「あ、天邪鬼? ……病野様、天邪鬼、って?」
あ。
やっべ。
天邪鬼っていうのは俺の中だけで呼んでる犯人の通称だから、みんなに天邪鬼って言っても、伝わらないんだった。
それなのに俺ったら、ドヤ顔で「天邪鬼は……この中にいる」とか言っちゃったよ!?
うわどうしよう!
バリメッチョ恥ずかしい!!
「いや……まあ……。天邪鬼っていうのは……犯人の通称というか……何というか」
「あ……ああー、通称ですか」
オーナーが、『あっ……(察し)』みたいな顔をしている。
そんな眼で見ないで!!
これからカッコつけて謎解きしようっていう場面なのに、これじゃ俺が犯人をイタい名前で呼んでる中二病の人みたいじゃん!(実際そうだが……)
「……今回の事件での一番の謎は、天邪鬼がどうやって上木さんの身体を瞬時に切断した上で、密室から抜け出したのかという点でした」
俺はもう、さっさと謎解きに入って誤魔化すことにした。
「さては堕理雄、さっさと謎解きに入って誤魔化そうとしてるわね?」
なんでお前が裏切ってくるんだよ!?
夫を支えるのが妻の務めじゃなかったのか!?
なんで夫の傷口に、妻がハバネロを塗り込んでくるの!?
「それは私達もずっと疑問に思っておりましたが、本当にそんなことが可能なのですか?」
そんな俺を見兼ねたのか、オーナーが助け船を出してくれた。
サンキューオーナー。
「もちろん、普通に考えたらそんなことは不可能でしょう。ただ、たった一つだけ、不可能を可能にする方法があるんです」
「そ、その方法とは!?」
「それが可能なのは、この中では一人だけ。それは…………お前だよ」
「え」
――俺は沙魔美のことを指差した。
「お前こそがこの事件の真犯人、天邪鬼だ」
「な、何ですって!?」
「お前がユミユミを殺したのか!?」
「あなたがウチの人を!?」
「病野様……本当なんですか病野様!」
皆一様に、驚愕の声を上げている。
が、当の沙魔美は、氷の様に冷たい眼で俺を見つめ、唇を真一文字に引き結んでいる。
「……どういうことかしら堕理雄。あなたはそんな冗談を言うタイプじゃないでしょ?」
「ああ、俺もこれが冗談だったら、どんなによかったかって思ってるよ」
「……そこまで言うなら、私が犯人だっていう証拠があるんでしょうね?」
「……あるよ。その前に、最後に確認させてくれ。今のお前は、本当に魔法が使えないんだな?」
「魔法? 病野様、魔法というのは、何のことですか?」
オーナーが当然の疑問を口にした。
「実は沙魔美は魔女で、魔法が使えるんです。だから沙魔美なら、上木さんの身体を真っ二つにすることも、密室を作り出すことも、魔法を使えば容易に実現可能なんです」
「そ、そんな!?」
「……でもそれは、魔法が使えたらの話でしょう? さっきも言ったじゃない。今の私は、魔法が使えないのよ」
「いや、それは嘘だ。お前は魔法が使える」
「っ! なんでそんなことが、あなたにわかるのよ!?」
「だって俺は、お前が魔法を使うところをこの眼で見たからな」
「え?」
「……4号室の密室に入る時だよ」
「……あっ!」
「思い出したみたいだな。あの時お前は、4号室のチェーンロックを、手刀で
俺は愛人さんに、確認を取った。
「え、ええ……。確かに見ました」
「……」
沙魔美は明らかに動揺した様子で、無言のまま俯いている。
「お前が上木さんの身体を
「…………流石ね、堕理雄」
沙魔美は自嘲気味に笑みを浮かべながら、そう言った。
それは実質、自らの罪を認めたに等しい行為だった。
「……なんでだよ沙魔美。なんでお前が、こんな酷いことを……」
「なんでだと思う?」
沙魔美は妖艶な眼で俺を見つめながら、そう聞いた。
「……わからないよ。でもお前のことだ、きっと何か、深い理由があるんだろ!? 話してくれよ! その
「……それはね」
沙魔美は食堂のテーブルの下から、フリップの様なものを取り出した。
ん? 何だあれは?
そして沙魔美はそのフリップを、俺に見えるように目の前で掲げた。
――そこにはこう書いてあった。
『ドッキリ大成功!』
「……………………え」
「テッテレー!」
沙魔美は自前の効果音と共に、満面の笑みを向けてきた。
え?
え?
え?
どういうこと?
おかしいな?
俺にはフリップに、『ドッキリ大成功!』って書いてあるように見えるんだけど??
