかわからないからって、調子に乗るなよ!」

「何よ! ひとがせっかく作ってきたっていうのに! 嫌なら食べなきゃいいじゃない!」

「逆ギレかよ……」


 しかも唐揚げオンリーなのかよ……。

 おにぎりすらなしで?

 声優の下〇紘だって、流石にこの量はキツいだろ。


「おっ、なかなか美味そうな唐揚げじゃねーか。俺も一つもらっていいかい?」

「!!」


 ……この声は。

 間違いない。

 俺がこの世で一番嫌いな声だ。間違うはずがない。

 俺が振り返るとそこには――


 俺のバカ親父が、アホ面をぶら下げて立っていた。




「久しぶりだな堕理雄。相変わらず辛気クセー面してやがんな」

「……遺伝だよ」

「はっはっはっ! そいつは災難だったな。親の顔が見てーぜ」

「……」


 クソッ。

 相変わらずイライラするオッサンだ。

 ていうか、親父は今日は来れないって、真衣ちゃん言ってなかったか?

 それなのになんでここに?

 真衣ちゃんのほうを見ると、真衣ちゃんはバツが悪そうに目を逸らした。

 ……そういうことか。

 親父が来れないってのは嘘だったんだな。

 俺を親父に会わせるために、真衣ちゃんが一芝居打ったってわけだ。

 まったく、兄想いの妹を持って、幸せ者だな俺は。


竜也たつやさん、堕理雄君を困らせちゃダメよ。せっかくの親子の再会なんだから」

「ん……そう言うなよ。これが俺達のスキンシップの取り方なんだからよ」

「本当かしら」

「……あ」


 親父に気を取られていて気付かなかったが、親父の横に目を見張る程の美人が立っていた。

 もしかしてこの人が……。

 間違いない。真衣ちゃんにそっくりだ。

 この人が真衣ちゃんのお母さんだ。

 そして親父の再婚相手で……お袋と親父の幼馴染。

 これだけ聞くと、つくづく複雑な人間関係だな。

 いや、実際問題、さっきの昼ドラ並みに十分複雑なのだが。

 ただ、これはここで言うべきことではないかもしれないが、真衣ちゃんのお母さんは、胸だけは残酷なまでに絶壁だった。

 ということは真衣ちゃんの胸も一生……いや、これ以上はやめておこう。


「初めまして堕理雄君。私の名前は冴子さえこといいます。あなたのことは、竜也さんからいつも聞いてるわ」

「あ、どうも……」


 うおお、メッチャ気まずい……。

 そもそも親の再婚相手と会うなんて経験、大半の人がしないまま人生を終えるだろうに、それが今日、突如俺の身に降りかかるとは……。

 全然心の準備ができてないから、どんな顔をすればいいのかわからない。

 俺がしどろもどろになっていると、親父はそんな俺を無視して、沙魔美のほうを見て言った。


「ってことは、こっちのべっぴんな嬢ちゃんが、バカ息子の……」

「はい、堕理雄さんとお付き合いさせていただいている、病野沙魔美と申します、お父様」


 沙魔美は両手でスカートの裾を摘まみ、軽く持ち上げて、うやうやしくお辞儀をした。

 早速外面モードになってやがる。

 とてもさっきまでバラエティ番組のディレクターを目指していた人間とは思えない。

 いや、目指してはいないが。


「へえー、うちのバカ息子には勿体ねーカワイ子ちゃんじゃねーか。オメェも罪深い男だな、堕理雄」

「アラ嫌だ、お上手ですわお父様」

「……」


 罪深いのはどっちだよ。

 こんなことを言うとまたマザコンだとか言われそうだが、うちのお袋だって客観的に見れば相当美人なほうだ。

 その上冴子さんみたいな、同じく親父には分不相応な美人とも幼馴染で、結果的に両方と婚姻関係を結ぶなんて、どこのラノベ主人公だよ。

 ……いや、よく考えたら、俺もまったく親父のことは言える立場じゃないので、ここは痛み分けということにしておこう(脱兎)。


「アラ? お父様、その腕は……」


 え? 腕?