「フフフフフ、どう堕理雄? ビックリした?」
「…………うん。ビックリはしているけど」
「よかった! では、他の演者の方にも入って来てもらいましょう」
「え?」
沙魔美がオーイと呼ぶと、食堂に黒田と上木とユミユミの三人が、ピンピンした様子でにこやかに入場してきた。
ニャッポリート!?!?
あなた方は死んだはずでは!?
そこも含めてドッキリだったってこと!?
「いやー、私は堕理雄さんにバレるんじゃないかと、ずっと内心冷や冷やしてましたよ」
「は?」
そう言うと黒田は、目出し帽をスポンと取った。
するとそこには、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの、見慣れた顔が鎮座していた。
「お前だったのかよーーー!?!?!?」
どうりでどこかで会ったことがあるような気がしてたよ!
「私達もそうですよ」
「!?」
オーナーや奥さん、その他の面々は、顔に特殊メイクを施したマスクを着用していたらしく、マスクを取ると、みんな伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンだった。
ニャニャッポリート!?!?
「へへへ、アッシの演技もなかなかのもんでやしたでしょ?」
タックンはクズオだった。
タックンはお前だったのか!?
どうりで一挙手一投足が、鼻につくと思ってたよ!
何だよこの空間!?
全員身内しかいねーじゃねーか!?
何これホームパーティー!?
「じゃあみんなで一緒に言うわよ。せーのッ」
「「「堕理雄さん、ハッピーバースデー!!」」」
全員一斉に、俺に向けてクラッカーを発射した。
………………。
「ふ・ざ・け・る・なーーー!!!!!」
「キャー!」
俺の怒りが有頂天(?)に達した。
「今度という今度は絶対許さないぞ沙魔美!! お前は人の命を何だと思ってるんだ!? 俺はな、俺は本ッッッ気で心配してたんだぞ!! それが何だ!? ドッキリだと!? 悪ふざけも大概にしろ!!!」
「……そうよね。ゴメンなさい。ちょっとやりすぎたわ。堕理雄に誕生日のサプライズを用意したくて、半年前からコツコツ準備してたんだけど……」
「は、半年前!?」
そんなに前から……?
「でも、堕理雄にはこのサプライズパーティーは楽しんでもらえなかったのよね? 私の努力が足りなかったんだわ。本当に……本当にゴメンなさい。……うっ……グスン」
遂には、沙魔美はメソメソ泣き出してしまった。
召喚獣達は、「あーあ、泣かせちゃった」みたいな顔で、俺を見ている。
ちょっと待って!?
これ俺が悪いの!?
…………えええぇ。
「……さ、沙魔美、そんなに泣くなよ。さっきは俺も言いすぎたよ。悪かった」
「グスン。じゃあ、サプライズは楽しかった?」
「ああ、楽しかった。楽しかったよ。だからもう泣くな。な?」
「うん! 喜んでもらえたなら嬉しいわ!」
「あれ?」
沙魔美は瞬時に泣き顔から笑顔になった。
こ、こいつ!!
嘘泣きしてやがった!?
「ん? どうしたの堕理雄? 私に何か、言いたいことでもあるの?」
「いや……」
一度許すような言い方をしてしまった手前、今からじゃ怒り辛い……。
さてはこいつ、ここまで全部計算ずくで、この計画を立ててやがったんだな?
つくづく沙魔美は悪戯好きのひねくれ者――いや、天邪鬼だな。
「フフフ、でもね堕理雄、堕理雄の推理で、一つだけ間違ってるところがあるのよ」
「え?」
どこが?
「私が魔法を使って、各トリックを成立させたってところよ。私は今回の一連の犯行で、一度も魔法は使ってないわよ」
「は!?」
そんなバカな!?
「魔法を使わないで、どうやって身体の切断やら、密室やらを成立させたんだよ!?」
「簡単な手よ。上木の遺体は、精巧に作られた、ただの人形だったのよ。血は血糊だし」
「人形!?」
あれが!?
「ええ。しかも内蔵スピーカー付きのね。その内蔵スピーカーから、あらかじめ録音しておいた上木の悲鳴を、遠隔操作で出させたの。ちなみに湖に沈めてあった黒田の遺体も人形よ。よく出来てたでしょ?」
「……マジかよ」
「とはいっても、流石に近くでまじまじと観察されたら人形だってバレてしまうから、眼を背けたくなるような凄惨な現場にしたり、湖に沈めたりしたってわけ」
「……」
見立て殺人にしていたのが、そんな理由だったとは……。
「でも、密室はどうやって作ったんだ? 魔法なしじゃ、あんな状況は作れないだろ」
「そんなことないわ。偉大な先達のミステリー作家達は、ありとあらゆる手を使って、あの程度の密室は星の数程作ってきたものよ。その中でも今回は、とりわけ単純な手を使わせてもらったわ」
「……どんな?」
「まず、チェーンロックを私の手刀でも簡単に切れるくらいの材質で、且つ通常より長めのものに付け替えるの」
「!」
「チェーンが長ければ、外側からでもロックは掛けられるでしょ? 堕理雄は普段家の鍵にチェーンロックまではわざわざ掛けてないから、ちょっとくらいチェーンが長くても、気付かないと思ったわ」
「……なんてこった」
確かに気付かなかったけど……。
「もちろんこれは、実際の殺人事件では使えない手だけどね。プロの鑑識に調べられたら、一瞬で見破られてしまうもの。ま、今回は堕理雄個人を、一時だけでも騙せればよかったんで、これで十分だったけど」
「……でも、それなら材質も本物にしておいたほうがよかったんじゃないか? わざわざお前が手刀でチェーンを切るところを俺に見せなきゃ、俺はお前が犯人だって気付かなかったかもしれないのに」
「何言ってるのよ。これはドッキリなんだから、逆に気付いてもらわなきゃ困るのよ。あなたが私を犯人だって指摘したところで、テッテレーしたから面白かったんだから。だからこそ、堕理雄が真相に気付くように、要所要所で堕理雄を私が誘導してたのよ」
「!」
……そっか。
今日一日の沙魔美の行動は、全てこうなるように仕組まれた、演技だったってわけか。
「ユミユミが殺された後、この食堂に来た時に、堕理雄が事件の究明を諦めてそうになっちゃった時は焦ったわ。この後の展開は、私も用意してなかったから」
「! ……だからあの時お前は、必死に俺を励ましてたのか」
「そゆこと」
聖母の様な眼で見られていると思っていたが、内面はゴリゴリの悪しき魔女だったってことか。
ほとほと、女程怖い生き物はいないな。
「ちなみにユミユミの首吊りだけど、あれは伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの伸ばした髪の毛をロープ代わりにして、首に巻き付けて首を吊ってるように見せかけていただけよ」
「あれ、髪の毛だったの!?」
「いやー、お恥ずかしい」
伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは、照れながら頭を掻いた。
いやそこ照れるとこ!?
ああ、だからロープが浅黒かったのか。
「ついでに言うと、今回誰も泊まっていなかった2号室は、殺されて退場したメンバーの控え室として使っていたわ。控えメンバーには、吊橋を焼いたり、短冊を回収したりと、陰でいろいろ頑張ってもらっていたのよ」
召喚獣達は、上司に褒められてちょっとだけ誇らしげだった。
いや、君達が頑張りすぎたお陰で、俺は今とても複雑な気持ちで誕生日を迎えてるんだけどね?
「……なんでそこまで魔法を使わないことにこだわったんだよ? 魔法を使ったほうが、絶対楽だろ?」
「アラ、そんなこともわからないの? ミステリーの世界で、トリックが魔法でしたなんてのは、許されないからよ」
「……!」
「偉大な先達のミステリー作家達は、魔法みたいなファンタジー要素を用いず、フェアにトリックを成立させることに心血を注いできたんですもの。私もそれに習ったってわけよ」
「……正直今回のお前のトリックがフェアかと言われると、大分グレーだと思うんだが」
「そこはまあ、ご愛嬌ということで」
天邪鬼な魔女は、無邪気に舌を出した。
「でも残念だったわね堕理雄。本来なら堕理雄は一番早ければ、この七夕山荘に最初に訪れた時点で、犯人は私だって断ずることもできたのに」
「はあ? そんなの無理に決まってるだろ! まだ事件も起きてないのに」
「それがね、実は最初からずっと、重大なヒントを開示していたのよ」
「重大なヒント?」
「ええ。あの、天邪鬼の詩よ」
「……あの詩が何だってんだよ」
あれは見立て殺人のための詩だろ?
「ちょっと一緒に、ロビーに行きましょ」
「?」
沙魔美がスタスタとロビーに向かって歩き出したので、俺も渋々後を追った。
召喚獣達も、後についてくる。
「この詩をもう一度よく見て」
天邪鬼の詩を指差して、沙魔美は言った。
『半分に欠けた月が照らす時
忍者は湖の底に沈められるだろう
輪を首に掛けて身を投げ出せば
様々な厄災が降り掛かり
みなこの地からいなくなるだろう』
「……これが何だってんだよ」
とてもこの内容が、沙魔美を犯人だと示しているとは思えない。
「初歩的な暗号だったんだけどね」
「暗号?」
「各行の一文字目だけを繋げて読んでみて」
「え?」
一文字目?