 沙魔美に言われて俺は親父の腕を見た。

 そして俺は絶句した。

 親父はいつも通り上着を腕を通さずに肩に羽織っているだけだったので今まで気付かなかったが、よく見れば右腕の肩から先が付いていなかった。

 ……え。


「……親父、その腕は……」

「ああ、これか、まあ、いろいろあってよ」

「……」


 いろいろあってよ?

 いろいろって何だよ!?

 何があったら、人間の腕が丸ごと一本なくなるんだよ!!


「お兄さん、落ち着いてお父さんの話を聞いてあげてください」

「! 真衣ちゃん……」


 真衣ちゃんに後ろから腕の袖を引っ張られ、俺のカッとなった頭は、少しだけ冷えた。


「……話せよ。何があったのか」

「……わーったよ。だが立ち話もなんだから、みんなで飯を食いながらにしよーぜ」

「……」

「私お弁当作って来たからみんなで食べましょう。今日は真衣の好物を作って来たのよ」

「え……それって」


 冴子さんが手に持っていた大きな重箱の蓋を開けると、案の定そこには夥しい数の唐揚げが敷き詰められていた。

 ……だれかギャ〇曾根を連れて来てくれ。




「一言でいうなら、俺の命を狙ってた連中についに捕まっちまってよ。でも何とかこの腕一本で勘弁してもらったってわけだ」

「はあ!? マジかよそれ!?」


 親父は沙魔美の作った唐揚げと冴子さんの作った唐揚げを交互に食べながら、淡々と語り出した。

 捕まっただって!?

 だって、真衣ちゃんは追跡の目はほとんど無くなったって言ってたじゃないか!?

 ……いや、それも嘘か。

 真衣ちゃんは俺に心配をかけないように、敢えてそう言ったんだ。

 本当はあの時点で、既に親父の腕はこうなってたんだな……。

 でも勘弁してもらったってのが腑に落ちない。

 相手は武闘派のヤクザだったんだろ?

 そんな連中に命乞いが通じるとは思えないが……。


「オメェの考えてることはわかるぜ、堕理雄。もちろん俺も、腕一本だけで許してもらったわけじゃない。麻雀で勝負して、それに勝ったから、腕一本で手打ちになったんだ。まあ、今の俺は手は打てないけどな」

「そういうのは今はいいから」


 麻雀で勝った?

 でも元々代打ちの勝負で、親父に負けた連中から恨みを買ってたんだろ?

 そんなやつらが自分達より腕が上の親父と、再度勝負なんかするか?


「もちろん盛大なハンデは付けてやったぜ。俺が十万点以上取れなかったら、俺の負けでいいってな」

「なっ!」


 それって……。

 菓乃子がピッセ相手にやったのと同じ……。

 しかもそれをプロ相手にやったってのか?

 そんなの嘘だ。

 いくら親父が強いって言ったって、そんなのは不可能なはずだ。


「それができちゃったんだなーこれが。まあ、流石の俺も楽勝とまではいかなかったけどよ。オメェは俺が実際どんだけ麻雀TUEEEEか知ろうともしなかっただろ? 例えて言うなら、なろう主人公のチートキャラ並みの強さだったんだぜ、俺」

「そんな……まさか」

「本当よ堕理雄君。竜也さんの麻雀の腕は、私が保証するわ」

「冴子さん……」


 そんなにもか。

 プロ相手に十万点取れるくらい、親父は強かったのか。

 でも……だけど……。


「……それでも、利き腕を無くしちまったら……麻雀はできねーじゃねーか」

「……そうだな。まあ連中も、だからこそ命は助けてくれたんだろうしな。この間、桜紋会おうもんかいにも挨拶してきたよ。代打ちは引退させてくれってな」

「っ!」


 そんな……。

 親父が代打ちを引退……?

 じゃあ親父はもう、麻雀はしないってことか?

 あれ。

 何だ俺。

 なんで俺こんなに胸が痛いんだ?

 あんなに親父が麻雀やるのが嫌だったのに。

 あんなに親父のことが嫌いだったのに。

 やっと親父が代打ちを引退して、やっと嫌なことも嫌いなものもなくなったはずなのに。

 なんで俺はこんなにも……。


「堕理雄、はい、これ」

「……沙魔美」


 沙魔美は俺にそっと、ハンカチを差し出した。

 なんで今ハンカチ?

 そこで俺は初めて気付いた。

 俺の頬が、涙で濡れていることに。


「なっ! これは……」

「わかってるわよ堕理雄。あなたも本当は、麻雀をしてるお父様が大好きだったのよね」

「そっ、そんな……こと……」


 ……。

 そうだったのかな。

 確かに親父はどうしようもない父親だったけど、子供の頃に見た麻雀をしてる背中は、どんなテレビのヒーローよりも輝いて見えた。

 だからこそ俺は、辛く厳しい麻雀の修行にも耐えられたんだ。

 それなのに俺が高校の時にお袋と俺を捨てて出て行って……だけどそれは本当は、俺達を守るためで……。

 クソッ。

 頭の中がグチャグチャで訳がわかんねえ。

 しかも挙句の果てに結局親父は麻雀できなくなってるし……これじゃ、お袋が自分を殺してまで親父に代打ちをさせようとしたのが、完全に無駄じゃないか!


「そんなもんだよ、人生なんて」

「!」


 親父が俺の心の中を覗いたかの様に、サラッと言った。


「でも俺がやってきたことは無駄なんかじゃねーぞ。俺が代打ちで汗水垂らして戦ってきたからこそ、救えた命も沢山ある。それにな、俺は代打ちは引退したが、麻雀自体を辞めたわけじゃねえ。実は今はよ、ジジイババア相手に、ボケ防止の麻雀教室やってんだ」

「え?」


 麻雀教室?

 親父が?


「ジジイババアどもは、人生酸いも甘いも噛み分けてきた連中ばっかだからよ。片腕がねーくらい何とも思ってねえから、気楽にやれてるぜ。ハハッ」

「……」


 何笑ってんだよ。

 ……ハハッ。

 親父が麻雀教室ね。

 親父が年寄り相手に四苦八苦してる様を想像したら、バカらしくて俺まで笑えてきちまったよ。

 ……待てよ。

 てことは、今の親父は、命の危険からは逃れられたってことだよな?

 それならもう一度お袋と――。


「それにな堕理雄、オメェにも、もう一人弟か妹が出来るからよ。いつまでもそんな顔してたら、笑われちまうぞ」

「……え」


 ……今何て言った?


「まあ! おめでとうございます! お父様! 冴子さん!」

「おう、ありがとよ沙魔美ちゃん」

「ありがとう、沙魔美さん」

「ちょ、ちょっとお父さんお母さん! 私も初耳なんだけど!」

「ワリーな真衣。ついさっき、検査してきてわかったんだよ」

「だからあなたに黙ってたわけじゃないのよ、真衣。……三ヶ月ですって」

「……そうなんだ」


 真衣ちゃんは嬉しさを押し殺せないのか、痒いわけでもないだろうに、全身を両手でワキワキと掻いていた。

 ……俺は今何を考えていたんだ。

 経緯はどうあれ、今の親父は冴子さんの夫で、真衣ちゃんの父親だ。

 真衣ちゃんのことを呼び捨てにした親父を見て、今の親父は普津沢竜也ではなく、夜田竜也なのだと改めて実感した。

 それにしても、俺と真衣ちゃんに弟か妹が……。

 俺と真衣ちゃんは血は繋がっていないけど、生まれてくる弟か妹はそのどちらとも血が繋がっている。

 そう思うと、俺も真衣ちゃん同様、全身がムズムズして掻きむしりたくなる衝動に駆られた。

 別に今まで真衣ちゃんのことを妹と思ってなかったわけじゃないけど、これからは一層、兄妹としての絆が深まる様な気がした。

 ……やれやれ。

 今日は何でもない、ただの平日だったはずなのに、とんだ一日になったもんだ。


「……お父様」

「ん? 何だい沙魔美ちゃん」

「マイシス……真衣さんからお聞きになってるかもしれませんが、私は魔女なんです」

「! 沙魔美……」

「ああ、聞いてるぜ」


 ……沙魔美、どうしたんだ急に。


「もしよろしければ、私の魔法でお父様の腕を治すこともできますよ」


 え!?