一文字目っていうと……『半・忍・輪・様・み』か。
ん?
……『はん・にん・わ・さま・み』。
「犯人は沙魔美!?!?」
「そう、犯人は沙魔美なのよ。堕理雄なら気付いてくれると思ったんだけどなー」
「わかるかよそんなもんッ!!」
てか普通、犯人はこんなヒント出さないだろ!?
「さてと、これで犯人からの涙涙の罪の告白は以上よ。何かご質問は?」
「……特にないよ」
敢えて言うなら、泣きたいのはこっちだってことくらいだ。
「そ。それじゃああなた達、今日はよく働いてくれたわね。特別ボーナスで、一人一万円ずつあげるから、美味しいものでも食べてきなさい」
沙魔美は部下達一人一人に、茶封筒を手渡した。
「「「ありがとうございますマスター!」」」
「ヒャッホー! 今から行けば、まだ魔チンコ間に合いやすよね? 大連チャン狙いやすよー!」
清々しい程クズだなお前は。
何気にお前の役が、一番楽だったんじゃないのか?
まあ、沙魔美もクズオに、重要な役は任せられないと判断したのかもしれないが。
「フフフ、ご苦労様、あなた達」
「「「お疲れ様でした!」」」
沙魔美が指をフイッと振ると、
「……さて、と。改めて、お誕生日おめでとう堕理雄」
「……ありがとう。でも、俺のバースデーサプライズのためだけに、お前はこの山荘を貸し切ってくれたのか? それって、相当費用かかったんじゃ……」
「その点は心配ないわ。費用は一円もかかってないから」
「はっ!? なんで!?」
「だってここは、私のママの別荘だもの」
「……」
えーーー!?!?!?
「ここはママが日本中に保有してる別荘の一つでね、私も子供の頃、家族旅行で何度か来たことがあったのよ。だからこそここを、堕理雄のバースデーサプライズの舞台にしようって思い付いたの。ママにこの計画のことを話したら、喜んで貸してくれたわ」
「…………へえ」
つまりお母さんも共犯だったってことですね?
蛙の子は蛙とは、このことだな。
いや、この場合は、魔女の子は魔女か。
「ま、仮にここが有料だったとしても、私は費用を惜しむつもりはなかったけどね。だって今日は、私の一番大切な人が、この世に生まれた記念すべき日なんですもの」
沙魔美は心底嬉しそうに、その場でクルクル回りながら歓喜した。
「……恐悦至極に存じますよ」
「どういたしまして。ところで、堕理雄はこの場所は気に入ってくれた?」
「ああ、気に入ったよ。空気は美味いし、星空は絶景だしな」
後は殺人事件さえ起きなけりゃ、言うことはない。
「そう、よかったわ。じゃあ、はいこれ、私からの誕生日プレゼント」
「え」
不意に沙魔美は、綺麗にラッピングされた小さな包みを手渡してきた。
「……ありがとう。開けていいか?」
「もちろん」
包みを開けると、中から黒を基調にした小洒落たキーホルダーが出てきた。
「これは……」
「堕理雄って普段、家の鍵とかを剝き出しで持ち歩いてるじゃない? だから、それに仕舞っておくのがいいんじゃないかなって思って。今回の事件は、内側から鍵が掛かった密室が、文字通り『キー』になっていたわけだしね」
「……なるほどな。今年もありがとよ。大事にする」
「うん、約束よ」
だが、キーホルダーに刺繡してあるイニシャルっぽい二文字を見て、俺は絶句した。
そこには、『B・L』と書かれていたのだ。
「ウオオォォイ!! 何だこれは!? 俺のイニシャルは『D・F』だぞ!?」
そもそも日本人でイニシャルが『L』の人なんていないだろ!?
「大丈夫よ。きっとみんな、『ベーコン・レタス』の略だと思うから」
「俺はどちらかと言えばたまごサンド派だよ! ……いや違うそうじゃない。今の日本で『B・L』って書いてあるキーホルダー使ってたら、絶対誤解されるよ俺!!」
「そんなことないわよ。むしろそれを持って新宿二丁目を歩いてたら、人気者になれるわよ」
「誤解されてるじゃねーか!?」
ううぅ……、どうしようコレ。
大事にすると言ってしまった手前、使わないわけにはいかないよな……。
誰にも見られないように、陰でコッソリ使うか……。
「それでは最後に、堕理雄の誕生日恒例、沙魔美ちゃんのコスプレターイム!」
「は?」
沙魔美は体操服とブルマを取り出して、俺の目の前に掲げた。
「私が高校の体育の授業で着てたやつ。捨てずに取っておいてよかったわ」
「……」
忘れられない誕生日になりそうだ(1年ぶり2回目)。