 そうか、沙魔美ならそんなことも可能なのか。

 それなら親父もまた代打ちを……。


「いや、せっかくだけど、気持ちだけもらっとくよ」


 っ!


「……そうですか」

「……親父」

「だからそんな顔すんなって堕理雄。……沙魔美ちゃん、麻雀のルールは知ってるかい?」

「はい、堕理雄さんとお付き合いを始めて間もない頃、堕理雄さんから教わりました」

「じゃあわかるよな。麻雀は、一度捨てた牌は絶対に手元には戻せない」

「……!」

「まあ、麻雀に限らず、将棋や囲碁、野球やサッカーみたいな、勝負事って言われてるもんは全部、一度戦いが始まったら、絶対にやり直しはできねーんだ」

「……」

「それなのに、長年勝負の世界に生きてきた俺が、沙魔美ちゃんの魔法ちからに頼って、都合悪いことを無かったことにしちまったら、俺はもう勝負師じゃなくなっちまう」

「……お父様」

「わかってるんだぜ、俺だって。バカなこと言ってるってのはよ。でもな、これが男の矜持ってやつなんだ。理解してくれとは言わねーが、そういうもんだと思っといてくれや」


 ……男の矜持ね。

 俺も男だから、親父の言いたいことは少しはわかる。

 まったく、つくづく男ってのは、バカな生き物だな。


「……わかりました。差し出がましいことを言ってすみませんでした」

「いやいや、本当に気持ちは嬉しいんだぜ。沙魔美ちゃんみたいなイイ娘、うちのバカ息子には金髪豚野郎に真珠だぜ」


 何言ってんだよ。

 親父は沙魔美の本性を知らないから、そんなこと言ってられるんだぞ。

 それに俺は金髪じゃねーし。


「お父様も、堕理雄さんのお父様だけあって、とっても素敵ですわ」

「おっ? そうかい。俺もまだまだ隅に置けねーなー。はっはっはっ」


 ……あんま調子に乗んなよ、昭和のラノベ主人公が。


「ではその代わりと言っては何ですが、ご懐妊祝いに、午後イチの保護者参加リレーでは、私の駿足をお見せいたしますわ!」

「え? おい沙魔美、お前は真衣ちゃんの保護者じゃないだろ」

「将来的には保護者になるんだから問題はナッシングよ!」

「大アリですよ! 私はそもそも、まだあなたとお兄さんの交際を認めてませんからね! それにあなたは運動神経死んでるじゃないですか!」

「ご懐妊パワーで生き返ったわよ! おっ、どうやらお昼休憩は終わりみたいね。付いてらっしゃい、マイシスター!」

「ああ! 待ちなさい、悪しき魔女!」


 ……デコボコ姉妹が行ってしまった。

 本当に俺達は、いろいろと変な人間関係だよな。


「……大変だな堕理雄、魔女の彼女なんて」

「……まあ、覚悟はしてるよ」

「そうかよ。しっかし沙魔美ちゃんのオッパイはワールドクラスだな。俺もご相伴にあずかりてーぜ」

「おい! 親父!」

「た・つ・や・さ・ん」

「イデデデデデ!」

「!」


 冴子さんが親父の耳を思い切り捻り上げた。

 どうやら母子揃って、巨乳は不倶戴天の敵らしい……。


 ちなみにこれは余談だが、保護者参加リレーで真衣ちゃんからバトンを受け取った沙魔美(いつの間にかブルマに着替えていた)は、一歩目で派手にスッ転び、そのまま保健室に運ばれた。

 ……ニャッポリート!

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?